産経の検索結果

2021年04月17日 (土曜日)

【シリーズ産経の残紙1】「反共メディア」の裏面、産経新聞の内部資料を入手、大阪府の広域における「押し紙」の実態を暴露、残紙率は28%

(この記事は、2018年10月26日に掲載した記事の再掲載記事である。)

これだけ大量の残紙があるにもかかわらず、公権力はなぜメスを入れないのか?

産経新聞の「押し紙」を示す新しい内部資料を入手した。「平成28年7月度 カード計画表」と題する資料で、その中に大阪府の寝屋川市、門真市、箕面市、四条畷市など(北摂第3地区)を地盤とする21店における「定数」(搬入部数)と、「実配数」が明記されている。

店名は匿名にした。「定数」(搬入部数)の総計は、4万8899部。これに対して「実配数」は、3万5435部である。差異の1万3464部が残紙である。予備紙として社会通念上認められている若干の部数を除いて、残りは「押し紙」ということになる。残紙率にすると28%である。

理由が不明だが、新聞は搬入されているが、配達していない店もある。赤のマーカーで示した店だ。今後、産経に理由を問い合わせることにする。

この内部資料が外部にもれたのは、販売店を訪問した産経の担当員が店にこの資料を置き忘れたことである。

次に示すのが資料の実物である。

 

2021年03月04日 (木曜日)

最高裁事務総局に対して3件の情報公開請求、産経新聞「押し紙」事件の野村武範裁判長の職務に関する疑問、東京高裁在任が40日の謎

わたしは1月19日、最高裁事務総局(中村慎事務総長)に対して3件の情報公開請求を行った。その背景を説明する前に、まず実際の請求内容を紹介しておこう。

1、野村武範判事が東京高裁に在職中(令和2年4月1日から令和2年5月10日)に、担当した事件の原告、被告、事件の名称、事件番号が特定できる全文書

2、野村武範判事が令和2年5月11日に東京地裁に着任した後に担当した事件の原告、被告、事件の名称、事件番号が特定できる全文書

3、野村武範判事の人事異動に関連する全文書

■裏付け資料

◆◆
上記「1」と「2」の記述からも判明するが、野村裁判官は東京地裁に2020年の4月1日から5月10日の40日間在職した後、東京地裁へ異動している。これだけ短期間で異動していること自体が尋常ではないうえに、東京地裁へ着任した後、産経新聞社を被告とする「押し紙」裁判の裁判長になり、敗訴が濃厚になっていた産経新聞社を完全勝訴させる判決を下した。

この判決をめぐって、「報告事件」ではないかとの疑惑が広がっている。疑惑の根拠は、前任の裁判長が、産経新聞社に対して2回にわたり和解金の支払いを提案していた事実である。当然、判決になれば、産経新聞社が敗訴する流れだった。ところが裁判が結審する直前になって裁判長の交代があり、裁判の流れが急変したのである。

当然、司法ジャーナリズムが検証しなければならない問題である。しかし、司法記者は何もしない。役割を放棄している。そこでわたしが情報公開に踏み切ったのである。

◆◆
情報公開請求に対して、2月24日付けで最高裁事務総局は、わたし宛てに3通の文書を送付した。文面はいずれも、請求資料の開示までに、「本日から2カ月程度かかる見込みです」というものである。

開示請求の「3」については、確かに時間を要する案件かも知れない。しかし、野村裁判官が東京高裁に在職した40日のあいだに、具体的にどのような職務を遂行したのかを開示するのに、2か月の時間を要するだろうか。裁判官になった後の全職務を公開しろと言っているわけではない。

民間企業であれば、半日もあればできる作業である。

◆◆
判決文をどう評価するのか、あるいは判決の結果を「報告事件」に指定された結果と判断するのか否かは、読み手によって異なる。そこでなぜわたしが野村裁判官の下した判決がおかしいと感じたかを示しておこう。次の2件の記事を参考にしてほしい。

(2020年12月14日付け)野村武範裁判長が執筆した判決文にみる論理の破綻、「押し紙」は認定するが賠償は認めない、産経新聞「押し紙」裁判の解説、判決全文を公開

(2020年1月18日付け)産経「押し紙」裁判にみる野村武範裁判長の不自然な履歴と人事異動、東京高裁にわずか40日
新聞社がらみの裁判では、不可解な判決が下されることがよくある。その結果、新聞社に関連して事件に関して言えば、半世紀にわたって問題になっている「押し紙」にも、いまだにメスが入っていない。これ自体が不自然極まりないことである。

