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2015年07月14日 (火曜日)

山河」滅ぼした自民、「国の安全」を語る資格ありや、長良川河口堰閉門20年、集会に参加して①

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者、秘密保護法違憲訴訟原告)

「国破れて山河在り」。でも、「山河」さえ壊したこの国の政治家と官僚に、「国の安全」を語る資質も資格もあるのだろうか。先の見えないこの国に行く末…。私は「杜甫」(とほ)の詩の1節を思い出しつつ、暗澹たる思いで三重県の伊勢湾河口から岐阜県にかけて長良川堤を歩いた。

「無駄な公共事業の典型」と言われた長良川河口堰。「本州で唯一、ダムのない川の環境を壊すな」との激しい反対運動が繰り広げられたのは1980年代後半から90年代。それを押し切り、国が堰の水門が閉じ、長良川を海から隔絶したのは、1995年7月だった。

それから20年。「豊かな恵みをもたらす『母なる川』の長良川を元に戻せ」と、あきらめずに堰の開門を求める人たちが地元には多く残っている。そんな人たちが5日に岐阜市で開いた集会「よみがえれ長良川、開門調査実現を」に、河口堰とは浅からぬ関係にある私も参加した。

◇死の川と化した長良川

前日の4日、「今の長良川の現状を見てください」と、地元の人たちが堰のある伊勢湾河口を出発点に上流に向けて案内してくれた。河口付近では、背割り堤一つ隔てて揖斐川と並行して流れている。船に乗り、まず堰のない揖斐川の底をすくうと、砂地でシジミも何個か取れた。

次に堤を回り込み、長良川側に出た。底にはヘドロがびっしり溜まり、異臭を放っていた。低酸素状態で、もちろんシジミはいない。堰で流れが止まったら堰の上流でヘドロがたまることは、私にも容易に想像出来た。しかし、水門下流の海側でこれほどとは…。満潮時、逆流したごみが堰で止められて沈み、ヘドロ化するのだという。

堰を超え、上流側に回り込んだ。もちろんそこにも大量のヘドロが溜っていた。「清流」「唯一の自然河川」と多くの人から親しまれた長良川は、堰で海と隔絶されたことで、自然の営みが出来ず死に絶えていた。

堰建設前はアユ、サツキマス、ボラ、スズキ…。潮の干満で海と川の水が混じる汽水域を通って多くの魚が行き来した。海で育った魚が川に上り、また川を下って海に出た。その魚を狙う漁師の小舟が浮かぶのが、日本の原風景でもあった。しかし、魚の棲まない川に舟も浮かんでいなかった。
ヨシハラ堰から上流に向けて10キロ余り、背割り堤の上を走った。
右に長良川、左に揖斐川。堰のない揖斐川には青々と育ったヨシ原が続く。しかし、長良川河原はヨシの姿が消え、セイタカアワダチソウなどの雑草や雑木が生い茂る。

揖斐川のヨシ原に降りた。ベンケイガニがうようよ。あっという間にバケツ一杯採取出来た。一方、長良川河原にも棲んでいたこのカニの姿はなく、以前見られない赤い脚のカニが数匹取れただけ。

◇長良川の天然アユが準絶滅危惧種に

堰がなく、満潮・干潮の影響を受けて水位が上下する揖斐川は、ヨシの根にも酸素が供給され、元気に育つ。一方、長良川は堰で隔絶さえ潮の干満による水位の変化さえなくなった。ヨシも育たず、よどんだ巨大な溜池と化していた。

ヨシの根っこには多くの魚が卵を産み付け、孵化した幼魚にとっては、外敵に狙われにくい恰好の棲家。ヨシ原のなくなった長良川で生物の営みが消えたのは当然だったのだ。

岐阜市は今年、鵜飼で知られる長良川の天然アユを準絶滅危惧種に指定した。アユは、春から夏海から、上・中流部に遡上。岩に着いたコケを食べて成長し、秋に河口堰のある下流部に降りて産卵。孵化した稚魚は海に出て、春になると、また川を上る。

しかし、堰から上流30キロほどまでが「溜池」になった長良川では、川底の岩はヘドロで覆われ、アユの食べるコケも生えない。ヨシ原がなくなれば、安全に過ごす棲家もない。せっかくアユが卵を産んでも死滅する。今は「溜池」までアユが降りて来たとき、漁師がすくって堰の下までトラックで運んでいる。もう、人間の手をかけてやらないと、アユは「自然」では生きられなくなっていた。

木曽、長良、揖斐。木曽三川の流れが集まる伊勢湾河口部の河原には、週末になると多くの家族連れが訪れる。バーベキューに興じ、たっぷりの自然エネルギーをもらって帰っていく。

でも、命の息吹がなくなった長良川には、もらうべきエネルギーがない。古代から水辺で生きて来た「人」という種族は、そのことを敏感に感じるのだろう。堰建設以来、元気に遊ぶ子供たちの声は、揖斐,木曽の河原からは聞こえても、長良からは途絶えた。

◇長良川の開門を求める人々

翌5日、岐阜市の国際会議場での集会。広い大会議室が満員になった。多くの人がまだまだ長良川をいとおしく思い、蘇らせることに執念を燃やしている表れだ。

80歳を超える今まで漁師として長良川とともに生きて来た大橋亮一さん。「堰が出来て3年ほどは、普通に魚が獲れ、堰は心配したほどではないと思った。だが、4年後あたりからみるみる魚が減った。堰が出来ても、それまで棲んでいた魚は何とか生きられた。

でも、産卵の環境がなくなり、稚魚が育たない。海につながっての川だ。自然の循環がなくなり、私たちが育った長良川は死んだ」と語り、改めて生態系を人間が壊したことに怒りを込めた。

今は鵜飼舟の船頭。大橋さんのような川漁師にあこがれる30代の平工顕太郎さん。「漁で妻、子供を養えるようにしたい。自然の長良川が蘇えるように開門実現にぜひ皆さんの力を貸して下さい」と、熱い思いで訴えた。

◇国土交通省、「無駄な公共事業でなかった」

堰で長良川が死ぬことは、多くの人が恐れ、警告して来た。しかし、「将来、必ず水が足らなくなる」「堰を造らないと、水害の心配がある」と強引にその声を封じて、建設に突き進んだのは、この国の官僚と政治家。その周りに利権目当ての人が巣食っていた。住民が最後の砦として、司法に判断を委ねても、裁判官は聞く耳さえ持たなかった。

しかし、水需要は増えるどころか、この20年間ますます減った。河口堰の水など一滴も必要としていないのだ。だが、国土交通省は河口堰で溜めた水が1部使われていることを理由に、「無駄な公共事業でなかった」と強調する。

確かに河口堰で生まれる毎秒22.5トンの水のうち、愛知県知多半島の水道用に2.95トン。三重県津地域と合わせ3.5トン余りが供給されている。知多半島へはわざわざ多額の費用をかけて、導水路まで造った。

しかし、そのカラクリを知多半島に住み、「河口堰の水を考える住民の会」世話人の宮崎武雄さんが教えてくれた。

「知多半島には、『工業用水』として確保した木曽川の水が大量に余り、『暫定』として水道用に供給されて来た。しかし、『河口堰が出来たから』として、強引に『暫定利用』をやめさせ、河口堰の水に切り換えさせた。

しかし、工業用水は使うあてがなく、その分大量に伊勢湾に垂れ流している。何のことはない。国交省のアリバイ作りにされただけです」

「知多半島の住民は、堰が出来たことで、それまでの美味しかった木曽川の水が飲めなくなった。代わりに河口堰に溜った臭い水を飲まされている。しかも、堰の建設負担に加え導水路を作ったことで水道料金は大幅値上げになった」。

