1. 朝日のJCJ大賞受賞に異議あり、森友・加計報道は本当に朝日の特ダネなのか

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2017年08月09日 (水曜日)

朝日のJCJ大賞受賞に異議あり、森友・加計報道は本当に朝日の特ダネなのか

執筆者:吉竹幸則(ジャーナリスト、元朝日新聞記者)

日本ジャーナリスト会議(JCJ)は、今年のJCJ大賞に朝日新聞の森友・加計報道を選んだ。しかし、財務省内部文書の一枚も入手出来ず、腰の引けた朝日報道のどこに「調査報道の成果」があったと言うのか。

授与すべきは、市民の立場で粘り強くデータを集めた疑惑解明の火付け役の木村真豊中市議や森友学園籠池泰典理事長(当時)から数多くの秘密文書を入手した著述家の菅野完氏ではないのだろうか。

◇森友学園の地元・関西では異なる評価

市民の目線でメディアを監視するとともに、優れたジャーナリズム活動をした個人や団体に贈られるのがJCJ賞だ。朝日の受賞理由は「調査報道の積み重ねの価値は大きく、メディアの存在感・信頼を高めた」である。

しかし、ちょっと待ってほしい。朝日報道のどこに「調査報道の積み重ね」による特ダネがあったと言うのか。

確かに森友報道は、朝日が口火を切った。でも財政危機の中、貴重な国有地がどんな経過で、ただ同然に森友に売られたのか。肝心の財務省内部文書を何一つ入手出来ず、疑惑の本丸は未解明のままだ。

森友学園の地元・関西では、疑惑解明を求める集会が数多く開かれている。関西在住の私もよく出席しているが、集会参加者から「既成メディアの劣化」は語られても、「朝日はよくやった」の声はほとんど聞いたことがない。

受賞とは正反対に一連の森友・加計報道で露呈したのは、朝日に限らず既成メディアの取材力劣化と権力に対する弱腰ではなかったのだろうか。朝日の疑惑報道までの経過を辿れば、朝日も含め既成メディアはジャーナリズム本来の「権力監視」の役割をまともに果たしていないことは自ずと明確になる。

◇疑惑を知りつつ、会見まで報道しなかった朝日

「国有地払下げのいかがわしさに私が最初に気付いたのは、昨年春でした」と語るのは、木村豊中市議だ。市の公園にする計画があった国有地をたまたま見に行くと、森友学園に借地され、系列小学校の建設用地に変わっていた。

6月には森友学園に売られたことも知ったが、売却額を近畿財務局に聞いても担当者は逃げ回るだけ。革新系無所属の木村氏は胡散臭さを感じ、市民運動の仲間や共産党市議に相談。自然発生的に野党共闘が成立し、朝日報道の8カ月も前から組織的な解明活動が始まっていたのだ。

木村氏らは9月に売却価格開示を求める情報公開請求を財務局にしている。記者なら当然この時期に取材に出向かなければならない。

しかし、どこの社の記者も来ず、財務局は非開示を決定。納得出来ない木村氏らは11月になって主だった報道機関に自ら連絡し、情報提供した。その時はさすがに朝日も含め5社ほどの地元記者が来て、取材して帰ったという。しかし、記事にした社は1社もなかった。

それでもあきらめないのが、木村氏らのすごさだ。「財務省がここまで隠すのは、背後に政権の力が働き、メディアも腰が引けているからではと思った。なら、私たちが先頭に立ち裁判を起こす以外、記事にしてもらえる道はないと覚悟を決めた」と、木村氏は訴訟に至る経過を振り返る。

木村氏らが、国相手に売却価格非開示決定取り消しを求める裁判を起こし、その日のうちに記者会見を開いたのは今年2月8日。狙い通り、朝日はやっと重い腰を上げ、それまで調べてきた情報も含め会見翌日に大きく報道にした。

この記事を皮切りに国会でも議論が沸騰。「みんなで渡れば恐くない」と他社も追随し、後は各社入り乱れてお決まりの洪水報道だ。

◇調査報道の真価は事実の解明

調査報道は「ジャーナリズムの使命は権力監視」に基づき、記者の深い取材力で疑惑を嗅ぎつけ、極秘文書など動かぬ証拠も報道機関独自で入手。メディア自らの責任で報道するものを言う。事実の解明、いち早く報じる特ダネも命だ。

