『日刊ゲンダイ』が横浜副流煙事件を報道
『日刊ゲンダイ』(4月27日付け)が、横浜副流煙事件についての記事を掲載した。3月に原告団が開いた記者会見に基づいた記事で、作田学・日本禁煙学会理事長に対する刑事告発に関する内容だ。記事のリンク先は次の通りである。(電子版)
「押し紙」問題・連載⑥、銀行と税理士が新聞社の残紙政策の異常を指摘
この章の全文は、ウエブマガジン(有料)で読めます。ここでは、最後の節を掲載します。
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さらに別の裁判が提起された。2021年2月に、長崎県佐世保市の元店主が、読売新聞西部本社に対して「押し紙」裁判を起こしたのである。原告の元店主は、1989年に長崎新聞の販売店主任として新聞業界に入った。その後、YCを経営するようになる。
元店主が損害賠償の対象としたのは、2011年3月から2020年2月までの約9年間の残紙である。損害賠償額は、約1億2446万円。残紙率は、時期によって変動がある。最も残紙率が高かったのは、2017年3月の34.6%だった。
「報告事件」についての調査、最高裁事務総局に対する2件の情報公開請求、回答を3カ月延期
筆者は4月22日、最高裁事務総局から2件の通知を受け取った。「通知期限の延長について」と題する文書で、筆者が3月22日付けで行った情報公開請求に応じるか、それとも拒否するかの回答期限を3カ月程度先送りするという内容である。
筆者は今年に入ってから、俗にいう「報告事件」を調査している。「報告事件」とは、下級裁判所が審理している事件のうち、審理の進捗を最高裁事務総局に報告するように指定した事件のことである。
2021年04月23日 (金曜日)
連載・「押し紙」問題⑤、4月と10月に新聞のABC部数が水増しされる理由、広告営業を優位に展開するための不正な戦略
読者は、「4・10増減」(よん・じゅう・増減)という言葉をご存じだろうか。新聞販売店主の間では、周知になっている用語で、「4」は4月のABC部数を、「10」は10月のABC部数を示す。
4月と10月に新聞のABC部数が増えて、月が替わるとまたABC部数が減部数されるパターンのことである。逆説的に言えば、4月と10月に新聞社は、広義の「押し紙」を増やし、それが過ぎると再び部数を減らすというのだ。つまり販売店にとっては、年に2回、「押し紙」の負担が増す。
なぜ、新聞社はこのような政策をとるのだろうか。
アメリカ食品医薬品局が日本からの輸入に関する注意事項を3月に更新、福島県のコメや牛肉など
アメリカ食品医薬品局は、3月4日付けで、日本からの輸入品に関する注意事項を更新した。岩手県産が1品目解除されたが、依然として厳しい制限が続いている。
更新された書面によると、現時点で青森、千葉、福島、群馬、茨城、岩手、宮城、長野、新潟、埼玉、静岡、栃木、山形、山梨の各県産の一部の食品が輸入禁止になっている。
連載「押し紙」④、広域における残紙量、新聞社の内部資料を公開
折込媒体の水増し行為の温床となっている残紙はどの程度あるのだろう。
残紙量は時代によっても新聞社の系統によっても異なる。あるいは販売店により、地域により差がある。
残紙問題が国会質問で取り上げられるなど、事件として浮上したのは、1980年代である。しかし、それ以前にも残紙は問題になっていた。日本新聞販売協会(日販協)が発行している『日販協月報』には、たびたび残紙に関する記事が登場する。さらに厳密にいえば、残紙は戦前にもあった。たとえば、日販協が編集した『新聞販売概史』によると、1930年に新聞販売店の店員が残紙を告発した挿話が紹介されている。
しかし、戦前・戦後をとおして新聞が残紙問題を報じることはほとんどなかった。自社が「押し紙」裁判に勝訴した時などに、それを誇らしく報じたことはあっても、残紙がなぜ問題なのかをジャーナリズムの視点から掘り下げたことはない。テレビ局も、残紙に関しては報道を控える方針に徹してきた。その大半が新聞社と系列関係を持っているからだ。
週刊誌や月刊誌は断続的に残紙問題を報じてきたが、それらは商取引上の問題、あるいは倫理上の問題としての視点が中心で、公権力によるメディアコントロールのアキレス腱という視点を欠いていた。新聞社の経営上の汚点を理由として、公権力が暗黙裡に新聞社経営に介入する構図を指摘したことはない。
本章では、残紙量を検証する。最初に広域における残紙の実態を歴史軸に沿って紹介し、最後に個々の新聞販売店における残紙のうち、特徴的なものを紹介しょう。
【シリーズ産経の残紙1】「反共メディア」の裏面、産経新聞の内部資料を入手、大阪府の広域における「押し紙」の実態を暴露、残紙率は28%
(この記事は、2018年10月26日に掲載した記事の再掲載記事である。)
これだけ大量の残紙があるにもかかわらず、公権力はなぜメスを入れないのか?
