1. ソニーなどレコード会社31社が仕掛けた2億3000万円の高額裁判に和解勝利した作曲家・穂口雄右氏へのロングインタビュー(下)

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2015年03月03日 (火曜日)

ソニーなどレコード会社31社が仕掛けた2億3000万円の高額裁判に和解勝利した作曲家・穂口雄右氏へのロングインタビュー(下)

作曲家・穂口雄右氏へのインタビューの(下)。後半では、巨大企業・ソニーを頂点とした日本のレコード業界の問題点をえぐり出してもらった。海外から冷静に日本を見ている穂口氏の視点が興味深い。穂口氏の陳述書も全文公開。

 

◇異例の「0円和解」の背景

―――和解内容についてどのように考えますか?

穂口 : ご承知のとおり、損害賠償額が高額の著作権侵害訴訟で原告が損害賠償請求を放棄することは極めて異例です。しかもこの「0円和解」は原告側からの提示です。こちらとしては121ファイルが結果として侵害の可能性があったのであるなら、その121ファイル分については和解金を支払う和解案を提示していました。しかし原告側は121と言う数字の掲載を嫌がり(金額を明記すると侵害がほとんどなかった印象が残ることを嫌ったようです)。これが、最終的に和解条項としては極めて異例な、数字も金額も一切記載されない和解となった理由です。

また、原告らは秘密条項の掲載を強く求めていましたが、これについては私が断固反対した結果、裁判長の調停により、法的拘束力のない紳士協定としての第5条で合意しました。

いずれにしても、数字が一切ない不透明な和解条項は不満ですが、秘密条項なしを勝ち取ったことで、堂々と裁判資料を公開できるので、準備が整いしだい、原告側担当者の陳述書も含めて一切の裁判資料を公開する予定です。(一部はすでに公開済みです)

なお、私は判決を希望したのですが、上級審に進むほど、裁判が必ずしも正義に味方するものではないとの、弁護団および識者の意見に従いました。

―――勝因はなんですか?

穂口:もっとも大きな勝因は、やはりTUBEFIREが「著作権保護システム」を備えていたことです。そして原告はTUBEFIREが備えていた「著作権保護システム」の存在を知らずに提訴しました。TUBEFIREの「著作権保護システム」は著作権法に則って構築していたので、これが正常に機能していれば著作権侵害にはなりません。事実、原告は証拠ファイルを121しか提出できませんでした。当初は侵害数は10000ファイルを超えると主張していたのにです。

また、その約10000のエクセルリストも間違いや重複が多く、裁判所の心証開示ではこのエクセルリストは証拠として採用できないと開示されています。またそれに伴う原告担当者の陳述書もコピーペーストが散見されるなど、虚偽の陳述書の可能性を疑わせるものでした。この点も裁判所として重視している印象で、和解が不成立の場合には原告担当者の証人喚問の可能性を開示していました。

当方が「著作権保護システム」のプログラムのすべてを裁判所に提出したことも大きかったと考えられます。専門家がプログラムを検証すれば、TUBEFIREが著作権保護に大きな労力と費用を費やしていた事実が一目瞭然です。原告らは何を血迷ったか「プログラムは後から作った可能性が疑われる」などと証拠もなしに反論していましたが、膨大なプログラムを後から作れるはずもなく、この原告の反論にも裁判官は呆れたものと推察しています。

◇米国ではスラップは禁止

―――ミュージックゲート裁判は2億3000万円の高額訴訟だったわけですが、スラップについてどのように考えますか?

穂口 : スラップの存在は今回の提訴を受けた後に、知人から教えてもらってはじめて知りました。そして、なるほどそう言うことなのかと思いました。そして確かに、私の会社のような零細会社が、メジャーレコード会社31社から2億3000万円の高額訴訟を起こされたら、大概はひとたまりもないだろうと思いました。

ご承知のとおり裁判は、訴えられて反論しないでいると原告の主張で判決が確定してしまいます。

そして、普通、素人では裁判書類の作成は難しいので、一定期間に適切な弁護士を選任する必要があります。ところが今回のようなケースでは業界関係の31社が束になっているので、弁護士選びも難しくなります。なぜなら利益相反の規定により、31社に関係している弁護士は私からの依頼を受けることが出来ないからです。

今考えてみるとこれも原告の作戦に含まれていた印象です。つまり音楽や著作権に詳しい弁護士の多くが、何らかの形で原告ら31社と関係があると考えられるからです。今回私は幸いにして、知人からシリウス総合法律事務所の坂井眞先生をご紹介頂いて見事に反論をすることが出来ましたが、ご紹介がなければかなり危ない綱渡り状態でした。

それにしても、いきなりの2億3000万円は、大概のことでは驚かない私も驚きました。

まったく確固たる証拠もなく、しかも予告もなくこれだけの金額を請求されたら、それだけで大概の人は震え上がるでしょう。大会社が小さな会社や個人を潰そうとするにはもってこいの方法だと思いました。その後、このようなスラップ訴訟は、アメリカではすでに禁止されている行為であることを教えて頂き、原告のレコード会社よりも、原告の代理人であるTMIの升本弁護士のいい加減さと杜撰(ずさん)さと卑劣さに腹が立っています。

―――訴状を受け取って何を感じましたか?

