1. ボリビアのモラレス大統領の辞任報道、ラテンアメリカでは無血クーデター説も、メディアリテラシーを考える格好の機会

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2019年11月12日 (火曜日)

ボリビアのモラレス大統領の辞任報道、ラテンアメリカでは無血クーデター説も、メディアリテラシーを考える格好の機会

報道とは何か、情報とは何かを考える格好の機会である。

ボリビアのモラレス大統領が辞任した。そしてメキシコに亡命申請した。

メディアの報道によると、先の大統領選で現職のモラレス大統領陣営が不正選挙に関与し、国民の不満が高まり、反政府運動に発展した。そして最終的に辞任に追い込まれた。

一方、キューバのプレンサ・ラティナ紙(電子)やベネズエラのテレスール(電子)は無血クーデターだと伝えている。メキシコのロペス・オブラドール大統領やブラジルのルラ元大統領、それに1980年にノーベル平和賞を受賞したアルゼンチンの人権活動家、アドルフォ・ペレス・エスキベル氏らが、クーデターを非難する見解をツイッターなどで表明している。

わたしはどちらの情報が真実なのか、まったく判断できない。現地を取材していないからだ。

日本ではモラレス大統領の辞任しか報じられていない。一方、キューバやベネズエラではクーデターと報じられている。

 

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以下、わたしの見解である。結論を先に言えば、クーデター説もあながち否定できない。情報はどうにでも操作できるフェイクニュースの時代なので、事件の背景も含めて慎重に検証してみる必要がある。

モラレス政権は、2005年に成立した左派政権で、発足当初からキューバのカストロ政権と極めて距離が近かった。長いあいだ高い支持率を維持してきた。モラレス氏は、先住民族の最初の大統領で、特に人口の半分以上を占める先住民族の間では絶大な支持を得ていた。

徹底した反新自由主義、反グローバリズムを打ち出し、多国籍企業に取ってはきわめてやっかいな存在だった。

ボリビアでは大統領の再選を禁じる法律があったがそれを改正した3選した。4選目の前に国民投票を実施したが、賛成が過半数に達しなかったとされる。これも真相は不明だ。しかし、4度目の大統領選に出馬して当選していた。

ボリビアはもともと軍事クーデターが頻発してきたことで悪名高い。ボリビアに限らず、1980年代までのラテンアメリカ諸国は、米国と癒着した軍部が政治を牛耳る構図があった。

たとえば1973年のチリの軍事クーデターで、その体質が典型的に露呈した。民主的に選ばれたアジェンデ政権を、CIAによる主導の下でピノチェット将軍が暴力的に叩きつぶしたのである。1980年代の中米・ニカラグア、エルサルバドル、グアテマラ3国に対する内政干渉も度を超していた。米国が先住民族などに対するジェノサイド(皆殺し作戦)のスポンサーになることも当たり前に行われていた。
その背景に米国の多国籍企業、特にフルーツ会社の権益がからんでいた。

しかし、それにもかかわらずラテンアメリカは脱軍事政権の傾向を強め民政へと移行していく。そして今世紀に入るころから、次々と選挙による左派政権が誕生させて行ったのである。その結果、キューバの孤立も解消した。一時は、政治の勢力図が完全に従来と逆転して、米国と一定の距離を置く国が主流を占めるようになったのだ。米国の「裏庭」の時代は終わったと見られていたのである。

ラテンアメリカで成立した左派政権の中で最もキューバと距離が近かったのは、ベネズエラとボリビアである。

しかし、米国のトランプ政権が成立した後、にわかに変化が現れる。あちこちで混乱が始まったのだ。それがトランプ政権の成立と関係しているかどうかは不明だが、「反政府勢力」が米国から活動資金の提供を受けていたという報道もある。

ベネズエラは、石油価格の下落や米国による経済封鎖などの影響で経済が破綻し、マドゥロ大統領は完全に国民の支持を失ったと報じられてきた。クーデターの試みも何度も繰り返されている。

今回のボリビアのケースでは、大統領自身が失脚した。

エルサルバドルは昨年の大統領選で、左派のFMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)が政権を失った。経済的に米国への依存を断ち切れなかったことが、その大きな要因だと思われる。新自由主義の枠組みの中で、左派政権がいかに厳しいかを示したのである。

ニカラグアでは、反政府運動が激化している。死者も出た。

 

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西側報道を鵜呑みにすれば、ラテンアメリカの左派勢力は自滅へ向かっていることになるが、状況はそう単純ではない。水面下で米国の巻き返しが激化して、それが「成功」している可能性も否定できない。

わたしは1980年代から90年代にかけてラテンアメリカを取材したこともあって、最近のラテンアメリカ報道には警戒を強めてる。前世紀は当たり前だった米国による内政干渉の歴史をふり返るとき、単純に左派政権の失敗と決めつけることはできない。

特にボリビアは、天然資源の宝庫であり、資源の収奪を目的として進出してきた多国籍企業にとって、モラレス政権は頭の痛い存在だったのだ。モラレス氏がクーデターで排除されても、まったく不自然さは感じない。

ただ、繰り返しになるが、わたしは現地にいないので真相を確認しようがない。アメリカによる内政干渉の凄まじさを知るものとして、単純にモラレス大統領の辞任報道が鵜呑みにされることを警戒する。

 

【冒頭の図】米国によるラテンアメリカに対する軍事介入の「履歴」を示したもの。出典:Prensa Latina。