裁判官として人を裁く特権はただならぬものがある。それを軽視した裁判官はジャーナリズムの検証を受ける必要があるのだ。

 ※報告事件:
最高裁事務総局の指示によって、裁判の担当書記官が進捗状況を最高裁に報告する事件。報告により最高裁事務総局が、裁判官の人事異動を行うなどして、判決の方向性をコントロールする。日本の司法の恥部である。生田暉雄弁護士(大阪高裁元判事)らが、問題視している。

【参考記事】裁判官の不可解な人事異動-木村元昭・田中哲朗の両氏、対読売の真村裁判・平山裁判・黒薮裁判で

【参考記事】田中哲郎裁判官の軌跡を検証する、電磁波裁判と読売裁判を担当して九州各地を転々、最高裁事務総局に責任はないのか?

2021年02月26日 (金曜日)

2021年1月度のABC部数、政府よりの右派2紙・読売と産経は前月差でABC部数増加、

2021年1月度のABC部数が明らかになった。それによると朝日は、前年同月差でマイナス43万部、読売新聞はマイナス58万部、毎日新聞はマイナス28万部と大幅な部数減となった。

しかし、前月差でみると右派で政府よりの2紙、読売と産経は、12月から1月にかけてABC部数を増やしている。新聞離れの時代にもかかわらず好調だ。新聞販売店向けの部数の場合、読売は約1万部、産経は約1500部ほどABC部数を増やしている。

1月部数の詳細は次の通りである。

朝日:4,818,332(−431,432)
毎日:2,025,962(−277,821)
読売:7,310,734(−576.252)
日経:1,946,825(−281,066)
産経:1,223,328(−125,236)

◆読売、「押し紙をしたことは1回もございません」

なお、このところ「押し紙」問題が大問題になっているが、読売は自社の販売店(YC)には1部の「押し紙」も存在しないと公言してきた。

参考までに、宮本友丘専務(当時)が、「押し紙」裁判(読売VS黒薮・新潮社)の法廷で行った証言(2010年11月16日、東京地裁)を紹介しておこう。代理人である喜田村洋一・自由人権協会代表理事の質問に答えるかたちで、次のように証言した。

※自由人権協会:日本を代表する人権擁護団体のひとつ

喜田村弁護士:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所にご説明ください。

宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。

喜田村弁護士:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。

宮本:はい。

喜田村弁護士:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。

宮本:はい。

産経「押し紙」裁判にみる野村武範裁判長の不自然な履歴と人事異動、東京高裁にわずか40日

昨年12月に判決が下された産経「押し紙」裁判(東京地裁)で、原告の販売店を敗訴させた野村武範裁判長の履歴が不自然だ。次のようになっている。

R 2. 5.11 東京地裁判事・東京簡裁判事
R 2. 4. 1 東京高裁判事・東京簡裁判事
H29. 4. 1 名古屋地裁判事・名古屋簡裁判事

■出典

名古屋地裁から東京高裁へ異動したのは、2020年4月1日。そのわずか40日後に、野村判事は東京地裁は異動して、産経「押し紙」裁判の裁判長に就任した。

野村判事は、東京高裁での40日の間に具体的にどのような仕事をして、何を理由に最高事務総局により異動させられたのか、今後の解明が必要だ。不自然な人事異動の事実を前に、「報告事件」の疑惑が浮上している。

少なくとも司法ジャーナリズムの観点からすれば、検証が必要だ。判決の結果を垂れ流すだけが、司法ジャーナリズムではないだろう。

ちなみに新聞社が被告となった事件では、過去にも不自然な事例がある。携帯電話の基地局撤去をめぐる事件でも、類似したケースがある。前者は国家によるメディアコントロールの問題と、後者も国家による電波政策の問題とかかわりを持っている。

◆◆
「報告事件」というのは、最高裁事務総局が判決の方向性を決める事件のことである。その具体的な手口は、裁判官の人事異動である。たとえばある事件で被告企業A社が敗訴する公算が強くなったにもかかわらず、最高裁事務総局がA社を勝訴させたい意向を持っている場合、事件の担当裁判官を交代させることで、判決の方向性を変えると言われている。国策がからんだ裁判に多いようだ。