治水も同様だ。国交省では2004年、想定を超える毎秒8000トンの大雨が降っても、堤防下2メートルの安全ラインをさらに1.5メートル以上下回ったとして、堰の治水効果を強調する。しかし、この事実こそ実は、「治水のために、堰は不可欠」との宣伝が大ウソだったことの何よりの証明なのだ。

◇長良川河口堰問題の再検証

この点は私の著書「報道弾圧」(東京図書出版)を読んでもらえば分かる。当時の建設省は堰建設前の1990年、堰がなくても長良川は想定される最大大水、毎秒7500トンが流れても、水位は安全ラインの下しか来ず、治水上堰が不要なことを水位計算で十分承知していた。

しかし、私の取材が進み、この計算結果が露見するのを恐れた。なんとしても堰を建設しようと、計算を左右する川底の摩擦の値(粗度係数)を操作。あたかも最大大水では、堤防の安全ラインを超えるかのデッチ上げ水位図を描いて見せ、「治水上、堰が必要」と宣伝、着工に漕ぎつけた。

しかし、この時、建設省がデッチ上げた係数の値が本当に正しいなら、2004年の大雨での水位は、安全ラインぎりぎりか、少し上回らなければならない。しかし、1.5メートル以上下だったということは、この係数の値がウソだったことの証明、治水上過剰投資だったことを物語っている。

つまり、多額の税金を投入し、ウソと言い訳に塗り固めて造った河口堰は、無駄であるだけでなく、人々の川での営みまで壊した。集会では、「河口堰がなくなっても誰も困りはしない。とにかく一刻も早く堰のゲートを開門し、海とつながった長良川に戻してほしい」との声が相次いだ。

◇記事は没に、記者職は剥奪

官僚と政治家のウソを暴く私の河口堰取材は、建設省の極秘資料の入手により、完璧に裏付けが取れていた。しかし、記事にならないまともな理由すら説明しないまま、朝日幹部は止めた。裏によほど後ろめたい理由があったのだろう。ほとんどの記事はボツにされ、異論を唱えた私は記者の職を追われた。

もし、私に朝日を辞める勇気があり、真実を明らかに出来たなら、河口堰工事は止められたかも知れない…。私は何より長良川にすまないとの思いで、ずっと気にかかっていた。

でも、官僚や政治家、住民の声も聴かず着工にお墨付きを与えた裁判官。国民・住民の「知る権利」を裏切った朝日幹部…。彼らの中に、長良川の現状に心を痛めている人はいるのだろうか。もう頭の片隅にも多分、河口堰のことはないはずだ。

もちろん、結果に責任を取ろうとする人は一人もいない。政治、行政、司法、メディアのすべてが壊れたら国・国土がどうなるか、河口堰は身をもって教えてくれた。

「国破れて山河在り 城春にして草木深し 時に感じては花に涙を注ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」。中国・唐時代の詩人・杜甫は理想の政治を夢見て仕官の道を志す。だが、政治は腐敗し、戦争も絶えない。追われるように都を出て、失意の中で山河に心を癒された。

◇自然破壊から国土破壊へ

今、この国では、「国を守る」として集団的自衛権容認・安全保障法制で、憲法9条基軸の「平和国家」から大きく転換しようとしている。しかし、身近な「自然」すら守らない政治家・官僚が、「国を守る」と言って、誰が信用するのだろうか。

何の利点も工事をして自然破壊だけを進めて、結果に責任を取らない人たちが、この安保法制で戦争に突き進み、多くの国民の命が失われても責任を取ることはない。それも長良川が教えてくれた。

本当に「国を守る」とは、川とともに生きた大橋さんのような人たちが自分たちに身近な自然を守ることが原点にあるはずだ。「外国の脅威」などと言う人がいる。しかし、いかに邪悪な外国があったしても、長い目で見れば、美しい自然さえ残っていれば、こうした人々をその自然から引き離すことは出来ない。

安保法制が制定され、この国の軍隊が連携する国と一緒に戦うことになれば、相手国からは「敵」とみなされる。場合によっては核攻撃の脅威に直面する。杜甫はまだ美しい「山河」に癒された。でも、この国の「山河」が核攻撃で壊されるとしたら…。私たちは今後、何によって癒されたらいいのだろうか。

 

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)
フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。特定秘密保護法違憲訴訟原告。

2015年07月10日 (金曜日)

「八木VS志岐」裁判の尋問、曖昧で信用できない日本の名誉毀損裁判、裁判官のさじ加減でどうにでもなるのが実態

【サマリー】名誉毀損裁判は、裁判官のさじかげんで判決に差がでるケースが多い。判断基準があいまいだ。志岐武彦氏が歌手で作家の八木啓代氏に対して200万円の支払いを請求する名誉毀損裁判では、八木氏による多量ツイートが問題になっている。これらのツイートが名誉毀損があたるのか、実際のツイートを読者に公開した。

また、「窃盗」という言葉が争点になった「黒薮VS読売」裁判を再検証する。この裁判は、地裁と高裁が黒薮の勝訴。最高裁で読売が逆転勝訴し、黒薮に110万円の支払い命令が出た。

7月8日、東京地裁で「志岐武彦VS八木啓代」裁判の本人尋問が行われた。この裁判では、歌手で作家の八木氏(被告)による一連のツイート(リツイート等も含む)が志岐氏の名誉を毀損したかどうかが争われている。

念を押すまでもなく名誉毀損裁判では、ある表現が原告の社会的な地位を低下させたかどうかが検証される。従って原告が名誉毀損的表現を主張している表現が複数件あれば、当然、そのひとつひとつを検証すると同時に、その表現がどのような文脈の中で使われているのかを総合的に把握しなければ真実には到達できない。

ところがわたしがこれまで傍聴してきた数々の裁判では、このようなプロセスは踏んでいないものが大半を占める。複数の名誉毀損的表現を絞り込んで、審理しているようだ。

8日に傍聴した「志岐武彦VS八木啓代」裁判でも、原告が名誉毀損的であるとしている八木氏のツイートのすべてを厳密な検証対象としているわけではない。

◆著名人による一連のツイート

著名人による一連のツイートにより、一市民である志岐氏がどのように社会的評価を低下させられたのか、あるいは社会的評価は低下させられていないのかの検証も十分には行われていない。

そもそも社会的評価を下すのは不特定多数の読者であるから、その読者を法廷に呼ぶことなしに検証はできない。

が、それは実質的には不可能だ。第一、だれが八木氏のツイートを読んだのかを特定することができない。第二に文章表現の受け止め方は、数学の回答とは異なり、個々人によりかなり多様性があるので、ある表現をひとつの基準ではかること自体に無理があるのだ。

ちなみに志岐氏が名誉毀損的だとしているツイートは次のようなものである。すでにネット上で公開されているものなので、ほんの一部であるがここでも紹介しておこう。

■八木氏よるツイートの例PDF①

■八木氏よるツイートの例PDF②

読者は、著名人によるこれらのツイートが一市民の社会的評価を低下させていると感じるだろうか?

