博報堂事件の総括、取材対象が民間のアスカから省庁へ急拡大、内閣府ナンバー2の天下りも判明
◇博報堂事件の第1ステージ
◇テレビCMの「中抜き疑惑」
◇放送確認書の偽造
◇博報堂事件の第2ステージ
◇全省庁に対して情報公開の開示請求
◇通信社OBらの支援
◇報道の広がり
◇戸田裕一社長名で巨額請求を繰り返す
この一年、わたしは博報堂がかかわった事件と向き合った。
その糸口は2月に1本の電話を受けたことだった。化粧品などの通販会社・アスカコーポレーション(本社・福岡市)からの電話で、折込広告の水増し被害を受けた疑いがあるので、資料を検証して、アドバイスをもらえないかという申し入れだった。
断る理由はないので引き受けた。折込広告の詐欺は、わたし自身が取り組んできたテーマである。
数日後、アスカから郵送されてきた資料を精査したところ、確かにアスカが折込詐欺の被害を受けていた可能性があることが分かった。たとえば東京・町田市の新聞のABC部数が約13万部しかないのに、15万枚の折込広告が見積もられていた。新聞購読者にもれなく折込広告を配布しても、13万枚あれば十分で、2万枚が過剰になる計算になる。
もっとも、なにか別の目的で2万枚を余分に印刷したというのであれば、別問題だが。「折込詐欺」は水面下の社会問題になっているので、わたしは取材することにした。
たまたまこの時期にアスカが本拠地としている福岡市近郊の久留米市へ取材にいく予定があった。メディア黒書でも取り上げている佐賀新聞の「押し紙」裁判の取材である。
この機会を利用して、わたしは福岡市のアスカを訪問した。情報の提供会社に直接あって、相手が信頼できる企業かどうかを確かめておく必要があったからだ。
アスカの社員から直接事情を聞いてみると、折込広告に関する疑惑以外にも、テレビCMの「中抜き」疑惑や、嘘の視聴率を提示してCMの口頭契約を結ばされた疑惑など、問題が山積していることが分かった。
係争の相手が博報堂であることも意外だった。紳士的なイメージがあったからだ。ただ、大手広告代理店に対するタブーがあることも知っていた。日本のメディア企業の大半は、広告依存型のビジネスモデルなので、広告代理店を抜きにすると経営が成り立たなくなるからだ。
逆説的に見れば、ジャーナリズムの光があたらない業界は、内部が腐敗していることが多い。タブーの領域こそが最高の取材対象になるのだ。この矛盾がジャーナリズムの魅力でもある。
そこでわたしはアスカに対して、博報堂との過去の取引に関する全資料を提供してくれるようにお願いした。2週間後に、段ボールいっぱいの資料が送られてきた。全資料ではないが、アスカが疑惑を抱いている取引に関する記録である。こうして博報堂事件の第1ステージの取材が始まったのだ。大手広告代理店に対するタブーに挑戦することになったのだ。
ちなみに博報堂は、完全にわたしの取材を拒否した。
◇博報堂事件の第1ステージ
事件の発端は、メディア黒書で既報してきたように、アスカの資金繰りが苦しくなり、同社のPR業務を独占していた博報堂に対する未払い金が発生したことである。博報堂はアスカの銀行口座を仮差押さえなどの強引な策に出たあげく、2015年の秋に6億円の支払いを求める裁判を起こした。
その結果、アスカには博報堂との過去の取引を精査してみる必要が生じた。6億円の支払いを求められて、本当に支払い義務があるかどうかを検証しない者はいない。そこで過去の取引を精査する作業に入ったのである。
その結果、博報堂の請求方法などに多種多様な疑惑が浮上してきたのだ。そして2016年5月、逆にアスカの側が博報堂に対して15億円の返金を求める訴訟(不当利得返還請求)を起こしたのだ。
さらに8月には、博報堂が過去に提示していたCMなどの番組提案書に嘘の視聴率が記されていたとして、番組提案書の無効を求める裁判を起こしたのだ。この裁判の請求額は約43億円だった。
PR業務はテレビCMの制作から、新聞広告の制作・掲載、イベント、それに情報誌の編集・制作まで多岐に渡るので、当然、裁判の争点も多い。分かりやすい具体例を、メディア黒書に掲載した記事からいくつか紹介してみよう。
■元博報堂・作家の本間龍氏がアスカの「15億円訴訟」を分析する、後付け水増し請求という悪質な手口①
■元博報堂・作家の本間龍氏がアスカの「15億円訴訟」を分析する、得意先の企業を欺く愚行の連続②(執筆:本間龍、作家)
■博報堂による「過去データ」流用問題、編集の実態、アスカ側は情報誌のページ制作費だけで7億円の過剰請求を主張
■プロの眼が見た博報堂事件、テレビ視聴率の改ざんをめぐりアスカコーポレーションが提起した42億円訴訟①(執筆:本間龍、作家)
■博報堂がアスカに請求したタレント出演料の異常、「 契約金が翌年に20%も上昇することなど有り得ない」
■朝日放送による「番組の中止→料金請求」問題で放送倫理・番組向上機構(BPO)に申し立て、放送確認書の代筆者は博報堂
◇テレビCMの「中抜き疑惑」
ちなみにテレビCMの「中抜き疑惑」も浮上している。「中抜き疑惑」とは、秘密裏にCMを放送しない行為をさす。しかし、「中抜き」は記録に残る。テレビCMがコンピューター管理されているからだ。
