1. 長良川河口堰に見る官僚の際限ないウソ  公共事業は諸悪の根源

吉竹ジャーナルに関連する記事

2013年07月15日 (月曜日)

長良川河口堰に見る官僚の際限ないウソ  公共事業は諸悪の根源

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

参院選の投票日が近付いてきました。私はもう、投票所に足を運ぶ気力さえありません。「利権政治を変える」のが、民主だったはずです。でも、既得権益を持つ団体や労組に媚びを売りました。

?そこをしたたかな官僚に取り込まれ、この有様です。維新も官僚と対決するよりも、憲法改正にご執心では、今の惨状は最初から予想されました。結果、ブーメランで元祖利権政治の自民一党支配に戻るなら、ここ何十年、国民と野党政治家は何を学んだかです。

責任は幻想を振りまき、失望させた民主、維新にもあります。でも、何より有権者である国民が政治家任せで、自ら定見を持たずに政策を検証して来なかったことにあると思います。

G8でも、日本の財政再建が急務であると、釘を刺されました。国際社会の方が、この国の現状を余程客観的に見ています。足元を見れば、「異次元の金融緩和」との振れ込みにかかわらず、長期の国債金利は高止まりしています。このまま金利が上がり続ければ、巨額の借金を抱えるこの国は沈没しかありません。

問題は、溜まり溜まった官僚・政治家の腐敗により肥満化した財務体質からいかに脱却し、強靭な筋肉質にこの国を変えられるかです。「国土強靭化」などと称して、自民の進める公共事業の大盤振る舞いなど、もってのほかです。

財政再建のために増税が不可避なら、官も身を切る。私は「強靭化」という「肥満化法案」ではなく、増税するなら、増税分と同額の政策経費削減を義務づける法案を提案します。つまり、1兆円増税するなら、これまでの予算からも1兆円削る法案です。それなら2兆円の財政改善効果が生まれ、改革が加速します。そんな法案作ってくれる党があれば、私は喜んで投票所に行きます。

◆長良川河口堰事業

前々回、前回とこの欄で、官僚・政治家がいかに利権目当てに税金をくすね、国民・住民を欺いたか。無駄を承知で押し進めた長良川河口堰事業を例に書いてきました。私が解明しながら朝日が記事を止めたことで、読者・世間の皆さんに伝えることが出来なかった「真実」です。公共事業を推し進める政策の内情とは、どんなものか。参院選投票日を前にぜひ、多くの皆さんに知って欲しいからです。今回はその続き、3回目です。

今回も、前回までのおさらいをしておきます。

建設省は水余りの中、「利水のため堰は必要ない。税金の無駄遣い」との建設反対運動の高まりに対抗。1976年9月に起きた長良川安八・墨俣水害を格好の理由づけに、「水害から住民の命を守るためには、河口堰は不可欠」と主張してきました。私の取材の出発点は、この建設省の言い分が正しく、本当に「治水のために堰が必要か否か」、先入観を持たずに検証することでした。

台風の影響でシャワーのような大雨が4日間も降り続いて起きたのが、安八水害です。でも、取材で分かったのは、4日間通した最高水位でも、実は堤防下2メートルに建設省が定めた安全ライン(計画高水位)より、さらに1メートル以上も下。つまり、堤防上から見れば、3メートル以上下にしか水は来ていなかったのです。その時の実測最大流量は毎秒6400トンです。

それでも大量の濁水が家屋や田畑を飲み込み大水害になったのは、堤防に弱い個所があり、その場所に穴が開き、もろくも崩れたのが原因です。長良川には毎秒6400トン流れる大水程度では、堤防の高さ,河道容量には十分な余裕はありました。

つまり、河道容量を増やすための堰を造らなくても、建設省が堤防の欠陥を見つけ、補修していれば、十分防げたのが、安八水害です。しかし、自らのミスには口を塞ぎ、河道容量が足らず、あたかも堤防から水が溢れて水害になったように大宣伝していたのです。民間なら「悪徳商法」と指弾されても、仕方ないはずです。私は1987年、このことを記事にしました。

◆強引に本格工事に着工した建設

でも、こんな報道程度で無駄な事業を諦める素直な官庁・官僚は、この国にはいません。治水のために長良川河口堰を建設する目的は、安八水害の毎秒6400トンの大水に備えるためではなく、90年に1度(90年確率)の毎秒7500トン(計画高水量)の大水でも水害を起きないようにするためだったからです。