◆「窃盗」という表現をめぐる論争

名誉毀損裁判では、こじつけ解釈が得意な者が勝を制すのが実態のようだ。普通の人が普通の読み方をしたときにはありえない解釈が幅をきかせて、勝敗を決することもままある。

たとえばわたしが被告になった対読売裁判のひとつがその典型である。この裁判の発端は、2008年3月1日に福岡県久留米市で起こった読売新聞販売店の強制改廃事件に端を発している。強制改廃とは、新聞社が一方的に販売店を廃業させることである。

この日、わたしは福岡県の販売店主から電話を受けた。この店主は、慌てた口調で、知人の販売店に読売の江崎法務室長ら数人の社員らが事前の連絡もなしに訪れ、店主を前に強制改廃を宣告した後、翌日の朝刊に折り込む折込チラシを、店舗から運び去ったと伝えてきた。

わたしはウエブサイト「新聞販売黒書」でこの事件の速報記事を出した。その際に、チラシの持ち去り行為を指して、「窃盗」と書いた。さらにチラシの搬出作業を行ったのが、読売の関連会社・読売ISの社員であったにもかかわらず、この点を明確にしなかった。そのために読売の社員が「窃盗」をはたらいたような印象を与えたらしい。

読売は、人権擁護団体である自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士を立て、わたしに対して2230万円のお金を求める名誉毀損裁判を起こした。

当然、争点は、「窃盗」という言葉になった。地裁と高裁では、わたしが勝訴した。チラシの搬出作業は、店主の目の前で行われており、読者は読売関係者が本当に窃盗をはたらいたとはみなさないというのが、裁判所の判断だった。

つまり裁判所は、「窃盗」は文章修飾学の隠喩(メタファー)にあたると判断したことになる。メタファーとは、たとえば「あの監督は鬼だ」「人生はマラソンだ」と言った表現である。これは「鬼のように厳しい」「マラソンのように起伏がある」という意味である。

わたしは「窃盗」をメタファーとして、強制改廃直後のチラシの搬出行為を「窃盗のように悪質だ」の意味で使ったのだが、喜田村弁護士らは、メタファーを知らなかったのか、額面通りに「窃盗」が事実の摘示にあたると強弁して、フリーライターには支払い不可能な2230万円のお金を求めたのである。

余談になるが、これが人権派弁護士の実態なのだ。

ところが最高裁で状況が変わる。最高裁は、読売を逆転勝訴させることにして弁論を開き、判決を東京高裁へ差し戻したのである。そして東京高裁の加藤新太郎裁判長が、110万円の金銭支払いを命じる判決を下したのである。

わたしは今でも、読売を逆転させた加藤新太郎判事は文章修飾学の隠喩(メタファー)を知らなかったのではないかと考えている。

ちなみに加藤新太郎裁判長について調査したところ、過去に複数回、読売新聞にインタビューなどで登場していたことが分かった。

■加藤新太郎裁判長が登場した読売の紙面PDF

2015年07月08日 (水曜日)

読売の広告収入、ピーク時の1700億円から800億円へ半減、自民・大西議員の発言がプレシャーになる理由

【サマリー】2015年1月に開かれた読売新聞社の新春所長会議で、渡邉恒雄グループ本社会長・主筆は、読売の広告収入が、ピーク時の1700億円から800億円までに落ち込んでいることを明かした。広告収入は新聞社の大きな収入源である。それが落ち込んでいる事実は、新聞社の広告を柱としたビジネスモデルの危機でもある。

 が、この点を逆手に取れば、メディアコントロールも可能になる。自民党・大西英男議員の「マスコミを懲らしめるには、広告料収入をなくせばいい」という発言は、こうした状況下で飛び出した。

1972年、新聞研究者の新井直之氏が『新聞戦後史』(栗田出版)を著し、新聞ジャーナリズムのアキレス腱が実は新聞社のビジネスモデルにあることを、戦前の例をひきながら鋭く指摘した。

1940年5月、内閣に新聞雑誌統制委員会が設けられ、用紙の統制、配給が一段と強化されることになったとき、用紙制限は単なる経済的な意味だけではなく、用紙配給の実権を政府が完全に掌握することによって言論界の死命を制しようとするものとなった。

新井氏が指摘したことを、長い歳月の後、今度は自民党の大西英男議員がゆがんだかたちで指摘した。大西議員の発言は次の通りだった。

「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番。政治家には言えないことで、安倍晋三首相も言えないことだが、不買運動じゃないが、日本を過つ企業に広告料を支払うなんてとんでもないと、経団連などに働きかけしてほしい」

改めて言うまでもなく、広告収入が新聞社経営に及ぼす影響は計り知れない。それゆえにメディアコントロールの道具として悪用されやすい。公権力や企業の目の付けどころになる。

新聞社の広告収入の実態を読売新聞を例に紹介しよう。

◇折込広告も不況

今年1月に開かれた読売新聞社の新春所長会議で、渡邉恒雄グループ本社会長・主筆は、読売の広告収入が、ピーク時の1700億円から800億円までに落ち込んでいることを明かした。(『新聞情報』、2015年1月24日)

渡邉氏は次のように言う。

読売新聞も販売部数は1年で66万部減少したし、広告収入も、ピーク時に1700億円あったものが800億円にまでほぼ半減し、昨年も800億円を超すことがありませんでした。そのため、読売新聞社としても、多少緊縮した財務政策を取らざるを得ませんでした。不況脱出遅れのために、特に大変な困難に直面されたのは、ここにいらっしゃるYC所長の皆様方であります。まず、第一に折り込み収入が不況で激減して以来いまだに回復しておりません。

読売に限らず、他の新聞社も同じような窮地に追い込まれている可能性が高い。と、いうのもABC部数の大小により広告価格が設定される基本原則がある事情から察して、読売よりもABC部数が少ない他社は、広告営業においても、読売よりもはるかに苦戦を強いられるからだ。

こうした新聞社の斜陽を逆手に取って自民党の大西議員らが着目したのが、
どうやら広告主を抱き込むメディア戦略だったようだ。古くて新しい手口である。経営部門をターゲットにした戦前の手口の復活だ。

◇不毛な紙面批判

しかし、一方に広告主に対して広告出稿をストップさせる手厳しい戦略があるとすれば、他方にはそれと鋭く対立する友好的な戦略もある。それが新聞に対する軽減税率の適用である。軽減税率の適用は、新聞人による政界工作の成果もあり、適用が確実視されている。

つまり、新聞ジャーナリズムをコントロールするために、出版とは無関係なところで、「アメとムチ」の政策が進行しているのである。

安保法制は今、こうした状況の下で、ジャーナリズムを骨抜きにして、成立しようとしている。

わたしは「メディア黒書」で、「いくら新聞紙面の批判をしても、新聞ジャーナリズムは改善しない」と繰り返してきたが、その原因は、新聞社のビジネスモデルが間違っているからである。

2015年07月07日 (火曜日)

「志岐武彦VS八木啓代」裁判の本人尋問、ツイッターによる名誉毀損は認められるのか? 8日の13:30分から東京地裁

元旭化成の役員で『最高裁の罠』(K&Kプレス)の著者・志岐武彦氏が、多数のツイッターで名誉を毀損されたとして、歌手で作家の八木啓代氏を訴えた裁判の本人尋問が、7月8日に行われる。スケジュールは次の通りである。

日時:2015年7月8日、13時30分

場所:東京地裁634号法廷

この裁判は原告も被告も代理人弁護士を立てない本人訴訟である。そのために主尋問では、裁判長が志岐氏と八木氏を尋問するかたちをとる。また、反対尋問では、志岐氏と八木氏の双方がそれぞれ相手を尋問する設定になる。持ち時間は、双方とも30分。合計60分である。

◇著名人VS一市民

八木氏のツイッターをフォローしている人は約1万8000人。歌手であり、作家あるだけに影響力が大きい。一方、一市民である志岐氏のツイッターをフォローしているのは約5000人。影響力では比較にならない。

ちなみに、双方の主張については、双方に自論があるので、メディア黒書としては、判決が出た後、判決文は言うまでもなく双方の準備書面や証拠を公開することを検討している。裁判関係の書面公開は、著作権法でも認められている。この裁判に先立つ「森裕子VS志岐武彦」裁判の関係資料は、すでにネットで公開されている。

■「森裕子VS志岐武彦」裁判の資料

ただ、準備書面などの中に名誉毀損的な表現があれば、訴訟の対象にもなる。準備書面だから何を書いてもいいということにはならない。

参考1:八木氏のツイッター

参考2:志岐氏のツイッター

2015年07月06日 (月曜日)

スマホなどのヘビーユーザーが受ける人体影響は深刻、携帯基地局近くの住民よりも高リスクか?

