1. 公共事業は諸悪の根源? ジャーナリズムでなくなった朝日 その4(後編)

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2013年11月15日 (金曜日)

公共事業は諸悪の根源? ジャーナリズムでなくなった朝日 その4(後編)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

それから数か月。編集局次長が突然、支局を訪ねて来ました。編集局長が「豊田に行く」と約束した手前、代わりにその下の局次長を来させたのかも知れません。局次長に経過を説明すると、私の言い分もそれなりに分かってくれたようでもありました。

その後、しばらくしてのことです。局次長から、支局に電話がありました。「ちょっと内緒で名古屋に来てもらいたい」との呼び出しです。「名古屋本社に寄らず、直接近くの寿司屋に来るように」と、指示されました。

寿司屋で落ち合い、ビールを飲みながらの話です。局次長は「いろいろあったが、社会部長は、編集局以外に異動させることにした。二度と編集局には戻さない。君はそれをもって了としてもらいたい」と、切り出しました。ただ、「部長は、朝日にとって異能分子、貴重な人材でもある。編集以外でどう高く処遇しても、目をつぶってもらいたい」とも付け加えたのです。

私にとって部長の人事・処遇など、どうでもいいことです。とにかく名古屋を去ってくれれば、十分です。問題は河口堰報道。尋ねると、「あまり騒がず、新部長のもとで粛々と再開すればいい」という話でした。

◇新聞社の「異能分子」?政界工作者

局次長が口にした「異能分子」とは、記者として培った人脈を、「報道」目的以外の経営に資する社業に生かし、活動する人物を指すことは、朝日社内の常識でした。私も駆け出し時代、東京本社の新社屋を建てるための国有地払い下げに、「異能分子」が活躍したというウワサは聞いていました。

ただ、せっかく築地に国有地を確保しても、それまでの有楽町より地下鉄の駅は遠く、記者のタクシー利用が増大。その経費が月に億単位で膨れ上がっていました。朝日の「異能分子」が、築地を通る地下鉄新線、新駅の早期開業を各方面に働きかけているというウワサも、政治記者時代、耳にはしていたのです。

しかし、私も含め政治記者は、我関せず。周囲を見渡しても、そんな動きをしている「異能分子」は見当たらず、無頓着。果たして本当に「異能分子」が駅の早期開業を働きかけていたかも、不明です。

ただ、こう言っては叱られるかも知れませんが、新駅での「異能活動」があったにしても、なかっても所詮、些細な問題に過ぎません。新聞業界にもいろいろ弱みはあります。「ジャーナリズムの使命・役割りは権力監視」と、常に表向きは威勢がいい建前を口にします。でも、実は裏では権力に頼りたいもっと大きな問題、逆に触られたくない問題も多々あるのです。

◇「異能活動」がジャーナリズムを堕落させた

このブロクの主宰者の黒薮哲哉氏は、長く「押し紙・積み紙」とも言われる新聞の偽装部数について、追及しています。広告が主な収入源である新聞業界では、その基礎となる部数が命です。そこに偽装があるとしたら…。

経営の根幹にかかわる問題です。口を封じたいから、読売は黒薮氏にいくつもの訴訟を仕掛けたのでしょう。でも、本当に読売を始め新聞業界が恐いのは、黒薮氏の報道が波及して、公正取引委員会が動く事態なのです。

再販制度の維持にも、新聞業界は長年腐心しています。今でも契約時の景品など、過当競争が業界体質です。もし、曲がりなりにも定価販売が維持されている再販制度まで廃止されるとしたら…。これを廃止するか否かの権限を握るのは公取委です。

また、新聞社は系列テレビ局の株を握り、グループ企業化しているところも多いのですが、この電波の許認可権を持つのは総務省です。実は、この当時、TBSとテレビ朝日で系列の地方局がねじれていて、再編が大きな懸案事項でした。ねじれの解消には、地方局を系列に合わせて増やす以外にありません。そのための様々な働きかけを必要としたはずです。

このほか、捜査当局や税務当局との関係など数え出すと、きりがありません。権限を握る省庁の官僚と、背後で操る政治家…。新聞業界に弱みがある限り、こうした権力者と関係を結び、円満にことを収める仲立ち役の異能分子に頼りたい誘惑に、経営者は駆られることになります。

もちろん、新聞社も私企業です。経営の安定は大事であり、それが健全な報道活動に繋がります。だから私も、すべての異能活動を悪と決め付けるつもりはありません。ただ、越えてはならない1線はあります。異能活動の道具に、人々の「知る権利」を使うことです。

経営を安定させるのは、人々の「知る権利」を守るためです。それを権力者との取り引きの道具に使い、「知る権利」を侵害するなら、本末転倒です。こんなことを続けている限り、権力に借りを作ります。健全なジャーナリスト活動に基づき、権力監視し、人々の「知る権利」に応えることなど到底出来ないのです。

黒薮氏は、偽装部数問題を追及し続ける理由として、「新聞業界に恥部があり、そこを権力につけ込まれるなら、健全な報道活動は出来ない。新聞業界に弱みを作らせないためにも、その追及は欠かせない」と、説明しています。私も同感です。何より、越えてはならない1線を守り、権力に出来る限り借りを作らないことが、ジャーナリズムの基本でなくてはなりません。

◇河口堰報道を止めた事実の裏に何が?