6400トンの大水なら安全に流せることは、私の記事で証明出来ています。でも、7500トンではどうなのか。私の取材では、その点がまだ解明・立証出来ていません。それをいいことに建設省は、私の報道にもかかわらず、強引に本格着工に向けて、事業を進めたのです。

「7500トン流れた時の水位は、安全ラインを越えるか、超えないか」。そこから私の本格的な解明が始まりました。学者の見方程度を並べても水掛け論です。そうしないためには、建設省の内部資料から動かぬ証拠を見つけ出す。その方法で立証する以外にありません。

◆決定的な証拠を入手

どうしたらいいか。探り続けるうち、建設省が治水計画を進める手順を定め、自らが監修、市販もしている行政マニュアル『河川砂防技術基準〈案〉』(山海堂)の存在に、私はたどり着きました。

マニュアルでは、想定される最大大雨の時、水位が安全ラインを上回るか否か。次の手順で検証することを求めています。

?? 河道容量を細かく測量、数値化した『河床年報』を作成?大水時に実測した水量とその時の水位かの相関関係から川底の摩擦の強さを示す『粗度係数』の値を、『不等流計算式』を使って割り出す?算出した『粗度係数』と『河床年報』のデータを用い、『不等流計算式』で逆算。最大大水時の水位をシミュレーションした水位図を作成し、安全ラインを上回るか上回らないかで、その川の治水対策の必要性を判断する。

――以上です。

建設省ではこの計算を、パソコンを使ってしていました。パソコンに入力しなければならないのは?『河床年報』記載の河道容量データ?『不等流計算式』?『粗度係数』の3点セットです。

つまり、この3つのカギが手に入れば、建設省がどんなにウソをついても、3つのカギを入力したパソコンは、長良川に最大水量の7500トン流れた時、建設省がひた隠しにしている行政マニュアル通りのシミュレーション水位をミリ単位で正確に計算し、再現します。パソコンが建設省の欺瞞を暴く最強のウソ発見器になるのです。

そこで私が建設省のバリアをくぐり抜け、極秘扱いになっていた?の『河床年報』を入手。匿名を条件に?の『不等流計算』に協力してくれる学者も見つけ出し、2つのカギまで揃えたことまでを、前々回、前回に書きました。今回はここからです。

◆建設省、「堰は必要不可欠」

学者の協力をやっと取り付けた1990年2月、建設省取材で一つの進展がありました。建設省が記者会見を開き、「現在の長良川に堰を造らない場合、安全に流せるのは、毎秒6400トン。想定される最大大水の7500トンを流そうとすると、あと1500万トンの土砂を長良川の川底から浚渫する必要がある。堰は必要不可欠」と、明らかにしたのです。

渋る建設省に何とか会見を開かせたのは、長良川の環境・生態系への悪影響を心配する堰反対派の人たちの成果でもありました。「安八水害程度の6400トンの水量では、堤防さえ欠陥がなければ水害にならない」との1987年の私の先の記事もきっかけになり、反対派の人たちは、「治水でも建設省はインチキな説明をしているのではないか」と疑念を強め、建設省に強く回答を迫っていたからです。

建設省は、私に対する答え同様、最初はのらりくらりと逃げ続けていました。しかし、情報公開を強硬に求める住民団体の力はだんだん大きくなり、無視できなくなっていました。その圧力に屈し、建設省が「情報公開に消極的ではない」と、やっと重い腰を上げたのが、この会見だったのです。

建設省にここまで言わせただけでも、大進歩です。でも、「安全に流せるのは、毎秒6400トンまで」と言うのは、どう考えてもおかしい。何故なら、6400トンでは、安八水害の最大流量です。この時は前述の通り、堤防下2メートルの安全ラインのさらに1メートル下しか水は来ていません。

7500トン流せるかどうかはともかくとして、もう少し多くの水量は安全に流れるはずです。辻褄が合わないので、もちろん私は会見で、「詳しい計算根拠は?」と聞きました。しかし、建設省は、前言の「情報公開に消極的ではない」はどこへやら。また、あいまいな答えに終始するばかりでした。

ただ、私は、ここでの深追いは避けました。まだ、学者の計算結果も手に入っていません。そんな時、私の取材の狙いを建設省に悟られては、相手に対策を立てられるだけに終わってしまいます。

