「YAHOO!百科事典」は、メディアリテラシーを次のように説明している。

  新聞やテレビなどの内容をきちんと読みとりマスメディアの本質や影響について幅広い知識を身につけ、批判的な見方を養い、メディアそのものを創造できる能力のこと。イギリスやオーストラリアなどの英語圏では、内容を読み解き、制作も手がけるメディア教育がさかんである。

日本でもメディアリテラシーの重要性が教育界で叫ばれるようになり、新聞を使った授業などが行われている。メディアリテラシーが充実すると、メディアの実情がわかる消費者がふえ、マスメディア側の立場を危うくするが、マルチメディア時代には不可欠なものである。

 要するにメディアの本質を見抜く作業のことである。巷には情報が氾濫している。が、そのすべてが事実ではない。

 たとえ事実であっても、情報を公にする行為の背後に、世論誘導の意図が見え隠れする。

◇権力構造の力学
 最近、小沢バッシングとそれに対する批判が渦巻いている。主に新聞が小沢バッシングの先陣を切っているわけだが、これに対峙する側は、小沢バッシングそのもを批判して、その背景にあるものを見落としているように感じる。

  わたしは小沢バッシングそのものが新聞報道の第1目的ではないと思う。それよりも民主党のイメージダウンをはかることで、急激に斜陽してきた自民党の勢力挽回を助けたいという意図があるように感じられる。

 もちろん新聞が意図的に世論誘導のイニシアチブを取っているのか、それとも国家権力(検察)の策に新聞がはまったのかは不明だが、客観的に見たとき、小沢バッシングにより、自民と民主のバランスを回復する力が働いていることだけは疑いない。

 このような権力構造の力学は過去にも働いたことがある。ここ数年を振り返ると、まず、小泉劇場(自民の応援)があった。次に政権交代(民主の応援)。さらに小沢バッシング(自民の応援)というふうに。

◇メディアリテラシーと下部構造を把握
 わたしはメディア(新聞)を読み解くためには、その下部構造を把握することが不可欠だと考えている。新聞の紙面だけを読んも、その背景にあるものは見えてこない。このあたりの認識が弱いのが日本のメディアリテラシーの弱点かも知れない。

  新聞批評といえば、紙面だけをその他の事柄から切り離して行う作業であると勘違いしている人も少なくない。実際、新聞研究者は新聞社の下部構造を重点的に検証する作業に積極的とはいえない。(1600/2800文字、◇新聞紙面の約50%は広告、財界(広告主)の要望とメディア)

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 7日に東京新宿区のプラスワンでシンポジウム、「新聞が絶対に書けない貧困ビジネス」が開かれた。会場発言から興味深いものを幾つか紹介したい。

◇「奨学生制度は職業安定法44条に抵触するのでは」
  社会保険労務士の方から、奨学生制度は職業安定法44条に抵触するのではないかとの指摘があった。44条は次のように述べている。

第44条 何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。

第45条 労働組合等が、厚生労働大臣の許可を受けた場合は、無料の労働者供給事業を行うことができる。

 新聞奨学生は各社の奨学会に登録されている。奨学会は、登録した学生を新聞販売店に送り込む。送り込まれた学生は、販売店の指導下で業務に励む。

 と、言うことは奨学会は、奨学生をかき集めて、パートの販売労働者を販売店に派遣していることになる。しかし、各販売店の業務には一切タッチしない。

  本当に職業安定法44条に抵触するのか否かは、慎重に検討する必要がある。しかし、極めて疑わしいことだけは確かだ。

 ちなみに新聞奨学生が重宝がられるのは、活力がある人が多い上に、店主の裁量でどうにでも扱えるからだ。

 通常、新聞配達員の配達料は部数に応じて決められる。ところが奨学生は月給制なので、200部配達する人も、300部配達する人も原則として同じ給料。それゆえに過重労働になるケースがままある。

 しかも、奨学金に縛られて、少なくとも1年間は退職できない。

◇新聞人が言論妨害の指示
  販売店関係者から「黒薮からの取材には応じないように」との指示が出ているとの発言もあった。(1300/2000文字、◇販売店に「当たり」「はずれ」が)

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 読売新聞(3月5日)に聖教新聞社の全面広告が出ている。広告で扱われているのは、おもに池田大作氏の著作物である。小説『新・人間革命』のほか、随筆集や詩集。同氏は著作物の分野も広い。

  余談になるがたしか先月、池田大作氏とフィデル(カストロ)のツーショットを使った広告が某紙に出ていた。キューバ革命の指導者と宗教団体の指導者では格違いなので、不自然な印象を受けた。

  さて、新聞広告で最も多いのは書籍広告である。その意味では『新・人間革命』の広告が新聞に掲載されても不思議はないが、問題は新聞に全面広告を出稿して本当に広告効果があるのかという疑問である。

  最近、出版社の関係者から、新聞に広告を出しても、ほとんど効果がないという話を頻繁に聞くようになった。

 「かつては朝日新聞に広告を出せば、それなりに効果がありました。ですから広告料金として100万円を支払っても、定期的に広告を出稿していました。ところがこのごろはほとんど広告効果がありません」

 広告効果がなくなった理由として、新聞が読まれていないとの見方が一般的だ。「押し紙」でABC部数を維持しているだけで、実際は配達されていない新聞がかなりの量になっているのではないかと考え始めている出版人が多い。

◇出版業界は新聞社に実配部数を公表させるべき
  広告効果がなくなった原因が、実配部数の減少にあるとすれば、出版社だけではなくて、広告主の多くが新聞広告に不信感を持ち始めていることになる。彼らが新聞の正確な実配部数を知りたがっていることは言うまでもない。

 が、対策は意外に簡単かも知れない。業界団体がイニシアチブを取って、新聞各社に実配部数の公表を求めるのだ。もちろん実配部数を公表するか否かは新聞社の自由だが、公表しない新聞社に対しては広告を出稿しない方針にすれば、新聞社は実配部数を公開せざるを得ない。

 ドラスチックな方法かも知れないが、そもそもビジネスの一般常識からすれば、実配部数が分からない媒体に広告を掲載するのは無謀だ。たとえば400万部の実配部数があると思って出稿したところ、実際は150万部しかなけれ
ば、営業戦略が狂ってしまう。(1200/1900文字、◇自分に関心のない分野の広告は素通り)

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 7日(日)に「新聞が絶対に書けない貧困ビジネス」と題するシンポジウムが開かれる。以下、案内です。

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イベント概要
◆日時:2010年3月7日(日)OPEN13:00 START13:30
◆入場料:学生500円(要学生証提示)/一般 前売り1000円 当日1200円
◆会場:新宿ロフトプラスワン(新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2)
  (MAP http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/access.html
 

