「公序良俗」に反し取引契約は無効か、「押し紙」問題の新しい流れが浮上
「押し紙」が洪水のように販売店に搬入され、保管する場所にこまり、仮眠部屋に運び込んだ。台所にも、押し入れの中にも運び込んだ。
「わしの部屋も店舗も、そこら中が新聞だらけになってしまい、販売局に部数を減らすように申し入れたら、『小屋を建てて保管しろ』と言われた」
2005年の話である。店主は、60万円で「押し紙」小屋を建てた。安倍公房の『砂の女』は、砂に埋もれてしまう人間を描いた小説だが、この店主は「押し紙」に埋もれる生活を続けているうちに、それが当たり前の日常になったのである。正気に戻ったときは、銀行に自宅を没収されていた。「押し紙」裁判を起こしたが、押し売りされた証拠が不十分で敗訴した。吐き捨てるように、
「あの裁判官は、死ぬ前に重病で苦しむで」
と、筆者に何度も呟いた。
◆民法90条の「公序良俗」
「押し紙」裁判で争点になってきたのは、新聞を押し売りした証拠があるかどうかという点だった。「押し紙」裁判は、1980年代から始まり、以来、勝敗の分かれ目は、「押し紙」の証拠があるかどうかにかかってきたのだ。
前出の店主が敗訴したのは証拠がなかったからだ。しかし、新聞が多量に余っていたことは、裁判で認定されている。4割から5割が「押し紙」だった。
それから約15年。このところ別の視点で「押し紙」問題を考える流れが生まれ始めている。
千葉県の元店主(毎日新聞)が、東京地裁で起こした「押し紙」裁判では、「押し紙」が公序良俗に反する行為に該当するという主張がなされた。
民法90条:公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
それが功を奏したのかどうかは不明だが、販売店が推定で3500万円の和解金を勝ち取った。新聞を押し売りしたかどうかという観点よりも以前の問題として、「押し紙」そのものが公序良俗に反するという主張である。
新聞拡販時の高額景品の使用についても、公序良俗に反するという主張が裁判の中で行われた。この主張は、説得力があり、新聞社側が反論できなくなったケースもある。
今後、新聞販売の問題を考えるうえで、「公序良俗に反する行為であるから、取引契約そのものが無効」とする主張が説得力を帯びてくるかも知れない。
言うまでもなく、「押し紙」と一緒に折込広告や選挙公報を廃棄している問題も、公序良俗に反する行為である。広告主は、広告代理店との取り引き契約の無効を主張して、広告料金を賠償させることができるのではないか。