読売・江崎法務室長による著作権裁判6周年 「反訴」は最高裁で、喜田村弁護士に対する懲戒請求は日弁連で継続
読売新聞西部本社の江崎徹志法務室長が、わたしに対して著作権裁判を起こして6年が過ぎた。先月25日は、提訴6周年である。読売が提訴した目的が何だったのか、わたしは今も検証を続けている。
周知のように、この裁判は既にわたしの勝訴が確定している。地裁、高裁、最高裁とすべてわたしの勝訴だった。勝訴を受けて現在、わたしは2つの「戦後処理」を行っている。
まず第一は、江崎氏と読売に対する損害賠償請求訴訟である。しかし、残念ながら地裁、高裁ではわたしの訴えは認められず、現在は最高裁で裁判を継続している。読売は、やはり裁判にはめっぽう強い。
「戦後処理」の第二は、江崎氏の代理人を務めた喜田村洋一・自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求の申し立てである。これは、現在、日弁連が審理している。
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結論を先に言えば、この裁判はわたし自身も予測しなかった展開を見せることになる。司法関係者の中には、
「喜田村弁護士の懲戒請求の件も含め、こんな例は、日本の裁判史上初めてではないか?判例としても面白い」
と、話す人もいる。
複雑なようで、実は単純なこの裁判。どのような経緯で何が争われたかを秩序だて、整理するためには、著作者人格権とは何かを理解することが大前提になる。逆説的に言えば、著作者人格権とは何かを理解すれば、この裁判で何が争点になり、何を理由に裁判所は江崎氏を敗訴させ、何を根拠に喜田村弁護士が懲戒請求にかけられているかが輪郭を現す。
◇だれが作者なのかという問題
おそらく読者の大半は、著作権という言葉を聞いたことがあるだろう。文芸作品などを創作した人が有する作品に関する権利である。その著作権は、大きく著作者財産権と著作者人格権に分類されている。 このうち著作者財産権は、作品から発生する財産の権利を規定するものである。たとえば作者が印税を受け取る権利である。この権利は第3者にも譲渡することができる。
これに対して、著作者人格権は、作者だけが有する特権を規定したものである。たとえば未発表の文芸作品を公にするか否かを作者が自分で決める権利である。第3者が勝手に公表することは、著作者人格権により禁じられている。
著作者人格権は、著作者財産権のように他人に譲渡することはできない。「一身専属」の権利である。
この「一身専属」は、江崎氏が提起した裁判を考える上で、重要な意味を持っている。裁判は、この著作者人格権に基づいたものだった。江崎氏は、わたしが行ったある行為に対して、自分だけが持つ特権?著作者人格権を根拠として、裁判を起こしたのである。
ある行為とは、わたしが江崎法務室長がわたし宛にメールで送付してきた催告書を、新聞販売黒書(現、MEDIA KOKUSYO)に掲載したことである。江崎氏は、自分が著作者人格権を有する催告書を、わたしが無断で新聞販売黒書に掲載したとして、提訴に及んだのである。
代理人は、既に述べたように、喜田村洋一・自由人権協会代表理事だった。
ところが裁判の中で、問題の催告書には「作者」が別にいたらしいことが判明したのだ。著作者人格権を理由として起こした裁判そのものの正当性が問われることになったのである。
東京地裁は、催告書を執筆したのは喜田村弁護士か彼の事務所スタッフであった高い可能性を認定した。地裁、高裁、最高裁も、この司法判断を認定した。そして判決は確定したのである。
つまり、江崎氏はもともと著作者人格権を有していないのに、著作者人格権を根拠にして、わたしを法廷に立たせたのだ。それが判明して、門前払いのかたちで敗訴したのである。
これに伴いわたしは、喜田村洋一弁護士の責任も、弁護士懲戒請求というかたちで問うことにしたのである。「戦後処理」はまだ終わっていない。
◇新聞販売黒書に掲載した2つの書面
裁判の発端は、読売と福岡県広川町のYC広川の間で起こった改廃をめぐるトラブルだった。当時、「押し紙」問題を取材していたわたしは、この係争を追っていた。
幸いに係争は解決のめどがたち、読売はそれまで中止していたYC広川に対する定期訪問を再開することを決めた。しかし、読売に対する不信感を募らせていたYC広川の真村店主は、読売の申し入れを受け入れるまえに、念のために顧問弁護士から、読売の真意を確かめてもらうことにした。
そこで江上武幸弁護士が書面で読売に真意を問い合わせた。これに対して、読売は江崎法務室長の名前で次の回答書を送付した。
