1. 【連載】「押し紙」問題⑨、残紙が強引な新聞拡販の引き金に

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2021年05月11日 (火曜日)

【連載】「押し紙」問題⑨、残紙が強引な新聞拡販の引き金に

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新聞のビジネスモデルの構図は、原則として、残紙で生じた損害を折込手数料や補助金などで相殺するものである。残紙部数に相応する折込手数料が、新聞社に「上納」される仕組みになっている。

しかし、残紙には別の側面もある。それは残紙が新聞拡販活動の「起爆剤」となってきた事実である。販売店は残紙の負担を少しでも、減らすために拡販活動に奔走する。残紙の性質が「積み紙」であろうが、「押し紙」であろうが、少しでも残紙を減らしたいというのが販売店の希望である。と、いうのも、「押し紙」は販売店の経営を圧迫し、たとえ「積み紙」であっても、それが発覚すると訴訟を起こされるリスクがあるからだ。

新聞社も対外的には、「積み紙」をしないように「指導」している。それは言葉を替えると、「残紙は、拡販活動ですべて実配部数に変えなさい」というメッセージでもあるのだ。また、「積み紙」の禁止が、新聞社の戦略に転嫁することもある。

過去に発生した販売店の強制改廃事件では、「積み紙」が改廃の口実になったケースも少なくない。「積み紙」によって新聞社の信用を毀損したから、改廃は当然だという論理と主張である。実際には、新聞社が勝手に過剰な部数の新聞を搬入していても、新聞社は販売店を改廃する際には、「積み紙」を口実にすることが少なくない。

大阪府でむかしこんな事件があった。

◆◆
ある早朝に新聞社の担当員が、かねてから相性が悪かった販売主を店舗に訪ねた。新聞配達員が、配達に出た後の時間帯だったので、店舗に人影はなかった。そこで担当員は、2階の事務所に通じる階段を見上げて、声をかけた。すぐに老店主が姿を現して、階段を下りてきた。

担当員は、いきなり店舗に積み上げられている残紙を指さして、

「これ、なんや?」

 と、言ったという。

「あんた、紙を積んでたんか?」

自分の息子のような若者から叱られて、店主は面食らったらしい。

その後、この店主は、「積み紙」を理由に店主を解任されたのである。

販売店は、ほとんど例外なく残紙の存在が新聞社に知れることを恐れている。それゆえに、高い景品をばらまいて、新聞拡販活動に奔走せざるを得ないのだ。いわば残紙が新聞拡販の「起爆剤」として作用しているのである。

新聞拡販が、戸別配達制度と連動して、日本の新聞社を世界に類のない巨大なメディア企業に成長させたのである。

世界新聞協会が公表している2016年度の「世界の新聞発行ランキング」によると、ランキングの第1位と第2位を日本の読売新聞と朝日新聞が占めている。しかも、この2紙は、3位以下の新聞社の発行部数を大きく引き離している。さらに6位に毎日新聞が、10位に日経新聞が入っている。残紙があることを差し引いても桁外れに部数が多い。

このように巨大部数を背景に、日本では新聞の論調が世論を形成する状況が延々と続いてきたのである。それはある意味では、危険な構図だ。公権力が新聞社経営に介入すれば、新聞の影響力を利用して、世論誘導に悪用することができるからだ。

実は、部数至上主義(販売第一主義ともいう)が日本の新聞ジャーナリズムを堕落させた諸悪の根元なのである。

 

◆景品を付けなければ売れない日本の新聞のレベル

わたしが新聞ジャーナリズムに対して違和感を持った引き金は、新聞の購読勧誘だった。およそ30年前のことである。海外から日本に帰国して、東京都板橋区のアパートに入居したその日に、新聞の拡張員がやってきた。玄関のチャイムが鳴り続けるので、戸を開けるとジャンバーを着た血色の悪い男が立っていた。

男は、新聞の購読契約を結んでほしいというのだった。景品として洗剤を提供するという。わたしは断った。

しかし、セールス員は引き下がろうとしない。そして、とうとう凄みをきかせた声で、こんなことを言った。

「今、新聞の購読契約を結ぶと〇〇組に煩わされなくてすむぞ。このあたりは○○組のエリアだからな」

暴力団員を装っているのである。それでも紙面の内容がダメだと言って断ると男は、玄関に踏み込もうとした。わたしは、「警察に電話する」と言って電話の受話器を取り上げた。ぎょっとしたように足を止めると、

