1. 「護憲」をあきらめるのはまだ早い、参院選投票結果が語るもの

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2016年07月26日 (火曜日)

「護憲」をあきらめるのはまだ早い、参院選投票結果が語るもの

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者、秘密保護法違憲訴訟原告)

今回の参院選で改憲勢力が3分の2になった。既成マスコミは「与党圧勝」を伝え、改憲発議は不可避とのあきらめムードも1部に広がっている。でも、そうではない。昨年の違憲安保法制阻止で国会を取り巻いた市民運動の成果は確実に上がっているのだ。投票結果からそれを分析出来ない今の記者の力量にも、私は疑問を感じる。3年踏ん張れれば、……。市民グループはその間、どう闘うか、闘えるかである。

今回の投票結果を見て、一番改憲に焦りを強めているのは安倍晋三首相本人だという。自民党筋から流れて来た話だ。安倍氏が何故、焦っているのか。今回の獲得議席数を詳しく見れば、簡単に分かることなのだ。

◇自民党は安泰ではない

確かに今回の選挙で改憲勢力は3分の2を占めた。でもよく見れば、民主政権崩壊の影響をもろに受けた3年前の参院選自民圧勝の貯金である。獲得議席数で見ると、自民の前回は65。今回は56と9議席に減らしている。公明は、11から14。一方、民進(前回は民主)は17から32に増えた。共産は前回の8が今回は6。6年前の選挙より倍増したが、野党協力で候補者を減らした影響もあるだろう。

この選挙結果が3年後もそのまま続くと仮定すると、改憲勢力は再び3分の2を割り、発議は困難になる。改憲が悲願の安倍氏にとって残された期間は「この3年」と言うことになる。

本丸の9条は国民の抵抗感が強い。他の改憲から手を付けるかのではないかとこれまでも言われて来た。しかし、3年後からはさらに難しいとなれば、9条改憲が本丸と位置付ける安倍氏は9条以外の小手先の改憲で満足するかどうか。今後さらに強硬に出るかも知れない。

ただ、安倍氏が焦って強引に9条に手を付ければ、ボロも出る。護憲派には格好の攻めどころになるはずだ。衆院解散が何時あるかは分からない。しかし、次期参院選までの3年間が、護憲派政党や市民グループにとって、最大の踏ん張りどころ、正念場である。

◇比例区で選挙結果を分析すると・・・

選挙結果をもう少し詳しく見てみよう。党勢を計るには、地元の選挙事情で左右される選挙区投票結果より、比例区で見るのが一番だ。3年前の比例区自民得票率は34.68%が、今回は35.91%と微増。公明は14.22%が13.52%。一方、野党共闘の主要勢力の民進は、13.40%(当時民主)から20.98%と大幅に票を伸ばして突出。共産は9.68%が10.74%、社民2.36%が2.74%、生活1.77%が1.91%である。

今回参院選事前の朝日新聞グループ世論調査では、「自民、公明の与党と、民進などの野党とどちらの議席が増えた方がよいと思いますか」に「与党の議席が増えた方がいい」が41%、「野党が増えた方がいい」は42%と均衡。

「自民、公明党など憲法改正を進めたい政党が勝って、改正を発議して提案するのに必要な3分の2の議席を確保した方が、よいと思いますか」には、「思う」が35%に対して、「思わない」が47%と、大幅に上回っていた。

この3年間、民進が支持率を増やせるような何らかの政治的成果を挙げたと感じる人はほとんどいないだろう。民進の得票・議席の増加は実力、党独自の努力ではない。安保法制阻止で国会前に集まった人々に代表される「改憲」に慎重な意見を持つ無党派層の風を受けた結果である。旧社会党の流れを汲み、護憲無党派層の風を今でも受けられる民進は、やはり「腐っても鯛」であることを実証したのも、今回の参院選と言えるだろう。

自らの候補者を降ろしてでも、1人区で野党共闘を主導した「志位共産」に、私も敬意を表する。今回の一人区は確かに11勝21敗と負け越しにはなったが、前回の2勝29敗(前回は31選挙区)に比べ、はるかに改善した。志位氏の功績である。

ただ、これまでも言われたことだが、共産には「得票率10%の壁」がある。今回の選挙でもその壁を大幅に打ち破ることは出来なかった。なら、今後の選挙で、平和憲法を守り抜くには、それぞれ利害がぶつかる政党主導ではなく、市民グーループが主導権を握り、共通マニフェストを作って野党共闘の枠組みを維持し、それをさらに進化させられるか否かがカギとなる。

◇若年層の保守化など3つの課題

一つ目の課題は、昨年の違憲安保法制成立時に国会包囲で見せつけた市民のエネルギーを維持し、今後もその力を機会あるごとに安倍政権に見せつけられるかどうか、である。

市民グループが自然発生的に起こした活動は、これまで下火に見えた護憲勢力の地下水脈が今でも脈々と流れていることを如実に示した。結集軸さえ見つかれば多くの人は集まる……。バラバラだった「平和憲法を守りたい」とする人々の心を一つにし、自信を植え付けた。次回参院選の3年後まで、結集軸をより太くし、安倍政権に見せつけ続けることが、9条改憲発議を与党側に思いとどまらせることにつながる。

二つ目は、若い人へのアピールである。年代別に見ると、若い人ほど改憲派に投票し、年代が上がると護憲派の比率が増える。朝日の出口調査では、自公両党に投票した割合は20代が最も高かった。今回の選挙で初めて選挙権を与えられた18、19歳についてみても、改憲派の自民40%、公明10%、おおさか維新8%に対し、民進17%、共産8%に留まっている。

