博報堂へ天下った阪本和道氏は元内閣府のナンバー2だった
内閣府から博報堂に再就職(広義の天下り)した阪本和道氏について、詳しいことが分かったので紹介しておこう。この人物は、内閣府の元審議官である。
審議官について、ウィキペディアは次のように説明している。
内閣府の官僚においては内閣府事務次官に次いでナンバー2のポストであり、いわゆる次官級審議官職の一つ。現在の定員は2人。
経歴は次のようになっている。
香川県出身
1977年 一橋大学法学部卒業、総理府入省
1991年 国務大臣(総務庁)秘書官事務取扱
1994年 内閣府大臣官房参事官
1996年 内閣府賞勲局審査官
2000年 内閣府大臣官房参事官
2001年 内閣府賞勲局総務課長
2003年 総務省人事・恩給局総務課長
2004年 総務省大臣官房審議官(大臣官房調整部門担当)
2005年 総務省大臣官房政策評価審議官、電気通信事業紛争処理委員会事務局長
2006年 総務省人事・恩給局次長
2008年 内閣府大臣官房政府広報室長、内閣官房内閣広報室内閣審議官
2009年 内閣府賞勲局長
2012年 内閣府大臣官房長
2013年 内閣府審議官
2016年 株式会社博報堂顧問
◇博報堂との窓口は広報室
既報したように、メディア黒書が問題視している博報堂の請求書は、次のものである。
読者に注目してほしいのは、27ページから始まる契約書である。契約額が約6700万円であるのに、請求額の総額が20億円を超えているのだ。しかも、見積書は存在しない。広告の段あたりの単価も黒塗りになっている。
こうした請求方法が2012年度から始まっている。
なお、この問題について、わたしがビジネスジャーナルに記事を書いた際に、編集部から内閣府に対して、博報堂の窓口になっている部署を書面で質問したところ、広報室という答えが返ってきた。PR関係の業務だから、広報室が窓口になっているようだ。
阪本氏の経歴を見ると、広報室長、内閣官房内閣広報室内閣審議官の前歴もある。退官後、博報堂に天下った阪本氏が、不可解な請求書の件で何か事情を知っている可能性もある。また、どういう経緯で博報堂に再就職したのかも、今後、聞き出す必要がある。