1. 「令和」の「令」は法律による国家統制を、「和」は天皇を父とした偽りの平和を意味する

ウェブマガジンに関連する記事

2019年04月02日 (火曜日)

「令和」の「令」は法律による国家統制を、「和」は天皇を父とした偽りの平和を意味する

(「黒薮哲哉のウェブマガジン」より全文を転載)

4月1日、安倍内閣は「令和」を新元号として閣議決定した。この瞬間を待っていたかのように、テレビでスタンピード現象が始まった。「令和バームクーヘン」や「令和弁当」、さらにはさまざまな「令和」グッズなるものが、ニュースともCMとも判別できない番組に登場し、さながら朝鮮の「将軍様」の就任を祝う光景を連想させる祝賀ムードが演出されている。

わたしは、「令和」というその字面から、ファシズムの時代への回帰を直感した。不吉な印象。その不吉さの正体は、「平成」という時代を検証すれば輪郭を現してくる。

なお、安倍首相は、「令和」の意味を次のように説明しているが、この説明の中にも、首相が好んで口にしてきた「美しい国」といった言葉が使われている。心がけ次第で国は繁栄するという、ある種、前近代的な統治の思想である。

本日、元号を改める政令を閣議決定いたしました。新しい元号は「令和」(れいわ)であります。
  これは「万葉集」にある「初春の令月にして 気淑(よ)く風和(やわら)ぎ 梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き 蘭(らん)は珮後(はいご)の香を薫(かおら)す」との文言から引用したものであります。そして、この「令和」には、人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められております。

◆◆
「ニコニコ大百科」によると、「令」とは、次のような意味である。

令(リョウ) - 律令制において、行政法・民法などの刑罰以外の法令のこと
令(レイ) - 古代中国の官位
令(レイ) - 明治時代にあった官位。府県の長官
令(レイ) - 法令につく接尾辞

わたしは「令」という言葉から、法律を連想した。法律に興味を持っているからではない。平成の時代に、とんでもない法律が次々と成立して、それが安倍・菅の両政治家を柱とする体制下で頂点に達したからだ。特定秘密保護法と共謀罪法の成立に至る光景は、人々の脳裏に記憶されているはずだ。

平成期には、日本に新自由主義=構造改革を導入するための数多くの法律が施行された。新自由主義は、国境を超えた市場競争を前提とした規制緩和策である。企業の国際競争力を高めることが政策の柱になる。それに整合した法整備が次々と行われたのである。

安保関連法案もその例外ではない。国境を超えた資本主義の下で、海外進出へ踏み切った企業が、進出先で政変に巻き込まれ、権益を失いかねない事態になったとき、自国から軍隊を派遣して武力で政変を潰すことが可能な体制を整備する要求が財界から出てくる。安保関連法案も、グローバリゼーション、あるいは新自由主義の中で浮上してきた必然的な政策の方向性なのだ。

実際、海外派兵の最初のステップは、平成4年(1992年)に成立したPKO法だった。この時期には、水面下で新自由主義=構造改革の導入が検討されていたのだ。そして翌93年に、小沢一郎氏が、政治改革を叫んで自民党を飛び出したのだ。以後、2つの保守勢力による茶番劇が延々と続き、日本に新自由主義が導入されていくことになる。

1999年には、小渕内閣の下で、とんでもない法律が次々と成立した。新ガイドライン、住民基本法、盗聴法、国旗・国家法などである。このころから日本の右傾化を心配する声が顕著に浮上してきたのである。

最近の情況については、特定秘密保護法や共謀罪法が強引に裁決された記憶が鮮明だろう。

さらに注視しなければならないのは、最近、露骨なっている公権力とマスコミによる「言葉狩り」の激化である。たとえば反ヘイトのカウンター運動を公権力が逆手に取って、ヘイトスピーチ対策法を成立させた。ヘイトスピーチは、名誉毀損で十分に取り締まれるにもかかわらず、言論に2重の足枷をはめたのだ。

◆◆◆

平成という時代は、新自由主義が導入された時代にほかならない。その結果、何が起きたのか? 社会格差の拡大である。非正規の労働者が急増して、貧困が大きな社会問題になっている。少数の人間が富を独占してしまい、社会の水面下では不満が渦巻いている。いつ爆発してもおかしくない。

そこで導入される治安対策は、「美しい国」づくりに名を借りた洗脳の類にほかならない。天皇を父として崇める世論を形成することで、若者が「革命分子」などになるのを食い止める。政府とメディアが天皇制度をPRする背景には、こうした事情があるようだ。天皇と国民の「和」を求めているのだ。

が、それだけでは治安は維持できない。それよりももっと強力な防衛策。監視。それらを念頭に政府は、個人の思想の自由を規制する法律をどんどん成立させたのである。「令和」の令は、こうした法律を指しているのではないか。

国家権力の武器である法律=令を上段にかかげて、天皇を父とした偽りの「和」で結ばれた社会を構築したいという安倍首相らの野心。それが新元号が「令和」と命名された本当の理由ではないか。

作家の辺見庸氏は、「日録」(2019年04月01日)の中で、令和を次のように評している。

皇国史観の復活を祝ひませう!
 新元号は「犬糞(けんぷん)」にきまったそうだ。悦べ、アホども、犬のクソども。菅ってやつは特高警察か公安の親玉の顔をしている。きもちがわるい。いずれにしても・・・。

「令和」には、安倍首相らの野心と暗い願いが込められている。