1. 既成メディアは、記者の総入れ替えを断行せよ、伏魔殿「都庁」を監視出来ない記者クラブ

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2016年09月22日 (木曜日)

既成メディアは、記者の総入れ替えを断行せよ、伏魔殿「都庁」を監視出来ない記者クラブ

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者、秘密保護法違憲訴訟原告)

豊洲市場地下の汚染土壌は、これまで何度も安全性が問題になって来た。既成メディアは東京都庁の記者クラブにいながら、地下空間の存在を今まで何故見抜けなかったのか。権力監視の使命を果たせない記者と配属責任のある経営者は、読者への責任の自覚が問われている。

一連の豊洲市場問題で石原慎太郎元東京都知事は、都庁を「伏魔殿」と評した。自ら「伏魔殿」の親分であったことを棚上げにした無責任極まりない発言だ。でも、無責任と言う点では、今頃になって豊洲市場問題を鬼の首でも取ったかのように報道する既成メディアも同様だ。

舛添要一前都知事の政治資金報道では、週刊文春に先を越された。豊洲市場では、小池百合子知事の登場でやっと明らかになった。「税金を使って記者クラブにいるメディアは、何をしていたのか」と、言われても当然だろう。だが、それで都庁担当記者の責任や記者クラブの在り方が、メディア内部で問われたという話も耳に入って来ない。それこそが問題なのだ。

◇記者クラブの利用価値

記者クラブは、権力とメディアの癒着の象徴として論じられることも多い。しかし、私は功罪相半ばすると見て来た。私も記者時代、多くの記者クラブを渡り歩いて来た。記者クラブは役所内に確保したメディアの橋頭保であり、権力監視する記者には、最も好都合な足場でもあった。

役所の中に居場所があるから、記者はどこでも出入り出来る。資料を求めれば相手も簡単に嫌とは言えない。自然と幹部や担当職員と顔を合わせる。昼間話しておけば性格も分かり、本音を聞く夜回りでも話のきっかけが出来る。記者クラブと役所とは長年培った慣例が数多くある。不祥事や重大情報を慣例に反して発表していなければ、「疑惑隠し」と追及の根拠にもなる。

役所の中にも正義漢の一人や二人は必ずいる。大抵は中枢からは外されているにしても、記者が夜に訪ねれば、真相にそのものはズバリ教えてくれなくてもヒントぐらいはくれる。記者クラブには発表資料も豊富にある。突き合わせてみると、疑惑の本丸に迫れる。

事実、私が朝日・名古屋社会部時代には公共工事の疑惑を追及したり、愛知県知事の政治資金報告書を調べ上げ、県庁ぐるみの資金集めの実態を何度もスクープ出来たのは、記者クラブにいたからだ。東京・政治部では、自治省(当時)から記者クラブに提供される閣僚・議員の政治資金報告書を社会部と合同で分析し、各社で競い合って克明な報道もして来たつもりだ。

◇報じられなかった豊洲市場の地下

そんな私から見れば、舛添知事の政治資金問題で都庁記者が文春にスクープを許すなど考えも出来ないことなのだ。都庁記者にとって、知事の政治資金報告書の分析はイロハのイ。使途を見れば、疑問が出るのは明らかなのに、各社揃って何をしていたのか。

豊洲市場もそうだ。汚染土壌処理は、計画当初から最大の懸案だ。都庁が汚染度をどう処理したのかは、常に監視しておかねばならない。担当職員に夜回りすれば、汚染土壌を撤去せず、地下に空洞を造ったことぐらいは、誰かが教えてくれたのではないか。第1、建設途中に記者が市場に足を運び、調べていれば、発見出来たはずだ。

もし担当部門が見学を拒絶すれば、「記者クラブ所属記者にも見せられないのか」とクラブ幹事社を通じてねじ込めば、見せざるを得ない。私は何度もこの方法で相手の関門を突破した。

つまり、記者クラブに所属する記者なら「権力監視」の自覚をもって普通に仕事をしていれば、特別な能力がなくても文春や小池知事に先を越されることなく、書けた記事なのだ。でも、書けなかったのだから、「都庁記者は記者クラブにいて発表を待つだけ。現場に行かず、ソファで寝ていたのではないか」と、言われても致し方ないのではないか。

記者クラブ制度を最大限利用して仕事をしてきたのは、この私だ。クラブに所属しなくても立派に記事を書くフリージャーナリストもいる。「まだ甘えや力量不足がある」と批判されれば、私は認めざるを得ない。でも、それを棚に上げて敢えて私に言わせて戴くなら、クラブ制度は使いようなのだ。「人々の知る権利」のために市民に開かれた組織に出来るか否かは、クラブに所属する記者に「権力監視」の自覚があるかどうかにかかっている。

◇「記者は記事より処世術」との風潮

伏魔殿の親分の過去の会見では、質問した記者が怒鳴られ下を向いてしまう光景を何度見たことだろう。私なら怒鳴られたら、必ず睨み返す。さらに挑発質問を続けると、相手は冷静さを失い、ついつい本音も出る。将来の質問に備えて言質をメモし、その合間に周りも見渡す。

そんな親分を苦々しく見ている役人は、その表情から一人や二人は必ず見つかるからだ。その人に夜、話を聞きに行けば、伏魔殿の内幕情報の一つや二つは聞けた。だから、私にとって記者クラブは必要だった。しかし、その役割を果たせない記者なら、わざわざクラブに所属する理由はない。

私が2、30代の頃にはまだ、他社にスクープされたら「許されない」との緊張感が朝日新聞社内にも残っていたように思う。担当記者が「権力監視」の使命を果たしていなかったら、所属クラブを外された。しかし、それ以降、派閥人事の蔓延で「記者は記事より処世術」との風潮が広がり、報道現場の緊張感は少しずつ減衰していった。他社も同様なのだろう。

「改革」で実績を上げ、出足好調の小池知事だ。やはり「改革」が旗印の橋下徹氏らと連携し、「改革・改憲の女王」へと変身し、改憲別働隊を形成。自民との巧みな役割分担で本丸の9条に手を付けるなら、どこかの国の「いつか来た道」だ。

「改革」で小池氏に手柄を独り占めにさせた都庁記者の責任はあまりにも重い。そんな小池氏に権力監視出来るのは、伏魔殿の実態に小池氏以上に切り込める強い意志と取材力を持った記者でしかない。

このままでは記者クラブ不要論はますます台頭し、既成メディアの読者離れはさらに進む。かといって、今でもひ弱な若い記者から「記者クラブ特権」を取り上げたなら、「権力監視」の取材力がさらに弱まっても、少なくとも今すぐ強くなるとも思えない。そのスキを権力がさらに突いて来たら…。

確かに記者クラブは優遇されている。これまで特権が許されて来たのは、「権力監視」の役割があるからだ。その任務を果たせない記者やメディアは、記者クラブを使う資格はない。

文春、小池氏に先を越され失地回復も出来ない記者は、都庁クラブから外し、「権力監視」に強い意志と能力を持つ記者との総入れ替えが必要だ。「都庁記者と自分たちも同類項。権力監視出来ない記者に大ナタを振るう資格も力量もない」と、危機意識の希薄なメディア経営者がいたなら、さっさとその座を降りる方がよかろう

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)
フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。フリージャーナリストによる特定秘密保護法違憲訴訟原告。