◆パネリスト:
岡村 稔(新宿一般労働組合書記次長)
加藤 健(新聞労連書記)
黒薮 哲哉(フリージャーナリスト)
他新聞奨学生OB・OG、現役新聞奨学生など(予定)
 

◆コーディネーター:村澤 潤平(新聞奨学生SOSネットワーク)
 

◆主催:新聞奨学生SOSネットワーク
 

◆後援:あっ!とおどろく放送局

◆予約フォーム
http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/reservation/

お問い合わせ
メール:syogakusei110@gmail.com

ブログ:http://syogakusei110.blog32.fc2.com/

 真村事件を「人権問題」として認識する人々が増えている。この事件は、新聞販売黒書でも繰り返し報じてきたように、2001年に読売がYC広川の店主・真村久三さんに対して、営業・配達地域の一部返上を申し入れたことに端を発している。

 真村久三さんは、当然、読売の申し入れを断った。その後、読売は真村さんに改廃を通知。両者の間で本格的な裁判が始まった。原告と被告は次の通りである。

原告:真村久三
被告:読売新聞西部本社

◇真村事件の概要
  福岡地裁小倉支部が真村さんの地位を仮に保全した後、地裁判決は2006年に、高裁判決は2007年に下され、いずれも真村さんが完全勝訴した。さらに2007年の12月には、最高裁が高裁判決を認定して、真村さんの勝訴が確定する。店主としての地位が保全されたのだ。

  本来であれば、司法判断が下されたこの時点で事件は解決していたはずだ。

 ところが、その約半年後に読売はYC広川への新聞の供給を一方的に止めた。最高裁が真村さんの地位を認定しているにもかかわらず、読売は真村さんを失職に追い込んだのである。

 当然、真村さんは再び地位保全を求めて仮処分命令を申し立てた。これ以外にどんな選択肢もなかった。福岡地裁も真村さんの訴えを認めて、読売に地位保全と新聞の供給再開を命じた。ところが読売はこの命令を踏み倒したのである。

 そこで裁判所は読売に対して1日につき3万円の間接強制金(制裁金)を真村さんに支払うように命じる。(間接強制金については、命令に従っている)

  その後、読売の申し立てに従って異議審が行われたが、裁判所は再び読売に対して、真村さんを復職させ、YC広川へ新聞の供給を再開するように命令を下した。が、読売はこの命令も無視。さらに保全抗告を申し立てたのである。

 従って真村さんは、現在も地位保全をめぐる係争の渦中にある。

 こんなふうに読売は敗訴しても、次々と司法手続きを踏んで真村さんに対抗してきた。裁判は2001年から続いており、これまで真村さんの6連勝、読売の6連敗である。

◇大新聞社VS1個人
 弁護団を除いてなんの後ろ盾もない1個人に対して、世界最大の新聞社が延々(2001~)と攻勢をかけている事実は重大だ。ある意味では地位保全の是非よりも、こちらの方が憂慮すべき事態である。

 もし、攻撃を仕掛けているのが一般の企業、たとえばサラ金業者であれば、まだ、うなずける。「あの企業であればやりかねない」という評価があるからだ。

  しかし、ジャーナリズムの旗を掲げた大新聞社が何年にも渡って1個人と「がっぷりよつ」に組み合って、相手を失職させようとしているとなれば、日本の新聞ジャーナリズムの信用問題に発展する。渡邉恒雄主筆の新聞文化賞受賞はなんであったのかという疑問すらも生じてくるのだ。

 ちなみに真村さんに対する読売の方針は、裁判の持続だけではない。YC広川を「死に店」扱いにしたり、販売店への補助金を差別的に部分カットするなどの策も取っていた。さらに販売店にとって不可欠なセールス団の派遣も店主会により中止された。

 つまり読売は真村さんを失職させるためならば、司法判断の無視をも厭わず、公然とした差別まで容認してきたのである。

  ちなみに最高裁が真村さんの地位を保全する決定を下した後の2度目の解任理由として、真村さんがわたしに情報を提供したという内容も含まれている。読売が言及したのは、最高裁で判決が確定した後、真村さんが読売に対して起こした損害賠償裁判である。読売の準備書面は、わたしへの情報提供について次のように述べている。

提訴日に「My News Japan」に原告の訴状が公開され、原告本人のコメントや写真までも掲載されていたことからすると、原告が用意周到に、記事を執筆した自称フリージャーナリスト・黒薮哲哉(以下「黒薮」という)と共働し、事前に公表の準備をしていたこと、原告が被告を攻撃する意思を有していたことは明らかである。

 報道を重視するメディア企業とは思えない記述である。

◇読売の方針を誰がサポートか?
 参考までに読売の方針をサポートしている代理人弁護士の名前も明記しておこう。

喜田村洋一弁護士自由人権協会代表理事)
近藤真弁護士
その他2名

 自由人権協会に対しては、近々に公開質問状を提出する予定。

◇真村事件における3つの異常
 さて、真村事件に対して、最近、人権問題ではないかとの声が上がっている。4日、わたしはTwitterで次の情報を発信した。

YC広川の真村裁判:読売が保全抗告。真村さんに対する攻勢は、2001年から続いている。裁判で負けても負けても、読売は裁判で対抗してくる。真村さんの支援者からは、「人権問題では」との声も。現在、読売の6連敗。

 これを受け、司法関係者も含めて数人の方が、「リツイート」して下さった。なぜ、人権問題なのだろうか?

 わたしの意見になるが、まず、第1にそれは長期に渡る個人攻撃であるからだ。2001年に始まった係争であるから、実質、8年から9年の長期間に渡る。

 しかも、裁判によって、真村さんはかなり生活を破壊されている。特に経済的な損害が大きいようだ。

  第2に攻撃している者が、世界最大の新聞社という点である。極めて異例といわなければならない。たとえば『ニューヨーク・タイムズ』では、絶対に起こり得ない事態だ。

 読売はジャーナリズム企業であるから、「真村憎し」であれば、ペンの力で真村さんを社会から排除すればいいわけだが、読売は裁判という方針を取ってきた。事件が公になるのを嫌ったのが原因かも知れない。

  第3に読売が司法命令に従っていない事実である。裁判所は繰り返し、YC広川への新聞の供給再開を命じているのに、読売はそれに従っていない。

◇新聞社のレベルを露呈した真村事件
 わたしが不思議に感じるのは、真村事件に対して、なぜ、新聞人は沈黙を守っているのかという点である。読売の新聞記者に対して、ジャーナリズムの精神を発揮しろというのは酷だが、他社の記者であれば、取材して告発することもできるはずだ。