前略? 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。? 2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。? 当社販売局として、通常の訪店です。
わたしは、新聞販売黒書の記事に、事実の裏付けとしてこの回答書を掲載した。すると即刻に江崎氏(当時は面識がなかった)からメールに添付した次の催告書が送られてきたのである。
冠略 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。
しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。 貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。
そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。 貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を探ることとなりますので、この旨を付言します。
わたしは、今度はこの催告書を新聞販売黒書で公開した。これに対して、江崎氏は、催告書は自分の著作物であるから、著作者人格権に基づいて、削除するように求めてきたのである。が、作者は別にいたのだ。
◇知財高裁の判決
著作権裁判では、通常、争点の文書が著作物か否かが争われる。著作物とは、著作権法によると、次の定義にあてはまるものを言う。
思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
改めて言うまでもなく、争点の文書が著作物に該当しなければ、著作権法は適用されない。
わたしの裁判でも例外にもれず、争点の催告書が著作物か否かが争われた。ただ、催告書の著作物性を争った裁判は、日本の裁判史上で初めてではないかと思う。ちなみに、新聞販売黒書に掲載した回答書の方は、争点にならなかった。
既に述べたように、裁判は意外なかたちで決着する。裁判所は、「江崎名義」の催告書の著作物性を判断する以前に、江崎氏が催告書の作成者ではないと判断したのである。つまりもともと著作者人格権を根拠とした「提訴権」がないにもかかわらず、催告書の名義を「江崎」に偽って提訴に及んでいたと判断したのである。
なぜ、裁判所はこのような判断をしたのだろか。詳細を述べると優に50ページを超えるので、詳しくは次に紹介する知財高裁の判決を読んでほしい。
ただ、ひとつだけ理由を紹介しておこう。喜田村弁護士が書いた「江崎名義」の催告書の書式や文体を検証したところ、同氏がたまたま「喜田村名義」で他社に送っていた催告書と瓜二つであることが判明したのだ。同一人物が執筆したと判断するのが、自然だった。
◇弁護士懲戒請求
弁護士職務基本規程の第75条は、次のように言う。
弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。
喜田村弁護士は、問題になった「江崎名義」の催告書を執筆していながら、江崎氏の著作者人格権を前提とした裁判書面を作成し、それを裁判所に提出し、法廷で自論を展開したのである。
当然、弁護士職務基本規程の第75条に抵触し、懲戒請求の対象になる。わたしが懲戒請求に踏み切ったゆえんである。
◇弁護士倫理の問題
なお、裁判の争点にはならかなったが、喜田村弁護士に対する懲戒請求申立ての中で、わたしが争点にしているもうひとつの問題がある。ほかならぬ催告書に書かれた内容そのものの奇抜性である。
著作権裁判では、とかく催告書の形式ばかりに視点が向きがちだが、書かれた内容によく注意すると、かなり突飛な内容であることが分かる。怪文書とも、恫喝文書とも読める。端的に言えば内容は、回答書が江崎氏の著作物なので、削除しろ、削除しなければ、刑事告訴も辞さないとほのめかしているのだ。
回答書は、本当に著作権法でいう著作物なのだろうか?再度、回答書と著作権法の定義を引用してみよう。
【回答書】 ?? 前略? 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。? 2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。? 当社販売局として、通常の訪店です。
【著作物の定義】 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
誰が判断しても、著作物ではない。しかも、催告書を書いたのは、著作権法の権威である喜田村弁護士である。回答書が著作物ではないことを知りながら、著作物だと書いた強い疑いがあるのだ。
弁護士として倫理上、こうした行為が許されるのか、現在、この懲戒請求事件は、日弁連で検証中である。