1. 民意とかい離した選挙結果 下半身を弱めても上半身を強める覚悟を

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2012年12月21日 (金曜日)

民意とかい離した選挙結果 下半身を弱めても上半身を強める覚悟を

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

今回の総選挙。世論調査で予想された通り、自民は294議席を獲得。既成メディアは自民の大勝利を伝えた。でも、投票の中身を見ると、自民圧勝と言うには、程遠い内容だ。

前回、この欄で私は、政治家の口・「上半身」より、支持層の既得権、資金源など「下半身」を見て品定めすることを何より薦めた。選挙結果も「下半身」から見直すと分かり易い。当選した候補者の「下半身」から選挙で示された「民意」とは何か。改めて探ってみたい。

私は投票日前、自民優勢を伝える世論調査を見て、政治家の「下半身」を支える従来の既得権を持つ支持層が雪崩をうって自民返りしている様相を見て取った。この欄で「政治家の『下半身』が、候補者の勢力地図に大きな変化をもたらしている」と書いた。しかし一方で、これまでの世論調査では見られなかった、ある特徴があり、選挙結果が調査予測通りになるか不安も感じ、こう疑問も呈しておいた。

「世論調査をもう少し詳しく読むと、優勢を伝えられる自民も政党支持率では低いまま。投票間近のこの時期になってさえ、まだ半数程度の人が態度を決めかねているのも、これまでの選挙になかった傾向だ。

『無党派層』は、『改憲』を主張する自民や『戦争の覚悟』、『核兵器保有の検討』まで口にする党首を頂く第3極を無条件に支持することに、未だ躊躇があるのかも知れない。態度を決めかねている無党派層が最後にどう動くか。それも勝敗の行方に大きな影響を持つだろう」

それでは、選挙結果はどうだったか。新聞やテレビでさんざん報道されているが、獲得議席数に惑わされず、もう一度、データを整理し直し、おさらいして見てみたい。

◆自民、得票数は大幅に減少

300の小選挙区では、自民候補者の得票を合計すると2564万票。実は大敗した09年からもさらに165万票減らしている。得票率43.0%なのに、小選挙区の8割近くで勝利し、237議席も獲得した計算だ。

民主は得票率22.8%、27議席にとどまった。農村部では自民の実力が民主より勝り、都市部では、民主、維新、未来の候補者の票を合計すると自民を上回るが、第3極への票の分散が民主を沈ませた形だ。有権者の投票が議席にならない「死票」は、計3730万票に達し、何とも凄しい小選挙区制の威力と言うほかない。

比例区では、自民は1662万票。05年の2588万票を大きく下回り、大負けの09年の1881万票にさえ及んでいない。得票率も前回選挙とほぼ同じ、27.6%で57議席。

次いで、維新が1226万票、得票率20.4%で40議席。民主は962万票で、09年の2984万票の約3分の1に激減。得票率も42・4%から15.9%へ大幅に減り、30議席に留まった。

以下、公明11.8%、22議席。健闘したみんなの党は前回の4.3%から8.7%に伸ばし、14議席。共産6.1%、8議席、未来5・7%,7議席、社民2.3%、1議席…と続く。 比例区が有権者の意向、政党支持分布を正確に反映すると見るなら、この国はとっくに多党化時代に入っている。しかし、小選挙区制が正確な民意の反映を妨げ、歪んだ議席配分を生んだとも言える。

そしてもう一つ、忘れてはならないデータがある。投票率だ。戦後最低の59.32%(小選挙区)で、前回選挙を10ポイント近く下回っている。つまり、前回投票に行った人のうち、1000万人程の人が今回は棄権に回った。民主が比例で獲得した962万票と比較すると、その大きさが分かろうと言うものだ。

◆無党派層の選挙離れ

このデータから、改めて候補者の「下半身」に焦点を当て、集票を分析することにしてみよう。

私は、投票日前の世論調査を見て、従来の既得権層が雪崩を打って自民返りしている様を感じ取った。しかし、候補者の当選予測数字に惑わされ、多分に錯覚が含まれていた。つまり、「雪崩を打って」既得権層が自民返りしている現象すら起きてはいなかった。自民は今回、前の選挙で票を投じ、資金面でも協力してくれた従来の固い既得権層、つまり「下半身」を手堅く固めたに過ぎない。

一方、民主は、自民的な既得権層を持つ人から、従来の伝統的な労組票まで、やはり議員自らの「下半身」を固めた結果が、小選挙区22.8%、比例区15.9%の得票率である。政権取りで、民主議員の「下半身」を支えてくれた既得権層に義理立てし、恩恵も与えたはずなのに、得票を伸ばすことに繋がっていない。逆に、無党派層が離れて行ったことで、大幅に票を減らす結果になった。