 まさか事件を知らないということはないだろう。週刊新潮やマイニュースジャパンはこの事件を繰り返し報じている。

 新聞ジャーナリズムが機能しなくなったとよく言われるが、真村事件を黙殺するところに、日本の新聞社のレベルがよく現れているのではないだろうか。ジャーナリズム企業でありながら、自分たちの足元の問題に対して、何の声も上がらないのは異常だ。

 ちなみにネット上、特にTwitterでは、新聞社に対する批判が高まっている。

◇すべてを記録・保管・公開
 読売が真村さんに対する攻撃を止めないのであれば、広告主や住民、人権擁護団体、政党に協力を求めるよりほかに選択肢がなくなる。それでもかわまないというのであれば、同じ方針を貫けばいい。新聞販売黒書は、裁判資料も含め、すべてを記録・保管していく。当然、資料の公開も前提になる。(4600文字、全文公開)

 最新メディアのひとつであるTwitterの影響力はどの程度なのだろうか。昨日、下記の記述を発信したところ、原口総務大臣から「リツイート」があった。

 「リツイート」とは、「他のユーザーのツイート(つぶやき)を引用形式で自分のアカウントから発信すること」だ。


 pomtrypiwi @kharaguchi RT @kuroyabu: 総務省は新聞社に公共広告を出稿する条件として、新聞社が実配部数を公表することを義務付けるべきではないか。ABC部数は「押し紙」を含んでいるので信用できない。実配部数の公表を拒否した社に対しては、公共広告を出稿しないことを原則に。

 原口大臣が上記の記述を「リツイート」したということは、記述を読んだということである。原口大臣が本当に行動を起こすか注目したい。

◇「押し紙」報道のメディアは?
  Twitterを始めたきっかけは、ネットの影響力を調べるのがひとつの目的だった。周知のように「押し紙」問題は、紙媒体ではなかなか取り上げられない。

 一部の週刊誌と単行本は細々とこの問題に取り組んできたが、新聞はいうまでもなく、テレビもラジオも「押し紙」をタブー視して報道しない。

  と、なれば「押し紙」を報じる方法を考えなければならない。最初にわたしが着手したのは、HP「新聞販売黒書」だった。しかし、あまり影響力はなかった。

 読売の江崎法務室長が著作権裁判を仕掛けてきた2008年2月ごろは、せいぜい1日のアクセス数が500~600件だった。読売から2件目の裁判を仕掛けられた後は、裁判そのものが話題になったこともあって増えた。しかし、アクセスを解析してみると、「リピーター」が大半だった。

 Twitterを開始してからは、「新聞販売黒書」のアクセスが急激に増えてきた。しかも、新規の読者が多い。

  Twitterそのものの影響力は、正確には把握できないが、「押し紙」で検察して書き込みを読む限り、かなりの人が興味を持っているような印象を受ける。

  新聞販売黒書に「コメント欄」を設けてほしいという要望がよくあるが、現在の時点ではできない。マナーが悪い人が多いからだ。新聞についての意見がある方は、Twitterに登録すれば、自分の責任で発言できる。

◇公共広告の出稿は実配部数の公開を条件に
 ちなみに新聞社に対して実配部数の公表を求める発想は、対読売の「押し紙」裁判(読売VS新潮社)の中で浮上した。読売の喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)が、わたしに対して、読売の「押し紙」が30~40%存在することの真実性、あるいは相当性の立証を求めたことが引き金である。(1600/2300文字、◇国民は公取委を「やる気がない」と評価)

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 NIEをご存じだろうか。NIEとはNews in educationの略である。学校教育の中で新聞を普及させる運動で、日本新聞協会がイニシアチブを取ってきた。

 その甲斐があったのか、新学習指導要領に学校の授業で新聞の利用が明記された。

  これと類似した運動に、日販協が推進している「すべての教室へ新聞を」運動がある。俗に「すべ教」。『日販協月報』(2010年1月)によると、「すべ教」運動の実施校が昨年の12月で1563校になったという。

 さらに日販協は、教育界への新聞のアピール活動をさまざまな形で実施している。たとえば『日販協月報』(2010年2月)に次のような記述がある。

 次いで新聞普及に向けた取り組みでは、高橋会長から提案が出された。

 「現在、『新聞力・再発見』試読キャンペーンを進めているが効果はいまひとつとの報告が上がっている。そこで第2弾を企画した。元NHK記者でニュースキャスターの池上彰氏の著作『小学校から「新聞」を読む子は大きく伸びる!』(すばる舎刊)を受けて、『新聞は学力を高めるもう1つの教材』とのキーワードを掲げ、教育に密着したキャンペーンで効果向上を図っていきたい」と提案した。

  新聞の教育効果を重点的にアピールしたリーフレットの制作、販売店掲示用のポスター制作などを検討しているとし、さらに意見を集約し内容も詰めていきたいとした。

◇政治献金を受けてきた中川顧問
 今年は「国民読書年」である。この運動を中心になって推進しているのが、新聞社と親密な関係にある活字文化議員連盟(会長は、民主党の山岡賢次氏、顧問は中川秀直氏)である。

 同議員連盟の中川顧問は、長年にわたって新聞業界から政治献金を受けてきた。「国民読書年」の運動は、新聞離れが進む中で苦境に陥っている新聞業界の意向を受けて、スタートしたと解釈しても大きな誤りはないだろう。

 しかも、この運動に再販制度など新聞業界の既得権益を守る運動が連動している。たとえば新聞文化賞の受賞者で、「発行部数」世界1位を誇る読売の主筆であり、会長でもある渡邉恒雄氏は1月27日に開かれた新春懇話会で次のように述べている。

 「活字文化への消費税率は上げるべきではないし、再販制度も守っていかなければならない。国民読書年の今年、新聞業界と出版業界が手をつなぎ、議員連盟とも協力して活字文化向上のための活動を行っていきたい」(『新聞情報』)

 読書指導そのものはなにも悪いことではないが、「国民読書年」は少なくとも2点、大きな問題を孕んでいる。

◇本質は新聞ビジネス
 まず、第1にこの運動には、国家を巻き込んだ新聞社の営業戦略の側面も感じられ、既得権を守る運動と解釈できることだ。多様な文化人を運動に引き込むことで、ビジネスという本質的な部分をカモフラージュしているに過ぎない。

  新聞業界と政界が癒着しているから、このようなキャンペーンが可能になるのだ。2006年の上半期に新聞人らが政界と結託して展開した特殊指定を守る運動と同程度に悪質だ。