取材には多くの費用と時間もかかるから、担当記者は特ダネにこだわる。会見を待って記事にしては、普通は特ダネになるはずはなく、こんな朝日の報道は「調査報道」の定義に当てはまらない。その会見記事が不思議なことに朝日の特ダネになったのは、朝日以上に他社の腰が引けていたからに過ぎない。

ある程度の取材を進めていた朝日が会見まで記事にしなかったのは、権力から圧力がかかっても、木村氏らに責任を押し付け、「記者会見の客観報道記事」として逃げる布石だったのだろう。

私は調査報道の記事を止められ上司と衝突、記者職を剥奪されるまでの20年余り、朝日で調査報道を担当して来た。「会見を待っては各社同着になる」と記事化を強く促す私たち調査報道担当記者と権力に弱腰で事なかれ主義の幹部との間で激しく火花を散らすことは日常茶飯事だった。だから、私は森友報道でも多分同様なことがあったであろうことは容易に想像出来る。

しかし、これでは邪道も邪道。他社が書かずに特ダネ風になった会見記事をもって、朝日が「伝統の調査報道の積み重ね」などと威張れるものでもなければ、JCJ賞に値もしない。

それでも森友疑惑報道がここまで盛り上がったのは、木村氏らの追及に慌てた安倍首相が、それまで蜜月だった籠池氏を「しつこい」呼ばわり。怒った籠池氏が自ら持っていた資料をすべて暴露した仲間割れの結果だ。

一役買った著述家の菅野完氏は、安倍、籠池氏らが所属する日本会議に対し腰を据えて取材して来たからだ。安倍氏らに一矢報いたい籠池氏が一番頼れる存在に映ったのは菅野氏で、腰のふらつく朝日は、相手にもされなかった。朝日の森友報道の大半は、この経過の通り、木村氏かコツコツと調べた事実と菅野氏の入手した資料の後追いである。

加計報道について、詳しく触れる紙数はないが、既成メディアの取材がなかなか核心に迫れない中、苛立った官僚や関係者が自ら保管している文書を「怪文書的」に流した結果であり、森友報道と五十歩百歩である。

ジャーナリズム、ジャーナリストの真価は問われるのは、「事実の解明」であることは論を待たない。国会で森友疑惑が追及されて以降の洪水報道では、確かに朝日だけでなく、各社それぞれ細かな特ダネがないとは言わない。しかし、木村氏や菅野氏が解明した事実の大枠を超えるものはない。

◇JCJ賞にふさわしいのは誰か

JCJ賞は、個人や市民運動団体も受賞対象にしている。なら、JCJがこの二人をさしおいて、朝日に賞を与えた理由が私には分からない。JCJがこうした森友・加計報道の質をきちんと審査しているなら、賞はこの二人に与えて当然。返す刀で遅れを取った既成メディアの責任、ふがいなさを市民の立場から指摘し、権力監視の出来るジャーナリズム本来の姿に戻ることを促すべきなのだ。

私はJCJ会員ではあるが、賞の審査経過を知る立場ではない。もし「朝日が森友報道の口火を切った」ことをもって、単純に賞を与えたとしたら論外。ジャーナリズム本来の在り方から朝日報道を詳しく検証し、「調査報道の積み重ねによる賞に値する報道」と認定したのなら、どの記事がジャーナリズム活動の手本となる報道・特ダネなのかを、今月19日の受賞式で具体的に明らかにする必要があろう。

それをせず、JCJがこの程度の報道に「ジャーナリズムの手本」とのお墨付きを与えてしまえば、既成メディアの劣化はさらに進むだけである。

◇朝日の「伝統的な調査報道」なら、どんな取材をするのか

なら、朝日が本当に「伝統的な調査報道」を出来ていたなら、どんな取材をしたか。私は20年間の調査報道記者経験からその手法は熟知している。その一端を紹介してみよう。

木村氏のように市民運動とつながりが深い議員は、権力監視する記者には情報の宝庫。私の頃は普段から接触を欠かさなかったが、今の記者もそうしていれば、昨年夏には疑惑の端緒を知り、取材に入れたはずである。

