2026年08月22日 (土曜日)
洗脳されないために

日本だけではなく、ラテンアメリカにもメディアをめぐる類似した問題がある。人々は、毎日、テレビやネット、SNSから大量の情報を浴び、立ち止まって考える時間を失いつつある。だからこそ、大手メディアだけに頼らず、独立系メディアにも目を向けることが重要だ。異なる立場や視点から発信される情報に触れ、複数の情報源を比較することで、見えてくる事実もある。一つの情報を鵜呑みにせず、「何が事実なのか」を自分の頭で考える。その習慣こそ、情報に操られないための第一歩だ。トロバホ氏の提言である。
執筆者:ロベルト・トロバホ・エルナンデス
私たちは、疑問を持つことを嫌います。疑問を持てば、自分の頭で考えなければならないからです。自分で問いを立てて考えるよりも、すぐに手に入る、わかりやすい答えを求めるようになっています。
しかし、実はほかのあらゆる権力の土台となっている「第5の権力」があります。それは、私たち一般の人々です。
そして、この人々を操るために、昔から使われてきた効果的な方法があります。それは、少しだけ真実を混ぜた嘘をつき、それをメディアで何度も繰り返すことで、やがて誰もが本当のことだと信じるようにするという方法です。
けれども、私たちは、そうした操作を受けないようにすることができます。そのためには、洗脳されないように注意し、私たちが本来持っている力を強くしていかなければなりません。
人々を操ろうとする側は、「どうせ何をしても無駄だ」「何も信じられないし、誰も信用できない」といった無気力や挫折感を広めることで、私たちが自分で考え、判断し、行動する力を弱めようとします。
まずは、私たちの前に作られた最初の障害を乗り越えることから始めましょう。その障害とは、人と人とのつながりを断ち、私たちが一緒に考えたり、自分の頭で筋道を立てて考えたりできないようにすることです。
私たちが面倒くさがるように、本を読まなくなるように、すぐに退屈するように仕向け、ものを深く考えない人間にしようとしてきたのです。
今では、情報がたくさん詰まった筋道の立った文章を読むことさえ、だんだん難しくなっています。私たちの脳が、短くてすぐに理解できる情報を次々と欲しがる「中毒」のような状態になっているからです。
自分自身の意見を持つためには、本来なら時間をかけて考えなければなりません。しかし私たちは、その努力をしなくて済むような情報の受け取り方に慣れてしまっています。少し努力してみましょう。努力しなければ、何かを成し遂げることはできません。
たとえ非常に衝撃的な真実を知ったとしても、それに対して私たちが十分に反応できなくなる仕組みがあります。その仕組みは単純ですが、とても効果的です。それは、処理できない程おおくの情報を与えることです。私たちは毎日、数え切れないほどの刺激を受け、それを脳で処理しています。情報を受け取り、それに反応するまでの過程は、大きく三つに分けることができます。
「知る」→「考える」→「反応する」
という三つの段階です。
◆知る――情報を受け取る段階
私たちは、テレビ、ラジオ、広告などを通して、映像や音声による大量の刺激を毎日のように浴びています。まさに「情報の洪水」の中で生活しているようなものです。
ただし、大量の情報を受け取ること自体が問題なのではありません。私たちの脳には、多くの情報を受け取り、その情報が伝えようとしている内容を理解する能力があります。
むしろ脳は、次々と新しい刺激を受けることを楽しんでいるようにさえ見えます。私たちは、大量の刺激を絶えず受け続けることに慣れ、それを求めるようになっているからです。
本当の問題は、その次の段階で起こります。受け取った情報について、
「これは本当なのだろうか」
「これはどういう意味なのだろうか」
「この出来事によって何が起こるのだろうか」
と、自分で判断し、深く考えなければならない段階です。
ところが私たちには、一つ一つの情報についてじっくり考えるだけの時間がありません。
◆考える――情報を自分で判断する段階
私たちが受け取った情報について、自分自身の判断基準を使って十分に考えるよりも前に、また新しい情報が押し寄せてきます。新しいニュース、新しい映像、新しい話題が次々と現れ、私たちの注意を奪っていきます。
そのため、たとえ非常に重要な情報を受け取ったとしても、その意味について十分に考えるところまでたどり着けません。受け取った情報はすぐに消化され、そして忘れられていきます。
絶え間なく脳の中へ流れ込んでくる新しい情報に、古い情報が次々と押し流されてしまうのです。そして、自分自身で情報について考え、判断することが難しくなっているからこそ、私たちに届けられる情報には、しばしば「その情報をどう受け止めるべきか」という解釈まで一緒についてきます。
つまり、「何が起きたのか」だけでなく、「その出来事について、あなたはこう考えるべきだ」というところまで与えられてしまうということです。
メディアは、私たちが立ち止まって自分で考える手間を、いわば親切に省いてくれます。そこに人々を操り、洗脳する仕組みがあります。
テレビは、そのわかりやすい例です。ニュース番組では、単に出来事そのものが伝えられるだけではありません。ニュースの文章の書き方や伝え方によって、視聴者が一定の受け止め方をするように誘導されることがあります。
つまり、ニュースそのものの中に、「この出来事については、こう考えるべきだ」という見方まで含まれているということです。
さらに、大量の情報が休むことなく脳に入ってくると、私たちは一つ一つの出来事について、自分自身の基準でその意味や重要性を判断することが難しくなります。本来なら、ある出来事がどのような結果をもたらすのか、時間をかけて考える必要があります。
ところが、新しい情報が次々と入ってくるため、その時間がありません。