◇新聞は文化的遺産ではない  
 第2の問題点として、何を根拠にして新聞を読む事と読解力の向上を結び付けているのかという疑問である。科学的な根拠に乏しいのだ。新聞を毎日読めば、読解力が向上するかも知れないという漠然とした教育観しかない。

 改めて言うまでもなく教育の目的は、人類の文化遺産を後世に伝えることである。従ってテキストに採用する教材も、ある程度の評価が定まったものでなければならない。当然、こうした教材は、繰り返し読むに価するものだ。

 ところが新聞の文章には2度、3度と読み返す価値はない。慣用句が多く使われているので、日本語の語感を養う上でもふさわしくない。それどころか慣用句に頼るようになり、自分の言葉で表現する能力を摘み取ってしまうかも知れない。

 わたしは筋力が発展途上にある幼児に、パーベルを使ったウエイト・トレーニングを課すような、恐ろしさを感じる。(2400/3000文字)

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 日本折込広告協議会が毎日更新している折込定数(折込チラシの適正枚数)が、ABC部数を超えている地域がいくつかある。改めて言うまでもなく、折込定数がABC部数を上回った場合、たとえ1部たりとも「押し紙」がなくても、チラシが水増し状態になる。広告主の被害がより大きくなる可能性が生じる。

  単純な例を引いて説明すれば、次のようなケースである。

折込定数:1500枚
ABC部数:1000部

 この場合、チラシを折り込む新聞が1000部しか搬入されていないのに、折込チラシが1500枚搬入される。「押し紙」がなくても、500枚のチラシが過剰になってしまう。もちろん広告主は過剰になったチラシの分まで、代金を支払わされている。

◇水増しが多い北海道・東北
 北海道と東北地方の例を紹介しよう。折込定数の日付は3月1日。ABC部数は09年下期のものである。(770/2100文字、◇岡山は改善へ、◇新聞社の不正は免責に)

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 横浜市港北区、大倉山付近には起伏の多い住宅街が広がっている。丘の斜面にマンションや民家がへばりつくように立っている。石畳の坂を登り切ると、遠方で曇り空と接した横浜の街が広がっていた。

◇携帯アンテナと共存
 緑屋根のマンションが眼下に見えた。屋上の携帯電話アンテナ。まるで電話会社のために、アンテナの設置場所が設けられたような印象がある。

 このマンションに住む山本(仮名)さんに、屋上を視察させてもらった。

 携帯電話のアンテナは3本。電線を通す4本のパイプが走り、増幅器を経由して地下に降りている。さらにパイプは地下から箱状の基地局本体につながっている。

  隣接するマンションにも2本の携帯電話アンテナが立っている。さらに、表通りを挟んだ向かいのビルに1本立。まさにマンションの住民は電磁波が人体に与える影響を測定する「モルモット」状態に置かれている。

◇まだ安全は確認されていない
 携帯電話アンテナから発せられる電磁波(マイクロ波)がもたらす健康リスクは欧米では常識になっているが、日本ではメディアがほとんど報じないこともあって、あまり知られていない。

  現在、普及している第3世代携帯電話に使われる電波は、高周波と低周波を組み合わせたもので、「変調電磁波」と呼ばれている。

 「変調電磁波」の健康リスクとは具体的に何か?結論から先に言えば、それはこのような電磁波が携帯電話に使われるようになって、まだ歴史が短く、そのために安全が証明されていないことである。
 
  携帯電話から発せられる電磁波が安全だとする説は、「変調電磁波」が登場する以前の古い研究データに基づいたものである。従って「変調電磁波」が安全か危険かは、「変調電磁波」を使った実験をしない限り知ることができない。

 電磁波が人体に与える影響を測定するためには、かなりの時間を要する。化学反応を観察するようなわけにはいかない。常識的に考えて少なくとも数年の歳月を要する。だから現在の段階では、「変調電磁波」が安全だという保証はまったくない。ところが海外で行われた疫学調査で、危険を示すデータが出始めている。

 2004年にイスラエルで行われた調査では、携帯電話基地局の周辺で、ガン発生率が4.15倍(女性に限れば10.5倍!)という結果が明らかになった。

◇秘書が高圧線近くの自宅を売却
 山本さんは、仕事の関係で米国に25年滞在した。米国では電磁波の危険性は、日本とは比較にならないほど認識されている。

 たとえばカリフォルニア州のアーバイン市では、民家から300メート以内に携帯電話・基地局を設置することが、条例で禁止されている。高圧電線の下は、グリーンベルトと呼ばれ、民家の建設を禁止して、緑のまま放置する。それが常識になっている。山本さんが言う。

「わたしの秘書をしていた女性が、まもなく生まれてくる子供のために、送電線の近くにあった自宅を売り払って、安全な場所に引っ越しました。1990年代のことでした」

  会社を退職したあと、日本に戻ってくると自宅マンションの屋上に基地局のアンテナを建てる計画が持ち上がっていた。設置に反対したが、住民の反応は鈍かった。反対運動に発展する前に、アンテナが設置されてしまった。

 それから1月後には、体調に異変をきたした。昼間から耐え難い眠気を催したり、耳鳴りに悩まされるようになる。鼻血が出たこともあるという。他の住民も健康被害を訴えるようになった。

 36年にマンションを購入した時は、新居を終の棲家にする予定だった。しかし、長い米国滞在を終えて戻ってくると、携帯電話の基地局問題が待っていたのである。平穏な生活は夢物語となった。(全文公開。携帯電話の基地局問題を取材しています。情報提供は:03-3976-6012まで

 読売新聞社がわたしに対して提訴していた名誉毀損裁判(請求額2230万円)の控訴審第1回口頭弁論が、13時30分から東京高裁で開かれた。読売は、江崎法務室長の本人尋問を申請していたが、裁判所はこれを認めなかった。

 裁判は結審し、判決は4月27日の13時15分に東京高裁511号法廷で言い渡される。

  原告・被告の準備書面や陳述書は、東京高裁でだれでも閲覧することができる。(身分証明書と印鑑が必要)事件番号は「平成21年(ネ)第5834」。

 2月下旬から3月初旬にかけて、黒薮が関係する裁判とイベントの予定は次のとおり。

名誉毀損裁判1(読売VS黒薮)

日時:2月25日 13時30分
場所:東京高裁511号法廷

 名誉毀損裁判1はさいたま地裁から東京高裁に移る。その第1回口頭弁論。戦略上、「黒書」での主張は控えるが、率直な気持ちは次のとおりである。

   「名誉毀損で2230万円請求の是非を裁判所に求めるのであれば、まず、司法制度を尊重してほしい。具体的には虚偽の事実に基づいてわたしを裁判にかけるなど事件まがいのことをしたり、司法命令を踏み倒したりするようでは、司法制度を利用する資格がないのではないか?」

