海外派兵の新スタイルとは?旧日本軍の侵略・占領スタイルとは何が異なり、何が問題なのか
【サマリー】30日の安保関連法案に反対する東京集会の場に、右翼の街宣車が「出征兵士を送る歌」を流しながらやってきた。しかし、法案が成立した後に本当に、徴兵制が敷かれるのだろうか。答えは、NOである。
想定されているのは、米軍と同様に世界の紛争地帯へピンポイントで兵力を投入する体制である。投入される兵士は、ジャーナリスト寺澤有氏の取材で判明した「隊員家族連絡カード」などを参照に選任される可能性が高い。
実際に想定されいる海外派兵のスタイルとは何か?右翼が考えている旧日本軍のスタイルとは何が異なるのか?海外派兵の実態を客観視する。
30日の安保関連法案に反対する東京集会の場に、右翼の街宣車が軍歌を流しながらやってきた。流していた軍歌を、帰宅後に調べてみると、当時の陸軍省が選定した「出征兵士を送る歌」(冒頭のYoutube)だった。
軍歌を流しながら大通りを走る街宣車は、場違いな印象をかもしだしたが、逆説的に考えてみれば、これは安保関連法案に反対する世論にずいぶん貢献したことになる。と、いうのも安保関連法案が成立すれば、集会参加者の目の前で展開しているのと同じ光景がさらに規模を拡大して展開されることを印象づけたからだ。
ただ、安保関連法案が成立すれば、本当に「出征兵士を送る歌」に象徴されるような光景が、東京の銀座で、あるいは新宿の都庁前あたりで展開されるのだろうか。答えは、NOである。右翼の人達が考えているようなことにはならない。
安倍首相や右翼が理想として描いている日本の未来像に旧日本軍の像が重なっているとしても、日本の政治を舞台裏から牛耳っているのは彼らではないからだ。舞台裏にいるのは経済界の面々の米国政府の面々にほかならない。両者の想定には多少のギャップがある。
こんなことを書くと、「お前は安保関連法案に賛成しているのか?」と言われそうだが、政治の構図はやはり客観的に見なければならない。
安保関連法案の発端になっているのは、復古的な右翼思想ではなく、第1次安部内閣の時代にリチャード・アーミテージとジョセフ・ナイが作成した『日米同盟』と題するレポート「2007年度版」である。この中で両氏は、次の事柄を提唱している。
◇5つの提唱事項
1.日本は、もっとも効果的な意思決定を可能にするように、国家安全保障の制度と官僚機構をひきつづき強化すべきである。現代の挑戦が日本に求めているのは、外交・安全保障政策を、とりわけ危機の時期にあたって、国内調整と機密情報・情報の安全性を維持しながら、迅速、機敏かつ柔軟に運営する能力を持つことである。
2.憲法について現在日本でおこなわれている議論は、地域および地球規模の安全保障問題への日本の関心の増大を反映するものであり、心強い動きである。この議論は、われわれの統合された能力を制限する、同盟協力にたいする現存の制約を認識している。この議論の結果が純粋に日本国民によって解決されるべき問題であることを、われわれは2000年当時と同様に認識しているが、米国は、われわれの共有する安全保障利益が影響を受けるかもしれない分野でより大きな自由をもった同盟パートナーを歓迎するだろう。
3.一定の条件下で日本軍の海外配備の道を開く法律(それぞれの場合に特別措置法が必要とされる現行制度とは反対に)について現在進められている討論も、励まされる動きである。米国は、情勢がそれを必要とする場合に、短い予告期間で部隊を配備できる、より大きな柔軟性をもった安全保障パートナーの存在を願っている。
4.CIAが公表した数字によると、日本は、国防支出総額で世界の上位5位にランクされているが、国防予算の対GDP比では世界134位である。われわれは、日本の国防支出の正しい額について特定の見解を持っていないが、日本の防衛省と自衛隊が現代化と改革を追求するにあたって十分な資源を与えられることがきわめて重要だと考えている。日本の財政状況を考えれば資源が限られているのは確かだが、日本の増大しつつある地域的・地球的な責任は、新しい能力およびそれに与えられるべき支援を必要としている。
