1. 江上武幸弁護士が、「押し紙」裁判についていの報告書を公開

「押し紙」の実態に関連する記事

2023年05月31日 (水曜日)

江上武幸弁護士が、「押し紙」裁判についていの報告書を公開

江上武幸弁護士が、最近の「押し紙」裁判や裁判所の動向に関する報告報告書を公表した。全文は以下の通りである。PDFでもダウンロード可能。

※なお、5月17日に判決言い渡しがあった読売新聞社西部本社に対する「押し紙」裁判の判決は、メディア黒書でも近々に解説する予定だ。    ■報告書の全文(PDF)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

読売新聞押し紙福岡地裁判決と控訴のご報告
令和5年(2023)5月
弁 護 士 江 上 武 幸

 

報告が遅くなり、ご迷惑をおかけしました。

去る5月17日(火)午後1時10分、福岡地裁は、長崎県佐世保市の元読売新聞店経営者を原告、読売新聞西部本社を被告とする、1億5487万円の損害賠償を求める押し紙訴訟について、原告の請求を棄却する全面敗訴判決を言い渡しました。これを不服とする福岡高裁への控訴は、5月27日に受理されましたのでご報告します。なお、読売新聞大阪本社を被告とする大阪地裁判決に対する大阪高裁への控訴も、既報のとおり受理されております。

近時、読売新聞に限らず、日経・産経等の中央紙の押し紙裁判でも、下記のとおり、販売店の敗訴判決が相次いでいます。

・2020年(令和2年)12月1日  東京地裁 産経新聞 請求額2600万
・2022年(令和4年)4月22日  京都地裁 日経新聞 請求額4700万
・2022年(令和4年)10月21日 東京地裁 読売新聞 請求額1億9355万
・2023年(令和5年)4月14日  大阪高裁 日経新聞 京都地裁控訴審
・2023年(令和5年)4月18日  東京高裁 読売新聞 東京地裁控訴審
・2023年(令和5年)4月20日  大阪地裁 読売新聞 請求額1億2370万
・2023年(令和5年)5月17日  福岡地裁 読売新聞 請求額1億5487万

皆さんは、販売店の損害賠償請求金額の大きさに驚かれたことと思います(なお、消滅時効の関係がありますので、請求額は全経営期間中の一部の損害にすぎません。)。

黒薮哲哉さん(MEDIA・KOKUSYO主宰者)は、鹿砦社発行の近著「新聞と公権力の暗部 押し紙問題とメディアコントロール」で、旧統一教会の過去35年間におよぶ霊感商法被害額1237億(全国霊感商法対策弁護士連絡会による)と対比すると、過去35年間の押し紙の被害額は32兆6200億に及ぶとの推計結果を示し、押し紙により販売店が被った被害額がいかに膨大であるかを明らかにしました。上記裁判事件の一店舗あたりの損害賠償請求金額を見れば、黒薮さんの推計被害金額が決して大げさなものでないことがおわかりいただけると思います。

押し紙の仕入れ代金を支払うために多額の負債を抱えて破産・倒産におい込まれ、家族ともども路頭に迷い、果ては自殺に追い込まれた販売店経営者がいることも週刊誌等で報道されてきました。

私が知る限り、熊本日々新聞社や新潟日報社等の地方の一部の良心的な新聞社を除くと、他の多くの新聞社は、系列の販売店に仕入れ部数を自由に決める権利(「自由増減の権利」と呼ばれています。)を認めておらず、販売店は新聞社の指示通りの部数を仕入れざるを得ない状況に置かれています。「赤信号みんなで渡れば怖くない」というギャグがありますが、「他社はみんな押し紙をしているのに自分もやって何が悪い」と完全に開き直っているとしか思えません。

押し紙裁判に立ち上がる販売店主は、自己の損害回復を目指すだけでなく、押し紙をいつまでも放置している新聞業界に憤りを覚え、これ以上、不正が続くのを黙って見過ごすことは許されないという正義感に突き動かされて裁判に立ち上がっています。

読売・朝日・毎日・日経新聞は、インド・中国といった人口10億越えの国の新聞社を押さえ、発行部数上位10社以内に常連の地位を占める一方で、報道の自由度は世界180ヶ国中68位、G7の中では最下位という先進国の新聞社と思えないような醜態をさらしています。

旧世界統一教会と自民党の癒着やジャニーズ事務所の少年に対する性交強要罪などに沈黙してきた新聞・テレビ等のマスコミの劣化を、記者や番組編集者らの個人責任に帰するのは間違いであり、「押し紙」問題にもっと目をむけるべきであるとの黒薮さんの指摘はその通りだと思います。

押し紙を抱えているかぎり、新聞社と系列のテレビ局は政治権力と大企業の不正に真っ向から立ち向かうことはできません。組織に属する個人の力ではどうすることも出来ないことは容易に推測できます。

私は押し紙問題にかかわるようになってから、ある事件をしきりに思い出すようになりました。

弁護士になりたての頃のことです。九州の炭鉱町に甲子園出場校として名の知れた有名私立高校がありました。地元の政・経済界にも大勢の卒業生を輩出している歴史ある学校でした。創立者一族の何代目かの理事長が、監督の頭越しに観客席から選手にサインを送るといったことに象徴される常軌を逸した学校私物化を行うようになり、それに我慢できなくなった若い先生たちが、学校運営を正常化するために組合を立ち上げました。それに立腹した理事長が組合の先生方を容赦なく解雇し教壇にたてなくしたため、解雇された先生を支援するために生徒や父兄も立ち上がるという騒然とした状況が生まれました。

