新聞に対する軽減税率の適用問題と安保法制の審議が同時進行している理由
【サマリー】新聞に対する軽減税率の適用問題で、読売の渡辺恒雄氏が政界工作の必要性を語っている。しかし、新聞の本来の役割は、政界工作など公権力を監視することである。新聞人みずからが政界工作の先頭に立っていては話にならない。
こうした状況になっているのは、新聞社の収益構造が国の政策に左右される体質であるからだ。軽減税率問題の他に、「押し紙」問題や再版制度の問題でも、同様の収益構造の問題がある。
安保法制の問題と軽減税率の問題がセットで登場しているのも、背景にメディアコントロールの力学が働いているからにほかならない。
新聞社がジャーナリズム活動を行うに際して決定的な障害になるのは、国の政策によって大きく左右される自らの収益構造である。それは読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長が、販売関係の会合ではからずも明かした次のような事情に象徴されている。
私は消費税の軽減税率については、まず新聞は軽減税率が適用されると信じてはいますけれども、しかしながら、政治的な事情で、いつどういうことが起きるか分かりません。これは慎重に根回しをし、強力に推進していかなければならない問題です。
昨年の消費税率の3%引き上げで、全国の新聞がみな、かなり被害を受け、部数を大幅に減らしました。今度また税率10%が適用されるようなことがあれば、新聞産業の衰退につながりかねません。国民の知識水準を維持し、教育や産業の向上のために必須の知識資産である新聞にとって、現に欧米各国で起こりつつあるような衰退が進めば、日本の国力が大きくそがれることになりかねません。(『新聞情報』2015年7月18日。太字は黒薮による)
渡辺氏のこの発言を逆に言えば、軽減税率の適用を勝ち取るために、「慎重に根回しをし、強力に推進していかなければ」新聞社の経営悪化は避けられないということである。本来、ジャーナリズム企業というものは、経営悪化を覚悟のうえで、真実を伝える努力をするものであるはずだが、渡辺氏の考えは、政界工作を選択するという妥協的なものである。
これではジャーナリズムにとって最も大事なものが欠落し、新聞の存在価値そのものがなくなってしまう。
渡辺氏の新聞社経営論が誤っていることは言うまでもない。ジャーナリズム企業の役割は、むしろ政界工作などの不正行為をおおやけにすることであるからだ。自分たち自身が軽減税率の問題などで政界工作に関与すれば、公権力を監視する役割を果たすことはできない。
一方、政治家にしてみれば、新聞社の「根回し」に応じることで、自分たちにとって都合が悪い情報を公表されるのを防止できる。事実、日本の新聞は公権力の実態を本気でえぐり出そうとはしない。政治悪をなげいてみせる程度のことはあっても、徹底的な批判は控える。おとなしい。その結果、真実のほんのひとかけらを公表して幕引きする茶番劇を演じることになる。それによって表向きは、ジャーナリズム企業の面目を保持しているのである。
ちなみに渡辺氏は新聞の価値について、「国民の知識水準を維持し、教育や産業の向上のために必須の知識資産」と述べているが、これはいちじるしく論理が飛躍している。真実の全体像を報じない新聞から得た知識は、むしろ偏向していて、客観的に社会を把握する道具にはならない。虚像づくりに力を貸す。
◇新聞社経営の汚点
さて、軽減税率の問題と同様に、日本の新聞社が政界に「根回し」せざるを得ない問題としては、次のようなものがある。
(1)「押し紙」
新聞社は「押し紙」(偽装部数)で公称部数をかさ上げしている。それにより紙面広告の掲載料金をもかさ上げしている。「押し紙」は独禁法に抵触しているので、取り締りの対象になる。
(2)折込広告の水増し
「押し紙」に連動しているのが、折込広告の水増し行為である。販売店へ搬入される折込広告の枚数は、搬入される新聞の総部数(「押し紙」を含む)に一致させる基本原則があるので、「押し紙」が発生している状況下では、折込広告も水増し状態になっている。もちろん例外はあるが。
この問題については、1983年に熊本県警が警告を発したことがある。
(3)再版制度
日本の新聞社が宅配制度を維持できているのは、再販制度により同系統の販売店相互が競争できない状況におかれているからである。従って政治家により再版制度が撤廃されると、日本の新聞社は壊滅的な打撃を受ける。
日本の新聞がジャーナリズムとは程遠いのは、記者の能力が劣っているからではない。根本的な問題は、新聞社の収益構造が公権力との癒着関係なしには維持できない構図になっているからである。
一方に軽減税率の問題が新聞関係者の不安をあおっている状況があり、他方には自民党が安保関連法案を成立させようとしている状況を見るとき、公権力によるメディアコントロールの実態が浮かび上がってくる。