1. 「その一服、4500万円」、横浜の副流煙裁判、十分な根拠なく化学物質過敏症の原因を藤井家の煙草と事実摘示

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2019年02月06日 (水曜日)

「その一服、4500万円」、横浜の副流煙裁判、十分な根拠なく化学物質過敏症の原因を藤井家の煙草と事実摘示

横浜の副流煙裁判の資料を入手してコピーした。この裁判の取材をはじめたのは、昨年の9月で、予定では2月で終止符を打つことになっていた。ところが先日、裁判の体制が合議制になったので、わたしも取材を本格化させ、古い取材ノートや資料を倉庫から取り出したうえで、他の裁判資料も被告の藤井さんから入手した。

裁判資料を読みかえしてみて、暗い好奇心を刺激された。わたしはこれまで数多くの裁判を取材してきたが、横浜の副流煙裁判ほど不可解な事件は前例がない。2008年に弁護士で自由人権協会の喜田村洋一代表理事が、読売の江崎徹志法務室長と結託して、わたしを提訴した事件(喜田村らの敗訴、弁護士懲戒請求)を体験したことがあるが、その事件よりもはるかに悪質だ。

裁判の構図は、既報したようにマンションの2階に住む横山(仮名)家の3人(夫妻と娘)が、同じマンションの1階に住む藤井将登さんに対して、煙草による副流煙で化学物質過敏症になったとして、4500万円を金銭支払いを求めたものである。

訴状や準備書面などによると藤井将登さんは四六時中、外国製の煙草を吸っていたとされている。奥さんの敦子さんも、ヘビースモーカーという設定になっている。が、事実は藤井将登さんは、ヘビースモーカーではなく、少量の煙草を二重窓になった自室で吸っていたに過ぎない。奥さんは煙草は吸わない。

原告・横山氏の山田義雄弁護士は、藤井夫妻の副流煙が原因で横山家の人々が重症の化学物質過敏症になったという事実を摘示した上で、4500万円を請求してきたのである。その前段、神奈川県警の斎藤本部長も動かしている。

◆原告が実は元スモーカーだった

ところが昨年の10月の下旬になって、実は横山家の主である横山明氏が、元スモーカーであったことが発覚した。発覚の経緯は明かさないが、そ結果、裁判所へ次のような陳述書を提出せざるを得なくなったのである。

私は、以前喫煙しておりましたが、平成27年春,大腸がんと診断され、その時から完全にタバコを止めました。(略)

私は、タバコを喫っていた頃は、妻子から、室内での喫煙は、一切、厳禁されていましたので、ベランダで喫煙する時もありましたが、殆どは、近くの公園のベンチ、散歩途中、コンビニの喫煙所などで喫煙し、可能な限り、人に配慮して喫っておりました。

裁判所に自分の喫煙歴を隠し、もっぱら藤井家の副流煙が化学物質過敏症の原因と事実摘示をした上で、高額訴訟を起こしたのである。みすからが喫煙者であったのだから、原因は自分にあるはずだが、藤井家の副流煙が第一原因であるというのだった。

明氏は、前出の申述書で述べているように、「ベランダ」など野外で煙草を吸っていた。自分の煙草の副流煙が自宅に入っていたと考えるのが自然だ。物理的にはそう考えうる。

また、明氏は公園のベンチやコンビニの喫煙所でも、煙草を吸っていたというのだが、そうした家族への「配慮」により、煙に含まれる化学物質を遮断できるわけではない。『化学物質過敏症』(文春新書)の中で、著者の宮田幹夫氏は、衣類や文房具に付着した煙草の煙も、化学物質過敏症の患者にとっては苦痛であると記述している。次のくだりである。(77ページ)

実はインタビューをしているとき、近くにいた次男の茂弘くんが突然、鼻血を出してしまった。昌子さんが「どうしたん?」と聞くと、茂弘くんは、「分からん」と答える。すかさず紘司くんが「タバコやと思う。さっきから喉がひりひりしていたから」と指摘した。

もちろん、われわれは煙草を吸っていたわけではない。その日は朝から喫煙を控え、整髪料もつけづに入江さん宅を訪問した。おそらく、入江さん宅へ向かう途中、新幹線の車内で他の人の吸うタバコの煙が服に染みついたに違いない。日頃から使っているノートや書類、手荷物にも染み込んでいる。