5.自ら課した制約をめぐる日本での議論は、国連安保理常任理事国入りへの日本の願望と表裏一体である。常任理事国となれば、日本は、時には武力行使を含む決定を他国に順守させる責任を持った意思決定機関に加わることになる。ありうる対応のすべての分野に貢献することなく意思決定に参加するというその不平等性は、日本が常任理事国となろうとする際に対処すべき問題である。米国は、ひきつづき積極的にこの目標を支援すべきである。
■出典:特定秘密保護法、2007年の第1次安倍内閣の時代、すでにアーミテージ文書で米側が秘密保護の強化を提言
◇隊員家族連絡カードの存在
米軍の方針は、旧日本軍とは根本的に異なっている。みずからの権益が侵されるリスクがある地域に、ピンポイントで軍隊を投入して、「政変」を鎮圧して、傀儡(かいらい)政権をつくった後に引き上げる戦略が主流を占める。
この場合、1980年代の中米紛争に見られたように、直接介入を避けて、現地の軍事組織(傭兵を含む)を指揮する軍幹部だけを派遣することもある。
歴史的にみても前世紀の戦争にみられたように、侵略から占領、植民地支配というプロセスは取らない。取りたくても取れない。それだけ世論が強くなっているからだ。歴史が前へ進んでいるからだ。
日本政府が構築しようとしているのは、米国と協同作戦を展開できる体制である。念頭にあるのは、米軍に同化した軍の構築である。とのために特定秘密保護法もつくったのである。
しかし、徴兵制はまったく想定していない。国民の反戦意識を刺激することを警戒する以前の問題として、徴兵制で若者を集めて、軍事訓練を強いたところで、戦力にはならないからだ。かえって足手まといになる。
投入されるのは、十分に軍事訓練を積んで戦闘能力がある人員である。
それを裏付けるひとつの証拠として、自衛隊内で隊員に配布され、記入が命じられた隊員家族連絡カードの存在がある。これはジャーナリストの寺澤有氏の取材で判明したもので、9月1日付けの「The Japan Times」が詳しく紹介している。
それによるとこのカードには、隊員が隊員家族のEメールから、携帯電話番号、さらには隊員本人の健康状態まで、事細かに個人情報を書き込むことになっている。使用目的は、戦地で死亡したときの対処に役立てるのと、誰を戦地へ送り込むかを審査する時の参考とするためであるとの見方がある。
つまり戦う能力、メンタルな面をも含めた戦闘能力がある者が選ばれて戦地へ投入されることになるのだ。
しかし、徴兵された若者ではなく、自衛隊員を戦地に投入するから海外派兵が許されるというものではない。米軍の戦闘員が帰還後に肉体的にも精神的にもさまざまな障害を訴え、米国内で大きな社会問題になっているのは周知の事実である。
こうした実態があるから、米国は日本に「世界の警察」の役割分担を求めてきたのである。
◇中国の脅威は嘘
安倍首相は、中国の脅威を誇張して流布することで、国民の恐怖心をあおり、防衛体制の強化を訴えているが、おかしなことに、中国は日本の最大の貿易相手国である。企業にとっては、新市場でもある。その中国と交戦して最も損害を被るのは財界である。
事実、財界は米国型の日本軍を作ることには賛同しているが、安倍首相の極右的な動きは警戒しているようだ。靖国参拝にしても、しばしば苦言を呈している。米国が安倍首相の慰安婦発言などに不快感を示しているのも周知の事実である。
安保関連法案に反対する集会の場に、右翼の街宣車が登場したことは、財界にとっても迷惑行為だったに違いない。
安保関連法案が成立した後、地球のどの地域に対して派兵が行われるのか、短絡的な想定は避けるが、中国でないことは確実だ。あえていえば、中東やこれから市場獲得競争がはじまるアフリカあたりではないかという気がする。