【書評】『スノーデン 監視社会の恐怖を語る』、あなたの電話もEメールも全て秘密裡に保存され、「検索」対象に
NSA(アメリカ国家安全保障局) がドイツのメルケル首相の携帯電話を盗聴していたことが2013年に発覚した。携帯電話を盗聴することがはたして可能なのか?。どのような技術が使われたのか?。この事件の手口に、だれもが好奇心を刺激されたに違いない。
NSAの役割は、海外情報通信の収集と分析である。CIA(アメリカ中央情報局)が人間を使ったスパイ活動を展開するのに対して、NSAは、シギント (signal intelligence) と呼ばれる電子機器で情報収集を行う。
盗聴のメカニズムがどのようになっているのかは別として、NSAによる「違法」な情報収集は、世界中で行われている。
NSAの活動は、米国の良心的な人々の内部告発により明るみにでた。その象徴的な内部告発者は、改めていうまでもなく、エドワード・スノーデン である。スノーデン以前にも内部告発者はいた。ただ、スノーデンの内部告発は、膨大な裏付け資料を伴っていたこともあり、その影響力がはかり知れなかった。それゆに彼は亡命を余儀なくされた。
小笠原みどり氏の『スノーデン 監視社会の恐怖を語る』は、スノーデンに対するインタビューを中心に据えて、副次的にみずからが監視問題をテーマとしたジャーナリズム活動を展開するに至った経緯が記されている。近年にない良書である。生活の中にあたり前にデジタルが入り込んでいる現在の世界が孕む危険性を指摘している。
小笠原みどり氏は、クイーンズ大学(カナダ)の大学院博士課程の学生である。デジタルを使った監視についての研究を進めており、その中でスノーデンにインタビューする機会を得たのである。幸か不幸か、スノーデンには日本の滞在歴がある。それゆえにインタビューの中で、スノーデンはNSAと日本の関わりにも言及している。
◇特定秘密保護法とNSA
内容を詳細に紹介すると、膨大な量になるので、特に印象に残っているスノーデンの言葉を引用して、それに解説を加えてみよう。
「僕が日本にいたとき、横田基地のNSAのビルには日本側のパートナーたちがよく訪ねてきました。彼らは僕らの居場所を知っていて、それをまるで世界一の秘密のように扱っていた。と、いうのも、我々がスパイ活動から得た情報を彼らと共有していたからです。
日本の軍隊はこれこれの情報がほしいと我々に望む。すると僕らはこう答える。『お探しの情報そのものは提供できません。あなた方の法律は私たちにとって望ましいかたちではないので。けれど、もう少し小粒の別の情報で役にたちそうなものを差し上げましょう』。
これは先方の顔を立てて、まあよしと思わせるためです。そしてこの情報を棒にぶら下げたニンジン、つまりエサにして、続けます。『けれどもしあなた方が法律を変えたなら、もっと機密性の高い情報も共有できます。現在のシークレットからトップ・シークレットに機密レベルを引き上げることもできる』。
それから『もちろん例外的なケースとしてトップ・シークレットを共有できる場合が今後あるかも知れませんが』とかなんとか断っておいて、最後に『けれど法律ができればこのプロセスを標準化できます』とダメ押しするのです。これが、あの法律の原動力となりました」
ここでいう法律とは、特定秘密保護法を指す。デジタルを悪用した秘密裏の情報収集が違法行為に該当するから、日本が特定秘密保護法を持つことで、NSAとしても、機密情報の提供が可能になると言っているのだ。安倍首相が強引にこの法律を通したゆえんにほかならない。
「たとえばあなたのようなジャーナリストが政府の秘密を暴いたとしても、これまで極端に過酷な罰則はなかった。でも今回の秘密保護法で、国の秘密を漏らせば懲役10年の罰則になりませんでしたか?」
「日本のメディアがこの背景を指摘したか知りませんが、日本政府はもちろん米国の関与について語りたくないでしょう。政治的に重大な摩擦を引き起こしますから。どうして外国政府が日本の法律を取り仕切るのか、日本の法律は日本の人々が決めるべきであって、米国政府の秘密組織が決めるべきではない、と。これは民主主義のプロセスにとって由々しき問題ですよね。?
民主的な政府は人々の合意の上に成り立っていることに正統性があるわけですから。市民は選挙で候補者の約束したことに投票し、議会へ送り出す。だから議員は市民の支持を得ていない政策を通すべきではない。」
◇売国奴は誰か?
NSAが収集し、そして日本が共有していると推測される情報は、なにも軍事に関したことに限られてはいない。結論を先に言えば、個人の電話から、Eメールを含むインターネット上の情報まで、デジタル化され、ケーブルなどを通して移送する全情報が収集保管されているのだ。その中から特定の情報を引き出すには、検索にかければ、それで済む。特に難しいことではない。
こうした情報収集を合法化しているのが、繰り返しになるが、特定秘密保護法である。さらに「合法的に」集めた情報を使って、政府に批判的な立場を取る人々を取り締まっていく道具が、共謀罪法である。
どのような問題に光を当てるかが、ジャーナリストの才覚であるわけだが、本書の著者は、現在、世界で最も重要な問題のひとつを指摘している。読者は、自分が発信したり受信したメールや会話が、すべてどこかで保存され、検索の対象になっていると考えた方がいい。
だれがこのような社会にしてしまったのか?
日本の国会議員は、森友・加計事件の責任を追及するだけでは済まないだろう。
タイトル:『スノーデン 監視社会の恐怖を語る』
著者:小笠原みどり
版元:毎日新聞出版
定価:1400円