穂口:最初は、何かの間違いではないかと思いました。しかし、31社がまとまるにはそれなりに理由があるはずなので、TUBEFIREのシステムに何か問題があって「著作権保護システム」が機能していない可能性も否定できないので、弊社の担当者には直ぐにサービスを止めて、原告の訴状を検証するとともに、プログラムを再検証するように指示しました。

そして検証の結果、原告の訴状および証拠リストに多くの間違いがあることを発見し、それからは原告の間違いをただす方針で裁判にのぞみました。

なにしろ、訴状を受け取ってから1ヶ月後にはほとんどの間違いを発見していたので、あとは原告の間違いを裁判所で指摘する時を楽しみにしながら、自分達の証拠の間違いに気付かずに強弁を繰り返す原告代理人の準備書面などを、ピエロを見る気分で楽しんでいました。そして、裁判のスタートから2年3ヶ月が経過した時点で原告訴状の間違いを裁判所に提出したところ、たちまちの攻守逆転で、そこからはあたかも当方が原告になった気分でした。

◇ソニーをめぐる問題

―――理想的な著作権の運用方法について、どのように考えますか?

穂口 : 私が問題にしているのは2点です。一つは「音楽の大口使用者」が「著作権者」を兼ねている問題、もうひとつは「著作権」と「著作隣接権」が著作権法の中に混在しているため、著作権問題に多くの誤解や混乱が発生している問題です。

(参照:著作隣接権とは?)

「音楽の大口使用者」には、テレビ局やレコード会社がありますが、中でも大手テレビ局が子会社に音楽出版社を設立して膨大な音楽著作権を保有していることは大問題です。つまり公共の電波を使って放送する力を悪用して音楽著作を集める行為は、著作権料を50%割引で使っていることと同義でもあり、また電波を持たない一般の音楽出版社の営業を妨害する行為であると言えます。不正競争防止法に抵触する行為であると言っても過言ではないでしょう。

しかしながら、一般の音楽出版社としては、電波に逆らうと自社の業績に悪影響がおよぶことを恐れて泣き寝入りをしている状態です。したがって、表面上は電波関係とそれ以外の音楽出版が仲良くしているように見えますが、実際にはテレビ関係の音楽出版社の存在で一般の音楽出版社の業績を大きく圧迫しています。

また、レコード会社の問題で言えば、一部の、はっきり言うとソニーが、大量の著作隣接権を集めて、その著作隣接権を盾に、インターネットを活用した新たなビジネスの妨害をしていることも大問題です。このソニーの妨害によって日本の音楽業界の改革が10年遅れ、音楽ファンが多くの不自由を強いられてる事実はすでに有名です。

私は著作隣接権の改正が必要だと考えています。具体的には、この著作隣接権は著作権とは別の法律に作り替えて、著作権よりは弱い権利に限定するべきです。具体的に特許に関する法律に準じる制度が良いと考えています。

つまり、期間を限定し、また一定の対価での第三者への提供を義務づける必要があります。また、国民が音楽を楽しむ機会を企業の論理で奪うことのないよう、いわゆる独占禁止法のような法律によって権利行使を制限する必要を感じています。

―――穂口さんは、自分の著作権を3年間、自分で管理されたと聞きましたが?

穂口:はい、3年間の著作権自己管理の経験では、自己管理とすることで使用者に混乱が発生することを体験しました。将来的な自己管理の方法論を模索するとしても、現状では一般の方の著作権に関する認識や知識は限定的なので、現段階での自己管理は時期尚早であったと考えています。

また私は、著作権の自己管理に当たって、自前のデータベースシステムを用意して、インターネットサーバーが自動的に許諾するなど、出来る限りシステマチックな許諾システムを構築しましたが、それでもなお、多岐に渡る音楽の使用希望形態に自動的に回答することは難しく、多くの人的対応が不可欠でした。したがって、著作権者にとっても、使用者にとっても、著作権についてはJASRACなどによる一元管理が望ましいと言う、極めて当たり前の結果となりました。

◇「日本の音楽環境が今のままで良いはずはありません」

―――この裁判を通じて、何を感じていますか?