【サマリー】携帯電話基地局から放射される電磁波が人体に影響を及ぼすことはよく知られている。しかし、だからといって基地局から遠方で暮らしていれば安全ということにはならない。基地局が近くにない民家で、携帯電話をONにした状態で電磁波を測定したところ、基地局の近くよりも数値が高くなることが判明した。

最近、携帯電話やスマホなどの移動通信機器による電磁波(マイクロ波)問題の盲点に気づいた。従来の説は、携帯基地局の近くに住んでいる人は健康被害を受けるリスクが高く、基地局から遠方に住んでいる人はそのリスクが低いというものだった。しかし、それを再考する必要がある。

結論を先に言えば、住居が携帯基地局から離れていても、移動通信機器を日常生活の中に組み込んでいれば、同じリスクがある。

◇通話中の電磁波測定

なぜ、わたしがこのように考えるようになったのかと言えば、自分の仕事部屋の電磁波(携帯電話のマイクロ波)を測定していた最中に、たまたま携帯電話の呼び出し音が鳴り始めたのと同時に、測定器の表示版の数値が一気に跳ね上がるのを目撃したからだ。

その時の数値を記録していないので、同じ状況を再現してみる。まず、現在の数値である。2015年7月6日、午前6時20分の測定で、0.0003 μW/c㎡ (マイクロワット・パー・平方センチメートル)だった。この数値は、オーストリアのザルツブルグ市の目標値である0.0001 μW/c㎡には及ばないが、EUの(室内)提言値である0.01μW/c㎡はクリアーしている。

次にわたしは自分の固定電話から自分の携帯電話に電話をかけて、通話状態をつくり、電磁波の数値を測定してみた。会話しているときと同じ条件にするために、固定電話の受話器に向かって声を発し続けた。

電磁波の数値は、0.05μW/c㎡だった。EUが定めた規制値の5倍の数値になったのである。危険領域である。

※通常、電磁波測定は6分にわたって測定して、その平均値を取るが、今回は3分間の平均値とした。

◇パソコンがアンテナの働き?

さらに最近、わたしは次の事実にも気づいた。パソコン(普通のケーブルを使ったもの)を「ON」にして、電磁波を測定したところ、1分間に1回ぐらいの割合で、電磁波の数値が10倍ぐらいに跳ねあがるのだ。すぐに数値は下がるが、しばらくすると再び数値が跳ね上がる。

こうした現象が起こる理由はよく分からないが、パソコン自体がアンテナの働きをしている可能性もある。

また、固定電話に子機の機能があると、部屋全体の電磁波の数値が通常の10倍ぐらいになることも分かった。これについては、複数の人からも、情報提供があった。

つまり携帯基地局の近くに住んでいなくても、高性能な固定電話が何らかの原因で、部屋の電磁波強度を引き上げている可能性がある。

◇腐敗した政治家と官僚

これらの事実から、携帯電話の基地局周辺に住んでいなくても、携帯電話やスマホ、それにワイヤレスPCなどを日常的に使っている人は、携帯基地局の近くに住んでいる人々と同じような人体影響を受けるリスクがあるといえそうだ。

基地局の近くに住んでいるが、携帯電話やスマホは使わない人と、基地局から離れて住んでいるが携帯電話やスマホは使う人を比較対象として、発癌率などを調査してみると、意外に後者の方が高いかも知れない。

余談になるが、日本の総務省が定めている電磁波(マイクロ波)の規制値は、
1000μW/c㎡である。EUが0.001μW/c㎡だから、箸にも棒にもかからない数値といえる。政治家と官僚が、こんな数値を放置しているのである。

電話会社や家電メーカーから、多額の政治献金を受け取っているから、EUなみに規制を厳しくできないのではないか。また、マスコミが電磁波問題を積極的に報道しないのは、電話会社と家電メーカーが大口広告主であるからだ。

2015年07月04日 (土曜日)

DHCの吉田嘉明会長が澤藤統一郎弁護士に6000万円を請求した裁判が結審、澤藤弁護士が意見陳述

化粧品会社DHCの吉田嘉明会長が、 澤藤統一郎弁護士に対して6000万円の支払いを求めた名誉毀損裁判の第7回口頭弁論が、1日に東京地裁で開かれた。提出書面の確認が行われた後、被告の澤藤弁護士が意見陳述を行い、裁判は結審した。

判決は9月2日の午後1時15分に言い渡される。本人尋問などを実施しなかった経緯からして、吉田会長の訴えが棄却される可能性が極めて高い。

澤藤弁護士の意見陳述は次の通りである。

■澤藤弁護士の意見陳述PDF

2015年07月03日 (金曜日)

大西英男議員の政治資金収支報告書を検証する、収入1569万円の明細が不明

「マスコミを懲らしめなければならない」などの暴言を吐いた大西英男衆院議員の政治資金収支報告書を点検したとき、他の自民党議員の政治資金収支報告書を点検するときにもしばしば感じてきた違和感を抱いた。

わたしが感じた違和感とは、収入の明細がよく分からないことである。具体性の欠落である。むろんまったく収入の中身が記されていないというわけではない。法的に問題があるわけでもない。

あまりにも形骸化したシンプルな記入方法に、面食らったのだ。文は人なりというが、書面からも、大西議員の人間性が浮上してくる。

◆「大西英男に夢をたくす会」の中身が分からない

大西議員が東京都選挙管理委員会へ提出した政治資金収支報告書(2014年8月25日に提出された2013年度分)に記された収入の明細は次の通りである。

大西英男に夢をたくす会 :7,140,000   H25/12/6

自民党東京都第十六選挙区:1,500,000   H25/1/8
自民党東京都第十六選挙区:1,050,000   H25/2/4
自民党東京都第十六選挙区:1,000,000   H25/3/7
自民党東京都第十六選挙区:1,500,000   H25/4/10
自民党東京都第十六選挙区:1,500,000   H25/5/7
自民党東京都第十六選挙区:1,000,000   H25/9/2
自民党東京都第十六選挙区:1,000,000   H25/11/5

■大西英男議員の政治資金収支報告書PDF

2013年度の総収入は、1569万円である。政治資金の流れを透明化するという政治家としての常識に鑑みると、たとえば「大西英男に夢をたくす会」の収入714万円の中身を知りえないのは、有権者として納得がいかない。

政治資金パーティーによる収入の可能性が高いが、このような記入方法では、活動の中身がさっぱり分からない。肝心かなめ情報--だれが「大西英男に夢をたくす会」に出かけて行き、幾らの資金を支出したのかを知ることができない。

自民党東京都第十六選挙区からの収入855万円は、政党助成金だと推測される。本当に政党助成金だとすれば、大西議員は税金を使ってマスコミをつぶす運動を展開していることになる。

2015年07月02日 (木曜日)

「押し紙」70年③ ABC部数と実配部数の乖離を生む「押し紙」、政府・公取委・警察が70年も「押し紙」を放置している本当の理由

日本ABC協会という新聞や雑誌の部数公査(監査)を実施している団体がある。新聞の発行部数という場合、通常はABC部数を意味する。そしてこのABC部数を基準に、新聞に掲載される政府広報など、公共広告の掲載価格が
決められる。

