「押し紙」問題に本腰を入れた小坪慎也議員、「戦えば戦死するリスクもある」
小坪慎也・行橋市議が「押し紙」問題の解決へ本腰をあげた。5月に佐賀地裁が地元の佐賀新聞社に対して独禁法違反を認定したことや、8月にYC大門駅前(広島県福山市)の元店主・濱中勇志氏が読売新聞社に対して「押し紙」裁判を起こしたことを受けて、政治家として社会正義を実現するために活動を開始することを宣言したのだ。
次のブログがその表明である。
■【押し紙問題】立法職としての援護射撃。政治家の戦い方【こちらも撃つ】
しかし、小坪議員が「押し紙」問題にかかわりはじめたのは、佐賀新聞の「押し紙」裁判が糸口ではない。筆者とは10年以上まえから共闘関係にある。2019年に国会議員会館で「押し紙」問題の学習会を開催できたのも、小坪議員の尽力にほかならない。右派勢力が「押し紙」問題を糾弾するようになった背景にも、小坪議員の力がある。
新聞社がかかわっている裁判は、疑惑に満ちたものが多い。産経新聞の「押し紙」裁判(東京地裁)では、原告勝訴の流れが生まれて、裁判長が産経に対して和解まで勧告していたが、コロナの緊急事態宣言で裁判が中断している間に、人事異動を命じられ判決を書く担当裁判官が変更になった。
当然、最高裁事務総局による報告事件に指定されたのではないかという疑惑が広がっている。報告事件とは、最高裁事務総局が政治判断で判決の方向性を決める裁判のことである。元裁判官らが、報告事件の存在を証言している。
これまで東京地裁で行われた「押し紙」裁判(毎日、産経の例)では、なぜか密室審理(弁論準備の形式)が行われた事実がある。そのためにほとんど審理の流れが分からなかった。新聞社だけが、なぜ、このような特別扱いを受けるのか、多くの人々が疑問を抱いてきた。
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こうした状況の下で、小坪議員による「押し紙」問題の追及が本格化した。
政治家の中には、少数であるが独自の哲学を持つひとがいる。小坪議員の場合は、「戦えば戦死するリスクもある」というものらしい。逆説的にいえば、戦死を恐れたら議員活動はできないということである。「押し紙」問題に踏み込むということは、新聞・テレビを敵に回すことであるから、逆に攻撃されて戦死するリスクを伴う。
このような原理は弁護士にとっても、ジャーナリストにとっても同じである。だからと言って安全地帯から事件を傍観したのでは、存在意義そのものがなくなってしまう。自分の職を否定することになる。
故・岡本太郎が『自分の中に毒を持て』という本の中で、安全な道よりもリスクの高い道を選ぶのが得策だという意味のことを書いている。リスクが高い道を選んだほうが、エネルギーが湧いてきて、精神が躍動するからだ。
ニカラグア革命のスローガンは、「自由な祖国か死」である。奴隷として生きるぐらいなら、命をかけて戦う道を選ぶという意味である。
思想信条の違いを超えて、「押し紙」問題で多くの人々との共闘関係が生まれていることは、今後の「押し紙」問題に影響を及ぼすだろう。
読売裁判では、まず、公平な審理を進めること要求したい。