産経新聞の「押し紙」を示す新しい内部資料を入手した。「平成28年7月度 カード計画表」と題する資料で、その中に大阪府の寝屋川市、門真市、箕面市、四条畷市など(北摂第3地区)を地盤とする21店における「定数」(搬入部数)と、「実配数」が明記されている。
店名は匿名にした。「定数」(搬入部数)の総計は、4万8899部。これに対して「実配数」は、3万5435部である。差異の1万3464部が残紙である。予備紙として社会通念上認められている若干の部数を除いて、残りは「押し紙」ということになる。残紙率にすると28%である。
理由が不明だが、新聞は搬入されているが、配達していない店もある。赤のマーカーで示した店だ。今後、産経に理由を問い合わせることにする。
この内部資料が外部にもれたのは、販売店を訪問した産経の担当員が店にこの資料を置き忘れたことである。
次に示すのが資料の実物である。
横浜副流煙事件の刑事告発、『週刊新潮』が報道
本日発売の『週刊新潮』(4月22日号)が、横浜副流煙事件を取り上げている。日本禁煙学会の作田理事長に対する刑事告発に関する記事で、被害者の藤井敦子氏が事件の経緯を語っている。また、作家の小谷野敦氏が、作田理事長について、
「私も作田さんと論争したことがありますが、こちらの主張に全く耳を貸さない人でした。しかし法令まで破るとは、ついに一線を越えてしまった気がします」
と、コメントしている。
横浜副流煙事件、書面で裏付けられる斎藤実・警視総監(当時、神奈川県警本部長)の関与
既報したように横浜副流煙事件は、疑惑だらけの診断書を作成した作田学・日本禁煙学会理事長に対する刑事告発の段階に入った。ところがこの刑事告発をどの捜査機関が担当するかで揉めている。たらい回しの状態だ。
最初、告発人らが弁護士を通じて告発状を提出したのは、東京地検特捜部だった。3月29日のことである。ところがその翌日、東京地検はこの事件の発端となった横浜市青葉区を管轄する青葉警察署が担当するのが筋だと主張して、書面一式を弁護士の元へ送り返した。
そこで告発人らは、告発状を青葉署へ再提出した。これに対して青葉警察署は、この告発の根拠(医師法20条違反)となった横浜副流煙裁判の判決を書いた横浜地裁がある加賀町警察署(中区北部)こそが捜査に適任という見解を示した。
近々に弁護士と加賀町警察署の間で話し合いが行われる。
連載・「押し紙」問題②、「秘密裏に大量廃棄される広報紙」
◆メディアコントロールの温床
2019年の夏、わたしは新聞販売店で働いていたひとりの青年から、東京都江戸川区の広報紙『えどがわ』が日常的に廃棄されているという告発を受けた。告発メールには、販売店の店舗に積み上げられた『えどがわ』を撮影した写真が添付してあった。新聞折り込みを行った後に残ったものである。
わたしは、これだけ多くの水増しされた折込媒体を見たことがなかった。尋常ではないその量に、改めてこの種の不正行為と表裏関係になっている残紙問題が深刻になっていることを実感した。
残紙とは、新聞社が新聞販売店に搬入した新聞のうち、配達されないまま店舗に残った新聞のことである。広義に「押し紙」とか、「積み紙」とも呼ばれている。その正確な定義は次章で説明するとして、ここでは販売店で過剰になっている新聞部数と解釈すれば足りる。
たとえば新聞の搬入部数が4000部であれば、折込媒体の搬入部数も4000部である。販売店へ搬入される折込媒体の部数は、残紙を含む搬入部数に一致させるのが原則的な商慣行になっているのだ。もっとも私企業の折込媒体の場合は、この原則に当てはまらないことがあるが、公共の折込媒体の場合は、両者を一致させることが慣行になっている。
連載・「押し紙」問題①、「記者の志がジャーナリズムを変えるという幻想」
ウェブマガジン(有料)「報道されないニュースと視点」で、「押し紙」問題を新しい視点から捉えたルポルタージュを連載します。タイトルは、『「押し紙」とメディアコントロールの構図』。「押し紙」問題と折込広告の水増し問題についての最新情報を紹介すると同時に、新聞ジャーナリズムが機能しない客観的な原因を、「押し紙」を柱とした新聞のビジネスモデルそのもの汚点という観点から探ります。
1回目の序章の部分は、全文公開とします。 ■購読はここから
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◆記者の志がジャーナリズムを変えるという幻想
新聞ジャーナリズムが権力監視の役割を果たしていないという指摘は、かなり以前からあった。新聞を批判してきた識者は数知れない。読者は、次の引用文がいつの時代のものかを推測できるだろうか。
【引用】たとえば、新聞記者が特ダネを求めて“夜討ち朝駆け”と繰り返せば、いやおうなしに家庭が犠牲になる。だが、むかしの新聞記者は、記者としての使命感に燃えて、その犠牲をかえりみなかった。いまの若い世代は、新聞記者であると同時に、よき社会人であり、よき家庭人であることを希望する。