事件を担当する書記官が、最高裁事務総局に審理の内容を「報告」することから、「報告事件」と呼ばれている。大阪高裁の元判事・生田輝男弁護士らが「報告事件」を問題にしてきた。このような最高裁事務総局による「操作」が事実であれば、司法界の一大汚点である。裁判そのものがペテンということになる。司法ジャーナリズムは、この点を検証しなければならない。

◆◆
産経「押し紙」裁判は、東京地裁が舞台になった。事件の担当裁判長は、複数回にわたって産経に対し、解決金を支払って和解するように提言した。そのための期日も設けた。これは判決になった場合は、産経が敗訴する可能性を示唆している。原告を敗訴させる方針であれば、わざわざ和解を提案しなくても、判決で請求を棄却させればそれですむことだからだ。

ところがコロナウィルスの感染拡大で、東京地裁が半ば閉鎖されている時期に、この事件の裁判長が交代になった。新裁判長は、野村武範判事だった。野村判事は裁判が再開されると、早々に裁判を結審して原告を完全敗訴させた。

◆◆
以下、再検証のための基礎資料を紹介しておこう。

■判決文(全文)

 

【参考記事】野村武範裁判長が執筆した判決文にみる論理の破綻、「押し紙」は認定するが賠償は認めない、産経新聞「押し紙」裁判の解説、判決全文を公開

2021年01月15日 (金曜日)

産経「押し紙」裁判の判決を批判、週刊金曜日、産経が裁判所への上申書でメディア黒書を批判

本日発売の『週刊金曜日』が「『押し紙』を認めて責任認めず?」(金曜アンテナ)と題する記事を掲載している。黒薮の執筆である。この記事は、昨年12月1日に判決が言い渡された産経新聞「押し紙」裁判で、販売店を敗訴させた判決(野村武範裁判長)を批判した内容だ。

記事の中で、筆者は裁判の結審に先立って、産経の奥村毅弁護士と小泉裕樹弁護士が、期日の早期再設定(コロナウィルス感染拡大の影響で、一旦、取り消されていた)を求める上申書を裁判所へ提出し、その中で「メディア黒書」と筆者を批判していたことを報告している。紙面のスペースに制限あり、批判箇所の全体を引用できなかったので紹介しておこう。

以下、批判部分の記述である。

しかし、今般、本件訴訟につき悪質な記事がインターネットで配信されていることが発覚しました。

 配信しているのは、フリージャーナリストと称する黒薮哲哉氏で、「メディア黒書」と題するサイトの本年7月22日付けの記事(http://www.kokusyo.jp/oshigami/15389/)に本件訴訟に関する記事が掲載されております。記事には、本件訴訟で提出された資料がそのまま掲載されているうえ、訴訟経過についても原告有利に事実が歪曲されています、原告が訴訟を有利に進めるために黒薮氏と連携し、記事を配信させていることが明らかです。

 被告としても、当面は静観する予定でおりましたが、悪質な報道が繰り返され、エキサイトした場合は放置できないと考えております。

 裁判所におかれましては、以上の事情を斟酌いただいたうえ、できるだけ早期に期日を指定していただきますよう、上申いたします。

「原告が訴訟を有利に進めるために黒薮氏と連携し、記事を配信させている」と述べている。しかし、このような事実はなく、原告を取材し広義の「押し紙」問題を公にするように促したのは、筆者の側である。「押し紙」のような犯罪的行為は、容赦なく告発するように説得したのである。

もちろん産経側から取材は受けていない。

また、「悪質な報道が繰り返さ」たと述べているが、「悪質な報道」が何を意味しているのか具体的に示されていない。

昔、「裁判となればわが方のもの」と豪語した新聞人がいたが、恥ずかしい発言である。新聞人であれば、「調査報道となればわがほうのもの」でなくてはならない。自社のメディアで「押し紙」報道を批判すればいいだけの単純な話ではないか。

 

産経新聞の内部資料を入手、大阪府の広域における「押し紙」の実態を暴露、残紙率は28%

2020年12月14日 (月曜日)

野村武範裁判長が執筆した判決文にみる論理の破綻、「押し紙」は認定するが賠償は認めない、産経新聞「押し紙」裁判の解説、判決全文を公開

筆者は、産経新聞「押し紙」裁判の判決(東京地裁、野村武範裁判長)を入手した。本稿では、判決内容を紹介しよう。また、判決文の全文を公開する。

既報したように、この裁判で東京地裁の野村裁判長は、「押し紙」による損害賠償を求めた原告(元販売店主)の請求を棄却した。筆者がこの判決を読んだ限りでは、野村裁判長が原告を敗訴させることを最初から決めていたことを伺わせる内容になっている。判決文の論理に極端な破綻がみうけられるからだ。