最近、若い人の記者クラブでの会見を見ていると、私は大いに疑問を感じます。官庁発表や政治家の発言に、ろくに質問せず、鵜呑みで下を向いたままパソコンを叩き、記事にする記者…。一方で、政治家と同次元で、口汚く罵り合う記者もいます。

◆専門家による水位の計算

時として、まともに答えない権力者の口を開かせるため、挑発が必要なこともあります。でも、記者なら会見では、こちらの手の内が相手に悟られないよう注意深く、理詰めで権力者の言い分を聞き、相手の動かぬ言質を取っておくことです。会見で相手のウソを徹底的に追及するにはデータが揃い、勝算が立った時です。

そんな訳で私は、「現状の7500トンは流せないと言うなら、この時の水位は、安全ラインを何センチ上回るのか」とだけ聞き続け、やっと建設省からその後、「1メートル弱上回る」との言質を取っておきました。

それから間もなくです。前回のこの欄の最後に書いた学者から約束通り、私宛に郵便物が届きました。私が渡した建設省極秘資料の『河床年報』を使い、行政マニュアル通りの方法で、大水時の長良川の水位を計算した結果です。

封筒の中には、計算ソフトのフロッピーとともにパソコンから打ち出された水位シミュレーションのデータシートが入っていました。結果は、私と学者の推察していた通りでした。

想定される最大大水の7500トン(計画高水量)が流れても、長良川河口から上流に向かって30キロまでの水位は、ほとんどの地点で、堤防2メートル下の安全ライン(計画高水位)をさらに下回っていたのです。

ただ、河口から20キロほど上流に行ったところのわずかな1キロの区間でのみ、ほんの少し安全ラインを上回る場所がありました。でも、最大で23センチです。安全ラインは堤防の2メートル下です。最も堤防の危険箇所でも、堤防より1.77メートル下までしか水が来ないことになります。

さらに、学者から重要なアドバイス・コメントが二つ添えられていました。

一つは粗度係数に関してでした。これも前回の最後に書いたように、この時点で私が手に入れられたのは、『河床年報』と『不等流計算』の二つのカギだけです。まだ『粗度係数』という3つ目のカギは、見つかっていませんでした。

では、どうして学者が計算出来たかと言うと、『河床年報』には『計画粗度係数』の値が、記載されていたからです。

『計画粗度係数』とは、堰を造るなど大規模な河川改修ではなく、流れをまっすぐに補正するなど、通常の小規模改修で、どの程度まで流れの抵抗を落とせるかという見通しで、建設省自身が作った推定値です。保険をかけて、実際の見積もりよりもやや高めに設定しておくのも建設省の常でしたので、これで計算しても何ら問題はなかったのです。

ただ、マニュアルでは直近の大水時の水位と水量の相関関係から割り出した『現況粗度係数』を使うことになっています。学者は「計画粗度係数の値は20年も変わっていない。その間も、通常の河川改修を続けている。現況の係数は、計画係数より実はもっと小さいのではないか」「そうでなければ、多額の税金を長年かけて、何のために改修してきたのかということになる。現況の係数が分かるなら、大水時の水位はもっと低く計算され、すべての地点で安全ラインを下回る可能性が高い」と、コメントしていました。

もう一つは計算結果で、「わずかな地点ながら最大23センチオーバー」になる点に関してです。私がこの結果を記事にしても、建設省は「危険な個所がある以上、堰による洪水対策は必要」と、反論して来るのは、目に見えています。

しかし、前述の通り、たった1キロほどの区間です。地図と重ね、調べてみると、この間には、鉄道や道路の橋も架かっていませんでした。それなら、この区間の堤防に、わずか30センチ足らず土を盛り、かさ上げすればいいだけです。堰を造るのに比べれば、工事費は数百、数千分の1程度以下で済むのは、私のような素人にも分かります。

でも、学者の懇切丁寧な手紙では、「その必要もない」と教えてくれていました。堤防内側も、普段は水が流れていない「河川敷」があります。堤防の強度に影響のない範囲でこの部分の土を少し削り、河道容量を増やせば済むと言うのです。

なるほど、川底を深くえぐるなら、海水の逆流を防ぐ塩止めの堰が必要になります。でも、深さを変えないで河川敷を少し狭め、川幅を広げることぐらい、いとも簡単です。これなら用地買収の必要もなく、費用はほとんどかかりません。どこをどう削ればいいか。パソコンのゲーム感覚で、いくつものやり方が提案されていて、建設省の反論への対処方法が記されていました。

