1. 連載・「押し紙」問題②、「秘密裏に大量廃棄される広報紙」

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2021年04月12日 (月曜日)

連載・「押し紙」問題②、「秘密裏に大量廃棄される広報紙」

◆メディアコントロールの温床

2019年の夏、わたしは新聞販売店で働いていたひとりの青年から、東京都江戸川区の広報紙『えどがわ』が日常的に廃棄されているという告発を受けた。告発メールには、販売店の店舗に積み上げられた『えどがわ』を撮影した写真が添付してあった。新聞折り込みを行った後に残ったものである。

わたしは、これだけ多くの水増しされた折込媒体を見たことがなかった。尋常ではないその量に、改めてこの種の不正行為と表裏関係になっている残紙問題が深刻になっていることを実感した。

残紙とは、新聞社が新聞販売店に搬入した新聞のうち、配達されないまま店舗に残った新聞のことである。広義に「押し紙」とか、「積み紙」とも呼ばれている。その正確な定義は次章で説明するとして、ここでは販売店で過剰になっている新聞部数と解釈すれば足りる。

たとえば新聞の搬入部数が4000部であれば、折込媒体の搬入部数も4000部である。販売店へ搬入される折込媒体の部数は、残紙を含む搬入部数に一致させるのが原則的な商慣行になっているのだ。もっとも私企業の折込媒体の場合は、この原則に当てはまらないことがあるが、公共の折込媒体の場合は、両者を一致させることが慣行になっている。

告発者によると、この販売店には大量の残紙があるので、実際に配達している新聞部数よりもはるかに多い部数の『えどがわ』が搬入されるという。その結果、残紙は言うまでもなく、配達後に残った『えどがわ』も古紙回収業者に引き渡しているらしい。それが昔からの慣行だという。

わたしは、告発者に対して、この販売店で発生した残紙の写真を送付するように依頼した。残紙量を確認すれば、廃棄されている残紙と『えどがわ』の量が一致しているかをおおよそ推測することができるからだ。

告発者の青年にこの販売店におけるおよその新聞部数の内訳を尋ねたところ、搬入部数は約4000部で、配達部数(実際に配達している部数、あるいは読者数)は約1300部とのことだった。約2700部が残紙となっている。
当然、残紙2700部に準じる部数の『えどがわ』も、折込料金だけを徴収して廃棄している公算が強い。

◆東京・江戸川区の広報紙を大量廃棄
新聞社経営や販売店経営の汚点は、公権力によるメディアコントロールの決定的な温床になるというのが、かねてからのわたしの仮説である。そこでわたしは、広報紙の水増し問題の調査に着手した。
わたしは、情報公開制度を利用して、2019年度の江戸川区全域における『えどがわ』の新聞折込み枚数(以下、折込定数)を調べてみた。開示された資料によると、それは14万4700部(朝日、読売、毎日、日経、産経、東京)だった。江戸川区全域にある販売店に対して、総計で14万4700部の『えどがわ』が搬入されているのである。

残念ながら、江戸川区全域における新聞の実配部数を示すデータは存在しない。そこで参考までに、江戸川区全域におけるABC部数を調べてみた。

ABC部数というのは、日本ABC協会が定期的に公表している新聞の発行部数である。発行部数なので、この中に残紙も含まれているが、その枚数は分からない。しかし、折込定数がABC部数を超える異常な現象も時々みうけられるので、念のために、『えどがわ』でもこの現象が起きていないかを調べることにしたのだ。

調査の結果、『えどがわ』の折込枚数とABC部数が明らかになった。次のようになる。

『えどがわ』の折込部数:14万4700部
江戸川区のABC部数:13万4303部

ABC部数よりも『えどがわ』の部数の方が約1万部ほど多いことが判明したのだ。つまりたとえ残紙が1部たりともなくても、1万部の『えどがわ』が過剰になっているのだ。内部告発をした青年が送付した写真で明らかになった残紙の実態が、他の販売店でも日常化しているとすれば、大量の『えどがわ』が残紙と一緒に廃棄されていることになる。

◆東京は23区のうち12区で水増し
江戸川区における広報紙の水増し実態が判明したことを受けて、わたしは東京都の全23区を対象として、広報紙の配布実態を調査した。残紙の実態は分からないが、販売店に対する広報紙の割り当て枚数が、ABC部数を超える実態が、江戸川区以外でも起きていないかを調べることにしたのである。

調査の第一ステップとして、まず各区役所の情報公開窓口に、新聞折り込みにより広報紙を配布しているかどうかを問い合わせた。その結果、23区のうち16の区が新聞折り込みによる広報の配布を実施していることが分かった。次の区である。