日本ABC協会は、日本で最も信頼のおける部数公査機関としての定評があるが、同時に新聞業界の内幕を知る人々のあいだでは負の評価もある。特に新聞販売店主の間では、「まったく信用できない」という評価が定着している。ABC部数が、新聞の実配部数と著しく乖離(かいり)しているからだ。

◇ABC部数は単なる印刷部数

が、厳密にいえば、ABC部数はもともと実配部数を示す数値ではなく、発行部数(印刷部数)を示す数値であるわけだから、法的に見れば、同協会がデタラメな情報を公表しているわけではない。ABC部数として公表しているのは、実際に印刷されている部数である。

ここがトリッキーな部分なのだ。通常、新聞の発行部数がそのまま実配部数だと思いがちだが、両者の間には著しい差がある。

改めて言うまでもなく、ABC部数と実配部数がかけ離れている原因を生み出しているのは、「押し紙」である。あるいは新聞社の「押し紙」政策である。ABC部数の中に「押し紙」が含まれているために、必然的にABC部数が実配部数を反映しない現象が起こるのである。

わたしが述べた上記の問題は、実はかなり昔から指摘されてきた。1970年(昭和45年)11月の『日販協月報』からは、ABC部数に対する不信感が新聞販売店主の間で沸騰している様子が読み取れる。タイトルは、

    ABCの現状に強い不満表明

対談形式の記事で、ABC公査に対する強い不信感を語っている。

森実勉一氏:ABC協会の現在の公査方法には反対である。今の公査は、一週間前ぐらいに通知がきて、公査するが、これを抜き打ちに変えるべきだと思う。そして公査の結果は堂々と公表してもらいたい。

■出典:日販協月報PDF

なぜ、販売店主は「一週間前の通知」に反対して、「抜き打ち」調査の導入を希望したのだろうか。わたしがこれまで多数の販売店主から聞いた話によると、それは一週間前に通知した場合、新聞社が販売店に帳簿類を改ざんして、「押し紙」の存在を隠すように命じられるからだ。

「押し紙」は独禁法に抵触する。

改ざんの目的は、架空の配達地域と架空の読者を設定して、そこへ新聞を配達しているというフィクションの裏付けを設定することである。こうして「押し紙」の存在を隠してきたのである。

◇新聞研究者が「押し紙」を問題視しない理由

日販協月報がABC公査の問題を指摘して、半世紀になるが、ABC公査はいまも実配部数を反映していない。「押し紙」問題を放置していることが、その原因にほかならない。

本来、「押し紙」問題は、新聞研究者が指摘しなければならない。しかし、故新井直之氏らごく少数を例外として、だれもが口を閉ざしている。理由は簡単で、新聞社経営にかかわる決定的な問題を指摘すると、「紙面」という自分たちが言論活動を展開する場を失うリスクが生じるからだ。だから知らん顔をしている。

しかし、「押し紙」問題は新聞社のアキレス腱なのであるから、この問題を放置する限り、公権力は「押し紙」問題を逆手に取って、メディアコントロールの道具として悪用する。新聞社が忠犬のように政府の「広報部」になれば、「押し紙」を黙認し、逆に政府に批判的な論陣を張れば、「押し紙」やそれに連動した広告料の不正設定を理由に、新聞社経営に圧力をかけかねない。

政府・公取委・警察がなぜ70年にもわたって「押し紙」を放置しているのか、その理由を再考してみるべきではないか。

2015年07月01日 (水曜日)

自民党・大西英男議員のマスコミ批判が露呈した広告依存型ビジネスモデルの限界と「押し紙」問題

6月25日に開かれた自民党若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」で、マスコミをつぶせと言わんばかりの発言が相次いだことが問題になっている。

このうち自民党の大西英男議員は、「マスコミを懲らしめるには、広告料収入をなくせばいい」と発言したが、これは大西議員が現在のメディア企業のどこに決定的な弱点があるかを見抜いていることを物語っている。

広告依存型のビジネスモデル--それは広告収入を主要な財源として、ジャーナリズム活動を展開するスタイルである。現在、「公共放送」を除く、世界の大半のメディア企業が広告依存型のビジネスモデルを採用している。インターネット・メディアも例外ではない。そこでは常に広告主に対する「自粛」が起きている。

しかし、この問題を考える時にややもすると一般論が先行して、盲点になりがちな領域がある。広告という場合、企業が出稿する広告やCMのイメージが強いが、政府や官庁、それに地方公共団体などがメディア企業に出稿する公共広告についても、ジャーナリズム活動にとって負の要素となる側面がある事実である。

公共広告を通じて、想像以上に巨額の金がメディア企業に流れ込んでいるのだ。それが新聞を、「政府広報」に近いものにしている要因のひとつである。

わたしは2012年12月、情報公開請求により、内閣府から2700枚を超える公共広告の請求書(2007年~2010年分)を入手して、朝日、読売、毎日、日経、産経の紙面広告に対して請求された金額を算出したことがある。

◆「押し紙」と広告の関係

その結果、内閣府はこれらの5社に対して、4年間で総額50億円もの広告費を支出していることが分かった。最高額は、読売とその広告代理店に対する約21億円だった。

■参考記事:主要5紙への政府広告費支出、4年間で50億円 最高額は読売とその代理店に対する21億円

しかし、公共広告に対する巨額出費を慣行化させているのは内閣府だけではない。たとえば最高裁事務総局も、メディア企業に対して広告費の大盤振る舞いを続けてきた。

たとえば、2009年4月1日付けで廣告社(株)が最高裁事務総局に対して行った「裁判員制度広報(新聞広告、雑誌広告、インターネット広告等)の企画、制作、広告掲載等実施業務」名目の請求は、総額で5億6227万円にもなっている。たった1回の企画でこれだけの額が動いているのだ。

おもな内訳は次の通りである。

読売:9378万円

朝日:7372万円

毎日:5019万円

■出典:請求書PDF

ちなみに企業広告の価格は、広告主と広告代理店の間で、臨機応変に決定されるので、相場がないのが実態であるが、公共広告の場合は、厳密にABC部数の序列によって価格が決められる。

新聞社が「押し紙」政策により、ABC部数をかさ上げするゆえんにほかならない。政府が「押し紙」問題にメスを入れれば、「押し紙」を柱とした新聞社のビジネスモデルは崩壊する。当然、新聞社の記者も職を失うリスクを背負う。

しかし、新聞社にとって幸いなことに、公共広告の「広告主」は、「押し紙」を放置している。と、いうのも新聞社の弱点を握ることで、メディアコントロールが可能になるからだ。

日本の新聞ジャーナリズムが機能しない原因は、記者の資質以前に、「押し紙」を核とした広告依存型のビジネスモデルにあるようだ。

従って一部の新聞学者のように、いくら新聞紙面を批判しても、新聞ジャーナリズムの再生にはつながらない。「押し紙」という客観的な原因を排除しなければならない。

2015年06月30日 (火曜日)

橋下市長に握られた違憲安保法制の行方、テレビ局育成政治の危険性

吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者、秘密保護法違憲訴訟原告)

「政治家は僕の人生から終了です」。大阪都構想の住民投票に敗れ、政界引退を表明したはずの橋下徹・大阪市長が1か月もたたないうちに政治の表舞台に躍り出た。

安倍首相と夕食を共にした翌日から、民主との決別・野党共闘の否定とも取れる矢継ぎ早の意見表明。いろいろポーズを取りつつも最終的には与党単独採決を避ける方向で、安全保障法制の憲法違反問題で窮地に立つ安倍首相へ助け舟を出そうとしていることが見て取れる。

