2026年06月15日 (月曜日)
浅野健一氏の『世界日報』寄稿(後編)――問われるジャーナリズムの整合性

本稿は、ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『世界日報』にコメントを寄稿していた問題の続編である。前編で筆者は、浅野氏のコメント内容の問題点を指摘した。浅野氏は、同志社大学の教授がセクハラ報道により自殺に追い込まれた事件についてのコメントで、「通常犯罪の調査報道やめよう」と呼びかけていたのである。前編は、次のURLからアクセスできる。
2026年06月11日 (木曜日)
浅野健一氏と『世界日報』(前編)――統一教会機関紙への登場を検証する

同志社大学の元教授・浅野健一氏が、顔写真入りで『世界日報』(1984年11月21日付)にコメントを提供していたことが分かった。『世界日報』は統一教会の機関紙である。
ジャーナリストが自分の記事やルポを発表する媒体に制限はない。媒体の編集方針に迎合して自らの主張を曲げない限り、記事の内容そのものがおかしい場合を除いて、原則として問題はない。しかし、浅野氏の場合には二つの考察点がある。
2026年06月08日 (月曜日)
三一書房と浅野健一氏の提訴、言論人が公権力に依拠するとき

ジャーナリストの浅野健一氏が三一書房と一体となって、『石ころの慟哭』の著者と版元のあけび書房を相手に出版差止め(販売の禁止)を求めている問題は、解決の兆しが見られない。4月16日に浅野氏が裁判所に仮処分を申し立て、さらにその後、本訴を提起した。しかし、現時点では申立書も訴状もあけび書房には届いていない。
この事件の最大の問題は、鹿砦社の松岡利康社長が述べているように、ジャーナリストと出版社が、公権力を利用して、自らが気に入らない出版関係者や言論を封じようとしている点にある。
2026年06月04日 (木曜日)
『石ころの慟哭』出版差し止め問題 争点となったエクセルファイルの著作権

同志社大学の元教授・浅野健一氏が、あけび書房に対して出版差し止めを求めている事件の続報である。既報してきたように、浅野氏は、あけび書房が刊行した『石ころの慟哭』(辻井彩子著)の中に、自身に著作権がある記述が使用されているとして、出版差し止めの仮処分を申し立てた。これに対し、あけび書房は、『石ころの慟哭』の記述は、辻井氏が執筆した裁判記録に基づくものであると反論してきた。さらに、浅野氏の『石ころから石礫に』の中に、辻井氏が執筆してエクセルファイルにまとめた記述が見受けられると主張している。
2026年06月03日 (水曜日)
報道は誰のための記録か――浅野健一氏の逆立ちした匿名報道論

元同志社大学の教授でジャーナリストの浅野健一氏といえば、事件の実名報道に苦言を呈してきたことで知られている。浅野氏は、公人を除き、被害者も被疑者も匿名にするべきだと主張してきた。たとえば、次のインタビュー記事には、その主張の根幹が示されている。
2026年05月28日 (木曜日)
ウクライナ軍によるロシアの大学への空爆、日本のメディアは報道を自粛、海外のメディアはどう報じたか

日本のメディアが足並みをそろえたかのように報道しなかった、ウクライナ軍によるロシアの大学への空爆を、海外メディアはどのように報じたのだろうか。
この事件の後、ロシア政府は、ロシアに滞在する海外メディアを現地取材に招待した。しかし、その中で日本の特派員だけが参加しなかった。
通常、記事を書くべきか否かは、取材を行った上で判断するものである。ところが、日本の特派員たちは、取材そのものを拒否したのである。次に紹介するのは、英国のThe Guardianの記事の一部である。
2026年05月27日 (水曜日)
「日本メディアはなぜ現場に行かないのか――ウクライナ報道と『押し紙』構造が映す政権依存」

