2014年09月19日 (金曜日)
携帯基地局のマイクロ波による健康被害を問う延岡大貫訴訟が結審、不自然な裁判長交代劇の背景に何が?
日本の裁判所は、良心に誓って公正・中立な判決を下しているのだろうか?
隣人同士のささいな争いの仲裁であればともかくも、国策にかかわる問題をはらむ事件となれば、最高裁事務総局が審理の進行に目を光らせているのではないか?法廷を重ねるにつれて、そんな懸念を浮上させた裁判が9月5日に結審した。
舞台は、宮崎市にある福岡高裁宮崎支部である。3階建てアパートの屋上にKDDIが設置した携帯電話基地局の操業差し止めを求めて、延岡市大貫の住民30名が、宮崎地裁延岡支部へ提訴したのは2009年12月。敗訴。そして控訴。裁判は開始からまもなく5年になる。
延岡大貫訴訟は、基地局からのマイクロ波により、実際に発生した健康被害を理由に、基地局の操業停止を求めた全国ではじめての裁判だった。携帯電話の通信に使われるマイクロ波が将来的に人体に影響を及ぼすことを懸念して、予防原則の立場から裁判が提起された例は、それまでに数件起きていた。
しかし、延岡大貫訴訟は、マイクロ波による人体影響が世界的な共通認識になり始め、実際に被害が多発し始めた時期に起こされたのである。ちなみに2011年5月、WHO傘下の国際癌研究機関は、マイクロ波に発癌性がある可能性を認定している。
それだけに裁判は注目を集めた。NHKを除く多くのメディアが、新聞は地方版で、テレビはローカル放送で裁判の進行を報じてきた。本来は全国紙で報じなければならない大問題であるが、現場の記者の努力により、かろうじて地元では報じられてきたのである。
宮崎地裁延岡支部の太田敦司裁判長は、判決の中でKDDI基地局の周辺に住む人々の間に、耳鳴り、頭痛、不眠、鼻血などの症状が現れた事実を認定した。と、なれば当然、KDDIに対して操業の中止を命じる判決を下すのが道理である。
が、無線通信網の整備という利権がらみの国策が介在すると、そうはならなかった。住民たちが訴える種々の症状は、「ノセボ効果」が引き起こしたものであると認定したのだ。「ノセボ効果」とは、端的に言えば、「思い込み」のことである。地裁の太田氏は、判決の中で次のように述べている。
原告らその他の住民の中には、反対運動などを通じて電磁波の危険性についていの情報を得たことにより、電磁波の健康被害の不安を意識したことや、被告の対応に対して憤りを感じたことなどにより、もともとあった何らかの持病に基づく症状を明確に意識するようになったり、症状に関する意識が主観的に増幅されていき、重くとらえるようになった者がいる可能性がある。
太田氏がどの程度、「ノセボ効果」について理解しているのかは不明だが、少なくとも健康被害と「ノセボ効果」の因果関係を司法認定するのであれば、両者を論理的に関連づけなければならない。たとえば住民の間で見られる鼻血と「ノセボ効果」の関係である。医学的な論考が難しければ、鼻血と「ノセボ効果」の関係を示す疫学調査の事例を判決の中で提示すべきだろう。
が、判決を読む限りでは、そのような考察はどこにも見られない。こうした基本的な点を無視しているために、判決文は論理が極端に飛躍している印象をまぬがれない。結論先にありきの判決なのだ。
◇不自然な裁判長の交代
地裁で敗訴した延岡市の住民は控訴した。ところが福岡高裁宮崎支部で控訴審が始まってまもなく、ある「事件」が発生する。裁判長が交代したのだ。なぜ、人事異動が「事件」なのか?
結論を先に言えば、裁判長の交代が不自然きわまりなかったからだ。裁判官の人事権を握っているのは、最高裁事務総局である。
新たに裁判長席に着いたのは、福岡地裁から赴任してきたばかりに田中哲郎裁判官だった。この田中氏、実は過去に3度にわたり基地局の操業停止を求める裁判で裁判長を務め、いずれも住民敗訴の判決を下している。すべて九州で起こされた裁判である。ちなみに九州では、これまでに延岡大貫訴訟を含めて7件の基地局がらみの裁判が起きている。
田中氏が下した3件の判決のうち、特に不自然だったのは、福岡地裁で下された3件目の判決である。驚くべきことに、田中氏がこの裁判にかかわったのは、結審の直前からだった。つまり判決を書かせるために、最高裁事務総局が仕組んだ人事異動と解釈する余地があるのだ。
前置きが長くなったが、田中氏は、熊本地裁で2件、立て続けに住民を敗訴させた後、福岡地裁久留米支部に赴任したのである。さらにそこに在籍したまま、不自然にも福岡市の福岡地裁に乗り込み、裁判長の交代というかたちで、基地局裁判に介入してきたのである。
あまりにも不自然な裁判長の交代に原告住民が当惑したことはいうまでもない。
その田中氏が、2013年5月に福岡高裁宮崎支部へ赴任してきて、延岡大貫訴訟の裁判長に就任したのである。これで田中氏は、九州で起こされた7件の基地局裁判のうち、4件にかかわったことになる。人事異動そのものが不自然で、住民を救済する公正な判決が期待できないことは言うまでもない。
◇自宅が空き家になった悲劇
延岡大貫訴訟の原告団長・岡田澄太原告団長は、9月5日付け陳述書の中で、田中裁判長に対して、次のように要請している。
私たちが出した資料やKDDIが提出した膨大な資料を読み砕くよりも、確実に裁判長が控訴人とKDDIのどちらの主張が正しいのか判断する方法が一つあります。
それは裁判長自ら、延岡市大貫町に来て一週間ほど泊まってみることです。
わたしの空き家にしている自宅兼事務所の通常の16万倍(22μW/cm2)の電磁波が流れる3階の部屋で一週間、過ごしてみてください。そうすれば必ず、私たちの訴えが真実であることが分かっていただけます。
岡田氏の自宅が空き家になっているのは、KDDIが基地局を設置した後、電磁波が強すぎて住めなくなり、引っ越しを余儀なくされたからである。