荒川区、文京区、千代田区 、中央区、江戸川区 、板橋区 、目黒区、港区、練馬区、大田区 、世田谷区、品川区、新宿区、杉並区、墨田区、豊島区

新聞折り込みを実施していない区は、次の7区次である。

足立区、葛飾区、北区、江東区、中野区、渋谷区、台東区

新聞折り込みを実施している16区については、販売店に残紙があれば、たとえ折込枚数が新聞の搬入部数を上回っていなくても、広報紙が水増し状態になっている。

その残紙が各新聞販売店にあるかどうかを、わたしのような第三者が帳簿上で確認することはできない。そこでわたしは折込枚数が新聞のABC部数を上回っているケースだけを「水増し」と定義した。この定義を前提としても、次の12の区で「水増し」の定義に当てはまる実態があることが判明した。

荒川区、文京区、江戸川区、目黒区、港区、練馬区、大田区 、世田谷区、品川区、新宿区、杉並区、豊島区

表(■1の3省略)は、12区における広報紙の発行総部数、折込枚数、それにABC部数の比較一覧である。いずれの区でも折込枚数がABC部数を上回っている。広報紙が水増し状態になっている。その水増し率は、おおむね20%前後であるが、目黒区は29.8%、豊島区は42.7%と突出している。
しかも、これらの水増し率は、残紙が一部も存在しないという前提で計算したものである。残紙の実態については、第3章で詳しく検証するが、少なくとも搬入される新聞のうち2割から3割は、残紙になっているというのが常識的な見方である。そうすると実際の水増し率は、表(■1の3省略)で示したものよりも、はるかに高くなる可能性が高い。

水増し率7・2%の江戸川区ですら、大量に積み上げられた残紙と広報紙が写真撮影されているのである。広報紙の水増しは、放置できない問題といえるだろう。

◆豊島区の広報紙、水増し率43%
12区の中から、もっとも水増し率が高い豊島区のケースをクローズアップしてみよう。豊島区は、広報紙『広報としま』を発行している。同区のウェブサイトによると、「毎月1日は『特集版』と『情報版』を、毎月11・21日は『情報版』を発行」している。「また年に2回、『特別号(としまplus)』(A4冊子版)を全世帯に配布」する。

基本的に区民は、デジタルブック版で『広報としま』にアクセスする制度になっているが、「ほか、日刊紙(朝日・読売・毎日・東京・産経・日本経済)への折り込みや、区内各駅の広報スタンド、区内ファミリーマート、区内公衆浴場、区内郵便局、区施設の窓口にも置いてい」る。「また、区内在住で、新聞を購読していない世帯(企業は除く)で、ご希望のかたに個別配布をしてい」る。戸別配布の部数は、同区の広報課によると、月に4000部程度である。

『広報としま』の折込枚数、ABC部数、水増し部数、水増し率は次の通りである。

新聞折込部数:76、500部
ABC部数:43、722部

過剰になった『広報としま』の部数は、32、778部である。水増し率にすると43%にもなる。残紙があれば水増し率は、さらに高くなる。そしてその可能性は、現在の新聞業界の状況からすると極めて高い。

さらにわたしは、過去10年にさかのぼって、『広報としま』の水増し実態を調査した。その結果、少なくとも2010年から水増し状態になっていたことが判明した。(◆ただし、資料そのものの入手が困難な年度が含まれている)

直近の2020年度の場合、ABC部数が3万7236部しかないのに、7万4950部の『広報としま』が発注・受注されていた。たとえ残紙が一部たりともなくても、4万部近くが配達されずに廃棄されていることになる。

改めていうまでもなく、広報紙の水増しが発覚した自治体は、東京23区のうちの12区だけではない。たとえば千葉県の場合、船橋市、流山市、柏市、山武市などで同じ問題が発覚している。しかも、これらの自治体における不正行為は、わたしが抜き打ち的に調べた結果、発覚したものである。全自治体を調査すれば、さらに不正常な状態にある自治体の存在が浮上する可能性が高い。

このうち山武市は、問題が発覚した後、2021年4月から新聞折り込みによる広報紙の配布を廃止して、全戸配布に切りかえた。流山市では、NHK党の市議がこの問題を追及し、市当局は調査をして、不正があれば改めると約束した。

念のために補足しておくが、地方自治体の職員はおそらく故意に広報紙の水増しを放置しているわけではない。新聞社がからんでいる事業で、公然と不正行為が行われていることが想像できないのである。

◆首都圏・一都三県の広報紙の水増し

都道府県の広報紙も、水増し状態になっている場合がままある。わたしは全国の各都道府県の県庁に対して、広報紙の配布方法についての問い合わせを行った。その結果、約3分の1程度の自治体で、新聞折り込みによる広報紙配布が行われていることが分かった。調査結果のうち、首都圏(東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県)のケースを紹介しよう。【続きはウェブマガジン】