1. 量産型懲戒請求を受けた小倉秀夫弁護士が第3者に対して起こした裁判、1人につき10万円、推定総額9600万円の請求額は妥当なのか

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2018年11月06日 (火曜日)

量産型懲戒請求を受けた小倉秀夫弁護士が第3者に対して起こした裁判、1人につき10万円、推定総額9600万円の請求額は妥当なのか

弁護士懲戒請求について考察させられるある訴訟が東京地裁で進行している。この裁判の原告は小倉秀夫弁護士。被告は東京都内に在住するAさんである。発端は別の次の事件である。

900人超を大量懲戒請求で提訴へ 請求された2弁護士
全国の弁護士会に大量の懲戒請求が出された問題で、東京弁護士会の弁護士2人が「不当な請求で業務を妨害された」として、900人超の請求者に各66万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こすことを決めた。請求者1人ごとに訴えるため、900件超の訴訟となる。まずは2日、6人を相手に提訴する予定だ。

  訴訟を起こすのは北周士、佐々木亮の両弁護士。昨年以降、計4千件の懲戒請求を受けた両弁護士は今年4月、約960人の請求者を相手に訴訟を起こす考えをツイッターで表明。■出典

繰り返しになるが裁判の発端はこの事件である。この事件になぜ小倉弁護士が関係して、訴訟まで起こすことになったのだろうか。事件の経緯を追ってみよう。

◇ツィッターの社会病理

ひとりの弁護士に大量の懲戒請求書を送付したケースは、過去にもあるが、頻発する現象ではない。そのために、ニュース性が高く、ネット上などで格好の話題になる。佐々木亮弁護士のケースもこうした社会現象を起こした。ツイッターなどで、この事件について自分の意見などを表明する「炎上」現象が起きたのである。その炎上に、小倉秀夫弁護士も巻き込まれた。

その結果、ツイッターでの小倉弁護士の発言をめぐり、今度は小倉弁護士に対して、960通の懲戒請求書が送付されたである。「余命三年時事日記」という右派系のブログが、この量産型懲戒請求を呼びかけた。

懲戒請求のひな型は「余命三年時事日記」が準備したものだった。不特定多数の人々が、署名の感覚で小倉弁護士に対する懲戒請求書を送付したのだ。

 これに対して小倉弁護士は、「懲戒請求者に対して損害賠償請求をしようと考えた」(訴状)という。しかし、対象者が960人もいたので、個々の懲戒請求者に個別に損害賠償請求をすることは、大変な労力となる。そこで「自己のウェブサイト上で訴訟外の和解を呼びかけることとし、和解契約書のひな形を作成して自己のウェブサイトにアップロードした上で(甲第4号証)、本件量産型懲戒請求をしてしまった人々に対し、同ひな形を用いた和解契約の締結を申し込む内容のウェブページをアップロード」したのである。

この請求方法に強い疑問を感じた第3者がいた。「余命三年時事日記」とは何の関係もないAさんだった。小倉弁護士が行ったウェブサイトを利用した量産型の和解提案が、弁護士としてあるまじき行為だと考え、ツイッターで何度か疑問を述べたのち、ある行動にでた。小倉弁護士に対する懲戒請求を行ったのである。

繰り返しになるがAさんは、「余命三年時事日記」の呼びかけに応じて、小倉弁護士に懲戒請求書を送付した一人ではない。「余命三年時事日記」の呼びかけが引き起こした量産型懲戒請求に対して、小倉弁護士がネット上で損害賠償を求めた行為が、弁護士としてあるまじき戦略だという観点から、懲戒請求に踏み切ったのである。

これに対して小倉弁護士は、Aさんに300万円の支払いを求める損害賠償裁判を起こしたのである。

◇最高裁の判例

この事件を検証するためには、大前提として、佐々木弁護士と「余命三年時事日記」の間にどのような論争があったのかを確認する必要がある。

「余命三年時事日記」が佐々木弁護士に対する量産型懲戒請求を呼びかけたところ、佐々木弁護士は、次のようにツイッターで応戦した。

ネット右翼の諸君は相変わらずだなぁ。無邪気に私に懲戒請求してるのも900人くらいいるけど、落とし前はつけてもらうからね。(略)

これに対して「余命三年時事日記」は、ブログで、佐々木弁護士に対する刑事告訴と民事訴訟を予告した。その上で懲戒請求者の個人情報が外部にもれる懸念を示し、それを防ぐためには「早急に弁護士法の改正が必要だろう」と述べた。

これに賛同して、「炎上」渦中にいたひとりがツイッターで、「早急に弁護士法の改正が必要だろう」とツィートした。このツィートを見て、小倉弁護士が「虚偽告訴罪での告訴の対象なので、懲戒請求者の氏名・住所を秘匿する合理性がありません」とツィートした。

これに対して「余命三年時事日記」は、「この件は共謀による罪として別途告発されている事案である」などと反論。小倉弁護士に対する量産型懲戒請求を呼びかけるに至ったのである。

ちなみに弁護士法の第58条は、懲戒請求権について次のように述べている。

第五十八条 何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。

ただし、懲戒請求者が懲戒の事由がないことを知りながら、あえて懲戒請求した場合は、不法行為となる。次のような最高裁の判例も存在する。

 懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者が、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あれて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成する

小倉弁護士は、この判例を根拠に「余命三年時事日記」の主張には根拠がないので、「日記」からの量産型懲戒請求に対する損害賠償請求は正当と主張した。それを前提に、Aさんから懲戒請求されたのは不当として、Aさんを提訴したのである。

