1. 「その言葉、単価でXX万円」、名誉毀損裁判と言論・人権を考える(2)、高額請求と想像力の問題

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2015年03月23日 (月曜日)

「その言葉、単価でXX万円」、名誉毀損裁判と言論・人権を考える(2)、高額請求と想像力の問題

山崎貴子さん[仮名]が小川紅子・五郎夫婦[仮名]を名誉毀損で訴えた裁判の実態を検証するルポ、連載の第2回目である。裁判の概要は、連載原稿の(1)に記したとおりであるが、ひとことで言えば、小川夫婦のブログに対して、山崎さんが総計で約3200万円を請求し、さらに請求額を増やすことを訴状で公言したことである。

この裁判の取材を通じて、わたしは幾つかの留意すべき事実に遭遇した。もっとも留意点として位置づけた背景には、わたしがあるべき姿と考えている裁判の形があるが、法曹界の人々にとっては、留意に値しない可能性もある。が、少なくともごく普通の「市民」の視線には、この裁判は尋常ではない裁判と映るのではないか?

◇金銭請求の方法

まず、第1に感じた異常は、名誉毀損に対する損害賠償額の請求方法である。
連載(1)で手短にふれたように、この裁判では、原告が問題とする表現を、「名誉毀損」、「名誉感情侵害」、「プライバシー権侵害」、それに「肖像権侵害」に分類した上で、それぞれに単価を付け、その総数を基に損害賠償額を計算していることである。こんな請求方法はこれまで見たことがなかった。詳細は次の通りである。

【単価】
① 「名誉毀損」:10万円
② 「名誉感情侵害」:5万円
③ 「プライバシー権侵害」:5万円
④ 「肖像権侵害」:5万円

【指摘件数】
総計:417件

通常は、一括して500万円を請求したり、1000万円を請求してくるが、この裁判では、「単価×件数」で損害賠償額を割り出していたのである。

原告は、上記の額に加えて、請求を追加すると訴状で述べている。

◇3200万円の「お金」の意味

ちなみに3200万円という請求額も、普通の「市民」感覚からすれば尋常ではない。辣腕弁護士であれば、半年で稼ぐことも可能な金額かも知れないが、大半の勤労者の5年から7年分ぐらいの給料に相当する。実際にこの金額を貯蓄するためには、少なくとも15年ぐらいは要する。

他の名誉毀損裁判では、5000万円、あるいは1億円といった大金を請求したケースもある。これは名誉毀損的表現を犯した場合、殺人犯なみに、生涯をかけて賠償することを求めているに等しい。普通の金銭感覚を欠いた措置と感じる。
仮に私人宅に見知らぬ人々がいきなり押しかけてきて、

「ブログで誹謗・中傷されたから3200万円を払え。後からさらに追加請求する」

と、言えば、警察沙汰になるだろう。

ところが裁判という形式を取れば、3200万円の請求もまったっく合法的行為になってしまうのだ。

人間には、感情が宿っている。かりにそれが想像できなくなっている「知識人」が増えているとすれば、その背景に社会病理が横たわっているのではないか。

◇原告の陳述書には完全な閲覧制限

この裁判の3つ目の留意点は、原告・山崎さんの陳述書に閲覧制限がかかっている事実である。

裁判の公開原則から、訴訟記録は、だれでも裁判所で閲覧できる。第3者は原則として複写はできないが、閲覧はできる。

そこでわたしも東京地裁へ足を運び、この裁判の資料を閲覧しようとした。多量の書面があったが、その中でわたしが特に読みたかったのは、山崎さんの陳述書だった。ところが驚いたことに、山崎さんの陳述書に閲覧制限がかかっていたのである。

閲覧制限を申し立てたのは、弘中絵里弁護士らである。裁判所がそれを認めてしまったので、第3者であるわたしは閲覧ができなかった。

裁判を起こした原告本人の陳述書は、真実を見極めるために極めて重要だ。とりわけ請求額が3200万円にもなっているわけだから、提訴の正当性を検証する上でも、開示は必要不可欠だ。

ところがその陳述書に、裁判の当事者を除いて、誰も読むことができないような処置が施されているのである。つまり第3者の目で、陳述書の内容が真実かどうかがまったく検証できないようにされているのだ。そのために、たとえば山崎さんと面識がある人が、陳述書を読んで、内容の真実かどうかを検証する作業ができない。

おそらく陳述書にプライバシーにかかわることが記されているために、閲覧制限がかかったのだと思うが、たとえそうであっても秘密記載部分のみを特定して閲覧制限を申し立てればすむことだ。高額訴訟は提起したが、自分の陳述書を開示しないというのは、どう考えてもおかしい。

法廷に立たされた側-つまり被告にされた側の陳述書に対して、閲覧制限をかけるなどの配慮をするのであれば、まだ理解できるが、尋常ではない額のお金を要求している側の陳述書に完全な閲覧制限をかけることを、裁判所が認めているのである。

リーガルハラスメントに関しては、既に述べたように、妻の紅子さんが体調を崩して入院したのを受け、被告側が裁判期日の変更を申し立てたにもかかわらず結審してしまったことなどである。

また、原告が名誉毀損として指摘した表現などが400箇所を超えているのに、早々に結審したのも、普通の感覚からすればおかしい。検証には相当時間をかけて、金銭による賠償が妥当かどうかを判断すべきである。

繰り返しになるが、この裁判では、裁判の進行に多くの問題があるのだ。