この結果なら、『現況粗度係数』の値が分からなくても、「現状の長良川で、堰を必要とするほどの治水工事は必要ない」と記事に書けます。第一、私が言質を取っておいた「最大大水時、安全ラインを1メートル弱上回る」という建設省の公式見解と、大幅な開きがあります。建設省がウソをついて来たことは明白で、その点を突くだけで、十分記事として成立します。

◆不可解な社会部長の態度

私はこれまでの取材結果を社会部長に伝え、すぐに記事にするよう願い出ました。

私には時間がないこともありました。実は、この年の正月前後に東京本社政治部への転勤が内々知らされていたからです。春の異動なら、1990年4月発令です。あと1か月余り。その間に建設省のウソを暴く何本もの記事を書き続けて河口堰工事を中止に追い込む。

それを置き土産にして、長年世話になった名古屋社会部を離れる…。私なりに描いたタイムスケジュールで考えると、最初の皮切りなる記事を書くタイムリミットが迫っていたのです。

しかし、社会部長の態度は「本当に一人の学者の計算に頼って大丈夫かね」と、煮え切りませんでした。今から考えると、この頃から朝日に変な力学が働き始めていたのかも知れません。転勤の話も持ち出し、「早く記事にしないと…」と言うと、部長は「転勤は夏に延びそうだ。時間はある。じっくり裏を取って欲しい」とのことでした。

時間があれば、3つ目のカギ、『現況粗度係数』も手に入るかも知れません。私は転勤が延期になったことも、素直に喜びました。ただ、部長の態度には、どうしても解せないものがありました。

「では、どこまで詰めたら、記事にしてくれるのか」と、その条件を問いました。しかし、部長はのらりくらり。なお強く迫ると、4月になってやっと以下の条件が部長から示されました。

「実際に長良川で、また水害が起きた時のことを考えると、学者一人の計算に頼って記事にするには、危険が大き過ぎる。建設省も役所である以上,無茶なウソをつくとは考え難い。学者も建設省以上の専門家とは言えないのだから,計算に抜け落ちがあるとも限らない。もう少し慎重に建設省がどう計算し,記者発表をしたのかを見極める必要がある」とした上で、具体的な補強点を指示しました。

※ もう少し学者の意見を聞き、実名で計算結果を発表してくれる学者を探す。

※ 少なくとも,計算結果が,水理学的に正しいとのコメントを出してくれる学者を見つける。

※ 建設省がどのような計算をし,記者発表をしたのか。これまでのルートを通じて、その手の内をさらに深く探る。??です。

一人の学者の協力を得るだけでも、相当の苦労がありました。何とも気楽にというか、無理難題の類をこうも簡単に押し付けて来るのか。記事にさせないのが目的ではないのか。そう思うと、正直、腹も立ちました。しかし、部長の裁断である以上、この条件をクリアーしない限り、記事には出来ません。

 私は条件を呑み、補強取材を始めました。実名を出してくれる学者も見つけ、「これで…」と思った途端、名古屋で朝日の阪神支局が襲われ、記者2人が死傷した116号事件の関連事件が起こりました。そのため、一時、この取材を中断せざるを得ない時期もありました。でも、6月になり、やっと本格的な取材を再開する時間が出来ました。

未だ『現況粗度係数』の値は分かっていません。でも、部長指示の「実名を出してくれる学者」は確保。記事になる最低限の条件は満たしてあります。ただ、この間ブランクがあり、取材に勘付いた建設省が、私への対策を打ち始めたことも、内部情報で知っていました。「先に動いた方が負け。こちらの手の内は出来るだけ隠し、焦らず、まず相手がどう対策を立てたか。その手の内を知ろう」と、戦略を練りました。

◆中部地建の決定的ミス

私は、建設省の中部地区の拠点、中部地建に行き、建設省マニュアル『河川砂防技術基準』を、カバンからやおら取り出して、内容を相互に確認していくことから始めました。河道容量の測量→河床年報の作成→粗度係数の値の確定→不等流計算という手順でいいかどうか、キャリア官僚である担当者に一つ一つ同意を求めたのです。手順も確認せずに、最初から論争を挑めば、当然相手は逃げ腰になり、認めるものさえ認めなくなるからです。

