1. 日本は米国憲法を持つ国になったのか、改めて法的安定性を問う

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2015年09月09日 (水曜日)

日本は米国憲法を持つ国になったのか、改めて法的安定性を問う

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

安倍政権の本質が、丸見えになればなるほど、安保法制を何としてでも今国会で成立させてしまおうと、躍起になっている。憲法の「法的安定性」の議論は、最近下火になっているが、この国の主権者は誰なのか。それだけ考えても、安倍政権は憲法の法的安定性を守るつもりがないことは明らかだ。

しかし、それ以上に安保法制が成立したなら、日本の自衛隊は、国民の意思と関係なく、米国の軍事戦略に組み込まれ世界で活動する軍隊となる。つまり、日本から憲法9条の指し示す「法的安定性」を失い、実質、米国憲法を持つ国になる。安保法制強行採決を目前とするこの時期だからこそ、安倍首相が憲法の「法的安定性を維持する」と言うなら、安保法制を廃案にすることを改めて求める。

◇第3次アーミテージ・ナイ・レポートが原点に

日本は、安保法制が成立したなら、9条をかなぐり捨て、米国憲法を持つ国になる……。それが明確に分かる議論が国会でされていた。しかし、既成メディアは当日、何故かまともに報道しなかったから、世間にほとんど知られていない。そこでここで改めて紹介しておきたい。

議論とは、8月19日の安保特別委員会での山本太郎参院議員の質問だ。山本議員が自らのHPで紹介している。詳しくはそのサイトhttps://www.taro-yamamoto.jp/national-diet/5047を読んでいただいた方がいいだろう。ここでは、その1部だけを紹介する。

本欄の読者の中にも、「第3次アーミテージ・ナイ・レポート」(2012年8月公表)について、記憶がある方がおられるかも知れない。アーミテージ氏とナイ氏は、米国の対日・極東政策を策定して来たオバマ政権の外交・軍事ブレーンだ。

山本氏は、自衛隊に米軍との共同作戦行動を強く求めるだけにとどまらず、日本国内政策にもあからさまに口を挟む内容のこのレポートを12項目の提言に要約。そのパネルを示し、「今回の憲法違反の閣議決定から憲法違反の安保法制まで、ほとんど全てアメリカ側のリクエストによるものだ。今回の安保法案は、このレポートの完コピだ」と政府を追及したのだ。

山本氏はまずレポートの「提言1 原発再稼働」「3 TPP交渉参加」「8  国家機密の保全」「12 日本防衛産業の技術輸出」を挙げ、すでに安倍政権で実行されていることを指摘。その上で、残る8項目のうち「4 日韓歴史問題の直視」を除く7項目について、安保法制の内容とそっくりであることを追及した。

山本氏がパネルで紹介した6項目は、次の通りだ。

「2 シーレーン保護」「5 インド、オーストラリア、フィリピン、台湾等との連携」「6 日本の領域を超えた情報・監視・偵察活動、平時、緊張、危機、戦時の米軍と自衛隊の全面協力」「7 日本単独で掃海艇をホルムズ海峡に派遣、米国との共同による南シナ海における監視活動」「9 国連平和維持活動(PKO)の法的権限の範囲拡大」「11 共同訓練、兵器の共同開発」

ちなみにレポートで何が書かれているのか。山本氏も質問で使った海上自衛隊幹部学校のHPhttp://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/col-033.htmlで紹介されているので、参照して戴きたい。

山本氏ならずとも、この7項目が安保法制に盛り込まれたものの丸写しであることはすぐ分かる。

山本氏は、「そっくりそのままですよ。こういうのを完コピって言うんですよ」と追及したが、誰が見ても、今回の安保法制はアーミテージレポートの「完コピ」であることは一目瞭然。中谷防衛相の答弁は以下の通り、何とも苦しい。

「平和安全法制は、あくまでも我が国の主体的な取り組みとして国民の命と平和な暮らしを守るというために作ったわけで…、ナイ・レポート等の報告書を念頭に作成したものではない。しかし、レポートで指摘をされた点と、結果として重なっている部分もあるが、あくまでも我が国の主体的な取組として検討、研究をして作ったものです」