ここ10数年の政治動向を俯瞰すると、実はこの国の選挙結果ほど単純明快なものはない。

小泉自民党政権の郵政選挙、前回の民主による政権交代選挙…。「既得権打破」をスローガンに、官僚を敵に回し、「利権政治からの転換」を訴えた勢力が無党派層からの熱い風を受け、常に大勝しているのだ。

今回の選挙もデータを見直し、整理してみると、従来の既得権層を手堅く固めただけの自民相手なら、破る勝機は、どの党にもあったことが分かる。

政権が転がり込んだ途端、自分たちが何を約束して選挙に臨んだのか。民主の失敗は、そこをすっかり忘れてしまったことにある。古い議員体質・「下半身」が頭をもたげ、自らの既得権層に利権を配ってくれる官僚にすり寄った。結果、行革の足を裏で引っ張ることになり、「官僚利権政治の打破」を期待した無党派層の支持を失ったという構図である。

政治家にとって、カネと票で活動を支えてくれる既得権層は一番大事なお得意さんだ。しかし、この国の選挙は、それだけではもう票を伸ばせない構造になっている。

選挙プロの常識では考えられない話かも知れないが、たとえ従来の既得権者を敵に回してでも、雲をつかむような無党派層の支持を得る以外にない時代なのだ。無党派層は、私が言うまでもなく、政治家の「下半身」を良く見抜いている。自らの「下半身」に忠実になるより、「上半身」にいかに忠実になれるか、それが問われる時代と言うことも出来よう。

◆選挙結果が世論調査通りになった理由

今度の選挙で、自民も民主もその「下半身」を無党派層に見抜かれていた。なら本来、今回の選挙で「利権政治」批判の無党派層の風を受け、投票の受け皿になるのは、維新、未来などの第3極だったはずだ。

しかし、維新・橋本氏は、歯切れがよかった利権政治批判が、「戦争の覚悟」を説く石原氏との連携を優先したことで、無党派層全体の結集軸には成り得なかった。未来もその背後に、「下半身」を重視し、旧態依然たる元祖・利権政治に長けた人が構えていれば、やはり無党派は腰が引ける。選挙直前の世論調査でも、態度を決めかねていた有権者が半数近くもいたことがそのことの端的な表れだったと思う。

その人たちが最後にどう動くか。それによっては世論調査通りの議席配分に落ち着かない可能性がある。だから前回のこの欄で、私は疑問を呈しておいた。しかし、選挙結果で見ると、その人たちの大半は投票先が見つからないまま、結局、どこにも投票しなかった。投票率が前回より、10ポイント近くも低かったのも、議席配分が調査予測にほぼ合致したのも、そのためだろう。

つまり、前回の選挙で投票し、今回棄権した1000万近い人たちは、維新の「上半身」、未来の「下半身」を見て、投票日になっても態度を決めず、棄権に回ったのだ。第3極がまとまり、無党派からの熱い風を受けていれば、今回の選挙結果は全く違ったものになったのだろう。

◆既得権層への10兆円のばら撒き

その結果、「小選挙区制」と言う仕組みが功を奏し、逆に「下半身」をがっちり固めた自民が議席的には圧勝と言うのは、何とも皮肉な結果ではある。

ただ、「上半身」・マニフェストで「官僚利権政治」の打破を唱えつつ、「下半身」で利権擁護に回る議員が多かった民主と、自民は違う。最初から堂々と「200兆円の公共事業」を宣伝文句にし、「上半身」「下半身」とも、既得権政治だ。

早くも10兆円規模の補正予算を打ち出し、その多くは公共事業に使われ、この選挙で自民を支えてくれた既得権層を潤すだろう。しかし、財源は国債、借金頼みだ。株は好感し、大きく値上がりしている。でも、人々が浮かれている間も実は国債金利がじりじり上昇している。お金を刷って景気対策するなら、誰にでも出来るのだ。

国債増発は早晩、金利の大幅上昇を呼び、国は金利払いに追われ、景気対策はおろか、福祉に充てる資金すら枯渇するのではないか。不況の中での歯止めのない物価上昇(スタグフレーション)と増税…。低所得者層ほど苦しめられる。つまり、ギリシャの二の舞になる事態を私は心配している。

内政の混乱。人々に不満が溜まれば、為政者は必ず捌け口を外国に求めるのは、歴史が証明している。結果として、「上半身」の改憲では一致する維新を巻き込み、憲法9条の改正に一直線に突っ走るのではないか。前々回のこの欄で「国労名古屋地本委員長の遺言」で私が書いた通り、「護憲」と自らの「下半身」を一致させた勢力は、極めてか細くなってしまっている。

この時、「上半身」を見ても「下半身」を見ず、政局報道に終始する既成マスコミの政治報道が、広範な無党派層を含めた民意を深く探り、ブレーキ役を果たせるか否か。私は、その点を一番憂慮している。

 

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)。

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。