2018年09月27日 (木曜日)
『新潮45』の休刊問題、圧力でメディアをつぶす誤り、言論統制への布石
新潮社は25日、『新潮45』の休刊を発表した。実質的には廃刊との見方も出ている。LGBTに関する差別的表現で、激しいバッシングを受けたことが背景にある。
この事件は、2つの側面を孕んでいる。杉田水脈氏が執筆した記事そのものをどう評価するのかという問題と、バッシングによって休刊に追い込まれたことをどう考えるのかという点である。
まず、杉田氏の記事についてだが、明らかに偏見に満ちたもので、筆者には到底受け入れがたい。つまらない記事だと思う。
一方、バッシングによって『新潮45』が休刊に追い込まれたことは、憂慮すべき事態だというのが筆者の受けとめ方だ。一部のネットウジは、鬼の首を取ったように喜んでいるが、圧力でメディアを消滅させる行為は、最終的にはブーメランのように自分に跳ね返ってくる。言論統制への道を開きかねない。
◇言論抑圧事件の多発
このところ言論に関係した事件が多発している。メディア黒書で既報したように、6月には、アニメ化が決まっていたライトノベル『二度目の人生を異世界で』の原作者が、中国や韓国に対する差別的な発言をしたとして、出版元のホビージャパンが、これまでに刊行した計18巻を出荷停止にすることを決めた。背景には、やはり版元に対する圧力があったようだ。■出典
さらに東京の新宿区は、デモを規制するために公園の使用基準を見直した。デモの出発地に使える区立公園をたった1カ所に限定してしまったのだ。従来は、4箇所だった。ヘイトデモ対策というのがその口実である。吉住区長は、東京新聞の取材に対して次のように答えている。
■「新宿区デモ規制「やむを得ない措置」 吉住区長に聞く」(東京新聞・8月14日)
◇市民運動の「オウンゴール」
こんなふうに言論の規制は、市民運動の誤った方針によって進んでいる。サッカーでいる「オウンゴール」が続いている。
公権力が、特定秘密保護法や共謀罪(法)を行使するまでもなく、言論の自由はどんどん狭まっている。
『新潮45』の休刊問題も、このような脈絡の中で考えるべきだろう。