◇米軍と河野統合幕僚長

さらに2日には、共産党が自衛隊の河野統合幕僚長が昨年12月の総選挙直後に訪米した時の秘密文書を入手。オディエルノ陸軍参謀総長と会談の際、安保法制制定について「来年夏までには終了する」との見通しを伝えたと暴露した。

この二つの事実を重ね合わせるなら、安倍政権の本質が改めてよく見える。安倍氏は、2012年12月の首相就任直後から、すでに公表されていたアーミテージレポートの実現を政権目標にしていたのは間違いないだろう。安倍氏が政権獲得に当たっては、米国の陰に陽の後押しがあったのかも知れない。

もちろんレポートにある政策を実現するには、集団的自衛権を否定している9条が障害になる。安倍氏は「米国から押し付けられた憲法を排し、自主憲法制定を目指す」とし、「美しい国を作る」とナショナリズムを煽った。

レポートで1点だけ安倍政権が「完コピ」していないのが、4項目目の「日韓歴史問題の直視」だ。靖国参拝・歴史問題発言で中国・韓国の反発を買って嫌中・嫌韓気運を盛り上げ、ナショナリズムを高めた方が、安保法制制定に有利で
結局、米国のためになると踏んだのだろう。

案の定、日本の戦後の歴史をまともに勉強もしていないネット右翼の若者がこの言葉に踊り、「押し付け憲法改正」と9条改正を政治日程に乗せることまでには成功した。昨年12月の「アベノミクスを問う」とした解散も、実際は経済運営でボロが出ないうちに国会で自民党議席をさらに伸ばし、レポートで米国から求められている政策の実現に万全を期すことだったのも、もはや誰の目にも明らかだ。

安倍氏の具体的指示があったか否かは、今のところ定かでない。しかし、河野幕僚長の訪米時の発言も、制服組トップが勝手に米側に伝えられる事ではない。当然、政権から何らかのサインが出ていたと見る方が自然だ。

ただ、「今年夏までに米国に約束した安保法制を制定するとなると、9条が障害になり、政治的日程を考えても到底無理。国民の抵抗も強い以上。憲法解釈変更の閣議決定」でしのぐという奇策を繰り出した…。こう安倍政権の軌跡を見て行くと、内閣にとって「聖域」であるべき解散権すら、米国のために行使したことがよく分かる。

◇岸信介と安倍晋三と米国

安倍氏自身が「尊敬してやまない」と公言するのが、祖父の故岸信介・元首相だ。右翼の大物との深い親交でも知られ、戦前の軍国主義復活を考えているようなタカ派発言を繰り返し、復古派のナショナリストと目されていたのが岸氏だが、私にはどうしても安倍氏と岸氏が重なって見えるのだ。

岸氏は開戦時の東條英機内閣の閣僚であったことから極東軍事裁判でA級戦犯被疑者とされ、3年余り拘留された。その後、米ソ冷戦の激化で世界情勢が一変すると、不起訴になり、政界に復帰している。

その後は右翼の大物の後ろ盾を得て、「日本再建同盟」を設立、「自主憲法」「自主軍備」を唱えた。しかし一方で、米国中央情報局(CIA)から多額の工作資金を受け取り、政治を操って来たのではないかとの疑惑がささやかれて来た。最近になって公開された米側秘密文書なども通じ、次第にその輪郭も明らかになって来ている。

確かに米国は、戦後数年間は日本軍国主義の復活を恐れ9条制定にも関与、武装解除政策を進めた。しかし、冷戦の緊迫で「9条はプレゼントし過ぎだった」と気付いた米国は、その後一貫して日本の再軍備、米国と作戦行動を共にする自衛隊の強化を押し付けて来ている。CIA資金を受け取っていたとするなら、岸氏は米国が求める日本の再軍備政策を進めるための代理人…との見方が浮上する所以でもある。

もちろん、岸氏や米国の思い通りに日本がならなかったのは、「もう戦争はこりごり」との日本の世論であり、「軍事より経済優先」との自社両党の微妙なバランスで出来上がっていた55年体制でもあった。