  なお、読売側の代理人弁護士が変更になった。喜田村洋一弁護士に代わって次の4氏が、読売の代理人に就任した。

 升本善郎弁護士
  宮澤昭介弁護士
 稲垣勝之弁護士
 金子剛大弁護士

 準備書面の閲覧は東京高裁で可能。事件番号は「平成21年(ネ)第5834」。


誉毀損裁判2(読売VS新潮社+黒薮)

日時:3月2日 10時
場所:東京地裁526号法廷

 準備書面の閲覧は東京地裁で可能。事件番号は「平成21年(ワ)第23459号)。大量の「押し紙」の証拠(写真を含む)が提出されている。なるべく多くの人々に双方の主張の違いを知ってほしい。

新聞奨学生イベントvol1
新聞が絶対に書けない貧困ビジネス
-新聞奨学生制度の実態と「売るヤクザ」からの脱出大作戦!-

日時:2010年3月7日(日)OPEN13:00 START13:30
入場料:学生500円(要学生証提示)/一般 前売り1000円 当日1200円
会場:新宿ロフトプラスワン(新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2)
  (MAP http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/access.html

パネリスト:
 岡村 稔(新宿一般労働組合書記次長)
 加藤 健(新聞労連書記)
 黒薮 哲哉(フリージャーナリスト)
 他新聞奨学生OB・OG、現役新聞奨学生など(予定)
コーディネーター:村澤 潤平(新聞奨学生SOSネットワーク)

主催:新聞奨学生SOSネットワーク

後援:あっ!とおどろく放送局

予約フォーム
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ブログ:http://syogakusei110.blog32.fc2.com/
 (全文公開)

 全国読売防犯協会をご存じだろうか。同協会のホームページは、これは「各地の読売新聞販売店(YC)が地域の犯罪防止にひと役買おうと作ったボランティア団体」である。設立の目的として、次の3点を明記している。

「防犯は販売店業務の一環」と明確に位置づけ、所長・従業員の意識を高める

警察・自治体など外部との窓口を一本化し、連携を強化する

販売店の足並みをそろえ、本格的な防犯活動を広範に展開する

 設立の引き金となったのは、「2003年 2月 読売新聞の紙面で「治安再生」企画スタート」したことである。従って、設立の背景に読売新聞社の合意があったことは容易に想像できる。販売店は原則として発行本社の指導下に置かれているからだ。

 協会の本部は、「黒書」でも既報したように、読売新聞東京本社の内部に設置されている。この本部では、警察OBを中心としたスタッフが在籍している。(スタッフの個人名と略歴は、ここをクリック

◇都道府県警察と覚え書き
 なぜ、ジャーナリズム企業と警察の「協働」が問題なのか、わたしなりの意見を述べる前に、2004年の設立から、現在までに、読売防犯協力会と覚え書きを交わした警察と日付を紹介しておこう。これも同協会のホームページから得た情報である。

高知県警 2005年11月2日
福井県警 2005年11月9日
香川県警 2005年12月9日
岡山県警 2005年12月14日
警視庁 2005年12月26日
鳥取県警 2005年12月28日
愛媛県警 2006年1月16日
徳島県警 2006年1月31日
群馬県警 2006年2月14日
島根県警 2006年2月21日
宮城県警 2006年2月27日
静岡県警 2006年3月3日
広島県警 2006年3月13日
兵庫県警 2006年3月15日
栃木県警 2006年3月23日
和歌山県警 2006年5月1日 
滋賀県警 2006年6月7日
福岡県警 2006年6月7日
山口県警 2006年6月12日
長崎県警 2006年6月13日
茨城県警 2006年6月14日
宮崎県警 2006年6月19日
熊本県警 2006年6月29日
京都府警 2006年6月30日 
鹿児島県警 2006年7月6日
千葉県警 2006年7月12日
山梨県警 2006年7月12日
大分県警 2006年7月18日
長野県警 2006年7月31日
福島県警 2006年8月1日
佐賀県警 2006年8月1日
大阪府警 2006年8月4日
青森県警 2006年8月11日
秋田県警 2006年8月31日
神奈川県警 2006年9月1日
埼玉県警 2006年9月14日
山形県警 2006年9月27日
富山県警 2006年9月29日
岩手県警 2006年10月2日
石川県警 2006年10月10日 
愛知県警 2006年10月16日
岐阜県警 2006年10月17日
奈良県警 2006年10月17日
北海道警 2006年10月19日
沖縄県警 2008年6月12日

 改めて覚え書きを交わした警察組織のリストを前にすると、「1000万部」の巨大メディアと警察組織が、極めて広範囲でかかわりをもっていることが再認識できる。

◇警察との協働が危険な理由
 防犯活動に異論を唱える者はいない。それゆえに両者の関係を批判する視点は発見しにくいかも知れない。わたしが「危険」と考える根拠は、幾つかある。(2700/4100文字、◇グアテマラ軍と自衛団、◇「支持政党は?宗教は?」)

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 既報したように著作権裁判は、読売(厳密には読売の江崎徹志法務室長)の上告受理申立書を最高裁が不受理にした結果、わたしの勝訴が確定した。勝因は、出版関係者と販売店主、友人・知人の支援、それに弁護団の戦略が正しかったことである。

 新聞販売黒書に勝訴確定の速報を出したのち、ずいぶんたくさんの人々からお祝いのメッセージや感想をいただいた。なかには「恫喝まがいの文書(催告書)を送りつけた行為は、刑事事件まがい」との厳しい声もあった。

 刑事事件まがいか否かは、専門家が判断することで、わたしには分からないが、「刑事」という言葉を聞いた時、ある暗い記憶が脳裏によみがえった。

 江崎氏がわたしに送りつけた催告書(作成者は喜田村洋一弁護士か彼の事務所のスタッフが作成した可能性が高いと認定された)の中で、わたしに対する刑事告訴がほのめかされていた記憶である。催告書には、次の1文がある。以下に書写してみよう。

 貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。

 催告書の全文は、3月に公開する予定。
 
◇新聞社の体質・本質が露呈した
 さて、ある新聞関係者(OBの方)から電話で貴重な意見をいただいた。この人と話しながら、わたしは対読売裁判を客観的に見る新しい視点を発見した。