完成したCMに10桁のCMコードを付番しておくと、そのCMが放送された時、コンピュータに放送実績が記録される。そして放送確認書をプリントアウトすると、書面の中にCMコードが表示されている。
博報堂事件では、このCMコードが非表示になっている番組が、少なくとも1508件あることが判明したのだ。このうち979件が、スーパーネットワークという衛星放送局の取り扱い分だった。この会社について調査してみると、博報堂の株が50%入っていることが分かった。博報堂そのものである。
CMの「中抜き」は、1990年代の後半に、福岡放送、北陸放送、それに静岡第一テレビで発覚し、大きな問題になった。再発を防止するために、放送関係者と広告関係者が、2000年から10CMコードでコンピュータ管理するシステムを導入した経緯があった。従って放送確認書のCMコードが非表示になっていれば、常識的には、CMは放送されていないと判断できる。
もちろんアスカは、放送されていない可能性が高いCMの料金も徴収されていた。博報堂を過信していた上に、請求書の送付が経理「締め日」ぎりぎりだったこともあって、請求内容などをよく確認する時間的な余裕がないまま、支払い承認をしていた結果である。
◇放送確認書の偽造
その放送確認書を何者かが偽造していたケースも判明している。この事件については、詳しく報じたので、記事をリンクしておこう。
■博報堂事件、放送確認書そのものを何者かが偽装した疑い、確認書の発行日とCM放送日に矛盾
◇博報堂事件の第2ステージ
博報堂事件の第2ステージは、博報堂と省庁の関係を検証する作業である。具体的には、省庁から博報堂に対するPR関連業務の発注実態の調査だ。
わたしが第2ステージに着手することになったのもまったくの偶然である。わたしは従来から新聞社を取材してきたこともあって、公共広告の出稿実態を定期的に調査してきた。その調査対象のひとつが内閣府である。
2015年度(2015年4月1日~2016年3月31日)に広告代理店が内閣府に送付した請求書を情報公開請求で入手して精査したところ、1点だけ尋常ではないものが出てきた。それが博報堂が内閣府に送付した次の請求書である。
この請求書については、メディア黒書で繰り返し公表してきた。注目してほしいのは、27ページである。27ページから請求書に対応する契約書が掲載されている。
契約書によると、契約額は約6700万円だ。しかし、複数の請求書の金額を合計すると請求額が20億円を超えていたのだ。
これについて内閣府は、6700万円は、この企画の「構想費」にあたり、他のPR活動については、口頭とメモで、博報堂に指示を出していたと説明している。見積書も存在しない。博報堂がこのような請求を繰り返し、内閣府が支払いに応じてきたのである。博報堂事件の第一ステージで、博報堂が後付け請求で請求額を増やす手口を把握していたので、わたしは直感的に怪しいと思った。
実は、この不自然な請求と支払いに関しては、かなり多くの情報や感想がメディア黒書に寄せられている。その中に興味深い証言があった。
「これは博報堂が正規に使っている請求書ではありません。おそらくエクセルで作成しています」
別の証言者は、
「他年度でも同じことをやっていますよ」
他年度でも同じことをやっていれば、疑惑のある金額は莫大になる。そこでわたしは裏付けを取るために、内閣府に対して2011年度から2014年度、さらに2016年度を対象として、博報堂が内閣府に送付した請求書の情報公開を申し立てた。(2015年度については、既に入手済み)。
その結果、2012年度から、請求額が契約額を大きく上回る請求パターンが繰り返されていることが判明したのだ。この特殊な請求書方法については、さまざまな分野の専門家に意見を聞いた。いくつか紹介しょう。
「これだけ金額が大きいわけですから、見積書がないとすれば、なにかそれに代わる書面があるはず。それがなければ支出はできない」(弁護士)
「このような請求書方法は聞いたことがない」(税理士)
「1件の広告ごとに見積書、契約書、請求書がなければおかしい」(税理士)
「これは博報堂の正規の請求書ではない」(黒書への情報提供)
「これだけの額(20億円)が新聞広告の掲載料というかたちで新聞社に流れているとすれば、メディア対策費の性質が出てくる」(黒書への情報提供)
さらに調査を進めるうちに、メディア企業に対して支払われた広告料の総額が、予算枠をはるかに上回っていることが判明した。つまり決められた予算とは、別の財源から資金を調達した疑惑があるのだ。そのための工作なのか、全請求書に日付が付されていない。これについては次の記事で報告した。
■内閣府は2015年度の広告費をどこから調達したのか、少なくとも5億200万円の出所が不明、新聞社にも疑惑、大疑獄事件の様相
◇全省庁に対して情報公開の開示請求
内閣府に対する請求が不可解だったので、わたしは念のために他の省庁についても調査対象とした。博報堂との取引に関する内部資料(見積書、契約書、請求書)を開示するように、情報公開請求を行った。
12月になって開示が本格化した。その中で、たとえば、一件のウエブサイト制作に2100万円を請求していた事実などが判明した。
■内閣府に続いて文科省でも博報堂がらみの資金疑惑、 民主党の蓮舫氏らは事業仕分けで何をしていたのだろうか?