その意味では、安倍政権は、55年体制の決定的破滅を意味する民主党政権崩壊の間隙をついて出来上がった鬼っ子とも言える。安倍氏は祖父同様、自らナショナリストぶることで、このどさくさに紛れ、祖父もなし得なかった米国との約束を孫としてこの際、果たそうとの気概に燃えているのかも知れない。

◇高齢化社会が徴兵制を導く

そこで憲法の「法的安定性」に関する礒崎陽輔首相補佐官の発言を、改めて精査してみたい。

礒崎氏は7月の大分市内の講演で、安保法制について、「(憲法解釈と)法的安定性は関係ない。国を守るために必要な措置かどうかは気にしないといけない。政府の憲法解釈だから、時代が変われば必要に応じて変わる」と語っている。

中国の海洋膨張政策や北朝鮮の核開発で東アジア情勢は、岸氏の時代よりさらに緊張感を増しつつあるのは、私も否定しない。米国の外交・軍事力も、低下している。

礒崎氏には、安倍氏のように岸氏との肉親感情はないだろう。今の東アジア情勢を考えれば、今は憲法9条・集団的自衛権否定に拘束されている場合ではない。米国の要求もある以上、米国の軍事力が低下している分、日本の自衛隊が補完して対抗する以外に、米国も日本を守ってくれないとの思いがあるのだろう。

しかし、極東の緊張・中国・北朝鮮の軍事力脅威は、自衛隊が米軍の補完勢力となることだけで解決するものではない。あまりに安易・短絡的。むしろ極東で軍拡競争を助長するだけだから、もちろん私は、礒崎氏の考えに同調しない。ただ、もし安倍氏や礒崎氏がそう考えているとしても、姑息な解釈改憲で安保法制を拙速に成立させることではあるまい。

安倍氏は礒崎氏以上に「憲法9条は邪魔」と思っているのは間違いない。政権が代われば、法律だけでなく憲法解釈まで自由に変えられるとの前例を作ったのも、安倍氏だ。その安倍氏が「集団的自衛権を容認しても、戦争に巻き込まれることはない」「徴兵制の導入は政権が代わっても、絶対にない」と、口先で答弁されても、「信用せよ」と言われても無理だ。

集団的自衛権を容認するなら、自衛隊が海外で武力行使や後方支援する機会は確実に増える。海外に敵を作れば、日本本土も標的になる。戦争に巻き込まれる危険が確実に増える。

当然自衛隊員の戦死者も出る。誰も死にたくはない。隊員の志願者が減れば、給料を増やして募集するしかない。しかし、この国では高齢化はますます進み財政はひっ迫、軍事費のこれ以上の増大は許容範囲を超える。結局、徴兵制に移行するしか道はない。

安倍氏は、誰にでも透けて見える内実・本音を隠し、説得力を持たないまま無理やり集団的自衛権容認で、日本は安全になるかのように言い張る。だから、国会論議は深まらないし、憲法の「法的安定性」が維持されるとは、誰も思っていない。

◇日本国憲法の理念とは何か?

しかし、安倍氏は礒崎氏と違い、少なくとも国会答弁で「法的安定性に十分留意した」と答えている。なら、憲法の前文・条文に照らし、安倍氏の守るべき憲法の求める「法的安定性」とは何か。国是の原点に戻り、きちんと論議することから始めなければならない。

まず、憲法前文だ。

日本国民は」「われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」、「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」。

「主権が国民に存することを宣言し」、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」。「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」--である。

9条では、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」--と、している。

「戦争」と、「武力による威嚇又は武力の行使」を、「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄」したのがこの国の憲法である。「恒久の平和の念願」、「人間相互の関係を支配する崇高な理想の自覚」、「平和を愛する諸国民の公正と信義への信頼」を時代が変わろうとも国民の変わらぬ「決意」として、国際社会の中で「われらの安全と生存を保持」を委ねる外交政策を貫くことが、憲法の「法的安定性」を守ることなのである。

なら、憲法改正することなく、自国が攻撃されていないのに武力行使を発動できる「集団的自衛権」は憲法違反。「政府の憲法解釈だから、時代が変われば必要に応じて変わる」では、「法的安定性」を満たしていないことになる。