この倫理の破綻を捉えるためには、あらかじめ文書類における達意とは何かを理解しておかなければならない。それは単純な原理だ。

◆◆
改めていうまでもなく、判決文で最も重要なのは、誤解なく意味を伝達することである。判決全体を構成するセンテンスのひとつひとつに文法上の誤りや論理の論理の破綻がないことは言うまでもなく、同時に判決全体を通じて論理の破綻がないことも要求される。

この点を前提として判決を解説してみよう。この判決は、ある一時期においては産経による「押し紙」行為があったが、それによって生じた損害を賠償する必要はないという矛盾した論理構成になっている。

①文脈にみる論理の破綻

「押し紙」行為は独禁法違反なので、加害者は被害者に対する賠償責任を負わなければならない。ところがこの判決文ではそうはなっていない。たとえば、次の一文である。読者は、どこに論理の破綻(ごまかし)があるかに注意をはらいながら読んでほしい。

平成28年1月から5月までの期間に関しては、被告(産経)による減紙要求の拒絶がいわゆる押し紙に当たり得るとしても、原告が実際に被った負担は極めて限定的であり、原被告間で営業所の引継ぎに関する協議をする中で原告が顧客名簿の開示に応じないなどの対応をしていたとの交渉経緯があったことに照らすと、この間の本件各契約を無効とするまでの違法性があるとはいえない。

まず、この箇所で野村裁判長は、産経新聞が「押し紙」により元店主に損害を与えた事実を認定している。ところが、それを免責する理由として、「原被告間で営業所の引継ぎに関する協議をする中で、原告が顧客名簿の開示に応じないなどの対応をしていたとの交渉経緯があったこと」と述べて、賠償責任を帳消にしているのだ。

しかし、産経新聞が「押し紙」による損害を与えた事実(独禁法違反)と、それを免責する理由との間には何の整合性もない。整合性のない2つの事実を、野村裁判長は無理矢理に結びつけているのである。その結果、論理が破綻して、冷静に読めば、訳が分からない記述になっているのだ。

判決文を精読しない読者は、この箇所に注意を払うことなく、なんとなく納得してしまう危険性がある。ひとつひとつの言葉を正確に読み解いてみると、論理が破綻していることが判明する。

②判決文全体の論理の破綻
野村裁判長は、原告の元店主が訴えていた「押し紙」の被害を3期に分類して検証している。

・第1期 開業時(平成24年の開業時)
・第2期 開業から(~平成25年10月)
・第3期 廃業前(平成28年1月~7月)

野村裁判長は、全時期を通じて、原告の販売店に残紙があったことは認めている。残紙の量は、次の通りである。

■原告販売店における残紙の推移

しかし、第1期と第2期については、原告の元店主が、残紙を断ったことを示す証拠がないことを理由に、産経の賠償責任を免責した。伝統的な「押し紙」の判例に沿った判断を下したのである。

これに対して第3期については、明確に「押し紙」行為を認定している。たとえば次の記述である。

 原告の代理人弁護士は、平成28年1月15日付け書面において、被告の代理人弁護士に対し、被告が取引開始当初の960部から600部程度までの減紙に応じた際及び155部の減紙の申入れに応じた際には、このような開示(註:読者名簿の開示など)や説明は求められていないことから、前期イ(註:読者名簿の開示など)のような条件を付することなく減紙要求に応じることを求めた。しかし、被告(註:産経新聞)は減紙に応じなかった。(乙7号)

野村裁判長は、「押し紙」行為そのものは認定したのである。ところが既に述べたように、「原被告間で営業所の引継ぎに関する協議をする中で、原告が顧客名簿の開示に応じないなどの対応をしていたとの交渉経緯があったこと」を理由に、産経新聞の賠償責任を免責したのである。繰り返しになるが、「押し紙」行為の成立と、読者名簿の非開示など、元店主が説明に応じなかったことは論理上では何の関係もない。

