1. 『秘密保護法』(集英社新書)、逮捕理由が知らされない特定秘密保護法下の暗黒裁判①

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2015年02月19日 (木曜日)

『秘密保護法』(集英社新書)、逮捕理由が知らされない特定秘密保護法下の暗黒裁判①

『特定秘密保護法』(集英社新書、宇都宮健児、堀敏明、足立昌勝、林克明著)の第1章(堀敏明弁護士の執筆)に、特定秘密保護法を根拠に逮捕された場合の裁判についての記述がある。

周知のように特定秘密保護法の秘密情報は、次に示す19の行政機関の長によって指定される。

①国家安全保障会議 ②内閣官房 ③内閣府 ④国家公安委員会 ⑤金融庁 ⑥総務省⑦消防庁 ⑧法務省 ⑨公安審査委員会 ⑩公安調査庁 ⑪外務省 ⑫財務省 ⑬厚生労働省⑭経済産業省 ⑮資源エネルギー庁 ⑯海上保安庁 ⑰原子力規制委員会 ⑱防衛省 ⑲警察庁

もともとこの法律は、軍事大国化の下で、必然的に不可欠になる米軍と自衛隊の共同作戦の際に生じる秘密事項を保持する法的根拠を得るために打ち出された。しかし、いざ蓋をあけてみると、秘密指定の権限をもつ行政機関が19省庁に広がり、しかも、拡大解釈で国に不都合な情報のほとんどが秘密指定できるようになっている。たとえば、原発に関する情報・・・・

しかも、何が特定秘密情報に指定されているのかは公表されない。秘密である。と、なれば当然、特定秘密保護法の容疑で逮捕された場合、問題となるのは、警察に拘束された者に対して、どのような特定秘密情報が原因で逮捕されたかを伝えられないことだ。かくて逮捕状を示された瞬間、

「えっ、どうしてわたしが」

と、自問することになる。

通常の刑事裁判のプロセスについて堀弁護士は、次のように述べている。

「刑事裁判の出発的は、検察官作成の起訴状です(刑事訴訟法256条)。起訴状には、被告人の氏名など被告人を特定する事項、公訴事実(検察官が起訴した犯罪事実)、罪名だけを書くことになっています。また、公訴事実については『できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない』として、検察官にその証明すべき犯罪事実を明示し、被告人に十分な防御活動ができるよう争点の明確化を求めています。」

ところが特定秘密保護法を根拠とした裁判では、検察がどのような公訴事実を問題にしているのかを、逮捕された本人はもとより、弁護士も、第3者も知ることができない。一方、裁判官は、次のような対処を求められる。

「インカメラ審理(裁判官だけが証拠を閲覧できる)の導入も検討されているようですが、この方法では、裁判官が特定秘密に該当すると判断した場合には、その情報が被告人や弁護人に開示されることはありません」

◇事実の共通認識を避ける愚法

さて、公訴事実が被告人と弁護士に知らされない状況の下で、裁判は成立するのだろうか?たしかに形式だけの裁判であれば可能だ。

しかし、刑事裁判の究極目的が真実の検証と「罪の償い」にあるとすれば、その目的からは完全に逸脱してしまう。思考の原点は、事実の確認と認識であるから、問題となっている事実の中身が不明では、問題解決への道は一歩も進まない。

普通、空想の世界と現実の世界には、ギャップがある。それを埋め合わせるのが、事実の検証作業なのだ。

日本には、こうした思考プロセスを無視した現象がいたるところにある。

たとえば、ある新聞社の実配部数(実際に配達している部数)が400万部しかないのに、800万部あるという誤った認識を前提に、新聞業界のありかをいくら議論しても、なんの解決にもならない。時間の無駄である。肺に癌ができている客観的事実があるのに、肺炎という誤った前提で治療を続けても、効果はあがらない。医療費の浪費である。

事実が何であるかを、さまざな角度から検証し、コミュニケーションをはかり、事実の共通認識を獲得しなければ、議論は一歩も進まない。特定秘密保護法を根拠にした裁判では、そのプロセスを完全に無視するわけだから、軍事裁判、でっち上げ裁判と同じである。

わたしは事実の共通認識を経ずに執筆した判決文がどのようなものになるのか、暗い好奇心を抱いている。おそらく論理が破たんした支離滅裂なものになるのではないか。第一、特定秘密情報を知っている検察官と、知らない被告の主張の整合性、あるいは議論の噛み合いを、判決文でどう表現するのだろか。不可能だ。議論の土俵そのものが最初から公平ではない。

また、訴因となった特定秘密情報が何であるかを判決の中には、明記できないわけだから、第3者が読めば、意味不明瞭になる可能性が高い。このような裁判が、憲法で保障された裁判を受ける権利に反していることは論を待たない。