江上武幸弁護士が、産経新聞による景品表示表違反事件の顛末を『消費者法ニュース』でレポート、産経新聞が訴訟を取り下げた深刻な理由
新聞社経営が順調だった今世紀の初頭ごろまで、水面下でたびたび社会問題になってきたのが新聞拡販活動だった。ビール券や洗剤を多量にばらまき、時には消費者をどう喝して、新聞の購読契約を迫る商法があたりまえに横行していた。「新聞はインテリがつくってヤクザが売る」とまで言われたのである。
その後、新聞拡販活動は徐々に衰えたような印象があったが、形を変えて残っていたようだ。本質的な部分では何も変わっていなかった。
今年の4月17日、産経新聞は、自社が展開してきた新聞拡販活動が、景品表示法に違反していることを認め、再発防止を徹底する旨の告知をおこなった。大阪府の消費生活センターが産経新聞の拡販活動を規制する措置命令を出したのを受けた対応だった。
ちなみに景品表示法は、新聞拡販活動の際に使う景品の上限額を定めた法律である。景品額の上限は6カ月分の新聞購読料の8%である。購読期間が6カ月に満たない場合は、それよりも低額になる。6カ月以上の契約の場合、朝日や読売などの中央紙では、2000円程度が限度額ということになる。
実は、消費生活センターによる今回の措置命令に至る背景には、あるひとつの裁判があった。「押し紙」問題に取り組んできた江上武幸弁護士がかかわった裁判である。江上弁護士は、「新聞購読料請求訴訟とその顛末」と題する報告の中で、その一部終始を述べている。次に掲載するのは、その全文である。版元の『消費者法ニュース』編集部の承諾を得て全文をリンクする。
■「新聞購読料請求訴訟とその顛末」(出典:『消費者法ニュース』2019・7)
◆民法第90条の公序良俗
この事件は、自転車やビールなど高額な景品と引き換えに10年(5年契約が2回)の新聞購読契約を結んだKさんが、交通事故で重症を負い、そのまま郷里へ戻ったために、新聞代金が未払い状態になったことが発端だった。未払い額は購読契約が終了する時点から逆算して、14万円を超えた。産経はKさんに対して、残金を支払うように求めて簡易裁判を起こしたのである。
これに対してKさんの代理人になった江上弁護士は、購読契約時に産経がKさんに提供した景品の額が景品表示法の規定を超えていることに着目し、民法の公序良俗に違反していることを根拠に、購読契約そのものの無効を主張した。
【注】 第90条(公序良俗):公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
周知のように新聞拡販の現場で景品表示法が踏みにじられてきたことは、公然の事実になっている。しかし、新聞業界の商慣行として黙認されてきたのである。
が、産経がKさんに対して起こした裁判の中で、購読契約そのものの無効がはじめて争われたのである。新聞業界の恥部が法の判断を受けることになったのだ。
結末は意外な幕切れだった。江上弁護士が、景品表示法の遵守を新聞業界が自主規制のルールなどを設けることで、厳しく規定している証拠を、さまざまな観点から提示したところ、産経はまったく反論できなくなった。そして判決直前に訴訟を取り下げたのである。Kさんに対する請求も放棄した。勝訴の可能性がなくなったからにほかならない。
産経は、景品表示表違反の判例ができることを回避したのである。おそらくは、判例が生まれれば、新聞業界全体に壊滅的な打撃を与えかねないと判断した結果である。
周知のように日本の新聞社は、「押し紙」と新聞拡販により巨大化してきた。そのために景品表示表の違反判例が生まれると、従来のような拡販そのものが困難になる。
そこで判決を避けたのだ。
しかし、裁判に注目していた大阪府の消費生活センターが、産経新聞に対して措置命令を下したのだ。行政指導であるから、こちらも影響が大きい。
江上弁護士による記事は、この事件の顛末を詳しく書いている。