1. 橋下徹氏による提訴はスラップ訴訟か? 訴権とスラップ防止法が並立しない日本の法体系

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2018年01月25日 (木曜日)

橋下徹氏による提訴はスラップ訴訟か? 訴権とスラップ防止法が並立しない日本の法体系

元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏が、ジャーナリストでIWJ代表の岩上安身氏を提訴した事件が波紋を広げている。経緯は、既報したように岩上氏が橋下氏に関する第3者のツィートをリツィート(コメントはなし)したところ、名誉を毀損されたとして橋本氏が、100万円の「お金」を請求して提訴したというものだ。

この事件は、スラップ訴訟ではないかとする見方が広がっている。これに対して、橋下氏は、ツイッター(5:14 - 2018年1月23日 )で次のように述べている。

近代国家においては訴える権利が原則であり、裁判例においても訴権の濫用となるのは例外的です。SLAPP訴訟だ!という主張を安易に認める方が危険です。もちろん訴権の濫用というものもありますが、これは裁判の結果、認定されるものです。

橋下氏がいうとおり、日本では訴権が最優先されているので、訴権の濫用が認定されたケースは、過去に3件しかない。幸福の科学事件、武富士事件、それに長野の太陽光パネル設置事件である。訴権が認められていなければ、民主主義が成り立たないから、それはある意味では当然のことである。

と、すれば日本における訴権の何が問題なのだろうか。結論を先に言えば、訴権と同列に反スラップ法が存在しないことである。これに対して米国では、28州でスラップ禁止法が整備されている。

◇日米で異なる名誉毀損裁判の法理

スラップ訴訟であるか否かを判断するプロセスは州によって異なるが、カリフォルニア州の場合は、被告側がスラップ訴訟の可能性を申し立てた場合、裁判に入る前に、原告側が請求内容の正当性を立証できるだけの十分な証拠を持っていることを示すことが求められる。もちろん提訴の原因となった被告側の言動に公益性があるかどうかなども検証対象となる。その上で裁判所がスラップ訴訟と判断した場合は、裁判は口頭弁論に入る前に中止され、弁護士費用などは、スラップ訴訟を提起した原告が負担するなどの規則がある。

このあたりの事情は、『スラップ訴訟とは何か』(烏賀陽弘道著、現代人文社)に詳しい。一読を勧める。

米国の多くの州では、こうした反スラップ法を整備したうえで、訴権が尊重されているのである。

これに対して日本では、訴権は認めるが、訴権の濫用を防止する法律は整備されていない。しかも、名誉毀損裁判の場合、訴因となった被告側の言動が真実であること、あるいは真実に極めて近いこと(真実相当性)を立証しなければならない。

たとえば筆者が「K新聞社の『押し紙』率が30%」と書いて名誉毀損裁判を提訴された場合、被告である筆者がこの数字が真実であることを立証しなければならない。これに対して、もし、この裁判が米国のカリフォルニアで開かれるのであれば、K新聞社の側が「押し紙」率が30%に達していない証拠を示さなければならない。「押し紙」問題には公益性があるからだ。このように米国では、立証責任は原告側にあるのだ。日本とは法体系が異なっているのだ。

橋下氏の言うとおり、訴権は尊重されてしかるべきだが、訴権だけが一人歩きすると、裁判が言論弾圧の道具に悪用されかねない。

小泉内閣の時代には、小泉氏が自ら司法改革推進会議の先頭に立って、司法制度改革に乗りだした。これは構造改革の一端で、日弁連もこれに協力して、裁判員制度を設けたり、国際業務に強い弁護士の育成に乗りだしたりした。名誉毀損裁判における賠償額も高くなった。

これらの方針は、グローバリぜーションの中で、多国籍企業を日本に誘致するための方策だった。一種のハーモニーぜーションである。

が、最も肝心な部分にはノータッチだった。それはスラップ防止法の設置と、名誉毀損裁判の法理を米国と同様に、原告側の立証責任とするように改革しなかったことである。その理由は、筆者の推測になるが、「訴訟ビジネス」が出来なくなるからである。名誉毀損裁判で財産を作った弁護士もいるのだ。

訴権の濫用は、当たり前になっている。