このように判決文は、一方では「押し紙」を認定して、その一方では、いろいろと理由を設けて賠償を認めない方向性を定めるという矛盾した論理構成になっているのである。

◆◆
なお、以下は筆者の見解になるが、この裁判においては、「押し紙」の定義が間違っている。新聞社が販売店に対して買い取りを強制した部数が「押し紙」という前提になっているが、これは正確ではない。

「実配部数(実際に配達する部数)+予備紙」を超える部数は、理由のいかんを問わずすべて「押し紙」というのが、独禁法の新聞特殊指定に忠実な定義なのである。

元々、新聞業界には、搬入部数の2%を予備紙として認め、それを超える残紙は「押し紙」とする業界内のルールがあった。ところが新聞業界は、この「2%ルール」を廃止した。その結果、残紙はすべて予備紙という詭弁がまかり通ってきたのである。たとえ残紙があっても、それはすべて予備紙であって、「押し紙」ではないということになっていたのである。この解釈が、産経の「押し紙」裁判でも採用されている。

しかし、佐賀新聞の押し紙」裁判の判決(2020年)で佐賀地裁は、販売店経営に必要としない残紙は、予備紙とは言えないとする判断を下した。この判例の観点からすれば、産経「押し紙」裁判で確認された残紙は、すべて「押し紙」なのである。

◆◆
以上の点を確認した上で、野村裁判長が認定した第1期と第2期の残紙は、本当に予備紙だったのかを再検討してみる必要がある。

言うまでなく、予備紙とは、配達する新聞が破損した場合に備えて、販売店があらかじめ購入しておく予備部数である。しかし、原告の店主の店舗からは、古紙回収業者により大量の残紙が回収されていたわけだから、予備紙としての実態はなかったことになる。と、すればこれらの残紙は、「実配部数(実際に配達する部数)+予備紙」を超えた残紙、つまり「押し紙」なのである。

◆◆
なお、野村裁判長は、「折り込み詐欺」について、折込広告の取引に産経新聞は関与していないから、公序良俗には違反しないと判断している。筆者は、残紙による損害を折込広告で相殺するビジネスモデルそのものが公序良俗に違反すると考える。そのビジネスモデルを構築したのは、新聞社にほかならない。

このような取引の仕組みが公序良俗に違反するかどうかを「イエス」か、「ノウ」で問われれば、99%の人が、「イエス」と答えるだろう。

社会通念とはそのようなものなのである。

■判決文(全文)

 

 

2020年12月01日 (火曜日)

【臨時ニュース】東京地裁が元店主の請求を棄却、産経新聞「押し紙」裁判

【臨時ニュース】産経新聞「押し紙」で東京地裁は、12月1日、原告の請求を棄却する判決を下した。詳細については、後日報告する。

筆者個人の感想を言えば大きな敗因のひとつは、訴訟をジャーナリズムの土俵に乗せ切れなかったことである。メディア企業を被告とする権力構造の崩壊につながりかねない裁判では、報道により世論を動かさなくては勝ち目がないことがはっきりした。今回、それを痛感した。

原告の主張に一貫した論理と正義があるかどうか以前の問題として、筆者が楽観視していたために報道が消極的になった。今後、「押し紙」報道を強化していきたい。

2020年11月30日 (月曜日)

明日、12月1日に産経新聞「押し紙」裁判の判決、2つの注目点

東京地裁は、明日(12月1日)に、産経新聞を被告とする「押し紙」裁判の判決を言い渡す。判決の日時、場所は次の通りである。

日時:12月1日 13:10分

場所:東京地裁806号法廷

メディア黒書は、判決結果を夕方に速報する。

この裁判には次の2つの注目的がある。

【1】中央紙に対して初めて「押し紙」を認定する判決が下されるかどうか。

※)販売店の地位保全裁判の中では、すでに2007年に福岡高裁が、読売新聞の「押し紙」を認定した例がある。

【2】販売店が敗訴した場合、判決に政治的配慮がなされた可能性がないかどうか。

この裁判所では、裁判所が産経に対して繰り返し和解を提案した。解決金の額も提示していた。これは裁判所が産経を敗訴させる判決を下す方針を持っていることを意味する。裁判所が、産経ではなく、原告を敗訴させる方針であれば、産経に対して和解金の支払いを提案するはずがないからだ。

ところがこの裁判では、結審の直前になって、最高裁事務総局が3人の裁判官のうち2人を交代させた。結審の直前に、あるいは結審の後に裁判官が交代させられた場合、新しい裁判官が判決の方向性をがらりと変えることがままある。

