1. 【書評】『カウンターと暴力の病理』 ヘイトスピーチに反対するグループ内での内ゲバ事件とそれを隠蔽する知識人たち

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2018年02月27日 (火曜日)

【書評】『カウンターと暴力の病理』 ヘイトスピーチに反対するグループ内での内ゲバ事件とそれを隠蔽する知識人たち

本書は、在日の人々に対するヘイトスピーチなどに反対するグループ内で起きた大学院生リンチ事件を柱にすえたものである。しかし、事件の真相に迫るだけではなく、なぜかこの事件を隠蔽しようとする「知識人」やジャーナリストの事態もえぐり出している。筆者自身は、これらの人々を直接取材したわけではないので、名前の公表は現段階ではひかえるが、著名な人々の顔がずらりと並んでいる。

普段からえらそうな発言をしている人々が、差別の問題になるとたちまち無力になる現実を前に、日本のジャーナリズムとは何かという根本的な問題を突き付けられる。

事件が発生したのは2014年の暮れである。「カウンター」、あるいは「しばき隊」と称するグループのメンバーが、大学院生のBさんに暴言と暴力で襲いかかり、ひん死の重症を負わせたのだ。原因は金銭をめぐる組織内の問題だった。

これについては双方を取材してみる必要があるが、暴力による決着はゆるされるものではない。事実、暴行に加わった者は、刑事罰を課せられた。Bさんは現在、傷害に対する損害を請求する民事訴訟を起こしている。


本書には、「しばき隊」や「男組」といった前近代的なグループ名が出てくる。これらの言葉を聞いたとき、筆者は嫌悪感に駆られた。こうしたグループ名を自称する人々の持つ言葉に対する感性を疑ったのだ。そしてこんな古くさい感覚では、リンチ事件を起こしても不思議はないとまで思った。

本書には、リンチの場面の音声を録音したCDが付いている。その声から伝わってきたのは、社会運動家のイメージではなく、ヤクザのイメージだった。Bさんに、からみつくようなねばっこい説教が延々と続いているのである。

ちなみに現場に同席した1人は、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)と桜井誠・前会長に対して損害賠償を求めた裁判の原告である。

【参考記事】ヘイトスピーチで在特会の敗訴確定 最高裁、上告退ける

◇「ネトウヨとヘサヨをネタ、養分にして『カネ』に換えてやった」

本書は、こうした暴力的なグループと関わっていた人物のメールなども入手して紹介している。それを読む限り、実は社会運動家とはほど遠いことが分かる。たとえば次のインターネット上の書き込みである。

きょうもネトウヨとヘサヨをネタ、養分にして『カネ』に換えてやった。(笑)これを軍資金にして国会前へ行くか(笑)。んなもん、こっちはタダで相手をしてるんとちゃいますせ(笑)

 ※ヘサヨ:ヘイトスピーチに反対する左翼

文中の「国会前」とは、反原発などを訴えるために定期的に国会前で開かれていた集会を意味する。

◇差別と八鹿高校事件

実は、本書はこの事件を扱った4冊目の本である。鹿砦社の取材班は、これまで実にさまざまな人を取材している。しかし、前田朗氏や野田正彰氏などほんの一部の識者を除いて、協力的な姿勢を示さない。それどころかむしろ隠蔽しようとする傾向さえみられる。

筆者はこの事件を知ったとき、1974年に部落解放同盟によって起こされた八鹿高校事件を思い出した。この事件では、教師29名が重症を負い、1名が危篤になった。双方にそれぞれの言い分があるようだが、事件が暴力を伴うものであった事実は何よりも重い。

当時、筆者は兵庫県に在住していた関係で、かなり事件について詳細に知っていたが、メディアは『赤旗』を除いて報道をさけた。朝日新聞だけが、兵庫県版で、「八鹿高校でもみあいがあった」と報じていた。しかし、「もみあい」どころではなかった。あまりにも実態とは異なる報道だったので、今でも記憶に残っている。

今回もまた差別に反対する人々の中で、暴力事件が起きたのである。そして多くの「知識人」により、「なかったこと」にされようとしているのである。

日本の社会運動とは何かという重大な問題を突き付けられているのである。

 

タイトル:カウンターと暴力の病理
著者:鹿砦社特別取材班
版元:鹿砦社