18日に強行採決が予想される共謀罪で、軍事政権下のチリと同じリスクを背負う日本
共謀罪法案が、18日に衆議院本会議で強行採決される可能性がある。共謀罪については、特定秘密保護法など、広義の安保関連法案が採決に至るプロセスでわき起こったような激しい反対運動は起きていない。
国会周辺をはじめ、全国各地では点々と集会が繰り返されているが、国会全体を動かすような盛り上がりを欠いている。
その背景には、この法案がテロ防止の法律だという勘違がある。東京オリンピック・パラリンピックを開催するためには、必要な法律だと勘違いしている人が多い。
勘違いの原因は、「テロ等準備罪」という用語である。NHKや読売新聞など、政府系の御用メディアがこの用語を採用している。しかも、都合の悪いことに、NHKは国策放送局という事情から、読売は発行部数が異常に多いという事情から、大きな影響力を持っている。
◇急に出て来たテロ防止の口実
共謀罪は過去に3回、国会で審議の舞台にあがっている。しかし、いずれの試みも失敗し、自民党としては、今回で4度目の挑戦となる。
しかし、過去の3回においては、共謀罪の法制化は、マフィアによる国際金融犯罪の防止が主要な目的であった。テロ対策という口実は今回ほど強調されることはなかった。過去に廃案になった背景には、審議の中で矛盾点が鮮明になったことに加えて、マフィアによる国際金融犯罪を取り締まる法律が十分に整備されていた事情もあるだろう。
日本の刑法では、犯罪を実行した段階で摘発の対象とするのが大原則である。摘発の段階には、実行、未遂、予備、共謀の4レベルがあるのだが、実行した時点での処罰が基本原則である。
しかし、テロや殺人など極めてたちの悪い犯罪では、例外的に実行の前段階でも摘発できる法体系になっている。即ち悪質な犯罪は、あえて共謀罪を設けなくても、十分に取り締まれるのだ。たとえば殺人は未遂の段階で逮捕できる。特定秘密保護法のように共謀の段階で取り締まれるものもある。
ところが現在、国会で審議されている「共謀罪」は、なぜかいきなり共謀の段階で取り締まれる犯罪を無制限に拡大した内容である。その罪の数は、277件(91の法律)にもなる。著作権法違反から名誉棄損まで、極めて広い範囲に及ぶ。「平成の治安維持法」と言われるゆえんに他ならない。ただし、政治家が返り血をあびる公職選挙法などは対象外になっている。
共謀の段階で犯罪を立証するためには、共謀して準備した証拠が必要になる。と、なれば、日本は必然的に監視社会へ向かっていく。警察による盗聴の範囲を限りなく拡大し、街に設置する監視カメラを限りなく増やすことになる。パソコン通信も筒抜け、傍受の状態になる。
かつてのソ連「収容所群島」や、軍事政権下のチリのようになりかねない。
◇1973年のチリ軍事クーデター
しかし、日本が共謀罪を持った翌日から、社会が画期的に変化するわけではない。おそらくしばらくは何も変わらないだろう。が、変化はある日、突然にやってくる。そして、突然に逮捕され、「えっ? どうして私が?」と自問させられる時代がやって来るのだ。政変とはそのようなものなのだ。小沢一郎ふうの「政変」とはわけが違うのだ。
その典型例として筆者はチリのケースをあげたい。チリは1973年の軍事クーデターを境にして、言論の自由がない暗黒の社会へ転落した。そして民主主義を取り戻すまで、多くの犠牲と長い歳月を要したのである。
1973年のクーデター以前、チリは南米の先進国だった。イギリスから導入した議会制民主主義がよく発達した国で、2人のノーベル文学賞詩人を輩出するなど、文化的な水準も極めて高かった。
こうした成熟した社会の中から、1970年には、世界ではじめて、選挙による左翼政権を誕生させるに至ったのだ。民主主義のお手本のような国だった。それまでラテンアメリカの左翼革命は、武力に頼る以外に道はないとする説が有力だったのだ。チリがその定説を打ち破ったのである。
このチリ革命で大統領に就任したのが、サルバドール・アジェンデだった。アジェンデ政権は、最初から社会主義のチリをまっしぐらに目指したのである。米国の鉱山を国有化するなどの急進的な政策を進めた。チリの「実験」に世界が注目した。
が、そのためにアジェンデ政権は、米国のニクソン政権をはじめ内外からさまざな挑発行為にさらされる。資本家によるストが広がり、チリ経済は破綻した。アジェンデ政権は窮地に追い込まれたのである。しかし、アジェンデ政権の支持層は広く、強固だった。鉱山労働者ら幅広い人々が、アジェンデ政権を支援したのだ。
1973年3月の総選挙では、大方の予想に反して、アジェンデ政権の与党は議席を増やした。チリの人々は、「経済」だけで大統領を選ばなかったのだ。この時点で、アジェンデ政権を合法的な手段では倒せないことがはっきりした。そこで米国のニクソン政権が選んだのが、9.11日の軍事クーデターだったのだ。
この日を境にして、チリはそれまで築きあげてきた民主主義をドブに葬り、監視網を張り巡らせた軍事独裁国家に転落したのである。著名な作家やジャーナリストが次々と海外へ亡命を余儀なくされた。チリは人権侵害の世界チャンピオンになったのだ。
共謀罪を日本が持てば、日本もチリを同じリスクを背負うことになる。戦後、70年の「民主主義」など、長い歴史のスパンからみれば、蜃気楼のように崩壊しても不思議はない。ある日、突然、チリと同じ血の海が全土に広がりかねない。
その危険性を孕んだ法律が、国会を通過しようとしている。
【写真】サルバドール・アジェンデ大統領