外圧に屈して裁判所が政治判断を行う場合に、最高裁事務総局はこのような人事異動を行う。滋賀医科大が癌患者らをモルモットにしようとした事件の判決が、その典型である可能性が高い。この裁判の判決には、審理のプロセスと判決内容に、整合性のない箇所が数多く見受けられる。

裁判というものは、一見すると公平にみえるが、それは建前であって、裁判所は基本的には国策に反しない方向性の判断を下す。これは資本主義の国の裁判所であろうが、社会主義の国の裁判所であろうが変わりがない。

裁判所も、メディアと同様に権力構造の一部に組み込まれているのである。

2020年11月09日 (月曜日)

「政治判断」の有無、12月1日の産経新聞「押し紙」裁判、もう一つの注目点

既報したように12月1日に東京地裁は、産経新聞の元販売店主が起こした「押し紙」 裁判の判決を下す。改めていうまでもなく最大の関心事は、判決の行方であるが、それと平行して、注目されているのは、司法による「政治判断」の有無である。

昔から新聞社がらみの裁判において裁判所は、新聞社に圧倒的に優位な判決を下す傾向がある。新聞社販売局の担当者の中には、店主に向かって、「あんらた裁判しても絶対に勝てないよ」と豪語している者もいる。

◆◆
新聞社による「押し紙」が公式に認定されたのは、2007年に最高裁で判決が確定した真村訴訟(原告:真村さん、被告:読売新聞)においてである。

真村裁判・福岡高裁判決

本来であれば裁判所は、この判例に基づいて、「押し紙」問題を解決する方向性を判決に反映させるべきだが、実態は必ずしもそうはなっていない。真村訴訟の後、裁判所が「押し紙」を認定したケースは、2011年の山陽新聞(岡山地裁)、2020年の佐賀新聞(佐賀地裁)の2件に過ぎない。後者については、独禁法違反を認定した。

とはいえ2010年ごろから、「押し紙」裁判を和解で解決する流れは顕著になっている。新聞社が解決金を支払って、事件を解決するパターンである。たとえば、毎日新聞のケース(原告は、前出の元店主)では、解決金の額が推定3500万円になった。

なぜ、和解解決なのか?

わたしの推測になるが、権力構造に組み込まれている新聞社の「押し紙」政策を認定する判決を書くことを、裁判官が嫌がるからである。その結果、和解の提案、解決金の支払いという流れになる。

たとえば毎日新聞・関町販売店(東京・練馬区)の裁判で、双方が和解することが決まった時、最も喜んだのは、裁判所長だった。この裁判は、非公開(弁論準備のかたち)のかたちで行われた。

(ただし、わたしは傍聴が許可された。)

なぜ、非公開になったのか?

裁判官が新聞社に配慮したことが原因としか考えられない。

なぜ、裁判所が新聞社の顔色を気にするのか?

その理由はわたしにも分からない。勘ぐれば、新聞社が権力構造の一部であることを、裁判官も感覚的に把握していることが原因かも知れない。そこへメスを入れることは、大変なリスクを伴うのだ。

ちなみに公正取引委員会も「押し紙」を放置して来た。さまざまな理由をつけて、「押し紙」を放置している。これも不思議な現象である。

◆◆
12月1日に判決が下される産経新聞の裁判は、販売店の完全勝訴というのが客観的なわたしの見方である、事実、裁判官は、産経新聞に対して繰り返し和解を提案した。

裁判所が和解を提案するということは、新聞社に幾らかの損害賠償金を支払うように命じる方向性を持っていることを意味する。すなわち「押し紙」の存在を認定することが意中にあるのだ。販売店からの損害賠償請求を1円も認めないのであれば、わざわざ和解を提案するまでもなく、販売店を敗訴させる判決を下せばそれで済む話であるからだ。

◆◆
この裁判の「疑惑」は、結審の直前の5月、コロナウィルスの感染拡大で東京地裁が閉鎖されている間に、3人の裁判官のうち2人が交代したことである。不自然な動きだ。判決の直前に裁判官が交代に立った場合、「押し紙」裁判に限らず、裁判の流れが変わることがよくある。

たとえば滋賀医科大事件の大津地裁判決である。この裁判では、国立大学の在り方が問われていた。NTTドコモを被告とする三潴裁判の福岡地裁判決である。この裁判では、国の電波政策が問われた。