 現在進行している対読売裁判(真村訴訟、平山訴訟等を含む)は、単なる「押し紙」の有無、催告書が著作物であるか否か、あるいは地位保全の是非を問うだけの裁判ではない。

 それよりも重大視しなければならない視点は、日本を代表するジャーナリズム企業が、1ライターに対して虚偽の事実を前提に裁判を起こしたり、約8000万円もの損害賠償を請求したり、さらには1店主に対して司法命令を堂々と踏み倒してはばからない事実である。

  これは日本のメディア界が検証しなければならない問題だ。

 ちなみに真村裁判の原告である真村さんは、2001年から読売との係争に巻き込まれており、裁判の判決で6連勝するも、強引に失職させられている。この人権問題を新聞ジャーナリズムは報じたことがない。

 OBの方は、わたしの裁判や真村裁判によって、日本の新聞ジャーナリズムの本質・体質が露呈されてしまったと語った。新聞社=正義の嘘が暴かれたというのだ。一般企業ではなくて、ジャーナリズム企業の大変な横暴さが明らかになったのだ。

「残念ながら、大変な事件であるのに、大半のメディア関係者はそのことに気づいていません。ある意味では、今が新聞ジャーナリズムの大問題にメスを入れるタイミングだと思います」

◇ジャーナリズムが存在しない日本の不幸
 ジャーナリズムの役割は政治や社会を監視することである。ところが日本の新聞ジャーナリズムは、権力機構の「広報宣伝部」の役割を果たしている。権力構造に組み込まれていると言っても過言ではない。

 「広報宣伝部」であるがゆえに、巨大部数により影響力を強める必要がある。その結果、部数至上主義が必然になる。多量の景品を使ったり、時には恫喝で新聞の部数を増やすことが当たり前に行われる。

 新聞社の編集部門と販売部門は、別ものとよく言われるが、わたしは一体化していると思う。「広報宣伝部」にとって巨大部数は必要不可欠の要素である。巨大部数を持ってはじめて、世論誘導が可能になるからだ。

  わたしや真村さんがなぜ、狙い撃ちにされてきたのか?答えは単純で、「広報宣伝部」の急所である巨大部数を問題にしたからにほかならない。まさに急所にふれたのだ。

 読売はわたしが展開してきた新聞批判の言論を、裁判を悪用して消そうとした。1000万部のメディアがあれば、言論でわたしを消すこともできるはずだが、それにもかかわらず、次々と裁判にかける方法を選んだのだ。恐らくは論争に自身がないので、裁判であれば失敗することなく、確実に反対言論を消せると考えたのではないか。

 著作権裁判が終わった今、巨大部数の危険性がはっきりと見えてきた。(2700/2700文字、全文公開)

 2月21日(日)の読売新聞に、「記事+広告」が掲載されている。「記事+広告」とは、記事と同じページに記事に関連した広告を掲載するものを言う。その結果、記事が広告効果を強める働きをする。

 これでは記事そのものの信ぴょう性が半減してしまう。「提灯記事」の疑惑が生じて読むに価しない。活字離れの原因になっていると言っても過言ではない。今回、読売に掲載された「記事+広告」の概要は次の通りである。

記事のテーマ:国民読書年のフォーラムを扱った記事で、斎藤孝氏の講演とパネル討論の内容を紹介している。パネラーは次の人々。

肥田美代子(文字・活字文化推進機構理事長、衆議院議員)

奥泉光(小説家)

水越さくえ(セブン&アイ出版社長)

長井好弘(読売新聞東京本社編集委員)

広告主:文部科学省、日本製紙、王子製紙、大王製紙、その他

◇本音は活字文化よりも企業の繁栄
 読書の重要性に異論を唱える者はほとんどいないだろう。それゆえに批判の対象にはなりにくい記事である。しかし、「記事+広告」の背景から、見過ごせないさまざまな側面が見えてくる。

 まず、国民読書年を定めた第1目的が、新聞社や製紙会社など活字に関連した企業を繁栄させることにあると推測できる。繁栄を実現するために、文部科学省を巻き込んでキャンペーンを張り、その上、広告まで掲載してもらっているのだ。建前が「活字文化の繁栄」で、本音は「企業の繁栄」である。だからうさん臭く感じるのだ。

 実際、「フォーラム宣言文」には、次のように新聞の「宣伝」が入っている。

(略)本や新聞などの活字文化は考える力や想像力はもちろん、言葉の力や人を慈しむ心もはぐくんでくれます。(略)

◇実配部数を公表させる必要性
 改めて言うまでもなく、文部科学省の広告は、税金で制作されている。と、なれば新聞に広告を出稿する場合、新聞社に実配部数を公表させなければならない。(1400/2900文字、◇活字離れの原因は出版物の劣化、◇異常な行動はエリート方が多い)

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 負けても負けてもやめない読売新聞社のジャーナリスト個人に対する訴訟攻撃は、武富士やオリコンを凌ぐ悪質性を帯びてきた。ほとんど架空の理由をでっちあげて訴訟を仕掛ける手法で、読売側が2年前に提訴した件は、2010年2月18日、最高裁が上告受理申立を不受理とし、ジャーナリスト側の勝訴が確定したばかり。

 これら一連の3件の訴訟は読売による「一連一体」の言論弾圧であるとして、ジャーナリスト側は弁護士報酬や慰謝料など5,628万円の損害を請求し、読売側を提訴。その裁判がこのほど始動した。原告のジャーナリスト・黒薮氏が手記を寄せた。(続きはマイニュースジャパン)

 最高裁の第1小法廷は、著作権裁判で読売の江崎徹志法務室長の上告受理申し立てを受け付けない決定を下した。これにより黒薮の勝訴が確定した。

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 『週刊東洋経済』(2月20日号)が、「新聞・テレビ断末魔」という特集を組んでいる。新聞業界とテレビ業界を襲っている不況の嵐に焦点をあてたものだ。

 掲載されている記事の中に、毎日の朝比奈社長へのインタビューがある。

◇朝比奈社長、「押し紙」を否定
・・・・・今の毎日の部数370万部は実読者数と乖離しているのでは?

 この質問に対して、朝比奈社長が答える。

朝比奈:販売店が注文した部数をお届けしており、それがABC部数だ。

 深い考えもなく不透明な部数について弁解したつもりかも知れないが、販売関係者の失笑をかいそうな発言である。朝比奈社長は、本当に販売店が自分の意思で注文部数を決めていると思っているのだろうか?

