1. 化学物質過敏症の診断をめぐる新しい流れ、一定の割合で精神疾患

医療問題に関連する記事

2024年01月17日 (水曜日)

化学物質過敏症の診断をめぐる新しい流れ、一定の割合で精神疾患

化学物質過敏症がクローズアップされるようになっている。化学物質過敏症は、文字どおり、ある種の化学物質を体内に取り込んだときに、神経が過敏に反応して、さまざまな症状を引き起こすと説明されている現象である。

WHOは、化学物質過敏症を公式の病名として認定しているが、最近は、別の疾患が原因で出現する症状のひとつと考えている専門家も少なくない。

現在、最も中心的な議論のひとつが、化学物質過敏症状を訴えている患者の中に一定の割合で精神疾患の患者が含まれているのではないかという議論である。これについて、典子エンジェルクリニックの舩越典子医師(写真)は次のように話す。

「問診や行動から明らかに精神疾患の疑いがある患者さんに対してわたしは、精神科を受診するように勧めています。精神科で治療を受けて、回復された患者さんも多数おられます。こうした患者さんは、元々、精神疾患を患っているために化学物質過敏症の症状が出現したということです」

舩越医師の話を裏付ける公文書も存在する。たとえば東海大学医学部の坂部貢医師(写真)は、「平成 27 年度 環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究業務」と題する報告書の中で、化学物質過敏症と同じ症状を現わす患者には精神疾患の症状が見られるケースがあると述べている。精神疾患との併症率は、なんと80%にもなるという。

この報告書が公表されたのは平成27年、つまり2015年である。9年前には既に化学物質過敏症の伝統的な診断方法(問診を最重視した診断)をめぐる疑問が提起されていたのである。

◆◆

化学物質過敏症の診断について舩越医師は次のように話す。

「まず、よくあるのが神経に何らかの傷がある場合です。腫瘍、頸椎症、頸椎ヘルニア、腰椎症、腰椎ヘルニア、神経痛、脳脊髄液減少症などが原因で神経が傷つくと、神経が敏感になってごく微量の化学物質でも身体が反応しやすくなります。この状態を一般的には化学物質過敏症と言っていますが、神経を傷つけた別の疾患があるわけですから、化学物質過敏症は症状であって、病名というのは不適切です。実際、原因となる元の疾患を治療すれば、不快な症状は消えます。また、ビタミンDや亜鉛が不足するなど栄養がアンバランスになっていたり、慢性上咽頭炎がある場合なども、不快な症状が現れることがあります。さらに患者さんに統合失調症や神経発達症などの精神疾患がある場合もあります。」

ちなみに特定の化学物質に対するアレルギー反応は、体質が原因なので、俗にいう化学物質過敏症とは性質が異なるという。またサリンなど神経そのものに対する毒性が強い化学物質を体内に取り込んだ場合に出現する症状は、むしろ「中毒」の範疇にはいる。

◆◆

化学物質過敏症の診断方法をめぐる議論が活発化したのは、ここ数年のことである。その引き金となったのは、横浜副流煙裁判である。

この裁判は煙草の副流煙による健康被害を争点とした事件である。2017年11月に横浜地裁で始まった。Aさん一家3人が、同じマンションの下階にすむミュージシャンに対して、煙草の副流煙により「受動喫煙症」になったとして4500万円の損害賠償を求めた事件である。判決は2020年に原告の敗訴で終わった。

提訴の根拠となるA家3人の診断書を作成したのは、化学物質過敏症の権威と言われてきた作田学医師や宮田幹夫医師らである。しかし、2人は問診を重視して診断を下し、原告のひとりが精神疾患である可能性を考慮していなかった。考慮せずに、「受動喫煙症」、「化学物質過敏症」の病名を付した診断書を交付したのである。その診断書が提訴の根拠となった。

ところが裁判の中で、ミュージシャンがほとんど煙草を吸っていなかったことが分かった。たとえ吸っても部屋が防音構造で密閉されていて、煙が外部にもれる状況がなかったことも判明した。さらにミュージシャンが自宅を不在にしているときにも、原告が煙草の匂いと煙に悩まされていたと訴えていたことが明らかになった。それにもかかわらず作田医師は、副流煙の発生源が1階に住むミュージシャンであると診断書に明記した。

現在、作田医師は元被告のミュージシャンとその家族から、損害賠償を請求する裁判を起こされている。化学物質過敏症をめぐる誤診が「冤罪」を生んでしまったからである。

横浜副流煙裁判に関心をいだいた舩越医師は、化学物質過敏症についての自らの見解を、インターネット放送などで表明するようになった。患者の中には、一定の割合で精神疾患の人が含まれているというのが舩越医師の見解である。前出の坂部医師の報告書もそれを裏付けている。