わたし自身は、対読売裁判で地裁、高裁と勝訴して、最高裁で逆転敗訴した体験がある。最高裁は、見解を示したにしても、わたしにしてみれば不自然なことである。読売のために、最高裁がわざわざ口頭弁論を開いて、判決を東京高裁へ差し戻したのである。

12月1日の判決は、勝敗だけではなく、司法における政治判断の有無も注目されている。かりに裁判所が販売店を敗訴させるとすれば、どのような理論構成の判決が下されるのか、特にネットメディアの注目が集まっている。

2020年10月08日 (木曜日)

12月1日に産経「押し紙」裁判の判決、裁判官の交代で判決の方向性が変わる可能性も

「押し紙」裁判が多発しているなか、東京地裁は、12月1日に、産経新聞の「押し紙」裁判の判決を下す。既報してきたように、この裁判を起こしたのは、千葉県内の元販売店主である。請求額は、約2600万円。

この元店主は、毎日新聞や産経新聞、それに東京新聞などを配達していた。このうち毎日新聞に対して起こした「押し紙」裁判では、元店主が和解勝訴した。推定の和解金額は3500万円である。この和解勝訴を受けて、元店主は新たに産経新聞に対する損害賠償裁判を起こしたのである。

 ■訴状全文

わたしは2018年7月の提訴当時から、この事件を取材しているが、販売店の勝訴が確実視されていた。事実、裁判所は和解を提案し、産経側に一定の和解金を支払うように求めた経緯がある。

しかし、産経は和解に応じなかった。元店主も和解金よりも判決を希望した。その結果、裁判所が判決を下すことになったのである。従って常識的に考えれば、元店主が勝訴する可能性が高い。

ところが尋問が終了して結審直前になった段階で、コロナウィルス感染拡大の影響により、東京地裁は裁判所を閉鎖した。これが3月だった。この時点で原告は、結審したという認識だった。

ところが5月になって、わたしが裁判所に判決日を問い合わせたところ、裁判官が交代したことが分かったのだ。異動になったのは、裁判長と右陪席。それに代わって新しく野村武範裁判官と石神有吾裁判官が就任した。左陪席は交代しなかった。

裁判が結審する直前、あるいは結審した後に裁判官が交代した場合、判決の方向性が変わることがままある。

産経新聞の「押し紙」裁判は、このようなケースに該当する。従って、原告の販売店が敗訴する可能性も少なからずある。

とはいえ、判資料はすべて閲覧が可能なので、裁判所が公正な判断を下したか否かの検証は容易だ。

仮に産経新聞が敗訴した場合は、産経新聞が中央紙であることを考慮すると、「押し紙」問題に一気にメスが入る事態も起こりうる。新聞業界全体に影響が及ぶ。

12月1日の判決は見逃せない。

2020年09月03日 (木曜日)

9月8日に結審の予定、産経新聞の「押し紙」裁判、東京地裁

千葉県内の元販売店主が起こした「押し紙」裁判(東京地裁)が9月8日に結審する。この裁判は、既報したように本人尋問と証人尋問が終わった後、裁判所が産経新聞に対して和解を勧告していたが決裂。そのまま結審の予定になっていたが、コロナウィールスの感染拡大で裁判所が閉鎖され、日程も未定になっていた。

6か月の空白があり、その間に3人の裁判官のうち2人が異動になった。

原告の元・店主は、産経新聞のほかに毎日新聞と東京新聞も配達していた。毎日新聞については既に損害賠償(結審直前の和解で、推定3500万円)を勝ち取っていた。産経新聞に対する裁判提起は、毎日新聞の和解勝訴を受けて行われたのである。

毎日新聞に関していえば、わたしが取材した東京地裁と大阪地裁の裁判は、すべて販売店側の和解勝訴で終わっている。

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「押し紙」裁判は、数年前から和解というかたちであるが、販売店勝訴の流れが出来ているので、販売店はどんどん訴訟を提起するのが得策だ。特に販売店が集団で訴訟を起こしたケースでは、わたしが知る限り、和解というかたちですべて販売店が勝訴している。販売店が「泣き寝入り」する時代は終わっている。

現在の日本新聞協会会長は、読売新聞社の山口 寿一社長である。山口会長は、増え続ける「押し紙」裁判や、深刻になる残紙問題をどう考えているのだろうか。同時代の重要なテーマである。

日本新聞協会に対する責任追及も今後の課題になる。

2020年07月22日 (水曜日)