しかし、若い人たちが、平和憲法成立の歴史的経過や戦後70年以上、少なくとも日本で直接の戦死者を出さなかった意義について、どこまで正確に認識して投票に行ったのか。そもそも自民の改憲案をまともに読んだ人はほとんどいないのではないか。シールズの登場が安保法制阻止で高年齢層に活気を与えたが、シールズに限らず市民グループが、若い人に現行憲法を知ってもらうために何をするか、出来るかである。

3つ目は、実は一番肝心なことだが、野党共闘に中心になる民進への対応である。民進は、政権を取ったことで露呈した通り、寄り合い世帯。出身母体の損得勘定、政見、政策も議員ごとにバラバラである。隠れ改憲派も多数いる。

市民グーループせっかく民進の尻を持ちあげて3年後当選させても、隠れ改憲派に寝返りされ、やすやすと改憲に向かって進むことになれば、何のための野党共闘選挙かと言うことになりかねない。

◇想像以上に弱い電力総連の集票力

護憲市民グルーブは、脱原発とセットで護憲を主張するところが大半だ。民進はその配慮も働いて、この選挙のマニフェストに何とか「2030年代原発ゼロ」を盛り込んだ。しかし、産経新聞は民進の有力支持団体、連合傘下の電力総連との溝を伝えている。

電力会社に働く労組員で構成する電力総連は、会社側と軌を一にして「電力安定供給に原発は不可欠」との立場だ。記事によると、参院選公示日直前の6月17日、「九州電力総連」の定時大会で、比例区で立候補した民進現職、電力総連顧問の小林正夫氏は、「民進党の小林ではなく、電力グループの代表として推してほしい」と訴えたというのだ。発言に先立ち、九州電力総連会長も「参院選は組織の力量を示す選挙。政党名は関係なく、個人名を書く選挙と割り切ってほしい」と呼びかけた、とされる。

確かに小林氏は個人名で27万票余りを集め、民進比例区候補の中でトップ当選を果たした。しかし、この票だけでは小林氏の当選はおぼつかない。民進は政党名で875万票も集めていて、その票によるところが大きい。

つまり、電力総連の集票力はせいぜいこの程度なのだ。電力総連が民進を支えたのではなく、「民進」と言う名前のブランド力に支えられて小林氏が当選させてもらったに過ぎない。「民進」と書いた人の多くが護憲・脱原発の民進マニフェストによるものだとしたら、小林氏は今後の議員活動においても、原発存続を主張することは本来、許されない。でも、「電力グループの代表」を自負する小林氏は、今後も脱原発で議員活動をすることはないのだろう。

◇荒療治が不可欠な民進党

電力総連に限らず、与党、野党の双方に息のかかった議員を送り込み、企業・組織の既得権を守ろうとするところはいくらでもある。今の民進はその温床として利用されている面も少なくない。
しかし、そんな民進候補なら市民グループの方から願い下げにすればいい。野党共闘の応援対象からさっとと手を引けば、民進は前回の17議席に逆戻りする。今回、何とか党勢衰退に歯止めをかけることが出来たのは誰のお蔭か、身に染みて知ったはずだ。反転攻勢には市民グループの力がより必要だから、その政策提言は無下には断れない。「護憲・脱原発」を本当に目指す政党に再生させるには、民進の分裂も恐れない荒療治は不可欠なのだ。

電力総連に限らず、市民グループの主張と相いれない組織内候補の切り捨てを迫れば、民進はいくらかの票を減らすだろう。でも、小林氏は民進にいてこそ、電力会社労使にとって存在価値がある。自民に鞍替えを臭わせて揺さぶりをかけても、当選はおぼつかないだろうし、放置すればいいだけだ。

◇消えぬ民進党に対する不信感

今回選挙の投票率は54.70%。前回に比べて2.09ポイント上回ったものの、過去の参院選と比較すればまだまだ低い水準だ。議員ごとにバラバラで空中分解した政権時代に懲り、無党派層には「せっかく票を入れても、どんな政策に実行されるか分からない」と民進に不信感がある。今回の選挙でも、与党の暴走を止めたいと思いながらも、実際に投票所に足を運ぶことをためらった人も多いはずだ。

もし、隠れ改憲派や原発推進派が去って、「民進は本当に一体」との信頼が今回の参院選であったなら、無党派層をもっと投票所に足を運ばせることが出来たはず。それで投票率はあと2-3%上げられれば、組織票の減った分は十分カバー出来、今回の選挙結果は大幅に変わった。暗ければ暗いほど、明けない夜はない。「3年後」を目指し、「平和憲法を守りたい」市民グループが、やるべきことを果敢に実行するのは、今なのだ。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)
フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。フリージャーナリストによる特定秘密保護法違憲訴訟原告。

 

【訂正】
 25日付けの記事「福岡などを舞台とした「障害者郵便制度悪用事件」の発覚時、博報堂九州支社長を務めていた井尻靖彦氏が日本広告審査機構(JARO)の事務局長を務めている実態」に訂正箇所がありました。
 
 井尻靖彦氏の九州支社長在職の期間を2010年4月までの2年と書きましたが、これは誤りでした。また、「鳩山邦夫」総務大臣を「鳩山由紀夫」総務大臣と記しました。訂正すると同時に、鳩山由紀夫氏の写真は削除しました。
 関係者にご迷惑をおかけしたことをお詫びします。