2017年の電通と博報堂、それぞれのアキレス腱
昨年、電通と博報堂の業務実態が社会問題としてクローズアップされた。広告依存型のビジネスモデルが定着している日本では、大手広告代理店の批判は、かつてはタブーだった。しかし、インターネットの台頭で変化の兆しが現れてきた。
年頭にあたり、元博報堂の社員で、作家の本間龍氏に、これら2社が内包する問題を総括してもらった。
執筆者:本間龍(作家)
◇電通タブーの終わり
2017年が明けた。昨年は12月28日に電通の石井社長が突然辞任を発表し、昨年後半から広告業界だけでなく日本中を揺るがせた「電通問題」に一つの区切りがついた形だ。
しかし、東京労働局はまだ捜査を続行しており、数名の幹部社員を書類送検する可能性があるという。電通としては社長の首というジョーカーを切ったことで何とか終息を図りたいのだろうが、実は一連の電通事件はこれからが正念場を迎えるので、年初に整理して示しておきたい。
多くの国民にとって「電通事件」とは新入社員自殺事件に端を発した電通の労務管理問題に映っているかも知れないが、それはほんの一面に過ぎない。社員の命すら軽んじ、儲けるためには不正をも是としながら、圧倒的なシェアを背景にあらゆるメディアや下請け企業に対して傲慢で高圧的な態度をとり続けてきた企業体質こそが真の問題であり、今年はさらにそれらが白日の下に晒される年になるだろう。これから明らかになる、もしくは問題になるであろう電通案件はこれだけある。
A 社員自殺事件の責任問題、残業代未払いに関する追送検
B ネット関連業務における巨額不正請求の実態解明
C オリンピック招致における裏金疑惑
D 書類送検を受けての官業務、とりわけオリンピック関連業務の指名停止の可能性
Aは昨年の書類送検に伴うもので、電通幹部のさらなる立件の可能性があり、まだまだ予断を許さない。Bは、昨年9月27日の記者会見で、昨年末までの調査発表を約しながら越年した案件である。
9月時点で対象企業がトヨタをはじめ110社、2ヶ月調査しただけの不正請求額が2億3千万円という内容だったから、その後の内部調査でさらなる追加件数と金額増になっているに違いない。そのまま年末に発表していたら、過労死問題との強烈なダブルパンチになるとの危惧から発表を先延ばしにしたのだろう。
Cはフランス検察による捜査が続行中で、国内と違って海外メディアに電通の恫喝は効かないから、いつ何時とんでもない発表が海の向こうから飛んでくるか分からない。こちらももし「クロ」裁定が出れば、国内どころか海外で批判の火の手が上がるだろう。
◇玉木雄一郎議員が深刻なコンプライアンス違反を指摘
そしてDのオリンピックにおける業務停止こそ、電通が最も恐れる最悪の事態である。私は昨年10月頃からこの可能性について指摘してきたが、昨年12月28日の記者会見の場で共同通信が「今回の件はオリンピック業務に影響を及ぼさないか」と質問するなど、複数のメディアがその可能性について調べ、言及を始めている。
また、「月刊日本」の1月号で民進党の玉木雄一郎議員は『深刻なコンプライアンス違反を犯した電通にオリンピックを取り仕切る資格はない。「社会的責任」や「倫理規範の尊重」を重んじる五輪憲章やその理念に反しているからだ。これらの問題について国会や行政、マスコミは調査すべきで、裏金疑惑の説明責任や社員自殺を受けての再発防止が出来ないのなら、電通はオリンピックから撤退すべきだ』と発言している。
まさしくその通りで、いよいよ国会での釈明が必要になり、電通の次期社長が証人喚問される可能性すらあるのだ。そしてその対応を誤れば、独禁法違反を名目とした「電通の分割」まで追及が広がる可能性もある。つまり、今年こそが電通にとって「正念場」となるのは間違いないのだ。
◇深刻だが、電通の影で見えにくい博報堂事件
一方、業界2位の博報堂はどうか。電通パッシングの陰に隠れてはいるが、同社も官・民両方面に大きな問題を抱えており、今年は厳しい年になりそうだ。民間企業に訴えられている「アスカ事件」は、長年(株)アスカの広告を担当していた博報堂が、同社の信頼を良いことに多額の広告費を水増し請求していたというもので、制作費関連で約15億円、媒体費関連で約42億円もの返還訴訟を起こされている。
裁判はまだ始まったばかりだが、「顧客第一主義」を掲げる博報堂がスポンサー企業からこれだけ巨額の訴訟を起こされた例はない。110社以上に対してネット関連業務の不正請求を繰り返していた電通でさえどこからも訴訟を起こされていないのに、7年近く広告宣伝業務を独占受注していた元スポンサーから訴訟を起こされるというのは、博報堂の顧客対応能力に問題があると言わざるを得ない。
しかも訴状資料と博報堂の答弁書を見る限り、博報堂側の過失は明らかである。通販用パンフレット制作費の短期間での異常な上昇、出演タレントの契約費が毎年値上りするなど、あまりの杜撰さに失笑してしまうレベルだ。さらにはビデオリサーチの視聴率を改竄して提出していたことに対し、答弁書で「視聴率は番組選定における一つの指標に過ぎず、特に重要ではない」と反論するに至っては、一体なにを言っているのだと情けなくなる。
ただこの事件は、博報堂という企業全体というより、一担当者の度を越した利益追求によって引き起こされた色合いが濃い。だから博報堂がこの社員を庇って社のメンツのために法廷で争い傷を広げるよりも、どこかでアスカ側と話し合いを持って和解する方が、同社のためではないかと考える。
◇内閣府と博報堂の不可解な関係
もう一つの、内閣府を中心とする不可解な巨額請求案件は、より深刻である。期初に提出した見積もりの数倍、数十倍の請求が毎年期末に起こされ、しかもその内容は全て黒塗りで中身が確認できないのでは、架空請求を疑われても仕方がない。
例えば、内閣府側は2015年の「政府広告コミュニケーション戦略の構想」の見積りを構想プランの作成費だと釈明しているが、プランの作成に6700万円もかけるなど、聞いたことがない巨額だ。シンクタンクに依頼しても、単年度の案件でそんな金額のプラン作成などあり得ないだろう。さらに、その疑問に対して成果物を開示できないとする内閣府の姿勢はどうみてもおかしい。
さらに内閣府に限っていえば、博報堂から提出されている掲載媒体の請求書は同社の正式な請求書様式ではなく、営業担当部署による手打ちのエクセル書式だ。つまり、経理システム上で実際の請求額と紐付けがなされておらず、いかようにも内容を改変できる「ただの紙切れ」に過ぎない。
それでさえ詳細が黒塗りでは、一体何をやっているのかと誰でも疑問に思うだろう。しかも、支払われているのは全て税金である。その用途を開示するのは行政の義務ではないか。
内閣府は内調をも所管する政権の中枢であり、しかもそのナンバー2が博報堂に天下っていたという。もし内閣府が博報堂と組んで架空請求を起こさせ裏金を作っているとすれば、これは電通事件に匹敵する巨大なインパクトを社会に与えるだろう。黒藪氏の精力的な調査に全面協力し、この疑惑解明に努力していきたい。