電通のブラック企業大賞受賞をNHKが異例の報道、民放との際立つ差
執筆者:本間龍(作家)
12月23日、今年のブラック企業大賞に電通が選定された。ブラック企業大賞とは、過労死問題に取り組む弁護士やNPO、ジャーナリストなどが中心となって、その年に労務問題等で話題になった企業を選ぶもので、今年で5回目となる。初回は東電、昨年はセブンイレブンジャパンが大賞に選ばれていた。
毎年ネットなどではそれなりに話題になっていたのだが、大手メディアはあまり報じていなかった。ところが今年はなんとNHKが速報を流し、さらに夜7時のニュースでも大々的に取り上げるという異例の展開となった。ブラック企業大賞実行委員会の弁護士らの間でも驚きの声が上がっている。
NHKが昼12時、夜7時のニュースで取り上げる意味は非常に大きい。注目度が非常に大きいだけでなく、そこで扱われたネタは、その後の時間帯のニュースや、様々な番組で繰り返し取り上げられるからだ。
しかもそれらのほとんど全てが全国放送だから、その拡散力は民放の比ではない。さらにNHKは25日、自殺した高橋まつりさんの母親の手記も夜7時のニュース等で大々的に報じた。この原稿を書いている26日夕方のニュース番組でもコーナーを作って報じている。イメージ悪化に歯止めをかけたい電通にとっては大打撃であり、NHKがここまで一企業に関するニュースを継続して報道するのは極めて異例だ。
◇電通タブーの消滅
そしてここまでNHKが突っ走ると、いまだに電通に対して尻込みしている民放各社の弱腰ぶりが逆にあぶり出されてくる。現に、NHK以外で電通のブラック企業大賞受賞を報じたのは、読売テレビ(日テレ系)のニュースなどごく僅かだった。NHKの独走が話題になればなるほど、同時に民放の弱腰もクローズアップされるのだから、民放の経営陣も頭が痛いだろう。
今回の一連の電通事件関連の報道で、活字メディアにおける「電通コード(電通について報じてはならないとする暗黙の了解)」はほぼ消滅した。11月7日の電通に対する強制捜査は朝日や毎日、読売など全国紙全紙が一面トップ扱いで報じていたし、その後も各紙が続報を掲載し続けた。
電通には弱いと言われていた週刊誌などの紙メディアも、講談社系の週刊現代やフライデーは数回にわたって追究記事を掲載。AERA、週刊朝日、サンデー毎日、文藝春秋、週刊文春なども記事を掲載した。
◇CM依存の民放各社の弱腰ぶり
それに比べると、電波メディアの弱腰ぶりはいまだに目立っている。強制捜査はさすがに報じたが、いわゆる事実報道だけで、論評や後追い取材は一切ない。昼のワイドショーや夜のニュース番組でも、司会やコメンテーターが電通ネタで議論した例はほとんど無い。
小池都知事による豊洲問題やオリンピック施設問題を取り上げるのはまだ分かるが、自国ではない韓国大統領問題を連日のように取り上げるのに、自国で大きな注目を集めている電通問題を全く取り上げないのはどうみても不自然だ。やはり放送業界における「電通コード」はまだ強固に残っているといえるだろう。
確かに、スポット、タイムCMの3割以上を電通に頼っている民放各社は、地方系列局を含めれば年間数百億円のCM放送料が電通を経由してくるため、極力同社の機嫌を損ねたくない。その金額は雑誌や新聞メディアとは比較にならないほど大きいため、呪縛の度合いが何倍も大きいのだ。
しかし、ネットのニュースサイト、まとめサイトでは電通批判記事がガンガン掲載されているのに、まるでそれを無視するかのように放送しないのは明らかに目立つ。
それでもやらないのは、究極的に民放という組織は視聴者ではなく、カネを払ってくれる広告代理店とスポンサーだけをみている、ということの証明でもある。政権批判もせず、大企業批判もせず、そして電通批判もしない。民放には報道部門など無いも同然である。
◇高いジャーナリズム性を発揮したNHK
電通事件報道でのNHKの突出ぶりは、民放の弱腰ゆえに競合がいないというのもあるが、そもそもNHK社会部は昨年から過労死問題を重点テーマとして取材しており、電通はその線上に突如出現した巨大な「クジラ」だった。
売上高2兆円を超す国内最大の広告代理店で業界トップ企業が実はとんでもない人権蹂躙企業だった、というのは、ジャーナリズムに関わる者なら誰しも強い関心を抱く対象だろう。そしてNHKは、民放のように収入源を電通に頼らないで済む、国内唯一の存在だったのだ。
電通は1月早々にも予想される労働局の書類送検を何とか軽くしようと、矢継ぎ早の改革を打ち出している。1月には全社員の1割にあたる600人以上の人事異動を行い、人手の足りない部門・部署に人員を配置して平準化を行おうとしているし、他にも労務専門の担当者を各部門に配置するとか、全社の有給取得率を50%以上に設定するなど、必死の様相である。
しかし、この年末のNHKによる2発の「報道パンチ」はその努力を吹き飛ばす威力だった。ネット上はそのニュースで溢れ、一時沈静化に向かっていた電通の極悪イメージはもはや修正不能な域に達したと言える。
◇背景に電通に対する記者の反発
ではなぜNHKはこのタイミングでここまで大きく報じたのか。1つ考えられるのは、電通の傲慢さに対する意趣返しという面がある。これはどのメディアの記者や編集者に聞いても同じだが、電通広報の取材に対する態度が極めて悪いという。質問に対してあやふやな回答に終始する、まともに回答しない、挙げ句の果てには何度聞いても回答さえ寄越さない等、とにかく不祥事を起こした企業の対応ではない、というのだ。
しかしそうなるとさらに徹底追及してやろうと反発するのが記者という生き物である。電通はジャーナリズムへの対応を完全に誤っているとしかいいようがない。
そしてさらに、電通は11月7日の強制捜査日にNHKのインタビューに応じた社員を12月に入り戒告処分にするという暴挙を行った。「自浄作用がない会社だと思う」という至極まっとうな感想を述べただけの社員を特定し、戒告という厳罰に処したのだ。
最初のニュース映像でモザイクがかかっていなかったために特定されたのだが、この処分に対してはNHKの記者でなくとも強い違和感を感じる人が殆どだろう。外向きには様々な改革を打ち出しても、中身はまったく変わらない傲慢な体質が透けて見える。
つまりNHKは、この電通の傲慢さに対して強烈なしっぺ返しを食らわしたと言えるだろう。電通の取材軽視、恐怖による社内統制はあまりにも高くついた。NHKは来年も電通報道の手綱を緩めないだろう。