自由人権協会・喜田村洋一代表理事に対する疑問、共謀罪には反対だが、一貫して読売新聞社をサポート、二枚舌の典型
自由人権協会が5月15日付けで共謀罪に反対する声明を出している。声明そのものは、ステレオタイプな内容で特に感想はないが、筆者はある大きな疑問を感じている。
同協会の代表理事を務めている喜田村洋一弁護士が、一貫して読売新聞をサポートしてきた重い事実である。読売新聞は、安倍首相が熟読を勧めた新聞で、改憲論を主導し、共謀罪法案でも旗振り人の役を演じている。公称で約800万部の部数を有し、大きな影響力を持っている。
喜田村氏はその読売新聞をサポートしながら、その一方では共謀罪法案に反対する声明を出しているのだ。
この人物が過去に何をやったのか、筆者は克明に記録してきた。喜田村弁護士が作成した資料(主に裁判関係)も永久保管している。それを基に手短にいくつかの事実を紹介しておこう。
◇2つの真村訴訟
周知のように喜田村弁護士は、ロス疑獄事件の三浦和義被告や薬害エイズ裁判の安倍英被告の代理人弁護人を務めて無罪を勝ち取ったことで有名だ。これらの判決については、様々な意見があるが、弁護士としての職能が優れていることは間違いない。
その職能を生かして読売新聞をサポートしてきたのである。たとえば、福岡県広川町のYC店主が2002年に起こした地位保全裁判-真村訴訟で、読売の代理人を務めた。この裁判は、2007年12月に最高裁で真村店主の勝訴で決着した。
ところがその半年後、読売は別の理由をつけて、一方的に真村店主を解任した。その結果、再び店主は地位保全裁判を提起せざるを得なかったのである。これら一連の動きの中で、喜田村氏が東京から福岡へ何度も出張して、「大活躍」したのである。
この2度目の真村訴訟は仮処分申立てと本訴の2本立てで行われた。最初に判決が出たのは仮処分だった。店主の勝訴だった。裁判所は読売に対して、店主を元の地位に戻すように命令を下した。ところが読売はこの命令に従わなかった。
そのために裁判所は読売に対して、店主へ間接強制金を支払うように命じた。読売はこれには従った。1日に確か3万円だったと記憶している。
しかし、間接強制金の累積が3600円円を超えたころ、本訴で読売が勝訴した。そのために店主は、それまで受け取っていきた間接強制金の返済を求められた。喜田村弁護士らは、確実に返済をさせるために、真村店主の自宅を仮差し押さえたのである。その後、間接強制金の返済を求めて、店主を裁判にかけている。
◇黒薮裁判
真村店主が2度目の地位保全裁判を起こした2008年は、読売が裁判を多発した年である。前年の福岡高裁で同社の「押し紙」政策が認定されており、その影響もあったのではないかと思う。
まず、2月に喜田村氏らは、筆者に対して2件の裁判を起こした。1件は、著作権裁判、もう1件は名誉毀損裁判である。
著作権裁判は筆者の勝訴だった。裁判の中で喜田村弁護士らが、虚偽の事実をでっちあげて裁判を起こしていた高い可能性が認定された。当時の法務室長と共謀したでっち上げだった。
名誉毀損裁判は、地裁、高裁が筆者の勝訴。しかし、最高裁が口頭弁論を開いて、判決を高裁へ差し戻し、高裁の加藤新太郎裁判官が筆者に110万円の支払を命じる判決を下した。その加藤裁判官が、読売新聞の紙面に2度にわたりインタビューで登場していたことが後に判明した。退官後には、勲章をもらい、大手弁護士事務所へ再就職している。
読売は2009年にも筆者に対して裁判を起こした。総括すると、わずか1年半の間に、3件の裁判を起こして、約8000万円を請求したのである。
当然、これら一連の裁判はスラップの典型ではないかという批判が上がった。そのために出版労連が筆者を全面支援してくれた。九州からは、真村訴訟の弁護団が駆けつけて、東京で無償の弁護活動を展開してくれた。
また、筆者は逆に読売に対して、3件の裁判が一連一体の言論弾圧にあたるとして、5500万円の賠償を求める裁判を起こした。喜田村弁護士については、著作権裁判におけるでっち上げを根拠として、弁護士懲戒請求にかけた。しかし、2年半後、日弁連は請求を棄却した。
次の準備書面で事件の本質を的確に指摘している。
◇平山裁判
さらに喜田村弁護士らは、別の事件も起こしている。
筆者が最初の裁判に巻き込まれた時期、「押し紙」を断った久留米市の店主を解任して、地位不存在を確認する裁判を起こした。平山裁判である。
この裁判は店主の平山氏の敗訴で終わった。店主を解任する際、読売は読者調査(新聞の配達先を調べる作業)を行ったのだが、その費用まで店主に請求したのである。
平山氏は裁判の途中で病死された。告別式の出棺時に、中学生の息子さんが肩を小刻みに震わせて泣いていたのが筆者の印象に残っている。裁判の本人尋問の中で、この息子さんが幼少のころ、読売の担当員にからまれている平山氏をみかねて、担当員に「もう帰れ」と怒鳴った証言があった。
その後、裁判は奥さんが引き継がれた。しかし、敗訴して1000万円を超える賠償金を支払わされたのである。
これら一連の読売裁判を担当したのが、喜田村弁護士である。
◇7つの森書館裁判、清武裁判
喜田村弁護士が担当したのは、販売店訴訟だけではない。周知のように、7つの森書館や元読売記者の清武英利氏の裁判でも、読売の代理人を務めている。これらの裁判についても、不当裁判という批判が多い。
犯罪者も含めてすべての人は人権を有しているわけだから、読売を弁護する行為をどう評価するかは難しいが、読売を支援するのであれば、共謀罪に反対する声明など出すべきではない。自由人権協会そのものがまったく訳の分からない団体ということになってしまう。
【写真】喜田村弁護士らが断行した仮差押えの証拠
■真村裁判・黒薮裁判・平山裁判については、拙著『新聞の危機と偽造部数』(花伝社))に詳しい。