東京オリンピック選手村施設、1200億円官製談合疑惑、「森友・加計」よりもはるかに深刻な中身
東京オリンピックの選手村の建設用地の取り引きをめぐる重大な疑惑が浮上している。東京都が都有地を地価の10分の1で、大手デベロッパーへ払い下げた事件だ。割引額は、約1200億円。当然、官製談合の疑惑がかかっているが、ほとんど報道されていない。
朝日、読売、毎日、日経がオリンピックのスポンサーになっている上に、この「商業オリンピック」に電通が深く関与していることが、その最大の理由である可能性が高い。
次の掲載するルポルタージュは、『紙の爆弾』(8月号)で発表したものである。政治・メディア・大企業の劣化と腐敗を象徴する事件の中身を暴露した。
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新聞研究者の故・新井直は、『ジャーナリズム』(東洋経済新報社)の中で、ある貴重な提言をしている。
「新聞社や放送局の性格を見て行くためには、ある事実をどのように報道しているか、を見るとともに、どのようなニュースについて伝えていないか、を見ることが重要になってくる。ジャーナリズムを批評するときに欠くことができない視点は、『どのような記事を載せているか』ではなく、『どのような記事を載せていないか』なのである」
新井の提言を念頭に、新自由主義が大手を振って歩きはじめた21世紀初頭の報道検証をするとき、ある大がかりな官製談合事件疑惑が浮上してくる。
その現場は、東京オリンピック・パラリンピックの選手村を建設中の晴海5丁目。東京湾の埋め立て地で、銀座から3キロという好立地でもある。かつてはモーターショーがコミックマーケット(コミケ)が行われていた「東京国際見本市会場」の跡地だ。また、石原慎太郎知事時代には「2016東京五輪」のメインスタジアムが計画された〝ワケあり″の土地でもあった。
◆東京都晴海5丁目
選手村にあてるエリアは、1300億円に相当する13.4ヘクタールの都有地だが、驚くべきことに、この土地がたった129億6000万円で、ディベロッパー(開発業者)に譲渡されたのだ。
1平方メートルあたりに換算すると約10万円である。なんと約1200億円の値引きである。森友学園の「8億円値引き」とは比較にならない。桁違いの数字なのだ。なぜ、こんな土地取引が可能になったのだろうか。その謎を追ってみよう。
2018年6月14日、筆者は疑惑の現場に足を運んだ。大小のコンクリート・ブロックを散りばめたような遠方の市街地と高層ビル群を背に、赤と白のクレーンの細長い腕が、幾本も空に向かって背伸びしている。作業現場のあちこちで黄色い重機が玩具のように動いている。東京湾を渡ってくる風の音に、重機のうなるようなエンジン音や、車両を誘導する警備員の笛の音が混入する。これが選手村の工事現場である。
2013年9月7日、南米のブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会の総会で、ジャック・ロゲ会長は、封筒から1枚の紙面を取り出し、
「トゥキオ」
と、読み上げた。東京開催が決まった瞬間だった。それは同時に商業オリンピックに便乗しようと待ちかまえていた財界の面々が歓喜にわいた瞬間でもあった。
しかし、当初から2020年に向けた取り組みは勇み足が続いた。スタジアム建築費の過剰見積もり。元博報堂・佐野研二郎によるエンブレムのパクリ疑惑。これらのスキャンダルは、マスコミによって報じられ、計画の変更を余儀なくされた。
が、選手村の土地売買にからむ官製談合疑惑は、皆無とまではいえないにしても、ほとんど報じられない。ジャーナリズムの光が届かない領域なのだ。
◆売却地の整備に東京都が540億円
筆者の手元に1枚のマップがある。選手村となるエリア(晴海5丁目)の土地販売価格とその周辺地区の地価を比較したものだ。既に述べたように晴海5丁目の選手村建設予定地の販売価格は1平方メートルあたり約10万円である。これを基準に幾つかの地点を比較してみよう。
晴海5丁目1番9:95万円
月島3丁目25番3:116万円
銀座2丁目6番7:3300万円
京橋2丁目4番15:1400万円
東京の1等地が、相場の約10分の1で叩き売りされた事実が判明するのだ。
しかも、よく調べてみると、土地を譲渡する前に、東京都が540億円をかけて盛り土をしたり、道路を敷設したり、上下水道を通すなど、至れり尽くせりのインフラ整備を行っているのだ。