横山家の生活環境と藤井家の生活環境の違いは、副流煙だけに関して言えば、同じなのだ。差別化するものは、吸っていた煙草種類ぐらいである。

とはいえ、煙草だけが化学物質過敏症の原因とは限らない。それは無数にある原因のひとつに過ぎない。特定は不可能というのが実態である。さらに電磁波問題とのかかわりも考慮しなければならない。ある特定の化学物質に汚染された状況の下で、電磁波に被曝したときの人体影響などである。(この問題に最も詳しいのは、宮田幹夫氏である。)

われわれの生活空間は化学物質で溢れている。米国のケミカル・アブストラクト・サービス(CAS)が登録する新しい化学物質の数は、1日で優に1万件を超える。電磁波による被曝も増えている。生活環境そのものが静止の状態ではなく、常に変化しているのである。複合汚染の時代なのだ。

こうした時代において、ある特定の化学物質だけをピックアップして、化学物質過敏症の原因として特定する態度は、科学的とは言えない。(この点については、2月4日付けの黒書を参照)

 

◆化学物質曝露の積み重ね

さて、明氏が元喫煙者であったことを、昨年の10月まで、原告は裁判所に隠していたわけだが、それ以降も裁判を取り下げていない。訴訟の前提事実が虚偽だったにもかかわらず、依然として、藤井家の煙草が化学物質過敏症の唯一の原因だという主張を続けているのだ。しかも、その主張に宮田幹夫博士が加勢している。

1月24日付けインタビュー(山田義雄弁護士が宮田博士に対しておこなったもの)で、明氏の喫煙歴と化学物質過敏症の関係について、次のような質問をしている。

山田:○子(娘)さんの父明さんは、平成27年春頃までタバコの喫煙者であったのですが、明さんは■子(妻)さんや○子さんに配慮して、室内では喫煙せず、近所の公園で喫煙していたとのことです。父明さんが仮に、室内でタバコを吸っていなかったという前提でも、それも1年程前に喫煙をやめていた場合でも、父明さんの過去の喫煙は、○子さんの化学物質過敏症の発症に何らかの影響があるものでしょうか。

宮田:化学物質過敏症の発症には、それまでの化学物質曝露の積み重ねの後に発症してくることもあります。その意味では発症の基盤の一部には父親からの喫煙被曝歴が関与している可能性はあると思います。しかし副流煙曝露もない状態だったとしたら、父親の喫煙の影響は非常に少ないと思います。

宮田博士の回答には論理に矛盾がある。回答の前半では、「発症の基盤の一部には父親からの喫煙被曝歴が関与している可能性はあると思います」と述べ、その直後には、わざわざ「しかし副流煙曝露もない状態だったとしたら、父親の喫煙の影響は非常に少ないと思います」と正反対のことを言っている。ベランダでの喫煙に副流煙がセットになっていると考えるのが常識ではないか。

ところが山田弁護士は、このわずかな論理の破綻に付け込んで、次のように宮田理論を歪曲している。

これについて宮田医師は、

「化学物質過敏症の発症には、それまでの化学物質曝露の積み重ねの後に発症してくることもあります。その意味では発症の基盤の一部には父親からの喫煙被曝歴が関与している可能性はあると思います。しかし副流煙曝露もない状態だったとしたら、父親の喫煙の影響は非常に少ないと思います。」

 と、述べる。
 すなわち、原告明の喫煙が原告○子や■子に何らかの形で、積み重なって化学物質過敏症の要因の一つになる可能性があることはあり得るとのことである。それもある意味では当然であろう。
  しかし、平成28年3月頃までは、原告明はタバコを止めて1年以上経過しており、その後副流煙被曝の可能性がなかったとすれば、2人に化学物質過敏症の発症はあり得なかったと言えるであろう。

 その意味でも、被告の喫煙、副流煙(すなわち喫煙の二次被害)が最大の要因であったことは、少しも揺るがない事なのである。

宮田氏が言う「化学物質曝露の積み重ね」をまったく無視して、ひたすらその責任を藤井家に転嫁しているのである。

 

◆宮田意見書は、「信頼性に疑問があるという意見も」

なお、化学物質過敏症をめぐる裁判は、過去にも起きているが、被告はいずれも化学物質の発生源である企業である。個人が訴えられたケースは初めてである。過去の裁判でも、診断方法が問題になっている。

横浜の副流煙裁判で山田弁護士は、問診の重要性を強調している。「診断に一番重要なのは問診です」(宮田氏)。しかし、たとえばジョンソンカビキラー事件の第1審では、「宮田意見書は問診だけに頼ったもので、医学的裏付けに乏しく、信頼性に疑問があるという意見もあることが認められる」と判断している。(出典:「化学物質過敏症をめぐる問題点」)