相手は私が基礎的に質問を続けているのに焦れた様子。狙い通り、先に動いてくれました。

「朝日さんは、『計画粗度係数』で計算し、疑問に思われているかも知れません。『現況』の係数で計算してもらわなくては」

「『現況』って、あるんですか」。私はすっとぼけました。相手は待ってましたと、用意していた1枚のペーパーを私たちに示しました。実はこの時、建設省は、ペーパーの左上の隅に記載された作成日の日付け、「90・4・9」の数字を消し忘れる決定的なミスを犯していたのです。

「長良川の現況粗度係数」と書かれたこの文書には、河口から18キロまでの地点が「0.025」、24.3キロまでが「0.030」、30.2キロまでが「0.032」と書かれていました。18キロより上流では、「計画粗度」の値すら上回っています。

私には、パートナーになってくれた優秀な理科系の若い科学記者がいました。彼は、係数の値を入れ替え、繰り返し計算していました。その結果、0.01違うだけで、摩擦抵抗に大きな違いがあり、計算水位は上にも下にも大幅に変動。この係数なら18キロより上流で、安全ラインをかなり上回るシミュレーションになることも、すぐに分かりました。

私たちが探し求めている3つ目のカギ、本物の『現況粗度係数』ではありません。私たちは偽物のカギを掴まされて喜んで帰るほど甘くはありません。「これが私たちへの対策だったのか」と、すぐピンと来ました。でも、おくびにも出さず、「こんな値だったのですか」と、私は努めてがっかりしたように見せかけました。

◆書類から日付が消えた

この日は、相手の手の内を出来るだけ一方的に喋らせるのが目的です。ペーパーの内容を出来るだけ詳しく聞きました。持ち帰ってじっくり検討すれば、化けの皮は必ず剥がれますから、コピーも要求しました。

しかし、担当者は渋り、なかなか出しません。強く迫ると、裏で何かごそごそ。「まぁ…、お見せした資料ですから」と渋々出してきたペーパーからは、作成日の「90・4・9」の文字が消えていたのです。

目ざとく見つけた若い記者が、珍しく声を荒げました。「どうしてこの数字を消して渡すのか」。

相手には、「気付かれてしまった」との困惑の表情がありありです。そこを一気に攻め、この係数の作成は、その年の「4月9日か、その前後」との言質を取りました。私たちが本格的な取材を始めたのは、前述の通りこの年の2月です。この点からも、私たちへの取材対策であることは明白です。

私はこの欄で「『優秀な官僚が国を支えている』と言うのはウソ。彼ら自身が作った神話に過ぎない」と、何度も書きました。根拠なしに言っているのではないのです。所詮、官僚とは、この程度の人たちなのです。

社内に戻ると早速、若い記者はペーパーにある係数値をパソコンに入力、シミユーレーションさせました。今までの『計画粗度係数』を建設省の主張する値に入れ替え、計算するだけ。この記者なら数分の作業です。結果は、私たちが予想した通りでした。

この係数でのシミュレーションでも、河口に近くは安全ラインをわずかに上下する程度の水位です。でも、上流に向かうほどはね上がり、29.6キロ地点が最高。ラインを61.5センチ上回るカーブを描きます。「建設省も随分知恵を絞ったはず。でも『1メートル弱』とは、随分違うな」。顔を見合わせ、苦笑しました。

ペーパーの内容は学者にも伝えたところ、「結局、建設省は、その対策で来ましたか。今頃になって、係数の値を入れ替えたのでは、いくら建設省寄りの学者だって信用しない。君たちの追及で建設省は墓穴を掘りましたね」と、笑い飛ばしました。

建設省に出させたペーパーをファクスで送り、この値を導けた根拠・カラクリについても尋ねました。

4日間、大量の雨が降り続いたことで起きた安八水害は、4回の出水ピークがあったことも前述した通りです。ピークでは、流量を実測することになっているのですが、実測流量が測り切れていないピークを使い、「推定流量」から係数の値を計算していたのです。

粗度係数は、大水時の水位とその時に実測した流量との相関関係から不等流計算式を介して値を導き出します。水位が同じなら、分母となる流量を少なく「推定」すれば、係数値は大きくなります。つまり、水量を少なく「推定」することによって高く導き出した係数値を使って水位シミュレーションをすれば、建設省は都合よく、自分たちの主張に沿う「長良川は大水時、水害の起きる危険な川」と見せかけることが出来ます。