解雇無効の裁判を担当することになった私は、昼休みに職員室を訪ね、ベテランの先生方に学校正常化のために組合の若い先生方と一緒に立ち上がられませんかと協力を呼びかけました。

ところが、私の呼びかけに対し誰一人として反応せず、机でもくもくと弁当を食べ続けるという異様な雰囲気が生じました。裁判所は解雇された先生方の地位保全の決定を出しましたが、理事長はあくまでも教壇に復帰させない方針であり、そのため、先生方は他校に採用され学校を去っていきました。

ほどなくして、歴史あるその名門私立高校が廃校になったとのニュースが伝わりました。私は、そのニュースを聞き、うつむいたまま黙々と弁当を食べ続けていた先生達の姿を思い出しました。あのとき、先生達が一致結束して学校運営の正常化に立ち上がっていたら、廃校という最悪の事態は避けられたかもしれません。あの先生たちも、それぞれの家族と生活があり、定年まで高校で働くつもりだったはずです。それが、たった一人のワンマン理事長のために、学校がなくなり仕事場が失われ、卒業生の母校もなくなってしまいました。

私は、高学歴のエリートとして社会のリーダーたる役割を期待された新聞記者の人達が、新聞労連という立派な労働組合を持ちながら、押し紙で経営に苦しんでいる販売店の人達を横目に見ながら、何故、何もしなかったのかという疑問を抱くたびに、職員室で黙り込んでいた先生達を思い出します。

新聞購読部数の急激な減少はとどまるところを知らず、宅配制度に支えられているわが国の新聞社の販売網はいずれ崩壊し、新聞社本体の経営もこのままでは早晩行きづまることは衆目の一致するところです。

「今だけ、金だけ、自分だけ」という風潮や底なしのモラル崩壊が起り、ジャーナリズム本来の役割である政治権力や大企業の不正の追及がままならなくなったのは、押し紙問題を新聞社が抱え続けてきたのが最大の原因だと思います。黒藪さんの指摘は、まさに核心をついています。

大手新聞社ですら新規採用者を控え、大規模な希望退職者を募っているというニュースを聞くたびに、自己の保身を優先させ押し紙をやめさせる努力をしてこなかった記者達と、高校の職員室で黙ったままだった先生達の姿がダブって見えて仕方がありません。

話は代わりますが、インターネットで「押し紙・新聞販売店」等の用語を検索すると、大量の余った新聞が古紙回収業者のトラックに梱包のまま放り投げられている場面や、販売店主が新聞社の正面玄関に余った新聞を置いてかえる場面など押し紙の現場を撮影した動画があふれています。新聞販売店経営者だけでなく、新聞社内部の人達からも押し紙の実態報告がなされています。押し紙問題を扱ったユーチューブの報道番組もたくさんみられます。

裁判官も、ネット上のこれらの動画や番組は当然目にしているはすです。
それにもかかわらず、裁判所は何故新聞社に押し紙を止めさせようとしないのか、不思議に思われるのではないでしょうか。

押し紙はネットの社会の隅々まで普及した現在では、もはやタブーでもなんでもありません。とうに、社会的に周知の事実となっております。それにもかかわらず、何故、新聞社は裁判で負けないのか、販売店は勝てないのかという疑問が湧きます。

私は、新聞・テレビのジャーナリズム精神の崩壊より、司法の独立の問題、裁判官の独立の問題の方が、日本の民主主義にとってより深刻な問題だと考えています。

黒薮さんの最新刊「新聞と公権力の暗部」でも一部触れられてはいますが、「裁判官・司法の独立と押し紙裁判」については、より具体的な調査報道がなされることが期待されます。幸い、日本統治時代のアメリカの秘密文書の公文書解禁をきっかけに、日本評論社刊行の書籍等で、戦後日本の司法の独立を疑わせる数々の出来事や、米軍や政権中枢と密着した司法官僚の暗躍の背景の検証が為されるようになりました。最近では、亡団藤重光最高最判事が残したノートに、大阪空港の夜間飛行指し止めの問題で、最高裁判所長官みずから政権に忖度し裁判官の独立を軽視していた実情が記載されており、NHK番組でも取り上げられています。

日本の現状を憂う人達が、それぞれの持ち場でやれることをやっていくことでしか、社会はよくならないことがわかるエピソードです。

私たちも、「社会正義の実現と人権擁護」の旗印を掲げて、販売店の方達の権利・利益の保護を求めて訴訟活動を続けていく所存ですので、引き続き物心両面のご支援をよろしくお願いします。

以上、福岡地裁敗訴判決と控訴の報告と致します。

※ 追記
大阪地裁が読売新聞大阪本社の独禁法違反の押し紙を認定したニュースは、日本国内では弁護士ドットコム等のメディア情報以外には、新聞・テレビ等のマスコミで報道されることはありません。しかし、海外で報道される情勢が生まれてきています。ネット上では国境はありませんので、一旦、ネット配信されると、そのニュースはまたたくまに世界中に拡散することになります。

 日本の新聞社の発行部数が購読部数と大きくかけ離れていることが海外に知れ渡れば、ギネスの登録の取り消しも視野にはいってきます。

外圧を待たないと押し紙が解消しないというのは実に情けない話しですが、それが日本の現実だと達観するほかないようです。