橋下氏の政治家転身への軌跡をたどるとき、憲法9条を実質なきものにし、この国を米国とともに世界で闘う国にしたいとのメディアを含めた勢力が見え隠れする。

その橋下氏が国の転換点とも言えるこの時期に再び登場。まともな憲法論議もないまま、戦後長く続いた国是をいとも簡単に変えるキャスティングボードを握るとしたら…。改めてテレビ局によって育成された政治家が操る今の政治の危うさを問う。

◆本音を露呈した橋下氏

「民主党という政党は日本の国にとってよくない」

「民主党とは一線を画すべき」

「現実的合理性を重視する。空理空論の夢物語だけでは行政運営はできない」

「民主党とは決定的に違う」

橋下氏が6月14日夜、安倍首相と夕食を共にし、時間をおかず始めたツイッターでは、こんな言葉が躍る。

これに維新の党の若手議員がツイッターでかみついた。「市長職に対し次の人に任せるといいながら、国政に関しては、憲法改正をやるべきと『大型』かつ『新規』の改革を語るのは矛盾では」…。

すると橋下氏はいらだったのか、「しょうもないことを言う前に、維新の党として思想と論理が明確に伝わる(安全保障法案の)対案をしっかりまとめなさい」「国会議員の不適切な判断で国民の命が奪われることは最悪だ。ただし、安全保障体制はしっかり強化しなければならない」と書き込んだ。この文面にこそ、橋下氏の本音があるとみていいだろう。

もちろん安倍首相との会談の中身を知る由もない。しかし維新は、「違憲」として安保法制を阻止しようとする野党共闘にクサビを打ち込み、少なくとも与党単独採決を避け、実質法案成立に何らかの手助けをする“密約”をしたと受け取られても致し方ない。

◆大阪都市構想

大阪都構想の住民投票に敗れた橋下氏がさわやか記者会見を演じて見せ、政界からの完全引退を表明したのは、その1か月前の5月17日のことだった。

「市民の皆さん、本当に重要な意思表示をしていただきましてありがとうございます。大変重く受け止めている」

「都構想は市民に受け入れられなかったということで、やっぱり間違っていたということになるんでしょう。かなり悩まれたと思うし、非常に重い重い判断をされたと思うが、日本の民主主義を相当レベルアップしたかと思う」

「大阪市民が、おそらく全国で一番、政治や行政に精通されている市民ではないか。ぼく自身に対する批判もあるだろうし、都構想について説明しきれなかったぼく自身の力不足」

「もう政治家は僕の人生では終了です」

この政界引退表明に、記者会見の質問としては異例・異質と言えるほどしつこく食い下がり、未練がましく翻意を迫ったのが、地元読売テレビの記者だった。読売テレビは、橋下氏を番組で多用。選挙で勝てるまでに政治家としての知名度を高めて来たテレビ局だ。さもありなん、である。

◆本当に引退の意思はあったのか?

「70万人が都構想に賛成だ。その数を見て進退に微妙な変化はないのか」

「過去にも自身の進退発言を覆した。本当に100%辞めるのか」

「将来、もう一度政治家になる可能性はないか」と、記者はしつこく食い下がる。でもこの時、橋下氏は翻意するそぶりを微塵も見せなかった。

「いや、ない。政治だから負けは負け。たたきつぶすと言って、こっちがたたきつぶされた」

「また2万%と言わせたいんですか。あの時(大阪知事選出馬時)は番組の収録を抱えていて、『どうしても出ない』というふうに言わないと放送が出来なかったので、ああいう言い方をした。住民の皆さんの気持ちをくむ。負けるのだったら住民投票をしかけるべきでない。その判断が間違っている。住民の皆さんの考えをくみ取れていなかった。それは政治家として能力が一番欠けているところです」

しかし、橋下氏がここまで断言しても地元大阪で引退をまともに信じる人はほとんどいなかった。むしろ、橋下氏がどんなタイミングで、何を名目に政界復帰をするのか、多くの人の関心はそこにあった。安倍氏が違憲問題で危機に立ったことで、彼自身、誤算であったかもしれないが、これだけ早い時期での政界再登場にも意外性はない。

◆テレビが「育てた」橋下氏

改めて橋下氏の政界登場の軌跡を振り返ってみる。すると、「改革」と「改憲」をセットとするテレビ局の政治家売り出し戦略がくっきり見えてくる。

大阪の若手一弁護士に過ぎなかった橋下氏。茶髪にサングラス…、ルックスもいい。童顔、軟派なイメージで関西の番組に徐々に出るようになったが、全国区に押し上げたのが、2003年日本テレビ系「行列のできる法律相談所」にレギュラー出演するようになってからである。

橋下氏がテレビに出始めた頃、自民党総裁選で郵政民営化と靖国参拝をセットで公約した異端児・小泉純一郎氏が当選。利権漁りに走る身内の自民議員を「抵抗勢力」と敵に回す歯切れのいい演説で内閣支持率を高め、長年の腐敗で長期低落傾向にあった自民の人気を一気に回復させていた。

このとき保守は、腐敗に対して批判・改革する勢力を自らの政権内部に置き、反対勢力の専売特許にさせない政権維持手法を学んだ。

同じ年、橋下氏は系列の読売テレビ・関西ローカル番組「たかじんのそこまで言って委員会」にも出演するようになる。この番組は、安倍氏の主張にも近い筋金入りの保守評論家が多数出演。護憲・リベラルを主張するメディアや評論家らをやり玉に挙げるとともに、歴史認識問題で中国、韓国などを言いたい放題に批判するトークが売り物である。

この時、橋下氏は身内の法曹界に対しても、歯に衣を着せぬ批判を浴びせ物議をかもすなど、そのユニークな発言で関西での知名度を一気に上げた。さらに歴史観で共有するところが多い周りの評論家の応援も得て、水を得た魚のように持ち前の鋭い話術で官僚政治の腐敗を厳しく批判。返す刀で官公労も批判しながら、行政改革の必要性を説いた。

◆改憲のパートナー・別働隊

日本の平和・護憲運動は、伝統的にその動員・資金力を官公労など旧総評系労組に頼って来た。無駄な公共事業で1000兆円も国は借金を作るなど、誰の目にも従来の政官業癒着の自民利権政治の腐敗・限界は明らかだ。その点では、腐敗の歯止めになるどころか、利権の一部を分け合っていた面も否定できない官公労にも少なからず責任はある。

改憲したい保守右派も利権政治では痛いスネも持つ。読売テレビ、少なくとも「なんでも言って委員会」の番組スタッフには、橋下氏に小泉二世の可能性を感じたに違いない。

橋下氏はそれまで政界に縁はなく、利権へのしがらみも少ない。橋下氏の言動は保守右派にとっても1部耳の痛い話が混ざっていても、歴史観や安保政策では自分たちと考えと共有するものがある。橋下氏がテレビに出て、改憲・安保政策の必要性を説くとともに利権・労組批判・行革推進を訴えてもらえば、平和運動勢力の力を削ぐことも出来、まさに一石二鳥。改憲のパートナー・別働隊として恰好の人物と映ったはずだ。

 ◆最初から都構想より改憲

橋下氏はますます「なんでも言って委員会」での出番が多くなると、当時、税金の無駄遣いで倒産寸前だった大阪府や大阪市政を批判。大阪知事選に出馬し、大阪都構想を掲げるとともに、2012年、石原慎太郎氏の「太陽の党」と合流し「日本維新の会」を設立、国政進出を果たした。