事実、ペーパーでは、安八水害時、実測では毎秒6400トン流れたのに、推定流量は「5800トン」とし、高い粗度係数をデッチ上げて、水位シミュレーションしていました。

こうなれば、意地でも私は本物のカギ・『現況粗度係数』の値を見つけ出す以外にありません。でも、記者が走り回り、念ずれば、何とかなるものです。「灯台下暗し」というひょんなところからの言葉がヒントになって、見つかったのです。

「灯台下暗し」。そんなに外を走り回らなくても、朝日の名古屋本社に、私がどうしても知りたい現況係数の本物の値を記した資料が眠っていると言う意味です。

私は、「えっ」と耳を疑いました。しかし、新聞社には記事を書くために必要な様々な本・資料を集めたミニ図書館があります。『県史』『市史』など役所などが何かの機会に、記念誌的なものを作ると、宣伝も兼ねて報道機関には一冊ずつ、無料で配って来ます。あるとしたら、この本棚です。

◆3つ目の決定的証拠が朝日社内に

行ってみると、案の定、棚には中部地建から寄贈された本が数冊ありました。片っ端から、本の目次に目を通すと、それらしいものが見つかったのです。

『木曽三川?その流域と河川技術』。発行は安八水害後の1988年9月。発行者にはズバリ、「建設省中部地方建設局」とあります。「木曽三川」とは、長良川と木曽川、揖斐川の総称です。全国に先駆けての近代的河川改修が行われてから100年を記念して、出版されていました。

A4判960ページ。作るのに1冊数万円はかかったと思える超豪華本です。本を繰ると、ずばり「長良川の粗度係数」の項目がありました。まぎれもなく私たちが探し続けていた本物の3つ目のカギです。

記念誌に記載されていた76年の安八水害で計測した長良川の粗度係数の値は、次の通りです。参考までに、建設省が私に渡したペーパーの値も()内に並べてみます。

河口からの距離(キロ)  2.4  12.8 18.0?24.3 30.2

粗度係数             0.020      |   0.027

(90・4・9作成値    0.025    |0.030|0.032)

計画粗度係数                  0.027

(参考:毎秒7500ドン流れた時のシミュレーション水位=ここをクリック)

これで、『河床年報』、『不等流計算』、本物の『現況粗度係数』の3点セット、つまり3つのカギが完全に揃ったことになります。私たちは、3つのカギを差し込んで、ついに完成に漕ぎ付けたウソ発見器のパソコンにかじりつきました。

◆危険個所は1カ所も無かった

『木曽三川』に記載された本物の係数の値によりパソコンが打ち出した、最大大水時の水位シミュレーションが別表のグラフです。

 長良川河口から30.2キロまでの下流部、つまり、「堰を造らない限り、洪水の心配がある」と建設省が主張している全区間で、堤防下2メートルの安全ラインを下回り、危険個所は1ヶ所もないことが分かります。

『計画粗度係数』で学者が計算した23センチ上回っていた29.6キロ地点でも、ラインの1センチ下。堤防からは2.01メートル下を水が流れるシミュレーションとなります。

しかし、新しく建設省が作り出した係数値での計算では前述の通り、18キロ地点から先で急激に水位が高まり、29.6キロ地点で最大61・5センチ余り上回る曲線を描きます。「0.030」、「0.032」などと建設省が「推定流量」を使い、デッチ上げた高い係数値を使ったことが効いているのです。

なるほど。私が1987年から何度も「毎秒7500トン流れた時の水位はとの程度か」と聞いても、建設省は言葉を濁し、答えなかったはずです。これでウソのカラクリも明らかになりました。

しかし、私たちの解明はこれで終わりではありませんでした。むしろ、ここから大きく進化したのです。これまで疑問を感じて来たものが、次々と繋がり、建設省の手の内の全容が分かったからです。

申し訳ありません。ここまで書いて来たところで紙数が尽きました。じらすつもりはないのですが、この続きは次回の本欄で続けます。今回も大変、難解な内容で恐縮至極です。

ただ、私は「治水オタク」でも何でもありません。相手が専門領域に逃げ込んでも、にわか勉強で武器を手に入れ、そのジャングル奥深く入り込み、敵をあぶり出す。それが調査報道記者の日常でもあるのです。

次回は、私が解明した建設省・官僚の際限ないウソの全容がいよいよ明らかになります。これに懲りず、ぜひ次回もご愛読頂ければ幸いです。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。