1. マッカーサーと最高裁長官の談合で決めた砂川事件・最高裁判決 瀬木比呂志著『絶望の裁判所』?

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2014年04月09日 (水曜日)

マッカーサーと最高裁長官の談合で決めた砂川事件・最高裁判決 瀬木比呂志著『絶望の裁判所』?

最高裁事務総局に在職した体験をもつ瀬木比呂志氏の著書、『絶望の裁判所』(講談社現代新書)は、最高裁の実態を冷静な筆づかいて内部告発している。

裁判の原告、あるいは被告になったことがある人であれば、権力を持つものにより親和的な判決を下す傾向がある裁判所の実態を肌で感じたことがあるのではないだろうか。「公正」とか、「正義」といった言葉とは程遠い。

しかし、不公平感の具体像はなにか?『絶望の裁判所』の中で瀬木氏は、判決の内容が方向づけられる不正なプロセスを暴露している。最高裁が民主主義の理念に著しく反し、この国のあり方を国策に照合しながら、「談合」や「密談」で決めてきた恐るべき実態を批判している。

具体例を3件、紹介しよう。まず、最初は次の記述である。

 その後、(私は)東京地裁の保全部というセクションに1年間所属した。  ここでも一つおかしなことがあった。国が債権者(申立人)となる仮の地位を定める仮処分命令事件について、国(法務省)が、事前に、秘密裏に、裁判所に対して、その可否、可能であるとすればどのような申立てを行えばよいのかを事実上問い合わせ、未だ仮処分の申立すらない時点で、かなりの数の裁判官たちがそれについて知恵を絞ったのである。

こうした行為は、入試のカンニングと同じである。「出題者」に事前に答えを教えてもらうのであるから、法務省と最高裁が結託して不正を働いたことになる。

もうひつと類似した例をあげよう。

重要なことなのでほかの例も挙げておくと、ずっと後のことであるが、東京地裁の多数の部で審理が行われている同種憲法訴訟について、同様に事前談合に類した行為が行われたことがある。裁判長の定例会議におけるある女性裁判長の提案により、裁判長たちが秘密裏に断続的な会合をもち、却下ないし棄却を暗黙の前提として審理の進め方等について相談を行ったのである。(略)  こうした不正は、裁判の基本的な公正を害する行為なのだが、おそらく、日本の司法においては、さまざまな場所にさまざまな形で存在するのではないかと思われる。

◇米国との密約で決めた砂川事件判決

さらに安倍内閣が持ち出している集団的自衛権の憲法解釈問題を機に浮上している砂川事件の最高裁判決の内容が、米国との密会で決められたことを『絶望の裁判所』は暴露している。

砂川事件とは、1957年に東京都砂川町(現立川市)の米軍基地拡張に反対するデモ隊が基地内に入り、7人が逮捕された事件である。『沖縄タイムス』(電子版)の解説によると、「東京地裁は駐留米軍は『戦力の保持』に当たり、憲法9条に違反するとして無罪を言い渡した(伊達判決)」。

この事件の裁判は、不思議なことに高裁をスキップして、地裁から直接最高裁へ送られた。最高裁は一審判決を破棄した。裁判決は、「『わが国が存立を全うするために必要な自衛措置を取り得ることは国家固有の権能の行使として当然』と述べた」。(『沖縄タイムス』)

この判例を根拠に安倍内閣は、現行憲法(9条)の下でも、集団的自衛権は限定的に容認できるとする論理を持ち出している。しかし、「砂川事件は駐留米軍の違憲性が争われたもので、集団的自衛権を問題にしていたわけではない」。(『沖縄タイムス』)

かりに集団的自衛権を部分的に容認したものであるとしても、『絶望の裁判所』によると、判決内容を決めるプロセスで不正が行われた。当時の最高裁長官・田中耕太郎氏とレンハート駐日米公使、さらにはマッカーサーが密約会談で判決内容を決めたという。この問題にふれた次の記述を引用しておこう。

 二〇一三年に広く報道されたところ(四月九日付朝日新聞等)によれば、田中耕太郎第二代最高裁長官が、米軍基地拡張反対運動のデモ隊が境界柵を壊し数メートル基地内に立ち入ったとして起訴されたいわゆる砂川事件の一審無罪判決(一九五九年[昭和三四年]三月三〇日東京地裁判決)に対する最高裁への跳躍上告事件(同年一二月一六日最高裁大法廷判決。破棄差戻し、全員一致。なお、この跳躍上告は、後記マッカーサー大使の示唆に基づくものといわれている)に関し、同年七月に、共通の友人宅で面談したレンハート駐日米公使に対し、「判決はおそらく一二月であろう。〔最高裁の審議では〕実質的な全員一致を生み出し、世論を揺さぶる元となる少数意見を回避するようなやり方で〔評議が〕運ばれることを願っている」と伝えていたという。

また、田中長官は、判決に先立ってマッカーサー駐日米大使ともやはり非公式の会談を行い、判決の見通しを示唆していたという。いずれも機密指定を解かれた米公文書により判明した事実である。

これらは、最高裁大法廷判決の内容と見通しに関する、かなりの程度に明確な事前のリーク、それも政治的な意図に基づくところの、外国高官に対するリークである。

「元東大法学部長」で「商法、法哲学の学者」であった人間が、最高裁長官になると、こういうことをやっているのだ。この学者にとって、「法哲学」とは、「学問」とは、一体何だったのだろうか?しかし、これが、日本の司法の現実、実像なのである。