私も大幅赤字の大阪府・市の財政をまがりなりにも立て直した橋下氏の功績のすべてを否定するものではない。しかし、思想、政策に同調することを基準に彼が選んだ公募区長や校長が何をし、人材としていかにお粗末だったか。あまりにも強引な労組つぶしなど民主主義と対極にある政治手法を考え合わせると、功罪相半ばする。

橋下氏は確かに都構想住民投票で敗北を喫した。しかし、憲法9条実質改憲でもある集団的自衛権容認の安保法制国会審議のヤマ場で、橋下氏が再び国政の表舞台にしゃしゃり出たことは、その思惑が何であれ、少なくとも彼を政治家として育てた読売テレビ・「なんでも言って委員会」の出演者・スタッフには、大満足のはずだ。もともと彼らは、最初から都構想より改憲での橋下氏の役割を期待していたはずだからだ。

◆竹村健一氏から橋下徹氏へ

読売テレビなど日本テレビ系列が、保守の思惑に沿って世論操作が出来る人物を売り出す手法を使い出したのは、実は橋下氏が初めてではない。思い出すのは、1978年から1985年までの長寿番組「竹村健一の世相講談」で売り出した評論家の竹村氏だ。

中曽根康弘元首相との深い親交でも知られる竹村氏は、基本的には自民の政策を強く支持した。しかし、自民の腐敗を時には叱って見せ、場合によっては当時の社会党や共産党の主張をほめる度量も見せた。でも、最後は保守の政策が日本の国益に沿うかのような結論で収束させ、巧みな話術で世論を誘導した。

橋下氏をテレビのコメンテーターとして多用、知名度を上げたうえで政治家に送り出す手法は、その進化形だ。橋下氏は、テレビ局によって作られ、自らもテレビやインターネットをいかに利用し、世論形成をするか。その手法を知り尽くし、利用法に最も長けている政治家の一人と言っていいだろう。それが先の記者会見にも、ツイッターによる今回の野党共闘否定宣言にも端的に表れている。

◆若い世代ほど橋下支持率が高い

その橋下氏を世論はどう評価したか。賛成69万4844票、反対70万5585票の大阪都構想住民投票での微妙な票差に、大阪市民の戸惑いが見える。

朝日新聞の投票日当日出口調査によると、都構想に賛成した人が挙げた理由で最も多かったのは「行政の無駄減らしの面」で41%。「大阪の経済成長の面」で31%。

一方、反対した人の理由で最も多いのは「住民サービスの面」で36%。でも反対票で注目すべきは、「橋下市長の政策だから」が26%。橋下氏を「支持しない」と答えた人の94%が反対票を入れた。

賛成票の年代別では、20代61%と30代65%と若い人ほど賛成比率が高く、40代59%、50代54%、60代52%と漸減する。一方、70歳以上は反対が61%。

支持政党別では、維新支持層の賛成97%は当然としても、都構想反対に回った政党のうち自民支持層は反対58%、賛成42%と均衡。公明は反対79%、賛成21%、共産反対88%、賛成12%。無党派では反対が52%と賛成の48%をわずかながら上回った。

メディアの中には、「高齢者は地下鉄や市バスの無料パスを縮小した橋下氏に恨みがあったからでは」と面白おかしく伝えるところもあった。しかし、それは高齢者に対してあまりにも失礼、浅薄な見方だ。

戦争体験のある高齢者ほど、安倍首相の進める実質改憲・集団的自衛権に懸念が強い。その表れとみるべきだろう。

こんな結果を総合して分析するなら、賛成票は、都構想の詳しい中身はともかく、大阪府・市政の「改革」の火を消したくないと思う人たちが投じたとみて間違いないだろう。

一方、橋下氏を「危険」と考えている人は、都構想そのものの是非より「橋下ノー」の意識から反対に回ったことが見えて来る。住民投票は、「改革」「改憲」セットの橋下世論操縦政治そのものの是非を問うものでもあったのだ。その結果、高齢者と無党派の戸惑いがブレーキとなり、辛うじて都構想そのものと橋下氏の中央政界本格進出を葬り去ったと言える。

◆一貫性がない発言内容

橋下氏によるツイッターやテレビでの政治手法は、政敵の腐敗を含めた弱みを徹底的に突き、それをもって相手の全人格を否定。抵抗を萎えさせ、自らの思い通りの方向に政治を動かすことにある。しかし、橋下氏自身、住民投票敗北の引退会見でこうも語っている。

「民主主義である以上。僕みたいな政治家が長くやる世の中は危険。みんなから好かれる、敵のいない政治家が本来、政治をやらなければいけない。敵を作る政治家は本当にワンポイントリリーフで、いらなくなれば交代。権力は使い捨てが一番。それが健全な民主主義だ。ぼくみたいな敵をつくる政治家がずっと長くやるなんて世の中にとって害悪。でも8年間、僕みたいなスタイルでやっているのだから、大阪も相当問題を抱えていたのかもしれない」

そして「独裁者」としてマスコミ批判も続けた橋下氏らしからぬ、こんな言葉も吐いた。

「民主主義はすごい。大層なけんかをしかけ、負けたのに命をとられない。ぼくはまた普通に生きて別の人生を歩める。絶対に民主主義のルール、体制は是が非でも守らなきゃいけない。そのためにはやっぱり報道だ。報道の自由は民主主義を支える根幹だから、メディアに頑張ってもらいたい」

橋下氏が自ら「独裁者」「敗北者」を自覚しながら、この時期再登場した意図は何か。自分を政治家に押し上げてくれたテレビ局の意図・恩に報いるためか。それとも「独裁者」としてのDNAが騒いだためなのか…。

各種世論調査を見ても、利権政治の解消、改革に対する国民の要求は強い。しかし、憲法9条の改憲、解釈改憲の集団的自衛権容認には慎重であり、反対が根強い。にも拘わらず、国会の議席で見る限り、圧倒的に集団的自衛権容認の方が多くなって、逆転現象が起きている。

歪みを作り出した原因の一つは、確かに小選挙区制である。でも、もう一つは利権政治の「改革」を願う国民を「改憲」勢力に取り込む手法で、健全であるべき世論形成過程を捻じ曲げ、日本の民主主義・政治構造を機能不全にしていったテレビ局育成政治にある。

「ジュラシック・ワールド」がこの夏封切られ、人間がDNA操作で作り出した怪獣が制御不能になるまで巨大化し、映画館の中を暴れ回る。国会では、世論形成の歪みを利用してテレビ局が作り出した橋下氏という世論操作怪獣がさらに巨大化、実質改憲の成否しようと縦横無人に暴れまわる。その結果、今後のこの国の針路と民の命を左右するとしたら…。

橋下氏という独裁者・世論操作怪獣を政治の世界に送り出したメディアに、結果に対する真摯な責任感・自覚があるや否や…。問われるべきはそのことである。

 

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。特定秘密保護法違憲訴訟原告。

 

2015年06月29日 (月曜日)

KDDIが公開討論への不参加を表明、係争を理由に荻野博士との直接対決を避ける、大阪府高槻市の携帯基地局問題で

大阪府高槻市で起きている携帯電話の基地局設置をめぐるKDDIと住民のトラブルで、KDDI側は住民らが提案している公開討論への参加を見合わせる決定を下した。6月23日付けで同社が住民の共同代表に送付した通知で、明らかになった。

この問題の発端は、2014年6月に、KDDIと協和エクシスが、高槻市大和で「KDDI携帯電話用無線設備設置のお知らせ」と題するチラシを配布し、その後、実際に基地局を設置したことである。基地局の設置場所が民家の至近距離だったために、住民たちの間で電磁波の人体影響を懸念する声があがり係争になった。KDDIが、基地局を稼働できない状態が続いている。