内閣府以外の省庁の調査はまだ始まったばかりである。黒塗りで開示された書面については、徹底的に調査する。
◇内閣府の阪本和道・元審議官が博報堂に天下り
年末の12月28日、衝撃的な情報がメディア黒書に寄せられた。元内閣府のナンバー2が2016年1月に博報堂に天下りしているので、調査するように読者の方がアドバイスをくれたのだ。
天下りとの指摘があった人物は、阪本和道・元審議官。「審議官」は内閣府のナンバー2のポジションである。過去に、広報室長、内閣官房内閣広報室内閣審議官も務めている。博報堂の業務はPRに関連したものであるから、窓口は広報室である。従って阪本氏は、博報堂とも接点があるといえよう。
博報堂による不自然な20億円請求の件について、阪本和道氏が事情を知っている可能性がある。少なくとも阪本氏に事情を取材する必要があるだろう。
幸いに、再就職等監視委員会という機関が、内閣府に設置されている。同委員会のウエブサイトには、次のように記されている。
再就職等監視委員会では、再就職等規制違反行為に関する情報収集のため、規制違反行為に関する情報を幅広く受け付けています。
来年早々、わたしは再就職等監視委員会に対して、博報堂が阪本氏を自社に就職させた背景を調査するように申し立てを行う予定だ。
◇通信社OBらの支援
省庁の取材に追われているうちに、今度は横浜市の市民から、博報堂JVが開国博Y150(2009年4月28日から9月27日までの153日間)で企画を請け負って、62億円を請求し、横浜市議会で大問題になったという情報提供があった。横浜市議を取材して記事にした。
■疑惑に満ちた横浜市の「開国博Y150」、博報堂JVとの契約額は約62億円
このように取材の範囲が広がりすぎて一人では、博報堂事件を処理し切れなくなった。そんな時、通信社のOBの人達が取材を手伝ってくれるようになった。作家で元博報堂社員の本間龍氏も、寄稿してくれるようになった。
このうち通信社のOBは、次のように話している。
「これまで広告代理店の請求書を詳細に調査するジャーナリズム活動はだれもやらなかった。だから盲点になっていた。広告代理店の側も、このような手法で調査されるとは想像もしていなかったのではないか。これは日本のジャーナリズムの暗部だ。ある意味では、『押し紙』問題よりも深刻だ」
◇報道の広がり
博報堂事件の第1ステージでは、『ZAITEN』、『週刊金曜日』、『ジャーナリスト』、『MyNewsJapan』が記事を掲載してくれた。このうち『週刊金曜日』は3回の連載を快く引き受けてくれた。やはり広告に依存しないメディアである。
また、第2ステージでは、『ビジネスジャーナル』が記事掲載の機会を作ってくれた。
メディア黒書の読者は、次のような感想を寄せている。
「博報堂には、電通とは違った問題があります。電通の場合は被害者が会社内部の女性ですが、博報堂の問題は、被害者が広告主です。しかも、民間企業だけではなくて、省庁に対しても、不自然な請求を繰り返しています」
「広告代理店は、所詮、国策プロパガンダの機関です。予算を5分の1程度に削減すべきでしょう。請求額が普通ではありません。金銭感覚が異常です」
国会では、議員定数を削減して人件費を抑制すると同時に、国民の参政権を狭めようとする動きがあるが、削減する分野が完全に間違っている。旧民主党は、「事業仕分け」で一体なにをやったのだろうか?
◇戸田裕一社長名で巨額請求を繰り返す
博報堂が発行した請求書には、すべて戸田裕一社長(冒頭写真)の名前が付されている。戸田社長名で、庶民感覚からすると、極めて不自然な請求を繰り返してきたことになる。
なお、メディア黒書で入手した情報は希望者に提供している。たとえば『紙の爆弾』の記者に情報を提供した。その結果、何度か『紙の爆弾』が博報堂事件の記事を掲載した。
情報は共有物との認識と精神で、来年も幅広く情報提供を進めたい。もちろん、「押し紙」問題や携帯基地局問題についての情報共有も同じ方針だ。