優遇はこれだけではない。開発計画では、ディベロッパーが選手村を建設して、オリンピック組織委員会が、完成した宿泊施設などを、大会期間中、38億円で借り受けるのだ。また、大会が終わると、宿泊施設はマンションに改装されるのだが、そのためのリフォーム費用を東京都が負担する。見積もり額は、なんと445億円にもなる。
さらに、ディベロッパーは大会終了後、敷地内に新たに50階建ての超高層マンション二棟を増設して、最終的に合計5950戸の住宅を準備し、不動産ビジネスを展開する計画なのだ。住宅開発が一次目的なのか、それとも選手村の開発が一次目的なのか、境界線が曖昧になっている。ディベロッパーにとっては、笑いが止まらない話しばかりである。(右上:完成予想図)
◆都市再開発法の悪用
この尋常ではない開発プロジェクトで最も重要な解明点は、土地の販売価格が地価の10分の1になった経緯である。なぜ、こんなウルトラCが可能になったのだろうか。
既に述べたように、土地の販売価格は原則として地価に準じた価格設定にする決まりになっている。となれば選手村の用地を地価の下の10分の1で売却することには問題があるはずだ。
この謎を解くには、専門的な不動産取引に関する知識を要するので、ここでは問題を整理するためにポイントをだけに絞って述べておこう。
まず、選手村建設にどのような開発モデルが採用されたのかという点を確認しておく必要がある。結論を先に言えば、それは都市再開発法に基づいた開発モデルである。
これは、たとえば駅前の再開発を実施する際に、Aさんの自宅が立地上、再開発計画の障害になるとする。そこでAさんに立ち退きを承知してもらう代わりに、プロジェクトの計画に沿ってディベロッパーが建てた高層ビルに入居してもらう。勿論、所有権もそこへ移す。
かたちとしてはAさんを立ち退かせることになるが、所有権を移すことでAさんの権利を保障するのだ。都市再開発法の適用で、Aさんに対するこうした対処が可能になるのだ。
ただ、Aさんには別の選択肢も準備されている。引っ越しを選択せずに、金銭による補償を選ぶ選択肢だ。その場合は、もちろん物件の所有権は放棄することになる。放棄してディベロッパーから金銭を受け取る。逆説的に言えば、Aさんは自分の土地と家を、ディベロッパーに売却したことになる。
選手村用地の売却はこの類型なのだ。東京都は、選手村にディベロッパーが建築する物件の一部分の所有権を得る選択肢を放棄して、金銭取り引きを選んだのである。その金額が相場の10分の1にあたる129億6000万円だったのだ。
繰り返しになるが、土地の販売価格は、土地の評価額に見合った額にするのが原則だ。しかし、都市再開発法の下では、地主の合意があれば、その限りではない。価格を臨機応変に決めることができるのだ。ただし、地主が複数いる場合は、全員の合意を必要とする。
幸か不幸か選手村用地の地主は東京都だけだった。その結果、地主・東京都は地価の10分の1の価格にすることに合意したのである。
しかし、ここからが肝心なのだが、都市再開発法の適用が認められるのは、通常は、区画整備が必要な都市部の密集地である。それは、ひとつには火災などの災害が起きると被害が拡大する危険性があるから、立ち退きなどを求めることができるのだ。ところが選手村の用地は、東京湾の埋め立てで作られた広大な更地である。民家が密集するところではない。
◆知事・舛添要一が「個人」舛添に工作
それではなぜ、更地であるにもかかわらず都市再開発法の適用が認められたのだろうか。この不可解な謎を解くには、開発プロジェクトの施行主が誰で、許可を下ろしたのは誰かに着眼する必要がある。どんな構図があるのだろうか。
通常であれば施行主は、オリンピックを招致した東京都になるはずだ。ところが不思議なことに、施行主は東京都ではなく、ある「個人」になっているのだ。
その個人とは、当時の知事・舛添要一(左の写真)だった。舛添は晴海5丁目の地主・東京都から委託されるかたちで、施行主・舛添「個人」になったのである。
その結果、何が起きたか?実に奇妙な話だが、施行主・舛添「個人」が、東京都知事・舛添に対して、都市再開発法に基づいた選手村開発の申請をしたのである。そして知事・舛添は、施行主・舛添の申請をすみやかに承認したのだ。
こうして都市再開発法の適用が認められ、選手村用地の販売価格が相場とはかけはなれたものに設定する一応の根拠を得たのだが、実は舛添「個人」を施行主にすることに、もうひとつ別の意図もあったようだ。
「個人」ではなく公共団体や民間企業が開発事業の施行主になった場合、事業を進めるにあたって事業計画を一般公開し、意見を公募しなければならない。これに対して「個人」が施行主の場合は、このようなプロセスは省略できる。