両者は話し合いを続けてきたが、解決にはいたらず、住民側は膠着(こうちゃく)状態を打開すべく、2015年5月になって、KDDIに対し、専門家による公開討論の開催を呼びかけた。公開討論を通じて、多角的な視点から電磁波による人体影響について考えようと意図したのである。

住民側は発言者として、電磁波研究の第一人者である荻野晃也博士を人選した。荻野氏もそれを承諾。これに対してKDDI側は公開討論への不参加を表明した。

【youtube】参考:電磁波シンポジウム(2015 05 16)荻野晃也氏講演

 

◇KDDIは不参加を表明

KDDI側が不参加を決めた理由は、住民らが人選した荻野氏が宮崎県延岡市で2009年に起こされたKDDI基地局の操業停止を求める住民訴訟(現在は、最高裁で継続中)の原告側証人として出廷した経緯があるために、「法廷の場以外で、直接対面し、議論することは控え」たいというもの。

公開討論には参加しないが、引き続き、住民との話し合いを続けていくとしている。

ちなみに延岡市の住民訴訟は、原告住民が地裁と高裁で敗訴したとはいえ、KDDI基地局の周辺で健康被害が発生している事実そのものは認定している。ただ、その原因が「ノセボ」効果(思い込みによる人体の変調)によるものとしている。

◇公開討論は予定どおり開催

KDDIが公開討論に参加しないとはいえ、公開討論そのものは予定通りに開かれる。荻野氏ひとりが住民の質問に回答するかたちになる。公開討論のスケジュールは次の通りである。

日時:2015年7月5日(日) 午後2時より

場所:高槻市大和ネオポリス自治会集会所

討論者:荻野晃也氏(電磁波環境研究所所長・理学博士)

住民側からの事前質問は、次の通りである。

携帯各社の電磁波の種類は違うのですか?

電磁波の強さは、各社の出している電磁波の総和になるのですか?
つまり、どの携帯でも良くつながる場所というのは、一社しかつながらない場所の数倍の電磁波強度だということですか?

今後携帯会社がさらに増えたら、さらに強い電磁波にさらされるということですか?

今回、大和2丁目のアンテナはauのLTE回線のためのものということですが、それは従来のものとどう違うのですか?

電磁波の単位について教えてください。

LTE回線の基地局ができたら防災連絡に役立つという人がいますが、ほんとうでしょうか。

基地局を減らすための方法はありますか。

フランスなどヨーロッパで電波の規制が厳しくなってきていることについてどうお考えになりますか。

大和2丁目地区はドコモの携帯電話はよく繋がって会話もできるが、auの携帯電話は繋がり難いし会話が途切れやすいと聞きます。そこでお尋ねしますが、ドコモ程度の電磁波であれば、既に数年の実績があり、健康障害が起こらないことが実証されているとも考えられますのでauの場合もドコモ並の弱い電磁波を発信していただくことができないのでしょうか(発信機を山側に向けるとか、出力を小さくする等で)

2015年06月26日 (金曜日)

特定秘密保護法違憲「東京」訴訟の原告団が、27日(土)に緊急集会

特定秘密保護法に対する違憲訴訟を提起しているフリーランスのジャーナリスト、編集者、映像作家からなる原告団は、6月27日(土)、明治大学で「秘密保護法、安保法制で、いよいよ戦争へ」と題する集会を開く。詳細は次の通り。

日時:2015年6月27日 13時30分~

開場、14:00開演、16:45終了

場所:明治大学駿河台キャンパス研究棟2F第9会議室

http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html

※リバティータワーの裏。大学北側に隣接する「山の上ホテル」の前に木立ちが茂っているところがあり、そこの入り口から入ると便利です。わからなければ「研究棟第9会議室はどこか」と聞いてください。
入場:無料

共催:秘密保護法違憲訴訟原告団、マスコミ世論研究所(草の実アカデミー)

6月3日、特定秘密保護法違憲《東京》訴訟で原告の寺澤有氏と林克明氏に対する本人尋問が行われた。当日は、閉廷後に手短な報告しかできなかったので、改めて報告集会を開くことになった。

集会では、尋問内容とその意味を解説するほか、いま大問題になっている安保法制、盗聴法拡大や司法取引導入に見られる刑事訴訟法改悪、秘密保護法の悪の三点セットで日本が戦争に向かっている状況を訴える予定。

プログラムは次の通り。

尋問報告1「墨塗り文書も出なくなる、は本当だった」原告・林克明

尋問報告2「自衛隊・隊員家族カードの衝撃」原告:寺澤有

東京訴訟の今

秘密保護法・刑訴法改悪(盗聴拡大・司法取引ほか)・戦争法  原告関係者の誰かを予定

各地の裁判報告と次回口頭弁論案内

2015年06月25日 (木曜日)

【「押し紙」70年②】昭和38年に店主らが「押し紙」をボイコット、公取への告発も

時代をさかのぼること半世紀、昭和30年代には、すでに「押し紙」が深刻な問題として浮上していた事実は、日販協(日本新聞販売協会)が発行してきた『日販協月報』にも記録されている。

1963年(昭和38年)11月25日付けの同紙は、日販協の全国理事会が「押し紙」排除を決議したことを伝えている。決議は次の通りである。

 新聞販売業界の安定と向上を阻害するものは「押し紙」「積み紙」である。われわれは「押し紙」「積み紙」を絶滅して明朗公正な取引の姿を実現するため発行本社および販売業者の自覚を強く要請する。

 右決議する。

 昭和三十八年十一月二十七日 

社団法人 日本新聞販売協会全国理事会

■出典:日販協月報PDF

この理事会には、大分県四日市で新聞販売店を経営する柚園要蔵さんという店主が上京して、飛び入りのかたちで理事会に参加している。柚園氏は、翌28日には、公正取引委員会を訪問して、「追起訴の打ち合わせを開始した」という。同氏は、これに先立ち、すでに公正取引委員会へ「押し紙」を告発していたのである。

◆「山梨時事」のボイコット

柚園氏が公取委に「押し紙」を告発した翌月には、山梨県で販売店主らが「押し紙」に抗議して、「山梨時事」の販売をボイコットする事件が起きた。ボイコットに参加した販売店は10店。

ちなみに「山梨時事」は、戦後まもなく創刊された地方紙で、1963年に廃刊に追い込まれた。発行部数は、約5万部。経営が苦しい新聞社ほど、「押し紙」を強要するなどでたらめな政策を徹底する傾向があるのは、昔も今も変わらないが、「山梨時事」はその典型だったようだ。

この事件についても、『日販協月報』(1963年12月25日)が報じている。ボイコットを決行した事情を説明するために、店主らが読者向けに作成したチラシは、「押し紙」の実態について次のように述べている。

 ところが最近、紙数の伸張にのみ狂弄し、理不尽な販売政策を推し進め、売れない新聞を一方的に押しつけ、 店を苦しめてまいりました。売れない新聞を泣く泣く受けて、売れない新聞代金まで払ってきたのです。それは改廃(店が新聞社から一片の通知で首を切られること)を恐ろしいばっかりに歯を食いしばって我慢してきたのです。

半世紀を超える歳月が過ぎても、「押し紙」問題がいっこうに解決しない背景には、やはりそれなりの理由がある。あくまでもわたしの推測になるが、新聞社の経営上の汚点を逆手に取って、新聞の論調をコントロールする戦略が、公権力の間で暗黙の了解になってきたからではないだろうか。

新聞を愚民政策の道具に変質させる意図があるのではないか?

「押し紙」問題を放置して、いくら紙面を批判しても、新聞ジャーナリズムの再生はありえない。