 新聞販売店には、自分で注文部数を決める権限がない。たとえ希望する注文枚数を担当員に伝えても、それが認められるとは限らない。

 たとえば、毎日新聞・箕面販売所の「押し紙」裁判の中で、販売店主に注文部数を決める権限がないことを示す毎日側の文書が明らかになった。

  毎日の代理人弁護士が提出した準備書面の中の記述である。店主が570部の減部数を申し出た際に、毎日の担当員がどう対処したかを述べたものだ。これは「押し紙」政策の証拠とも言えるだろう。

    かつ、被告担当者において、570部もの減数は、「折込広告の収入」の大幅な減少を招くとともに、補助金の一部につき支給ができなくなることを説明し、販売店の経営が維持できなくなるのではないかとの懸念まで示すも、それでも構わないとの、原告の認識を得た上で、ならばやむなしと応じたものの、残念ながら、平成20年12月末日をもって、原告は新聞販売店を廃業・終了するに至っているところである。

 570部を減部数すれば、折込チラシの収入が減る上に、補助金カットの対象になり、かえって販売店の経営を悪化させるので、思いとどまるようにアドバイスした旨を記述ているのだ。

 この記述からも推測できるように、結局、新聞の注文部数は新聞社が決めているのである。(1300/2700文字、◇苦境に立たされる毎日新聞販売店、◇販売網が消え始めた、◇専売店制度が裏目に出る)

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 かつて新聞社といえば、花形産業の代表格だった。社員の給料は高く、ひとたび入社すれば豊かな生活が生涯にわたって約束されていた。村の寄り合いでは、村長、警察、新聞記者が上座を占めた時代もあった。

 一方、新聞販売の現場は昔から問題が山積してきた。社会問題のデパートと言っても過言ではない。ジャーナリズムの光が完全に遮断されているのがその原因と言えよう。

 通常、深刻な社会問題があるところに記者の眼が惹きつけられるはずだが、新聞販売の現場だけは例外だ。

 販売現場の社会問題とは具体的には、「押し紙」(偽装部数)、販売局の不正経理、新聞拡張団と暴力団の癒着、政界との「情交」、警察との協働、販売労働者の劣悪な労働条件などである。

 最近、外国人の新聞奨学生に海外のブローカーが介在していることも判明した。新宿の大久保にたこ部屋(マンションの一室)があるという情報を得ている。

 新聞社の方針により、最も被害を受けているのは新聞奨学生と言っても過言ではない。彼らは、新聞業界の中でどのようなポジションに置かれ、どのように「利用」されているのだろうか。

◇販売労働者の低賃金
 新聞販売店で働く人々の給料が極めて低いことは、周知の事実である。待遇は新聞社の系統によってもかなり異なるが、わたしが知る限り大半は年収300万円以下である。

 待遇が悪いのは、「押し紙」などで販売店の経営が圧迫されているからである。これが原因となって、さまざまな諸問題を誘発している。

 たとえば労働条件が悪いので優秀な人材が販売店に定着しない。その結果、販売店は履歴書を持参して面接に来たひとをだれでも採用する傾向がある。人手がなければ、新聞を配達できないからだ。

 従業員の定着率が低いだけであればまだしも、新しく採用した人物の中に犯罪者や前科者が紛れ込んだりする。その結果、新聞拡販のときに、恫喝などが発生する場合がままある。近畿圏のある店主さんが言う。

「出来ることなら優秀な人を採用したいですよ。しかし、深夜労働を含む上に待遇が悪いですから、優秀な人はなかなか来ません。どの販売店も同じ悩みを持っています」

 こうした業界事情の下で、重宝がられてきたのが新聞奨学生である。働きながら勉強をしようという人たちだから、もともと真面目な人が多い。仕事にも熱心だ。その上、賃金が安い。さらに奨学会に学費を負担してもらっているので、途中で退職することができない。

 俗に言う読売「上村過労死事件」は、こうした状況の下で起こった。
 1990年12月4日、読売・調布サービスセンターで働いていた上村修一さんは、仕事中に小脳出血で倒れ、搬送先の病院で亡くなった。

 事件から3年後の1993年、上村さんの両親は読売新聞社や読売育英奨学会などを相手取って6900万円の損害賠償を求める訴えを起こした。

 裁判そのものは和解で決着したが、この裁判を通して、新聞奨学生の劣悪な労働環境がクローズアップされたのである。 

◇手取額が6万円
 わたしの手元に、一枚の給料明細がある。毎日新聞○○販売所(荒川区)で働く奨学生のものである。これまで販売関係者の給料明細を何枚か入手してきたが、以下に紹介するものは、最も給料が低い例である。(2000/3100文字、◇著しい賃金格差)

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 ABC部数についての誤解が広がっているようだ。ABC部数は、新聞の発行部数を示すデータであるが、大半の人々は「発行部数」=「実配部数」と勘違いしている。

 と、言うのも常識的に考えれば、過剰な部数を印刷すれば経費の無駄づかいになるので、実配部数になるべく近い部数を発行するのが常識という先入観があるからだ。常識的にはそれがビジネスのマネージメントである。

 しかし、日本の新聞業界には「押し紙」の慣行がある。新聞関係者は、「押し紙」の存在を全面否定しているが、少なくとも過剰な新聞が販売店に溢れ、場合によっては「押し紙」小屋が建設され、残紙を定期的に古紙業者が回収していることは、周知の事実になっている。

 と、すれば「発行部数」=「実配部数」ではない。両者は異なり、はなはだしいケースになると、発行部数の7割が非「実配部数」になっていた例もある。

◇ABC部数は実配部数
 ABC部数は、紙面広告の営業の際に重要なツールになる。クライアントの大半は、ABC部数は実配部数であると信じて疑わないので、広告の掲載紙を選択する場合、発行部数を重要な選択基準にする。

 このような原理が部数至上主義を引き起こすひとつの要因になってきた。巨大部数の王国を築きあげることで、広告営業を優位に展開できるのだ。そのために、恫喝による新聞拡販も正当化される。

 が、繰り返しになるが、そのABC部数は実配部数ではない。

◇新聞社がみずから実配部数の公開を
 先日、発足した「全国『押し紙』ネットワーク」のひとつの目標は、新聞社に対して、みずから実配部数の公表を求めることである。しかし、新聞社は「押し紙」は絶対に存在しないと断言しているわけだから、そう簡単に実配部数を公表するとは思えない。

 そこで具体的な対策として浮上してくるのは、新聞に広報紙を折り込んだり、公共広告を出稿している官庁や地方自治体を通じて、新聞社に実配部数を公表させることである。拒否した新聞社については、広報紙と公共広告の出稿を凍結する。

  このような手続きを踏んでおけば、広報紙と公共広告の適正な配布方法をめぐる住民訴訟も提起できるのではないか?