 産経「押し紙」裁判の不自然な流れ、原告はすでに3月に結審していたと認識、「報告事件」の可能性を探る①

産経新聞の「押し紙」裁判のプロセスがおかしい。この裁判は、千葉県内の元新聞販売店主・Aさんが、「押し紙」による損害賠償を求めて、2018年に起こしたものである。裁判は、3月10日に本人尋問と証人尋問が行われた。

ほとんどが弁論準備(非公開)のかたちで開かれたので、裁判の進行を把握するためには、裁判資料の閲覧と当事者から直接話を聞くいがいに方法はなかった。わたしはAさんサイドから、裁判所が和解を勧めている旨を何度も聞いた。しかし、Aさんは、額が少ないことを理由に、和解を拒否してきた。1000万円以下では応じないと。

3月10日に、尋問で裁判は山場を越えた。裁判官は、産経に対してみたび和解を提案した。産経はこれを拒否した。しかし、それでも和解協議のための日程を設定した。

Aさんによると、この日も産経は和解を拒否した。Aさんも応じなかった。そこで裁判長は、判決を書くことを伝えた。これは実質的には裁判が結審したことを意味する。手続き論でいえば、別かも知れないが。Aさんサイドもそんなふうに認識していた。

その後、コロナウィルスの影響で東京地裁が閉鎖された。緊急事態宣言が解かれたあと、裁判所は業務を再開したが、産経「押し紙」裁判の日程は未定のままだ。

わたしは、最高裁事務総局がこの裁判を「報告事件」に指定したのではないかと疑いはじめた。そこで7月21日に、東京地裁に事情を問い合わせた。すると5月に裁判長と右陪席が異動になっていたことが判明したのである。

3月に裁判の審理が終わったわけだから、5月にはほぼ判決の骨子は出来ていたと推測される。が、まったく別の裁判官がこの事件を担当したのだ。再び口頭弁論が開かれるようだが、未だに期日が決まらない状態が続いている。

こうした流れからすると、裁判所は産経を勝訴させる判決が下される可能性が高い。新聞業界と裁判所は、どんな関係になっているのだろうか?通常、和解勧告を繰り返したということは、産経に賠償責任があると判断してことを意味する。Aさんを敗訴させるのであれば、金銭交渉させる必要はないからだ。

しかし、ジャーナリズムの検証はこれから10年ぐらい続くので、何が真実なのかはいずれ判明するだろう。

 

【参考記事】前立腺がん患者をモルモットに、「疑惑の判決」、滋賀医科大付属病院事件の総括

 【参考記事】裁判官の不可解な人事異動-木村元昭・田中哲朗の両氏、対読売の真村裁判・平山裁判・黒薮裁判で

2020年07月21日 (火曜日)

産経新聞「押し紙」裁判、実は結審していなかった、5月に裁判長と右陪席が不自然な人事異動、「報告事件」を懸念する声も、

3月に結審したはずの産経新聞の「押し紙」裁判(東京地裁)で、5月に裁判官が交代していたことが分かった。異動になったのは、裁判長と右陪席。それに代わって新しいく野村武範裁判官石神有吾裁判官が就任した。左陪席は交代しなかった。現時点で、だれが裁判長に就任するかは未定。

わたしが本日、東京地裁の民事48部に確認したところ、この裁判はまだ結審していないとの説明があった。しかし、3月に尋問が行われた後、裁判長が被告と原告に和解を勧告しており、和解が成立しなかった場合は、判決を下すと方向性を示していた。

ちなみに裁判所が和解を勧告したということは事実上、被告・産経に何らかのかたちで賠償を命じる方向性を持っていることを意味する。原告を敗訴させるのであれば、和解勧告はしないからだ。つまり原告の勝訴が濃厚になっていたのだ。

裁判の終盤に裁判官が交代になり、奇妙な判決が下された例は数え切れない。典型例としては、裁判が結審した後、裁判官2名が交代した滋賀医大病院事件の判決である。

【参考記事前立腺がん患者をモルモットに、「疑惑の判決」、滋賀医科大付属病院事件の総括

不自然な裁判官の人事異動があったことからして、販売店側が敗訴する可能性が生まれてきた。「報告事件」に指定されたのではないかとの懸念も販売店サイドに広がっている。

判決までに、産経関連の裁判資料を公開して、ジャーナリズムの視点から裁判の検証を進める必要があるだろう。