この部長は、先にも記したようにリクルート事件の追及などで、世間からその頃、「調査報道の神様」などともてはやされていました。官僚や政治家の不祥事、弱みも他の記者以上に良く知っていました。「弱み」と「弱み」と取り引きして、なかったことにする…。局次長が言うように、部長が本当に「異能分子」であったとしたら、あり得ないことではなかったかも知れません。

ただ、もともと調査報道記者は、「ミイラ取りがミイラになる」危険と背中合わせです。情報を取りたければ、「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」です。一方、ミイラの方は、様々な手段を使い、記者の取り込みを図ります。

狐と狸の化かし合い…。それが調査報道取材です。部長同様、調査報道経験の長い私も親しい官僚・政治家は多数いました。取り引きを持ちかけられたことも、実は何度もありましたが、きっぱり断りました。

だから部長も、調査報道に長く携わっているだけで「異能分子」と疑われてはたまらないでしょう。「異能活動」は、人事同様、すべて密室で行われます。局次長は、この部長を「異能分子」と呼んだのは、私のこの耳で聞きましたが、私は、この部長を「異能分子」と呼ばわりしたり、人々の「知る権利」を取り引きに使ったと決めつけるだけの証拠はありません。

ただ、プライドの高い朝日の記者で、自ら「異能分子」を買って出る輩は稀です。局次長が言ったように、部長が本当に「異能分子」だったとしたら、後ろ盾の経営幹部にとって離し難い存在ではあったでしょう。

サンゴ事件の責任から逃れ、この人物が復活するには、単に批判者やライバルがどんな経緯にせよ、スキャンダルで潰れただけでは盤石とは言えません。社業、つまり経営成績に結びつく貢献が不可欠です。そのための私兵も必要だったはずです。

部長が約束されたとする「名古屋の編集局長にしてやる」との経営幹部の密約も、それが目的だったとしたら、あり得ないことではないかも知れません。

私の河口堰報道を止めた経過は、報道機関の日常とあまりにもかけ離れていたことだけは間違いありません。その裏で何があったか…。局次長なら、当時ヒラ記者の私以上に多くの社内の裏情報を持っていたと思います。部長が「異能分子」であり、河口堰報道を止めたのも「異能活動」の一環だとしたら、多くの点で、辻褄は合って来ます。

局次長のこの言葉は、私を妙に納得させたことだけは確かでした。ただ、何度も言っておきますが、部長が本当に「異能分子」で、河口堰の記事を止めたのは、「異能活動」に利用するためだったとする証拠は何もありません。私には、そう決めつけるつもりはありません。

◇朝日という組織の壁

果たして局次長の言葉を素直に信じていいのか。私も少しは迷いました。何しろ「名古屋の編集局長を約束された」と広言しているような部長です。どんなに他のポストで処遇されようと、編集局から追放されて、おとなしく引き下がるような人物ではないことも、多くの社内の人物は知っていました。

「お前を人身御供にするような約束を、会社は部長としているはずだ」と、私にそっと教えてくれる人もいない訳でもなかったです。しかし、私は編集局を追放されるような事を何もした覚えがありません。万一、そんな約束があったとしても、部長を納得させる一時の方便だろうと、その時は、それほど気にも止めなかったです。

私は第一、個人的興味や趣味で、河口堰を取材した訳ではありません。「朝日記者」を名乗っての取材なら、私の知り得た事実は、「知る権利」を持つ読者のものであり、協力者が世間に知らせたい事柄です。

記者の責務、読者や協力者への責任上も、一刻でも早く河口堰報道が出来ればいい。報道が陽の目を見たら、私の評価は不動となり、飛ばしたくても、飛ばしようがなくなります。「すべてはそれから」と、その話を了解したのです。

何より局次長の約束は、「河口堰報道は、あまり騒がず、新部長のもとで粛々と再開すればいい」です。後任の新部長は、東京社会部の部長代理。私とも親しく、東京でこの報道のことで私が相談し、一旦は報道を許し、潰された内情も一番よく知る当事者の一人です。

私はこの人事を知った時、やっとこれでそれほど心配せずともすむと、小躍りしました。私が取材した長良川河口堰での官僚の際限ないウソ、利権目当てにしゃにむに無駄な公共事業に突き進む事実……そのすべて報道出来る。そう思うと先に光明が見えました。しかし、朝日という組織は、実はそう甘いものではなかったのです。

申し訳ありません。ここまで書いて来たところで、また今回も紙数が尽きました。取材したすべての事実が報道出来るはずの約束が、どのようにして反故にされて行ったか。次回はこの点を詳しく報告して行きたいと思います。ぜひ次回もご愛読頂ければ幸いです。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。