1. 「戦後民主主義」という幻想、GHQが残した天皇制と新聞制度

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2022年08月16日 (火曜日)

「戦後民主主義」という幻想、GHQが残した天皇制と新聞制度

1945年8月15日の敗戦を境に変化したものと、変化しなかったものがある。
戦後、日本のマスコミは、変化しなかったものをクローズアップすることはあまりなかった。敗戦により、日本は民主主義国家に生まれ変わったというプロパガンダを展開してきた。それはGHQから与えられた民主主義であるにしても、戦争で失われた人命と引きかえに日本が手にした貴重な宝物であると宣伝してきたのである。

この視点は一面では正しく、一面では完全に間違っている。

最近、わたしはGHQの巧みな政策を再考している。GHQは、日本を米国の属国とするために、天皇制の下で根付いた戦前のメンタリティーを残したのではないかと考えるようになっている。少なくとも次の2つのシステムを保護した。それは天皇制と新聞制度である。

【天皇制】
戦後、憲法は天皇を「象徴」と変更したが、皇室制度は言うまでなく、国歌「君が代」も、「日の丸」もそのまま維持されている。天皇を家長になぞらえた家族制度を基盤とする思想も、戦前からそのまま引き継がれている。統一教会と自民党が水面下で同盟関係を結んでいた背景には、家族を柱とした社会のありかを理想とする共通した思想がある。それに「反共」思想が連動している。

GHQが天皇制を廃止していれば、日本人の民主主義についての概念も異なるものになっていた可能性高い。しかし、それでは米国は、日本を半植民地化することはできない。軍事政権を排除したうえで、戦前の支配体制を維持する必要があったのだ。

【新聞制度】
GHQは、新聞を通じた世論誘導のシステムを戦後も維持した。戦前・戦中の軍事政権は、言論統制を目的として、各都道府県に地方紙1社と、中央紙からなる報道体制を構築した。そして侵略を進めるための世論誘導に利用したのである。

戦後、この体制を解体することはできたはずだが、GHQはあえてこの制度を残した。特攻警察の親玉・正力松太郎も読売新聞社の社長として蘇る事態となった。新聞社を解体することは、戦前から続いてきた世論誘導の体制にメスを入れることを意味する。それよりも制度はそのまま維持して、親米世論の形成に利用するほうが賢明だと判断したのだろう。

実際、戦後も新聞社に関する問題には、絶対に公権力のメスが入らにようになっている。「押し紙」制度が放置されているゆえんにほかならない。

「戦後民主主義」をマスコミが宣伝してきたのは、戦前とまったく同じ体制では、さすがに国民の反発を招きかねないからだ。表向きは、民主主義の旗を掲げる必要があった。だが、体制そのものは何も変わっていない。

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戦後、国民はマスコミが宣伝した「戦後民主主義」の正体を見抜けなかった。左派勢力もこの点に関しては鈍感だった。権力構造は、表向きは変わったが、本質的な部分は戦前のまま維持されているのである。

米国が、日本国民のために真の民主国家を構築してくれたと考えるのは誤解である。米国は自国の利益のためならば、手段を選ばない。天皇制もメディアも巧みに利用する。米国がそのような性質の国家であることは、歴史をさかのぼっても、同時代を検証しても明らかになる。実は、世界一の暴力国家なのである。

8月15日になると、マスコミは毎年のように反戦企画を繰り返しているが、戦前から維持されている体制や思想についてはほとんど言及しない。その典型がNHKの反戦企画ではないだろうか。制作者が無知なのか、それとも歴史の理解が浅いのかは不明だが、肝心な部分は報じていない。