その結果、私たちの判断はどうしても短時間で下した、表面的なものになってしまいます。
◆反応する――考えたことを行動につなげる段階
出来事について十分に考える時間がなくなると、最後の、そして最も重要な段階に入ります。それが、私たちの「反応」が弱められる段階です。
ここでは、感情が重要な役割を果たします。一つの情報について考える時間が短く、細切れになれば、その情報から生まれる感情も長く続かなくなります。たとえば、あるニュースを見て、
「これはひどい」
と強い怒りを感じたとします。ところが数秒後には、まったく別のニュースや情報が入ってきます。すると私たちの注意はそちらに移り、今度は別の感情を抱きます。その結果、ほんの少し前まで感じていた怒りは薄れてしまいます。
筆者が重要だと考えているのは、この点です。つまり、何かを知って強い感情を抱いても、それが実際の行動につながる前に、次の情報によってその感情が消されてしまうということです。
大量の情報を絶え間なく浴び続けることで、私たちの感情のエネルギーは、あちこちに分散してしまいます。その結果、一つの問題に対して強く反応することができず、反応したとしても表面的なものになります。場合によっては、何の反応もしなくなります。
人々が重大な出来事に対して強く声を上げなくなるのは、行動するために必要な感情のエネルギーが残っていないからだ、と筆者は考えています。だから私たちは、こんな疑問を持つようになります。
「どうしてみんな何もしないんだろう?」
そして同時に、
「どうして自分も何もしないんだろう?」
と思うのです。
こうした無力感が積み重なると、「どうせ何をしても変わらない」という挫折感や無気力が社会全体に広がっていきます。
私は、これは心理的な仕組みの一つだと考えています。人々が問題を知っても、それに対して実際に行動を起こさない状態を作り出す。そして、人々をおとなしく従わせておく。そこに、人々の心を操る仕組みの土台があるというのです。
さらに隠されていた真実が明らかになることさえ、この仕組みに利用されることがあります。腐敗した権力者たちは、もはや自分たちの本当の姿が知られることや、どれほど汚い秘密であっても、それが明るみに出ることを恐れなくなっています。
なぜなら、新しい秘密が明らかになるたびに、私たちが受け取る情報の量も増えるからです。一つの秘密が明らかになれば、それについて大量の報道が生まれます。
そこにさらに新しい情報やデータが加えられ、それをめぐってまた別の情報が生まれます。こうして次から次へと情報が押し寄せると、私たちは何が重要なのか分からなくなり、考えることにも疲れてしまいます。
そして最後には、「もうどうでもいい」という無気力な状態に陥ってしまいます。
さらに、実際には腐敗した人々を罰することが簡単ではないという現実があります。この現実と、すでに私たちの中に生まれている無気力とが重なると、
「これだけ問題が明らかになっても、結局何も変わらない」
という新たな挫折感が生まれます。
そして、その挫折を何度も経験すると、最後には、
「もう何をしても無駄だ」
と完全に諦めてしまい、抵抗することさえしなくなる、と筆者は述べています。
では、どうすればよいのか
「権力を持つ人々」にとっては、私たちにできるだけ大量の、そしてできるだけ表面的な情報を与え続けることが都合がよいと考えているでしょう。そうすることで、人々を絶え間ない情報のやり取りに夢中にさせることができるからです。それにより、私たちが自分で考えるよりも、権力を持つ側に、その作業を委ねるように仕向けることができます。
こうした絶え間ない刺激は、私たちの脳にとって、一種の「麻薬」のようなものになります。脳は、次から次へと新しい情報が入ってくる状態に慣れてしまい、さらに速い情報の流れを求めるようになります。
その一方で、一つの情報について時間をかけて考えることを、だんだん求めなくなっていきます。しかし、こうした状況の中でも、私たちは情報をより適切に得ることができます。
そのためには、一つの情報源だけを信じるのではなく、複数の情報を比べて確かめることが大切です。
ほかの情報源や、別のメディアにも目を向ける必要があります。特に筆者は、大きな組織などの影響を受けにくい独立系のメディアにも目を向けるべきだと考えています。
そこには、真実を伝えることを第一に考え、自分自身の意見を持ち、その理由をきちんと説明しながら発言している人々がいるからです。そして、社会に本当の意味で大きな変化を起こしたいのであれば、何よりもまず、自分の頭で考えることが必要です。
人から与えられた考えをそのまま受け入れるのではなく、自分で筋道を立てて考える習慣を身につけなければなりません。
そのためには、一人でじっくり考える時間を持つことが必要です。情報を受け取ってすぐに反応するのではなく、
「自分はどう考えるのか」
「何が正しいと思うのか」
「自分はどうするべきなのか」
を考え、自分自身で判断する時間を持たなければなりません。
私たちは、今すぐ変わらなければなりません。明日では、もう遅すぎるのです
筆者紹介:ロベルト・トロバホ・エルナンデス(Roberto Trobajo Hernández)
世界ジャーナリスト評議会(GJC)ラテンアメリカ・カリブ地域ディレクター、AL PRESS代表(CEO)。キューバ出身、コロンビア在住。劇作家、ジャーナリスト。ラテンアメリカ・ジャーナリスト賞、アントニオ・ナリーニョ全国報道賞等を受賞。著書に『Teatro Clandestino(地下演劇)』、『Sobrevivimos(私たちは生き延びた)』。
■Fuente: https://www.actualidadglobalinternacional.com/post/c%C3%B3mo-evitar-lavados-de-cerebros