 冷静に考えれば分かることだが、新聞社は公共広告や広報紙を「もっとよこせ」と要求(08年)したのだから、まず自ら実配部数を公表すべきである。実配部数を秘密して、広告をよこせと言うのはおかしい。

◇読売VS週刊新潮(+黒薮)
 余談になるが、新聞社に実配部数を公表させるという発想は、読売VS週刊新潮(+黒薮)の裁判の中で生まれた。読売の喜田村洋一弁護士がわたしに対して、読売新聞の3割から4割が「押し紙」であることの真実性、あるいは相当性を立証するように求めたからである。

  本来、道義的な面から部数の実態を明らかにしなければならないのは、広報紙や公共広告による収入を得ている新聞社の側ではないだろうか。なぜ、納税者の側が新聞の発行部数を調査・検証する責任を負うのか、まったくわけが分からない。(1600/2500
文字、◇公共の広報紙破棄の具体例

 新聞販売店の係争を支援すると同時に、新聞社に対して新聞の実配部数の公表を求めるネットワークが発足した。名称は、『全国「押し紙」ネットワーク』。代表は毎日懇話会の名誉会員で、元販売店主の高屋肇さん(写真右の人物)。事務局は当面のあいだ黒薮(新聞販売黒書)が担当する。

 発足のきっかけとなったのは、次の2つの出来事である。

 まず、YC広川の元店主・真村久三と読売の係争。真村氏は2001年から、地位保全などをめぐり読売との係争に巻き込まれている。裁判所の判決は、すでに6回にも及び、すべて真村さん勝訴である。

 裁判所は読売に対して、YC広川へ新聞の供給を再開するように司法命令を下している。しかし、読売はこれを無視。その結果、真村さんは裁判を続けざるを得ない状況に追い込まれている。

 ひとりの店主に対して延々と執拗な攻撃を続ける状況。これは単なる地位保全をめぐる係争ではなくて、人権問題ではないかという声が支援者の間からあがるようになった。

 しかし、係争に巻き込まれた販売店主で抑圧されているのは真村さんだけではない。係争になると精神的にも経済的にも窮地に追い込まれてしまうケースがままる。そのことは、読売との間で4件の裁判を戦っているわたし自身の実体験でもある。

 そこで住民運動によって、係争中の店主らを支えようというのが会を発足させた動機である。

 発足のきっかけになった第2の出来事は、読売VS週刊新潮(+黒薮)の裁判である。黒薮が読売の「押し紙」を30%~40%と推定したところ、読売が名誉毀損で約5500万円の損害賠償を請求してきた。

 裁判の中で、読売は黒薮に対して、読売の「押し紙」が30%~40%あるという推測の真実性、あるいは相当性を立証するように求めてきた。

 しかし、実配部数を公表する責任は読売の側にあるのではないかという意見も少なからずある。と、言うのも読売新聞には公共広告が掲載されているからだ。実配部数が不透明な媒体に、公共広告を出稿すること自体問題ではないだろうか。

 ところが日本の裁判制度では、真実性、あるいは相当性の立証責任は、被告側にあるらしい。と、なれば住民運動で新聞各社に実配部数を公表するように求めるべきではないかという声があがったのである。

 販売店の諸問題の元凶になっているのは、「押し紙」である。今、必要なのは、部数の透明化にほかならない。

 たまた読売が関係した2つの出来事が、全国「押し紙」ネットワーク発足の引き金になったが、 改めて言うまでもなく、読売に対抗するためのネットワークではない。新聞社の系統を問わずに、係争中の販売店主支援と、部数の透明化を目標とした活動を展開していく。

 

◇高屋肇さんのあいさつ             

  皆様は「押し紙」という言葉をご存じでしょうか。「押し紙」とは新聞社が新聞販売店に搬入する過剰な新聞を意味します。たとえば販売店が1000部しか新聞を配達していないのに、新聞社が1500部を販売店に搬入したとすれば、差異の500部が「押し紙」という計算になります。もちろん新聞社はこの500部についても卸代金を徴収しています。

 日本全国で毎朝、新聞販売店に搬入される新聞の総部数は約4500万部。しかし、実際に配達されている新聞は、全体の6割とも7割とも言われています。言葉をかえれば、3割から4割は捨てられている計算になります。これを部数にすると、1350万部から1800万部にもなります。

 わたしは1997年に毎日新聞販売店を廃業するまで、約半世紀に渡って新聞業界に身を置いてきました。1980年代の初頭に、国会で新聞販売の諸問題が取り上げられた時期には、国会議員に「押し紙」に関するデータを提供したりもしました。

 しかし、新聞社は、その後も「押し紙」政策を改めることはありませんでした。それどころか「押し紙」政策の徹底しました。それにより、「押し紙」で新聞販売店が被る被害は、年々、深刻になっていきました。

 新聞離れが進むなか、2009年の現在では、搬入される新聞の5割が「押し紙」というケースも決して珍しくはありません。

  さらに問題なのは、「押し紙」と一緒に折込チラシも破棄されていることです。販売店に搬入される折込チラシの枚数は、原則として新聞の総部数に準じるために、広告主が自主的に発注枚数を減らさない限り、「押し紙」に相応する枚数が水増し状態になります。

 これは歴然とした詐欺行為ですが、もちろんこのようなカラクリは、新聞業界の秘密として、広告主には知らされていません。

 さらに新聞社は「押し紙」により、新聞の公表部数をかさ上げして、紙面広告の媒体価値をも高めます。紙面広告の価格は、公表部数に大きく影響されるからにほかなりません。

 改めて言うまでもなく、新聞社はジャーナリズムの旗を掲げたメディア企業です。そのジャーナリズムの職能集団が「押し紙」や折込チラシの水増し行為を行っているわけですから、見過ごせない大問題です。もちろん新聞社の闇を、新聞記者が報じることはありません。その結果、「押し紙」は知られざる大問題になっているのです。

  新聞社には、経営上の汚点があるわけですから、公権力の腐敗を追及するにも限界があります。本気で追及すれば、逆に新聞社が詐欺や独禁法違反のかどで取り締まりの対象にされかねないからです。日本の新聞ジャーナリズムが弱腰なのも、このあたりに真の原因があるのではないでしょうか。

 「全国『押し紙』ネット」は、「押し紙」や折込チラシの水増し問題を一般住民に知らせることを目的として、新聞販売店の関係者を中心に結成した組織です。メディアが「押し紙」問題を報じないのであれば、住民運動の力で不正な商慣行を世に問う必要があるでしょう。(全文公開)

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堂々と「押し紙」を回収。「押し紙」世界一。
新聞販売黒書の主宰者・黒薮哲哉の著書紹介
配達されずに破棄される折込チラシ
 
 
 
 
 
 
 
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