「押し紙」問題・連載⑥、銀行と税理士が新聞社の残紙政策の異常を指摘
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さらに別の裁判が提起された。2021年2月に、長崎県佐世保市の元店主が、読売新聞西部本社に対して「押し紙」裁判を起こしたのである。原告の元店主は、1989年に長崎新聞の販売店主任として新聞業界に入った。その後、YCを経営するようになる。
元店主が損害賠償の対象としたのは、2011年3月から2020年2月までの約9年間の残紙である。損害賠償額は、約1億2446万円。残紙率は、時期によって変動がある。最も残紙率が高かったのは、2017年3月の34.6%だった。
この裁判でも、前節で紹介したケースと同様に搬入部数が固定されていたことは分かった。2011年3月から2015年12月までの4年9カ月に渡って読売は、毎月、1部の差異もなく3132部を搬入したのである。このような状態を新聞業界では、「部数をロックする」と呼んでいる。既に述べたように、前出の広島県の店主でも、やはり一定期間、部数がロック状態になっていた。
残紙が原因で新聞の卸代金の支払いに窮するようになると、原告の元店主は融資を受けるために、銀行と交渉を繰り返した。銀行は、当初は元店主の要望に応じて融資を実行していたが、徐々に態度を硬化させていった。
元店主によると、銀行も残紙を問題視するようになったという。2020年の夏に、融資の交渉の中で元店主は、銀行の担当者と次のような言葉をやり取りしたという。銀行の担当者が次のようにアドバイスする。
「まず、読売と交渉して、過剰な新聞の仕入れをやめるようにしてください」
元店主によると、銀行の担当者は、実配部数と搬入部数の間に著しい乖離があることに納得がいかない様子だったという。販売店の経営を圧迫する無駄な新聞部数は仕入れる必要がないというのが、担当員の言い分だった。
「定数は販売店の側では減らせません」
「どうしてですか。無駄なものをわざわざ仕入れる必要はないでしょう」
「減らせない制度なんです」
「じゃあ、残った新聞はどうされていますか」
「廃棄しています」
「そんなことをしなくても、注文部数を減らせば、業績は改善するでしょう」
担当員は、本当に事情が理解できない様子だったという。新聞社のビジネスモデルは、普通の商取引とは異なる。「注文部数」を製造元が決めるのである。このような制度は他の業種にはありえない。銀行の担当者は、
「定数(黒薮注:搬入部数、あるいは注文部数)が同じというのもおかしくありませんか」
と、繰り返した。
「読者が激減して、売上も下がっているのに、仕入れ部数だけは変わらないというのはどういうことなんでしょうか」
元店主の顧問税理士も銀行と同じ疑問を呈していたという。残紙を無くせば、販売店経営を立て直すことができるのに、それが出来ない現実に疑問を呈した。
さらにコンビニを経営している元店主の妻も、販売予定のない商品を搬入する商慣行に疑問を呈していた。元店主に対して、「そんな商売(黒薮注:販売店経営)は早く止めるべきだ」と忠告していたという。
かつてコンビニ業界でも、弁当などの仕入にノルマを課す慣行が問題になったことがあるが、公正取引委員会の指導などで、現在では解決している。
以上、述べたように残紙は、新聞業界の外部から見れば非常識極まりない問題なのである。それにもかかわらず少なくとも半世紀は続いてきたのである。日本の新聞ジャーナリズムの信用にかかわる問題ではないか。公権力が介入できるメディアコントロールの温床になることは、念を押すまでもない。