穂口: この裁判でもっとも強く感じたことは、裁判制度を、私怨を晴らす目的に悪用した可能性です。訴えられた私の会社名は株式会社ミュージックゲートです。そこで、当然のごとくmusicgate.comと言うドメイン名を取得しています。また、musicgate.co.jp、musicgate.jpと言うドメイン名も同時に取得しています。

私の考えでは、どうやらこのドメイン名の取得競争に破れたソニーがその恨みを晴らす目的で今回の訴訟を仕掛けたと断定的に考えています。

それと言うのも、遡ること17年前、私が1998年にミュージックゲートを設立してmusicgate.comのホームページを公開していたところ、1999年から2000年にかけて、このmusicgate.comへのソニーからのアクセスが異常に多くありました。ちなみに、当時私の会社はいち早く社内に独自サーバーを設置して運用していましたので、いわゆるインターネットプロバイダーがアクセスの詳細を把握できるように、リアルタイムでアクセス解析が可能でした。

そして、ソニーからの異常なアクセスがあってから数ヶ月後に、ソニーを中心としたインターネット音楽配信関連会社である「レーベルゲート」がスタートしました。そして数年後には「レーベルゲート」を運営母体とするインターネット音楽配信サービスの「Mora」がスタートしています。

おそらく、ソニーとしては当初は「ミュージックゲート」の名称でサービスをスタートしたかったのでしょう。たしかに「レーベルゲート」と「ミュージックゲート」では後者の印象が勝っています。しかしながらご承知のとおり、ドメイン取得は早い者勝ちの世界です。ソニーは私に一足お先にmusicgate.comを取得されたことで、相当な痛手があったと言っても過言ではないでしょう。そして、その後、現在にいたってもソニーが主導する音楽配信は、そのプログラムの不便さと基本戦略の間違いによって一向に発展の気配もありません。

そして、「レーベルゲート」をはじめとする、ソニーの音楽配信の直接の担当者が現ソニーミュージックレーベルズ社長であり原告の1人である村松俊亮氏だったと聞いています。

つまり、この裁判は問題の解決が目的でなく、ミュージックゲートを困らせることが主目的であったと考えることが自然です。なぜなら、レコード会社31社ともあろうものが、あきれるほど粗雑な証拠しか提出できず、結果としてTUBEFIREの閉鎖以外の成果を得られなかったり、著作権裁判の常識では考えられない結果で和解するなど、あまりにも不自然な状況が積み重なっているからです。

ちなみに、ご承知のとおり、携帯電話はすでにスマートフォンの時代に進化し、従来型携帯端末(いわゆるガラケー)の利用者は少数派になろうとしています。したがって、従来型携帯端末に利便性を提供していたTUBEFIREの役割はすでに終了していることから、裁判がなかったとしてもTUBEFIREは自社の判断で閉鎖となった可能性が高いと言えます。

つまりこの裁判は、原告にとっても、もともと裁判自体が不要であったと断言することが出来ます。今ではTUBEFIREを使わなくても、携帯端末(スマートフォン)でYouTubeを簡便かつ公然と視聴すること出来るばかりでなく、設定によってはオフラインでも視聴出来るように進化しています。そしてこれも当然ですが、YouTubeをスマートフォンで視聴しても著作権者から訴えられることもありません。

私はこの裁判を、ソニーグループが繰り返している一連の戦略ミスおよび経営ミスの一つと考えています。証拠資料を検証すると、ソニーグループがこの裁判の音頭をとっていて、他のレコード会社はソニーグループに付き合ったと考えて間違いない状況を散見することが出来ます。例えば、ソニーグループが賠償請求対象ファイルとして約1600ファイルをリストしているのに比較して、例えばユニバーサルは僅かに7ファイル。両者の規模を考えると、この両者の曲数の差は、裁判に対する温度差とする以外に説明がつきません。

◇レコード界の冬の時代に

穂口:次に印象深いことは、この裁判の3年数ヶ月の期間で、原告レコード会社の数が31社から24社に減少したことです。これも時代の流れだと感慨深く感じるとともに、音楽業界のこの惨状を改善するために何らかの行動を起こす必要があるとも感じています。

私は、おそらく行動を起こすでしょう。そして、レコード会社各社の認識の間違い、取り分けソニーの妨害によって世界から大きく遅れた日本の音楽環境を微力ながら改革したいと考えています。そしてそのことは、一部のレコード会社にとっては朗報となるでしょう。また、一部のレコード会社にとっては痛手となるかも知れません。

いずれにしても、ほとんどの国民の皆様が感じていらっしゃるとおり、日本の音楽環境が今のままで良いはずはありません。卓越したボーカリストはその力量に見合った評価を得なければなりません。音楽産業には錬磨した技量を持つミュージシャンを支援する責任があります。そしてなによりも、国民の皆様に多様な音楽をお届けする機会やシステムの発展を、自社の利益や既得権益を超えて提供する責務があると感じています。

原告の皆様には、音楽業界の衰退を招いた自らの所業を反省して頂きたく、現在の経営体制では困難であろうことも理解しながら、今後は利益のみに偏らない事業運営を目指すよう強く要望致します。

■穂口雄右氏の陳述書全文