1. 吉田証言は本当に妄想なのか? 2005年のNHK「問われる戦時性暴力」でも朝日叩きの過ち

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2014年10月17日 (金曜日)

吉田証言は本当に妄想なのか? 2005年のNHK「問われる戦時性暴力」でも朝日叩きの過ち

8月から始まった朝日新聞に対するバッシングの中で、従軍慰安婦の「連行」を告発した吉田証言は、ウソだったとする共通認識が広がっている。が、この点に関しては、当時の植民地政策や旧日本軍による戦争犯罪と照らしあわせてみなければ評価できない。一般論からすれば、軍による統治には残忍非道な暴力が伴っている。そんなふうに考えるのが常識である。

わたしも含めて「戦争を知らない世代」は、たとえば御嶽山(おんたけさん)での救助活動に励む日本の自衛隊員の姿をイメージしながら、軍人の世界を想像する。その際に植民地支配という歴史的な背景を考慮することはあまりない。

が、空想の世界と現実の世界には、必ず乖離(かいり)がある。その距離を埋めるには、実際に戦争が起きている地域に足を運んでみることである。

わたしは1980年代に中米のニカラグア、エルサルバドル、グアテマラを取材した。当時は、内戦のさなかで、軍隊による暴力が大問題になっていた。軍隊が村を急襲して、住民をトラックに押し込めて「連行」することなど、半ば当たり前だった。特に珍しいとは思わなかった。

「連行」の手口は単純で、軍がいきなりトラックで村に入ってきて、住民全員を中央広場(ラテンアメリカには、小さな村にも中央広場があり、そこにカトリック教会が隣接している)に集合させ、空き屋となった集落を、一斉に家宅捜索する。そして武器が発見された家の住人を連行したり、見せしめに村人の前で射殺することが当たり前に行われていた。

2013年の5月、中米グアテマラの裁判所は、内戦中にこのような犯罪を指導したリオス・モント元大統領に対して、禁固80年の判決を下した。冒頭の動画は、米国の映像ジャーナリストらが制作し、高い評価を受けたWhen The Mountains Tremble(1983年)の一場面である。

村に乗り込んできた軍隊(35秒~)、住民の拘束、家宅捜索の様子が記録されている。この時、カメラが入っていなければ、何が起こったか想像できる。

同じようなことが中国大陸で行われていたことは周知の事実になっている。グアテマラの比ではないかも知れない。たとえば731部隊による生体解剖の事実は、だれも否定できない。次に示すのは、731部隊に息子を連行された母親から、湯浅医師にあてた手紙の一部である。

湯浅医師は、生体解剖を行い、戦後、中国当局に拘束された。

湯浅よ。わたしは、お前に息子を殺された母親だ。あの日の前日、息子は路安の憲兵隊に引っ張っていかれた。わたしは憲兵隊までいき門の前でずっと見張っていた。次の日、突然門があいて、息子が縛られてトラックに乗せられて、どこかに連れていかれた。わたしは自動車の後を追いかけたが、・・・(『戦争と罪責』、野田正章著・岩波書店)

◇「問われる戦時性暴力」と朝日叩き

吉田氏の証言とは、3年間で朝鮮人を950人連行したとするものである。この数字は、十分にあり得る数字だ。わたしはまったく不自然だとは思わない。日本軍が朝鮮半島では、「紳士」だったとは思えない。

記憶されている読者も多いと思うが、実は2005年にも、朝日バッシングが起こっている。発端は、2001年にNHKが放送した「問われる戦時性暴力」という番組である。番組の内容が右翼の圧力で変更されとする問題である。

ところが、2005年になって朝日新聞が、番組改変の背景に、中川昭一議員と安倍晋三議員によるNHK上層部への圧力があったとする記事を掲載した。その後、朝日検証記事を出したが、これを機に一斉に朝日バッシングが始まったのである。今回の状況と極めて類似している。

しかし、番組改変の証拠となる「録音テープ」を、ジャーナリストの魚住昭氏が『現代』で公表した。朝日の第3者委員会は、「取材が十分であったとは言えない」と結論づけたが、朝日の記事には、事実上十分な裏付けがあることが魚住氏の記事で判明したのである。バッシングの誤りが明らかになった。

◇軽減税率の問題

今回の慰安婦問題にしても、過去のNHK番組の改変問題にしても、朝日はなぜ、謝罪を繰り返すのだろうか。推測になるが、それは経営上のなんらかの汚点を公権力に握られているからではないか?

たとえば、新聞業界に共通した「押し紙」問題である。「押し紙」を摘発されたら、新聞社は倒産の危機に立たされかねない。だから「押し紙」が多い新聞社ほど右傾化する傾向がある。

さらに消費税に対する軽減税率の問題もある。「押し紙」にも税が課せられるわけだから、販売店は経営危機に陥る。

ジャーナリズムは、「汚点」があればできない。権力者はそれを知っているから、経営上の問題に付け込んでくる。

また、軽減税率の問題は、出版社にとっても死活問題である。それゆえに、水面下の取引材料になっていると考えるべきだろう。出版社系の週刊誌が朝日バッシングに走ったゆえんではないか?