◇Aさんが懲戒請求した理由

Aさんが小倉弁護士の量産型損害賠償請求を問題としたのは、それにより懲戒請求者が心理的圧迫を受ける点である。また、量産型懲戒請求が違法かどうかの司法判断を待たずに和解に向けた行動を取った事実である。また、和解後の懲戒請求行為に対して、一定の規制を求めてきたことである。さらにこうした事例が「詐欺のモデルケース」を作りかねない状況を生む懸念である。

ここでいう「詐欺のモデルケース」とは、ネットを利用して和解を呼びかけることにより、法的な知識を持たない大半の懲戒請求者の恐怖心を煽って、極めて合理的に金銭を徴収する行為であって、「振り込め詐欺」の類型とは異なる。

この裁判では、法律の専門知識を持たない普通の市民が、弁護士の行動に不信感を感じた場合、懲戒請求を申し立てることの是非が問われそうだ。最高裁の判例に照らし合わせてみると、共謀罪を懲戒事由にすることにはかなり無理があり、懲戒請求の根拠を欠いている可能性が高いが、だからと言って、法曹界に対する一般市民の疑問や不信感を、法解釈だけで切り捨てることができるのか?あるいは訴訟で対抗していいのか?このあたりがジャーナリズムの検証点になりそうだ。

◇ツィートと名誉毀損

ちなみに訴訟に至る前段で、Aさんがツィートした記述に対して、小倉弁護士は、名誉を毀損されたとして損害賠償を求めているが、筆者が見た限りでは、名誉を毀損しているとは思えない。

確かに「悪徳弁護士」とか、「詐欺のモデルケースを作った北、島崎、小倉」といった表現はあるが、もともとツイッターの言語は、投稿者の感情を露呈することが前提になっており、罵倒をそのまま真実として受けとめる人はほとんどいないからだ。同じ表現が、たとえば『世界』とか、『文藝春秋』で使われていたら、名誉毀損になるだろうが、ツイッターの言語は信頼性そのものが低く「論争ゲーム」のレベルだ。

ツイッター上のフェイクニュースの氾濫でも明らかなように信頼性そのものが極めて低い。そこで発せられた罵倒を名誉毀損とするのはおかしい。罵倒をそのまま鵜呑みにする人はほとんどいない。

言葉の評価は、どのような状況の中で発せられたかで変わるのである。固定的な評価はない。

◇和解契約書

小倉弁護士は、ネットで公開した和解契約書の中で、6つの条件を提示している。このうち検証する必要があるのは、次の3点である。

4、乙(黒薮注:懲戒請求者)は甲(黒薮注:小倉弁護士)に対し、和解金として金10万円を、本契約成立の日から1週間以内に、下記銀行口座に送金して支払う。(略)

5、乙は、自己が関与した事件について自己または相手方代理人としての行為または言動に問題があったことを理由とする場合を除き、弁護士に対する懲戒申立てをしないことを約束する。

6、甲は、平成30年6月30日までに本書面が甲に到達し、かつ、乙が上記1~5の義務を遵守する限りにおいて、乙に対し、上記懲戒申立てに関して民事訴訟を提起しないことを約束する。

◇背景に法曹界に対する不信感

まず、「4」に関してだが、一人の懲戒請求者につき10万円の和解金を求め、懲戒請求者の人数が960人であるから、総計9600万円の和解金を要求していることになる。1億円近い金額である。この金額が請求額として妥当なのか、検討してみる必要がある。もちろん高額請求が違法行為にあたるわけではない。

しかし、既にのべたように大半の懲戒請求者は法の素人である上に、署名の感覚で懲戒請求書を送付したに過ぎないのだ。「余命三年時事日記」に対して、たとえば30万円程度を請求するのであれば、まあ仕方がないか、という気にもなるが、「署名」に協力した人々も含めて一律に10万円という単価を設定するのは、無理があるような気がする。

それに960人もの人が「署名」に応じた背景には、法曹界に対する不信感があるからに違いない。反差別を口実に暴力を振るっている「ぐれん隊」を弁護士らが擁護したり、高額訴訟を推奨したり、事件を受認していながら手抜きをするなど、法曹界の対する評価が厳しくなっているのだ。

現に小倉弁護士も訴状の中で、弁護士会の実態について「弁護士は、その職務上、(黒薮注:懲戒申立で事件の)判断権者が判断を間違えることが相当数あることを経験的に知っており、自己が対象弁護士とされている懲戒申立で事件においてそのような誤審がなされるリスクのあることを認識している」と述べている。

◇懲戒請求に対するカウンターで莫大な賠償金

「5」の条項を認めてしまうと、あるまじき行為を働いている弁護士に遭遇しても、懲戒請求できなくなる。たとえば筆者の場合、弁護士を取材する機会が多いが、その中で事実を捏造し、それを根拠に裁判を起こしているケースに気づいたこともある。たとえば最近の例でいえば、煙草が原因で病気になっていながら、原告本人は煙草を吸っていなことにして、隣人の副流煙が原因だと事実関係を偽り、それを前提に高額訴訟を起こした例がある。

当然、懲戒請求の対象になるが、「5」の条項を受け入れれば、こうしたケースも放置せざるを得なくなる。当然、弁護士法58条とも整合しない。

「6」は、懲戒請求者が「1」から「5」の条件を受け入れれば、提訴しないことを約束したものである。和解においては、必要な記述に違いないが、逆説的に考えると、「1」から「5」を拒否した場合は、提訴すると言っているのだ。提訴行為が普通の市民にとっては、脅威と感じられるのはいうまでもない。

小倉弁護士にしても、佐々木亮弁護士にしても、懲戒請求に対するカウンターで莫大な賠償金を手にする可能性がある。筆者には、これが弁護士本来のありかたとは思えない。早急に訴訟を取り下げるべきだろう。

ツイッターがこれらの事件の引き金になっていることも間違いない。