1. 【書評】『生保レディのリアル』、 職場での巧みな洗脳の実態

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2020年04月12日 (日曜日)

【書評】『生保レディのリアル』、 職場での巧みな洗脳の実態

職場を舞台としたノンフィクションは多い。広く知られている書籍としては、タクシードライバーの日常を描いた『タクシー狂躁曲』(梁石日、ちくま文庫)やトヨタの労働現場を潜入取材で告発した『自動車絶望工場 』(鎌田慧、講談社文庫)などがある。わたし自身もメキシコのホンダ技研の労働実態を取材して『バイクに乗ったコロンブス』(現代企画室)を書いた体験がある。

『生保レディのリアル』は、女性の生命保険外交員の日々を内部から鮮明に記録したルポルタージュである。具体的な事実を通じて、そこで進行している洗脳による「会社人間」養成と搾取の実態が読み取れる。

契約を取る職種という点では、新聞拡張団と労働形態がよく似ている。生保レディたちは保険会社の正社員のように見えるが、必ずしもそうではなく、その大半は個人事業主である。典型的な成果主義の世界で生きている。当然、卓越した営業成績を残して高収入を得るひとも一握りはいるが、大半は使い捨てられる。

個人事業主であるから営業経費も生保レディが自腹を切る。「販売グッズのみならず、交通費、仕事で使う名刺やスタンプ、文具に至るまですべて自前」なのである。所属会社が企画する客集イベントに参加する際も、生保レディは参加費を自分で負担する。

さらに論理が不明瞭な理由付けにより報酬が抑制される。「入社丸2年を経過すると、2か月以上連続で契約ゼロを打つと基本給の支給がなくなり、新たに外部委嘱としての委任契約に移行する」。現在ではさすがになくなったが、かつてはノルマを達成するために自分が提案している保険に、自分が加入する行為も横行していたという。

「コンプライアンスチェック」という名目で、営業用の車や机を抜き打ち検査して、営業に不適切な所持品はないかを調べるなど、プライバシーの侵害も公然と行われている。

本書に記録された事実を客観的に見ると、職場がブラック企業化している。

それにもかかわらず作者自身は、「大変なことも多いけれども、いいこともたくさんある仕事だ」と感じたという。内部にいると決して居心地は悪くないと感じるのだ。

これが搾取を可能にしてきた「心の教育」によるトリックなのだろう。その中身を具体的に検証してみると、旧来の日本企業と全くかわらない社員教育が横行している。

たとえば延々と続く朝礼である。9時15分に始まった朝礼が11時まで続くこともあるという。この間、「パソコンを見てもいけないし、何か作業もしてはならない」。毎日のように「稼がせてもらっているのだから会社に感謝しなさい」と言われる。

高度成長の時代に、日本企業は徹底して社員の忠誠心を育んだ。その後、日本企業の形態が徐々に変化して、新自由主義の下で成果主義の導入と非正規社員の増加が特徴となった。しかし、人間が人間を搾取するための「心の教育」は旧来のままである。「飴とムチ」を上手に駆使して利益を上げる制度だけは何も変わっていない。

本書から生保会社の狡い側面が見えてくる。

 

タイトル:生保レディのリアル--私の「生命保険募集人」体験記
著者:時田優子
版元:共栄書房