ホンジュラスの移民キャラバン、背景に歪んだグローバリゼーション
中米ホンジュラスから米国・メキシコの国境に難民が押し寄せている。メキシコ側の国境の町、ティファナだけでも約5000人。国境へ向かって北上中の人々がさらに5000人。海外メディアによると、新たに1500人のキャランバが、ホンジュラスを出発したという。
実は筆者は、ホンジュラスを何度か取材したことがある。最初は1992年だった。取材というよりも、旅行者になりすまして、この国の実態を探ったというほうが適切かも知れない。その後、95年にも現地へ足を運んだ。その成果は、拙著『バイクに乗ったコロンブス』(現代企画室)に収録した「将軍たちのいる地峡」というルポに集約されている。
しかし、それ以後は現地の実情を自分の眼で確認する作業を怠っているので、現在の政治問題がなぜ発生したのかについて、確定的な意見を言うことができない。ただ、次のような事情ではないかと推測する。
もともと中米を含むラテンアメリカは、「米国の裏庭」と呼ばれていた地域で、多国籍企業が現地で生み出された利益をことごとく自国へ持ち帰る構図があった。こうした体制を親米派の軍事政権が守ってきたのだ。コスタリカのような例外はあるが、また、一時的にリベラルな政権が誕生したことはあるが、
1980年ごろまでのラテンアメリカを語るとき、軍事政権と米国の関係を度外視することはできない。
しかし、今世紀に入ってから、こうした構図からの脱却が始まった。ベネズエラを筆頭に次々と旧体制と決別する反米政権が誕生した。
米国も従来のような軍事介入でこの流れを止めることが出来なくなった。80年代のニカラグアへの介入で大失敗を喫したうえに、新政権が民主的に選挙で選ばれたものだったからだ。「裏庭」の崩壊が始まったのだ。キューバの孤立も解消した。
こうした流れの中で、ホンジュラスも中道左派の政権を樹立するが、2009年に軍事クーデターであっけなく崩壊する。その後、従来の米国従属型の体制へ戻った。その結果、格差と貧困が凄まじい勢いで広がったのではないか。貧困から脱するために、キャラバンが結成され、北の大国を目指す社会現象が発生したようだ。
◇先進国の繁栄と第3世界の悲劇
92年に筆者がホンジュラスを取材した時期は、隣国のエルサルバドルで内戦が終わった直後だった。2年前の90年にはニカラグア内戦が終わっていた。
1980年代、ホンジュラスはニカラグアの革命政権とエルサルバドルで新政権の樹立をめざすFMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)を撲滅するための米軍基地の国と化していた。
その基地の国にゆがめられた「植民地」-ホンジュラスの戦後を見に行ったのである。その時、最も痛烈に感じたのは、先進国の繁栄と第3世界の悲劇の共存の光景だった。
ホンジュラスのカリブ海沿岸に広がる多国籍企業の農園からは、バナナやパイナップルなどが収穫され、まるで海の彼方へ向かってベルトコンベアーが敷かれているかのように、船で海外へ運びだされていく。その光景を見るだけで、著しい社会的不公平を感じた。
豊かな太陽と熟した果実の楽園の下で、多くの人々が飢えていたのだ。
次の記述は拙著から引用で、バナナの積み出し港のスケッチだ。
貨物船が一艘沖合に停泊し、突堤は海中に長々と延びている。海岸づたいに砂浜を歩いて港までたどり着くと、ぼくは突堤の上に立った。荒波が突堤の脚に打ち寄せては砕ける。風に乗って海鳥たちが舞っている。おびただしいカリブ海の陽光にもかかわらず、足下の海が真っ黒に濁って見えた。波が鋭利なナイフのように光る。中米のどこかの国で民衆の蜂起が発生すれば、ただちに海の彼方からアメリカ海兵隊の軍艦が近づいてきてこの浜に兵士が上陸し、すでに基地に駐留している部隊と合同作戦を展開するに違いない。
塩の香を孕んだ風が髪の毛をかきあげた。ぼくは突堤の先端まで真っすぐに延びている貨物の線路を、ぼんやりと眺める。線路は午後の光を反射して、鈍く光っている。安い賃金で収穫された作物や工場で加工された製品が、コンテナでこの突堤まで運ばれ、海外行きの船に積み込まれて行く。先進国の繁栄と第三世界の悲劇が共存している。
こうした矛盾に満ちた構図が中米全体に広がっていた。革命前のニカラグアにいたっては、米国の傀儡、独裁者ソモサ一族が全農地の半分以上を独占していたのである。1950年代にグアテマラで始まった農地改革では、UFC(ユナイティド・フルーツ・カンパニー)の土地に手をつけたとたんに、CIA主導の軍事クーデターが勃発し、軍事政権が敷かれた。
米国の果実会社が中米の経済も政治も文化も牛耳っていたのである。逆説的にいえば、こうした理不尽な社会構造が1980年代の中米紛争の引き金になったのだ。
筆者は、ホンジュラスの社会格差と貧困は、1990年代よりもさらに開いているのではないかと懸念する。歪んだかたちのグローバリゼーションが移民のキャラバンを生んでいる可能性が高い。歴史が逆戻りしたような戸惑いを感じている。
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