「平和を愛する諸国民の公正と信義への信頼」は、中国や北朝鮮、中東の紛争地域の人たちへも、「平等、均等」に向けるのが、憲法の要請である。こちらが敵視すれば、相手も快く思わない。誤解、憎しみの連鎖が多くの戦争を生みだしたのも、世界史からの教訓でもある。

◇米国憲法における法的安定性

次に記すのは、米国憲法の前文だ。

「われら合衆国人民は、より完全な結合(Union)を形成し、正義を樹立し、国内の静穏を確保し、共同体の防衛に備え、一般的福祉を促進し、我らと我らの子孫に自由の恵沢を確保する目的をもって、アメリカ合衆国のため、ここにこの憲法を制定し確立する」

米国憲法は「共同体の防衛」と言う言葉を使い、「武力の行使」を否定していない。「自由と民主主義」が米国の国是、「正義」であり、そのためには武力行使を辞さないというのが、米国憲法の「法的安定性」と言うべきだろう。米国憲法の「正義」は、大きな大戦で負けたことのないという自信と資源・技術力も含め、強大な経済力に裏付けられている。

「自由と民主主義」は、私も共鳴するところが多いし、米国が第2次大戦後の世界で「一定の役割」を果たしたことも否定しない。しかし、「9・11同時多発テロ」に象徴されるように、すべての世界の人々から「信頼」を集めたとまでは言えない。その中で米国自身、自国の多くの若者の命を戦場で散らせてきた。

もともと資源も国力でも大幅に差がある日本と米国だ。憲法が「国民の代表者」・権力者に求める「法的安定性」、つまり国是、「国家の基本戦略・政策」は、違っていて当然なのだ。

◇日本は米国憲法を持つ国になるのか?

もともと戦後長く、日本の為政者は米国との国力の違いを「深く自覚」していた。その結果、55年体制の中て、親米の与党とブレーキ役の野党がそれぞれの役割分担を果たして来た。だからこそ、過度に軍事国家に傾斜することなく、今の日本の経済的繁栄と若者も戦場に行かず、平和な暮らしを享受することを両立出来た。

もちろん、礒崎氏が言うように「時代が変われば必要に応じて変わる」政策はある。しかし、「政府の憲法解釈」「法的安定性」までを変えるのでは、憲法の「法的安定性」を基礎とする立憲国家ではない。

百歩譲っても、「主権が国民に存することを宣言」したのが、憲法前文だ。もし、「時代が変わり、必要に応じて」、「法的安定性」にかかわる政策変更が必要だとするなら、事情を積極的に主権者である国民に情報公開して、憲法改正手続きを踏むのも、憲法前文の「法的安定性」からの要請である。

もし、多くの憲法学者も「違憲」と断ずる集団的自衛権容認を前提とする安保法制が成立したとしても、それを政策として執行すれば、憲法の「法的安定性」を損ね、国会答弁に反する。つまり、日本は米国憲法を持つ国となる。

もちろん、こっそり解釈改憲による安保法制成立の時期まで、自衛隊制服組が訪米、米当局者に約束して来るのは論外である。

何故、こうした重要な二つの国会質疑を、「知る権利」を持つ国民に向けて大きく報道しないのか。最近の既成メディアの姿勢に対しても、私が疑問を持つのも、その点にある。

◇海部首相の極密策を止めた外務省の大罪

米国の政策が常に正しく、追従するのが日本の生きる道なのか。決してそうではない。その事例として想い出すのは、私が政治記者・海部氏の首相番をしていた1990年に起きた湾岸戦争の時だ。イラクがクウェートに侵攻、米軍をはじめとした多国籍軍が対抗した。

この戦争を境に米国は、あきらめかけていた自衛隊の海外派遣要求を格段に強めた。しかし、首相番として政権を間近に見ていた私の実感からすると、「血を流さない日本に批判が高まった。日本は何をすべきか、真剣に考える時がこの時から始まった」などと、安倍氏に近い政治評論家がしたり顔で今、語っていることとは相当の開きがある。

