1. エルサルバドルの大統領選と歪んだグローバリゼーション

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2019年02月13日 (水曜日)

エルサルバドルの大統領選と歪んだグローバリゼーション

3日に投票が行われたエルサルバドルの大統領選挙で、中道右派のナジブ・ブケレ氏(37)が当選した。得票率が54%で、決戦投票を経ることなく圧勝した。

ナジブ・ブケレ氏は前サンサルバドル市長(エルサルバドルの首都)で、元々はFMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)の党員だった。サンサルバドル市長の時代にFMLN内での対立が激化して、今回の大統領選では、保守・革新の2大政党とは距離を置いて、第3政党として出馬していた。

投票前の世論調査の段階から、圧勝が予測されていた。

◆内戦を経て議会制民主主義

エルサルバドルは、日本では馴染みのない国である。左派のFMLNと米国をバックにした右派政権との間で、1980年から92年まで内戦を経験した。この内戦は、世界で最も残忍な戦争とされている。

内戦の背景には、著しい社会格差があり、1970年代の後半には、それを平和的に是正する社会運動が活発化していたが、軍部による武力鎮圧が広がった。それはカソリック教会の関係者にまで及び、1980年のオスカー・ロメロ大司教の殺害で頂点に達する。

同年の10月に、それまでばらばらだった5つのゲリラ組織が統一してFMLNを結成すると、首都へ向かって進撃を開始した。政府軍は戦意を失い、首都陥落は避けられないとの見方が広がっていたが、米国のレーガン政権が介入してきて、内戦が泥沼化したのだ。

92年に和平が成立して、FMLNは合法政党になった。本当の意味での政治の自由がエルサルバドルにはじめて訪れたのである。終戦から保守政権が続いたが、その後、2009年にFMLNがはじめて政権の座についた。FMLN政権は2期(10年)続き、今年2月の大統領選挙の敗北で、下野したのである。

ちなみに隣国ニカラグアも左派と右派の政権が何度か交代する政情が続いている。現在は左派のFSLN(サンディニスタ民族解放戦線)の政権だ。

◆画期的に変革できないジレンマ

昨年、ホンジュラスから米国へ流入する移民が国際問題として浮上した。現地の情報を集めてみると、この移民キャラバンには、エルサルバドル、グアテマラ、ニカラグアの人々が混じっていることが分かった。

つまり米国の裏庭といわれる中米では、左派政権を作っても、画期的に人々の生活が改善していない可能性が高い。この傾向は昔からみれら、1995年に筆者がニカラグアを取材したときも、FSLNに対する不満の声をよく聞いた。革命後、農村部の生活は飛躍的に改善したが、首都では、あまり変わらないという声が多かった。

もっとも客観的に見れば、病院が増えたり、教育を受ける機会が増えたりしている事実はあるが、生活実感としては、何も変わらないというのだ。

◆中米自由貿易協定

今回のエルサルバドルの大統領選も、庶民のこうした感じ方の反映にほかならない、というのが筆者の想像だ。

しかし、新大統領が誕生しても、基本的には変化はない。筆者はそう断言する。理由は簡単で、経済を牛耳っているのが米国であるからだ。政権が代っても急激な政策は転換は難しいのだ。

中米は伝統的に米国依存型の経済なのだ。その象徴的なものが、2005年に調印された中米自由貿易協定である。この協定の下では、多国籍企業を差別的に扱ってはいけないことになっている。多国籍企業が好き勝手に振る舞うことが保証されているのだ。新自由主義が徹底されたのである。

中米の経済は、米国に依存してきた。特に米国のフルーツ会社が巨大な力を持っていて、それに立ち向かう政権は、たちまち軍事クーデターなどでつぶされてきた。中米自由貿易協定はこうした不公平に拍車をかけたのである。

現在の資本主義は、グローバリゼーションの中で国境の枠を超えている。怪物だ。国単位では語れなくなっている。

◆民族主義の傾向

元々、中米を含むラテンアメリカの社会運動は、民族自決主義の色合いが濃かった。自分の国の運命は自国民で決める権利を獲得する運動である。左派と右派の対立という側面も否定できないが、それ以前にまず民族自決主義があるのだ。

改めていうまでもなく、その典型はキューバ革命である。カストロが自分の師としていたのは、キューバの民族主義者、ホセ・マルティである。革命後、キューバの進む方向を模索する中で、社会主義を選択したのである。だからキューバ革命は、厳密に言えば、社会主義の革命ではない。

ニカラグアのFSLNには、自国の民族主義者サンディノの思想がある。サンディノ主義ともいう。

ラテンアメリカは、スペインによる征服と収奪という悲劇的な歴史があるので、社会運動も民族主義の傾向を強めたのである。

◆歪んだグローバリゼーション

しかし、グローバリゼーションの時代になり、長いあいだかかって手に入れた議会制民主主義の下で、政権交代を実現しても、自分たちの意思で国の方向を決められないジレンマに陥っているようだ。日本も例外ではない。歪んだかたちの国際関係の下で、多くの国が身動きが取れなくなっている。

経済が国境を超えて動いている現代、自国が自国の進む方向を決めることもままならなくなってきている。多国籍企業の横暴により、利益を独占するのは、ほんの少数派である。大半の人々にとっては何の益にもならない。

エルサルバドルの新政権に期待するものは何もない。
何も変わらないだろう。