1. 携帯基地局の撤去を求める裁判で裁判官の不可解な人事異動、田中哲郎裁判官の例

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2016年02月22日 (月曜日)

携帯基地局の撤去を求める裁判で裁判官の不可解な人事異動、田中哲郎裁判官の例

 国策を左右しかねない要素をはらむ訴訟を担当する裁判官が恣意的にコントロールされている疑惑がある。具体例を2つ示そう。

まず、携帯電話の基地局撤去を求める裁判である。携帯基地局からは、マイクロ波と呼ばれる高周波電磁波が放射されている。WHOの外郭団体である世界癌研究機構は、2011年にマイクロ派に発癌性の可能性があることを認定している。ドイツやブラジルなどでは、携帯基地局と発癌の関係を調査するための疫学調査も行われている。(詳細は、次の記事で)

■携帯基地局から200メートル以内、発癌リスクが極めて高い、ブラジルの調査でも判明、日本では秘密保護法の施行で情報ブロックも

◇田中哲郎裁判官、基地局裁判の地を転々

携帯電話の基地局の撤去を求める裁判は、1990年代に九州から始まった。水俣病に取り組んできた弁護士らがみずからの経験から、電磁波という新世代公害の危険性をいち早く認識したからである。が、残念ながら裁判では、原告が敗訴を繰り返してきた。

その背景には、無線通信網の整備という国策が影響しているようだ。企業の巨大利権もからんでいる。日本の場合、司法が内閣から独立しているとはおおよそ考えにくく、生田暉雄弁護士の言葉を借りれば、「国政を推進する最高裁」事務総局の存在が大きい。諸悪の根源である。

裁判所は、国策を推進するためのお墨付きを与える機関であると考えるのが正しい。

2004年6月、携帯基地局の撤去を求める裁判で2件の判決があった。沼山津裁判と御領裁判で、いずれも敗訴。舞台は熊本地裁だった。

これら2件の裁判の判決を下したのは、田中哲郎裁判長だった。

それから2年後の2006年2月に、今度は福岡地裁を舞台とした三潴裁判の判決があった。この裁判が結審する直前に、田中哲郎氏が福岡地裁に転勤してきた。そして三潴裁判の裁判長に就任。原告住民を敗訴させる判決を下したのである。

そのころ携帯基地局の撤去を求める裁判は、宮崎県延岡市でも行なわれていた。2012年10月、宮崎地裁延岡支部は、住民敗訴の判決を下した。当然、住民側は控訴して、舞台は福岡高裁宮崎支部に移った。

ところが控訴審が始まってまもない2013年、田中氏が福岡地裁から福岡高裁宮崎支部に転勤してきたのだ。そして裁判長交代のかたちで、携帯基地局の撤去を求める控訴審の裁判長に就任したのである。そして予想通りに住民の控訴を退ける判決を下したのである。

実は、この田中裁判官に関しては、読売裁判でも不自然な人事異動の事実が残っている。【続】

【写真】基地局の近くで発生した奇形ひまわり。