5月23日付のロシアメディア「Sputnik」(X投稿)は、日本政府が「自国の特派員らに対し」、ウクライナ軍による大学への攻撃について「現地での報道・取材を禁止したことを示す情報を、ロシア当局が入手した」と報じた。
実際、19カ国から約50人の記者が、ウクライナ軍による教育施設攻撃の現場を取材したが、日本の記者は一人も参加しなかったという。取材は、ロシア当局が記者団を現地へ案内する形で実施された。
ちなみに、BBC は公式に参加を拒否し、CNN は担当記者が休暇中であることを理由に参加しなかったという。
参加国は、米国、オーストリア、英国、フィンランド、フランス、ハンガリー、ドイツ、ギリシャ、スペイン、イタリア、中国、パキスタン、トルコ、カタール、レバノン、アラブ首長国連邦、キューバ、ベネズエラ、ブラジルなどである。日本だけが、一人の記者も参加しなかった。
日本のメディアが「政府広報」に近づいている実態が、改めて浮き彫りになった。取材をしたうえで記事化しないのであれば理解の余地はある。しかし、取材そのものを行わないのは異常である。どのような形であれ、まず現場に足を運び、事実を確認しようとするのが報道機関の原則ではないか。
2026年05月20日 (水曜日)
「公開されない裁判」への違和感――外国人記者が見た日本司法の閉鎖性

本稿は19日付メディア黒書の続編である。浅野氏の講演に先立って行われた西村カリン氏の話のうち、特にわたしの印象に残った箇所を紹介する。19日付記事については、次のURLからアクセスできる。
浅野健一氏の「『石ころを石礫に』講演会で見えた元大学教授の本音」
西村カリン氏は、山上徹也裁判の公判を初回から判決まで傍聴した唯一の外国人記者である。外国人の視点から、日本の裁判制度がどのように見えるかを語った。(なお、以下の内容は『世界』〈2026年4月号〉に西村氏が執筆した記事と重なるため、より正確な記述にするため同誌も参考にした。)
2026年05月19日 (火曜日)
浅野健一氏の「『石ころを石礫に』講演会で見えた元大学教授の本音

浅野健一氏の新刊書『石ころを石礫に』の出版を記念する講座が、5月16日に東京の神保町界隈で開かれた。山上徹也事件の裁判員裁判を初回から判決まで傍聴した浅野健一氏と、フランスのジャーナリストでやはりこの裁判を最初から最後まで傍聴した西村カリン氏が講演した。浅野氏は、これまでの自身の仕事や新刊書について語った。西村氏は、傍聴を通じて感じた日本の裁判の在り方などを批判した。後者については示唆に富む内容だったので、20日付の「メディア黒書」で改めて紹介したい。
2026年05月18日 (月曜日)
そして言論の自由?

執筆者:ロベルト・トロバホ・エルナンデス
「オンライン」にすると、数秒のうちにアルゴリズムが完璧にパッケージ化された「現実」を提供してくる。ある人々には国家を救う大統領が見え、別の人々には制度を破壊する暴君が見える。同じニュースなのに、まったく正反対の二つの真実が存在する。ようこそ、21世紀のグローバル化した世界へ。そこでは報道の自由は、制服を着た検閲官や殺し屋だけでなく、物語を操作する経済的・技術的権力とも対峙している。
国境なき記者団(RSF)の「世界報道自由指数 2025/2026」によれば、この25年間で状況はかつてないほど悪化している。初めて、世界の半数以上の国々がジャーナリズムにとって「困難」または「極めて深刻」な状況にあると分類された。経済指標は歴史的低水準に達しており、メディアは貧困化し、強大な広告主やトラフィックをもたらすプラットフォームへの依存を深めている。
2026年05月08日 (金曜日)
「5・3護憲集会」を海外メディアはどう報じたか? 中国メディアが突出、ベネズエラのメディアも

5月3日、東京都江東区の東京臨海広域防災公園で、5万人が参加する護憲集会が開かれた。海外メディアはこの集会をどのように報じたのか。インターネット上の記事を調べたところ、中国メディアが圧倒的に大きくこのニュースを扱っていることが分かった。
たとえば、新華社通信は「5万人が平和憲法改正に反対して集会」と題して詳細に報道した。CGTN(中国グローバルテレビジョンネットワーク)や中国系英字メディアのGlobal Timesも大きく報じている。
2026年05月01日 (金曜日)
報道の自由度ランキングの実像――「国境なき記者団」と資金・政治の関係を検証する

国際NGO「国境なき記者団」は、4月30日に2025年度の「報道の自由度ランキング」を発表した。世界180の国と地域を対象に報道の自由度を評価・序列化したものである。日本は66位だった。上位5か国と下位5か国は次の通りである。
■上位5か国
1 ノルウェー
2 エストニア
3 オランダ
4 スウェーデン
5 フィンランド
■下位5か国
176位 イラン
177位 シリア
178位 中国
179位 北朝鮮
180位 エリトリア