つまり舛添「個人」が施行主になることで、開発の具体的な中身を都民に隠すことが可能になるのだ。完全に中味を隠すことはできないにしろ、公の場で、公式の検証にさらされ、オリンピックを悪用した乱開発が世論の批判にさらされる事態だけは避けたかったのではないか。
実際、東京都の住民のグループが、選手村の土地販売価格が地価の10分の1になった根拠を調査するために、東京都に対して地価調査報告書の情報公開を請求したところ、真っ黒に塗り潰された書面ばかりが開示されたのである。
ちなみに、土地の販売価格の決定のプロセスについて、東京都側の言い分は、次のようなものである。
「国土交通省の不動産鑑定評価基準で示された評価手法と手順に基づき実施して決めた適正な価格である。オリンピック・パラリンピックが閉会した後、分譲などで資金を回収するまでに長期間を要するので、通常の住宅開発とは異なる。住民監査請求も棄却されている」
しかし、既に述べたように地価調査報告書の中味は、公開していない。
◆2020晴海Smart cityグループ
再開発プロジェクトといえば、かつては地方自治体が施行主になって進める駅前の区画整備や再開発などに多く見られたが、最近は民間企業や個人が施行主になって再開発を進めるケースが増えている。後者の場合、通常は外部のディベロッパーに事業参加してもらい、ディベロッパーが自ら資金を調達して開発を進める。そして完成した物件で、不動産ビジネスを展開する。
東京都は、2015年1月23日から同年2月2日の応募期間で、選手村の建設プロジェクトに事業協力者を募集した。しかし、不思議なことに、これに応募したのは、13社からなる「2020晴海Smart cityグループ」(表右参照)のみであった。
その後、13社のうち、11社が実際に建築を進める特定建築者となった。特定建築者とならなかった2社は、三井物産と三菱地所だが、それぞれ三井不動産と三菱地所レジデンスが事業協力者になっているので、企業グループとしては、やはりこの開発プロジェクトに参入していることになる。
表に示すように特定建築者になった企業の一部には、東京都の元職員が12人も天下りしている。ここにも官製談合の典型的な構図と温床があるのだ。
◆商業オリンピックと新自由主義の闇
この事件を告発したのは東京都港湾局のOBたちである。現職にあった当時、「臨海部開発問題を考える都民連絡会(臨海都民連)」を立ち上げ、不透明な金が飛び交う湾岸開発に警鐘を鳴らすようになったのである。
2017年8月17日には、小池百合子知事を被告として、33人が住民訴訟を起こした。小池知事に対し、ディベロッパーらに適正な土地売買代金を請求することなどを求めたのである。
ここに至る運動の中で臨海都民連は、メディアの反応の鈍さに戸惑っているという。臨海都民連の市川隆夫事務局長は、次のように話す。
「東京新聞やテレビ朝日、それに日刊ゲンダイなど、ほんの数社は報道してくれましたが、取材をしていながら報じなかったメディアもあります。記者会見を開くと会見場は記者で一杯になり、質問もたくさんでます。しかし、記事やテレビニュースには、めったになりません」
筆者は『広告白書』(2017年)で、「2020晴海Smart cityグループ」を構成する企業や、その関連会社の広告宣伝費の出費を調べてみた。すると上位100位までのリストに、実に11社がランクインしていることが分かった。総額は、4112億円である。順位は三菱自動車が15位、NTTドコモが22位、住友化学が26位、大和ハウスが34位などである。
これでは森友・加計事件のような報道はできない。
しかし、少しでも報じる努力をしなければ、同じような開発モデルが無制限に拡大していくだろう。今、伝えなくてはならないのは、新自由主義の導入がもたらした人間破壊と環境破壊の実態である。それが典型的に現れているのが、この“都有地叩き売り”事件”にほかならない。
物事には、医療・教育・福祉など市場原理主義に委ねてはいけないものもある。
選手村の開発はその典型例である。本来、公的機関が推進すべきオリンピックを、準備段階から民間企業に丸投げし、その結果、選手村の開発が民間企業による巨大な住宅開発プロジェクトに変質しているのだ。そしてそれを支援するために、都民の財産を地価の10分の1で特定の企業に廉売したのである。官製談合の疑惑が輪郭を現すのも当然なのだ。
この問題を闇に葬り、なかった事とにして報道・記録しなければ、ジャーナリズムの存在意義が疑われるだろう。(敬称略)
■出典:企業一覧表(2017年3月14日付け『しんぶん赤旗』)