国有地払下げ疑惑なら、登記簿入手から始めるのも、取材のイロハのイ。「買戻し特約」の記載があれば、財務局が隠しても払下げ価格は買戻し価格と同額の1億3千4百万円であるのもすぐ分かる。

私も駆け出し時代はそこまでの知識はなかった。それでもその頃は分野ごとに詳しい記者がいた。相談すれば、取材手法が教えてもらえる体制が出来ていた。

ここまでは序の口。記者の力量が本当に問われるのは、実はここからだ。私は先輩記者から「調査報道が成功するか否かは、人間関係の構築がカギ」と常々教えられて来た。

権力の絡んだ疑惑なら、最初から正面切って役所幹部に取材しても、かん口令が敷かれるだけで警戒が強まり、まず失敗する。担当部署や周辺のノンキャリアの人との人間関係構築から始めるのが常道だ。

取材チームで手分けし、職員の退庁時間に合わせ尾行、自宅を割り出すことから始める。一人や二人と親しくなっても取材源は特定される。出来るだけ多くの職員と接触する必要があり、自宅リストは数十人に上ることさえある。

自宅を訪ねても、最初は取材の狙いを悟られないよう細心の注意を払う。森友の「も」の字も出さず、世間話や別の問題を追っているように見せかけ、人柄を確かめる。

権力者の絡んだ疑惑なら、真面目な職員は必ず、腹立たしい思いをしている。時間をかけて人間関係を作り、やおら取材目的を告げれば、正義感の強い人なら内情を話してくれる。中には、身の危険承知で資料を持ち出してくれる人も見つかる。

事実、私はこうして多くの極秘文書を入手し、記事にした。後輩に出来ないはずはない。一人の人物と信頼関係を結び、真相に迫ることはフリーのジャーナリストにも出来る。しかし、時間も費用もかかる組織的取材は、潤沢に人手も取材費も使える既成メディアの記者にしか出来ない仕事であり、購読料を払って戴ける読者への責務でもある。

◇JCJも再生し、既成メディア再生を主導せよ

ただ、劣化したとはいえ既成メディアの力を再認識させられたのも、森友・加計報道である。腰がふらつきつつも、木村氏や菅野氏の力を借り、最後は大きく報道したから、盤石に見えた安倍政権の本質が多くの国民の知るところとなり、ここまでぐらついた。

疑惑報道を通じ既成メディアの多くの記者と出会った菅野氏は「若い記者には優秀でやる気のある人もいる。むしろメディア幹部の劣化がひどい」と語る。

私も後輩の若い記者に出食わすたびに「何故、森友報道が未消化に終わったのか」と尋ねた。彼らは無念そうに、「慰安婦問題で叩かれて以降、朝日幹部は権力監視にますます消極的になっている。取材現場にも少なからず影を落とした」と話している。

私はわずかながら朝日の株式を持っていから今年6月末の株主総会に出て、森友集会出席者らの不満を伝え、「森友報道で自画自賛している場合か」と、渡辺雅隆社長に質問した。

しかし、社長は腰の引け具合を棚に上げ、経営陣の手柄のごとく「伝統的な調査報道の特報」と自画自賛するばかり。私の質問を何度も遮り、「『朝日はよくやった』の声が読者から届いている」と、にべもない答弁しかせず、自らの報道の至らなさを検証しようともしなかった。それに賞まで与えてしてしまうなら、朝日は今の報道姿勢に安住するだけで、覚悟をもって権力監視するジャーナリズムの原点に立ち返ろうとは、決して考えないだろう。

それはメディアの空洞化であり、調査報道の現場感覚を欠き、市民の立場から既成メディアを監視出来ないJCJの空洞化をも意味するものだろう。JCJが既成メディアの再生を主導するには、何が必要か。この機会に自ら検証し、再生してもらいたい。

【写真】本稿の執筆者、吉竹幸則氏

 

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)
フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。JCJ会員。