イラク・フセイン政権には、「ならず者」とのイメージがある。しかし、そもそもクウェート侵攻は、米国の後押しもあってイランと戦争を始めたにもかかわらず、米国から買った多額の武器調達費が払えず困り果てていた。その穴埋めにと原油の値上げを画策したが、同一歩調を取らないクウェートに怒りを募らせたのが、そもそもの発端だ。

時の海部首相も、何もしなかった訳ではない。実は、米国の軍事行動が始まる前、和平のために極秘に日航機をチャーターして中東を訪問する計画を極秘で立てていた。しかし、止めたのは、日本の外務省だった。

もともと非キリスト教国の日本。中東で嫌われる存在ではない。当時はバブルで使い道に困るほどの多額の税収が入っていた。イラクに対し資金援助をし、日本の仲介で和平を成立させることも、全く荒唐無稽な話ではなかったのだ。

だが、当時の米国は、軍需産業を強力な支援者とする共和党・ブッシュ政権。冷戦時代に有り余っていた武器を使い、イラクを叩き潰したいのが本音。欧米の持つ石油利権に日本が一枚加わるのを避けたいとの思惑もあったはずだ。

戦後成し得なかった日本の軍事国家化への千載一遇のチャンスと見たのだろう。各国に抜け駆け交渉しないよう釘を刺し、日本にはひたすら自衛隊の派遣のみを強力に求めた。対米追従体質が染み込んでいるのが、日本の外務省だ。その意向を汲んで、制空権を米国が握っているにも拘わらず、「民間機は撃ち落とされる心配がある」との理由で、海部首相の中東歴訪を幻にしてしまったのだ。

◇「美しい国」を米国に売り渡す愚策

しかし、米国のこの時の軍事介入が、いかに失敗だったかは、今となっては明らかだ。イラクと対立していたイランは対抗馬がなくなり、ますます中東で強大な存在になり、不安定化が進んだ。原油もむしろ暴騰。日本のバブル崩壊の引き金にもなった。

イラク軍をクウェートから追い出した後も、米軍がサウジに駐留したことで、もともと親米だったはずのアルカイダのビン・ラーディンを敵に回した。その結果、9.11同時多発テロの原因になるとともに、報復としての米国のイラク、アフガン攻撃も泥沼化。イスラム国まで生みだし、多くの米軍戦士の命も散った

もし米国の言いなりに日本が多国籍軍に参加し、自衛隊が中東に出て行っていたとしても、何ら世界の平和に貢献しなかったことは、この経過からも明らかだ。むしろ、海部首相の和平がどんな形であれ、少しでも功を奏していれば、世界から「さすが憲法9条を持つ国は違う」と、今では評価されていたはずだ。

今も昔もこの国を軍事大国にしたい人は、政界にも巷にも一定程度いる。しかし、この通り、米国の強力な軍事力をもってすら、この有様と言うしかない。日本と米国は憲法も異なれば、その「法的安定性」、つまり外交政策は違って当然なのだ。少なくとも日本は、靖国参拝や歴史認識問題で中韓を刺激し、こっそり対米追従の安保法制を成立させ、軍事的緊張をさらに高めることではあるまい。

当面の極東情勢からは、米国の軍事力関与は欠かせず、必要悪だと私も思う。しかし、日本の役割、立ち位置は違う。安倍氏が本当に憲法の「法的安定性」を維持するというなら、なぜ、安保法制よりも、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」平和外交、歴史認識でも共有の道を模索し、極東融和に一歩踏み出せないのか。

安倍首相に改めて問う。世論調査を見ても、主権者の国民は、安保法制に反対している。その中で強行裁決で成立させ、この「美しき国」を米国に売り渡す気ですか…と。
この原稿に関しては、私が以前に書いた以下の3つの原稿も合わせてお読みいただければ幸いです。

「見えぬ安倍首相の真意」http://jcjfreelance.blog.fc2.com/

「安保法制の狙いは自衛隊と米軍の一体化、在日米軍再編計画に迎合した安倍政権」http://www.kokusyo.jp/yoshitake/7657/

「秘密保護法、集団的自衛権のあまりに危険な実態、ジョセフ・ナイ元米国防次官補の語る日米軍事戦略」http://www.kokusyo.jp/yoshitake/6903/

 

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)
フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。特定秘密保護法違憲訴訟原告。