「また来るからな」

と、捨てぜりふを吐いて帰っていった。

それから1時間ほどして、今度は別の新聞の勧誘員がやってきた。初老の男性で、威圧感はなかった。男性は、いきなり洗剤4箱をわたしの手もとに押し付けてきた。わたしは身を引いた。新聞は必要ないと断ると、

「洗剤だけでいいから貰ってください」

と、言う。わたしは、お礼を言って受け取った。しかし、勧誘員は帰ろうとしない。結局、わたしが洗剤を返して帰ってもらった。

その後も、繰り返し新聞の購読勧誘に悩まされた。後に知ったことだが、強引な新聞拡販をやっていたのは、新聞セールス団と呼ばれる組織に属したメンバーだったようだ。

わたしは、新聞社に電話して、今後はわが家には勧誘に来ないように申し入れた。これに対して新聞社は、「新聞社は販売店の取引先なので、販売店の業務とは関係がない」という趣旨のことを言った。苦情の対応マニュアルがあるらしく、どの新聞社も、「取引先の販売店」の業務には関知しないという姿勢だった。

これら一連のやりとりを通じて、わたしは日本の新聞ジャーナリズムについて考えるようになったのである。わたしは高校時代も、それから後も自宅を離れて、寄宿舎などで生活していたので、新聞の購読勧誘を受けたことは一度もなかった。それゆえに高価な景品を提供して新聞を販売するという発想の背景にあるジャーナリズムの軽視にびっくりした。新聞記者は、自分たちが制作する新聞が不正常な方法で販売されている事実をどう考えているのか、好奇心を抱くようになった。
今にして思えば、残紙があるから、新聞拡販が強引になっていたのである。

◆国民生活センターに寄せられた新聞拡販の苦情

近年は、かつてのような不特定多数の住民に対して強引な新聞拡販を行うことはなくなったが、その代わり高齢者がターゲットになっているようだ。たとえば独立行政法人・国民生活センターは2013年8月22日付けで新聞の訪問販売に関する相談について報告書を公表し、その中で「この10年間、毎年1万件前後の消費者苦情がよせられている」と指摘している。トラブルの傾向については次のように述べている。

契約者の平均年齢は年々高くなっており、中でも、高齢の契約者については、長期間の契約に関わる苦情が多数よせられている。契約者が購読期間中に入院などの理由で新聞の解約を申し出たところ、中途解約を認めず、高額な解約料や景品代を請求するなど、高齢者の長期契約に関わるトラブルが問題化している。

具体的な事例としては、次の例が公表されている。

事例1:12年先までの契約をさせ、解約を希望すると高額な景品代を請求された

事例2:老人ホーム入居のため、9年間の契約の解約を申し出ると、景品を買って返せと言われた

事例3:「いつでも解約できる」と言われ契約し、解約を申し出ると解約料を請求された

事例4:購読期間1カ月のつもりで契約したが、購読契約書には3年と書かれていた

事例5:新聞の勧誘と告げずに「引っ越しのあいさつ」と訪問し、強引に勧誘され契約してしまった

事例6:アンケート用紙だと言われてサインしたが、実は新聞の購読契約書だった

販売店員や新聞セールス団員は、刑事事件になり得る手口の勧誘を繰り返してきたのである。もちろん新聞拡販の実態を新聞が報じることはほとんどない。
後述するように、ここ数年は、やはり高齢者をターゲットにして、高額な景品を提供して長期の新聞購読契約を取り付ける傾向が現れている。

◆定数制度と新聞拡販

新聞拡販活動が過熱する背景には、繰り返しになるが残紙の存在がある。新聞社にとって、残紙は販売収入を増やすための手段であるだけではなく、販売店に拡販活動を促す「鞭」としても機能している。
新聞社の多くは、販売店に対して年間の新聞拡販の目標部数を指定する。そして一方的に販売店へその目標部数を搬入する。ノルマが達成できなければ、未達成の部数は残紙として蓄積していく。

目標部数を新聞社が決定して、その部数を搬入していた典型的な例を2件紹介しよう。
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